国立感染症研究所

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腸管出血性大腸菌感染症 2021年3月現在

(IASR Vol. 42 p87-89: 2021年5月号)

 

 腸管出血性大腸菌(EHEC)感染症はVero毒素(Vero toxin:VTまたはShiga toxin:Stx)を産生, またはVT遺伝子を保有するEHECの感染によって起こり, 主な症状は腹痛, 水様性下痢および血便である。嘔吐や38℃台の発熱を伴うこともある。VT等の作用により血小板減少, 溶血性貧血, 急性腎不全を来して溶血性尿毒症症候群(HUS)を引き起こし, 脳症などを併発して死に至ることがある。

 EHEC感染症は感染症法上, 3類感染症に定められている。本感染症を診断した医師は直ちに保健所に届出を行い(http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/01-03-03.html), 保健所はその情報を感染症発生動向調査(NESID)に報告する。医師が食中毒として保健所に届け出た場合や, 保健所長が食中毒と認めた場合は食品衛生法に基づき, 各都道府県等は食中毒の調査を行うとともに厚生労働省(厚労省)へ報告する(https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=322AC0000000233_20200601_430AC0000000046&keyword=%E9%A3%9F%E5%93%81%E8%A1%9B%E7%94%9F%E6%B3%95)。地方衛生研究所(地衛研)はEHECの分離・同定, 血清型別, 毒素型(産生性が確認されたVT型またはVT遺伝子型)別を行い, その結果をNESIDの病原体検出情報に報告する(本号3ページ特集関連資料1)。国立感染症研究所(感染研)細菌第一部は地衛研から送付された菌株の血清型, 毒素型の確認を行うと同時に, 反復配列多型解析(MLVA)法やパルスフィールドゲル電気泳動(PFGE)法による分子疫学的解析を行っている(本号10&11ページ)。これらの解析結果は各地衛研へ還元されるとともに, 必要に応じて食中毒調査支援システム(NESFD)で各自治体等へ情報提供されている。

 感染症発生動向調査:NESIDの集計によると, 2020年にはEHEC感染症患者1,985例, 無症状病原体保有者(患者発生時の積極的疫学調査や調理従事者等の定期検便などで発見される)1,103例, 計3,088例が報告され(表1), 2011~2019年までの届出平均数3,847例の80.3%であった。例年と同様, 夏期に報告が多かったが, 第38~45週の届出数が2016~2019年よりも多かった(図1)。都道府県別届出数(無症状を含む)は東京都, 福岡県, 神奈川県, 北海道, 大阪府, 愛知県, 千葉県, 長崎県, 兵庫県, 宮城県の上位10都道府県で全体の51.5%を占めた。人口10万対届出数では秋田県(10.1)が最も多く, 長崎県(8.9), 岩手県(6.0), 岡山県(5.4)がそれに次いだ(図2左)。0~4歳の人口10万対届出数では, 長崎県(90.4), 秋田県(88.9), 岩手県(50.0)などが多かった(図2右)。届出に占める有症者の割合は男女とも20歳未満, および70歳以上で高かった(図3)。HUSを合併した症例は64例(有症者の3.2%)で, そのうち34例からEHECが分離された。O血清群の内訳はO157が25例で, 毒素型はVT2陽性株(VT2単独またはVT1&VT2)が21例を占めた。有症者のうちHUS発症例の割合が最も高かったのは5~9歳で7.1%, 次いで0~4歳で5.7%であった(本号12ページ)。届出時点でのEHEC感染による死亡例は1例であった。HUS症例の約30-40%はEHECが分離されず, 患者便中の毒素検出または血清診断によるEHECの主要O群に対する血中凝集抗体の検出でEHEC感染によるHUSの確定診断となる(本号13ページ)。

 地衛研からのEHEC検出報告:地衛研から報告された2020年のEHECの検出数は1,422であった(本号3ページ特集関連資料1)。この検出数は, 保健所等が医療機関や民間検査機関に対して検出された菌株の提出等を求めた実績であるため, EHEC感染者届出数(表1)より少ない。全検出数における上位のO血清群の割合は, O157が47.2%, O26が21.4%, O103が9.8%であった(本号3ページ特集関連資料1)。毒素型で見ると, 2020年は例年同様O157ではVT1&VT2が最も多く, O157の60.7%を占め, VT2単独は38%であった。O26およびO103は例年同様VT1単独が最も多く, それぞれ96.4%および97.9%を占めた。O157が検出された671例の主な症状は下痢59.6%, 腹痛58.6%, 血便43.8%, 発熱18%であった。

 集団発生:2020年も保育施設等におけるEHEC感染症集団感染事例が発生し, 人から人への感染によるものと推定された(表2および本号6&7ページ)。一方, 「食品衛生法」に基づいて都道府県等から報告された2020年のEHEC食中毒は5事例, 患者数30名(菌陰性例を含む)であった(2017年は17事例156名, 2018年は32事例456名, 2019年は20事例165名)(本号4ページ特集関連資料2および本号5ページ)。感染研細菌第一部での解析から, 疫学的関連が不明な散発事例間で同一のMLVA型を示す菌株が広域から分離されていることが明らかとなっている(本号10&11ページ)。

 予防と対策:牛肉の生食による食中毒の発生を受けて, 厚労省は生食用食肉の規格基準を見直した(2011年10月, 告示第321号)。さらに, 牛肝臓内部からEHEC O157が分離されたことから, 牛の肝臓を生食用として販売することを禁止した(2012年7月, 告示第404号)。2012年には, 漬物によるO157の集団発生を受けて, 漬物の衛生規範が改正されている(2012年10月, 食安監発1012第1号)。

 EHECは少量の菌数(100個程度)でも感染が成立するため, 人から人への経路, または人から食材・食品への経路で感染が拡大しやすい。例年同様, 2020年も飲食店等を原因施設とする食中毒事例(本号4ページ特集関連資料2)が発生している。EHEC感染症を予防するためには, 食中毒予防の基本(菌を付けない, 菌を増やさない, 菌を殺す)を守り, 生肉または加熱不十分な食肉等を食べないように注意を喚起し続けることが重要である(http://www.gov-online.go.jp/useful/article/201005/4.html, https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/shokuhin/syokuchu/index.html)。

 さらに, 保育所での集団発生も多数発生しており, その予防には, 手洗いの励行や簡易プール使用時における衛生管理が重要である(2018年改訂版・保育所における感染症対策ガイドライン https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11900000-Koyoukintoujidoukateikyoku/0000201596.pdf)。家族内や福祉施設内等で患者が発生した場合には, 二次感染を防ぐため, 保健所等は, 感染予防の指導を徹底する必要がある。  

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