(IASR Vol. 36 p. 147-149: 2015年8月号)
ヒトに化膿性疾患を起こすレンサ球菌の多くはβ溶血性レンサ球菌であり、細胞壁多糖体抗原性による分類では、A群レンサ球菌〔Group A Streptococcus (GAS); 主にStreptococcus pyogenes〕、B群レンサ球菌〔Group B Streptococcus(GBS); 主にS. agalactiae〕、C群またはG群レンサ球菌〔Group C or G Streptococcus (GCS または GGS); 主にS. dysgalactiae subsp. equisimilis (SDSE)〕の3種が重要である。GASは、①急性咽頭炎や蜂窩織炎などの急性化膿性疾患や敗血症、②毒素に起因する猩紅熱や劇症型溶血性レンサ球菌感染症(streptococcal toxic shock syndrome: STSS)、③免疫学的機序が関与する急性糸球体腎炎やリウマチ熱(本号14ページ)等の続発症を引き起こす。GBSは、新生児の菌血症、髄膜炎、および成人の敗血症、肺炎の原因となり、SDSEは、成人の敗血症や劇症型溶血性レンサ球菌感染症を起こす。
1.感染症発生動向調査
A群溶血性レンサ球菌咽頭炎(GAS咽頭炎):GAS咽頭炎は、感染症法に基づく感染症発生動向調査では全国約3,000カ所の小児科定点から毎週患者数が報告される5類感染症である(届出基準:http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/01-05-17.html)。
GAS咽頭炎の年間患者報告数は、2011~2014年は各264,043、276,090、253,089、303,160で、2015年は第24週現在202,830である。季節変動性があり、冬から春にかけて患者が増加する(図1)。2014~2015年は、2014年末から患者が増加し、2015年第24週に過去10年間で最多の週当たり定点当たり患者報告数(3.64)を記録した(図1、本号3ページ)。2014年第1週~2015年第24週までの定点当たり累積患者報告数は、山形県、鳥取県、新潟県、福岡県、北海道、石川県、山口県、島根県、鹿児島県、福井県が上位を占めた(本号3ページ)。また、施設内集団感染事例も報告されている(本号4ページ)。GAS咽頭炎患者の年齢分布は、2015年第24週現在、9歳以下が84%を占め、5歳児が全年齢中最多である(9.4%)。
劇症型溶血性レンサ球菌感染症(STSS):GAS、GBS、SDSEいずれもSTSSの原因となりうる。届出基準(http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/01-05-06.html)に合致する症例は5類感染症として全例届出義務がある。2006年4月以降はGAS、GBS、SDSEを問わず、「β溶血性レンサ球菌が血液または通常ならば菌の存在しない臓器から検出され」、かつ「ショック症状」に加え「肝不全、腎不全、急性呼吸窮迫症候群、播種性血管内凝固症候群(DIC)、軟部組織炎、全身性紅斑性発疹、中枢神経症状のうち2つ以上」、を伴う症例が届出対象となった。
2011年以降患者報告数が急増し、2012~2014年は各241、201、270で(表1)、2015年は第24週現在で既に204例である(本号7ページ)。2012~2014年は、全国47都道府県から報告があり、人口10万当たりの患者報告数が1を超えた県は、富山県(1.86)、鳥取県(1.38)、福井県(1.13)、愛媛県(1.07)である。2012~2014年に報告された患者の年齢中央値は67歳、患者の性比は1.1(男370、女342)であった。全患者712例中、届出時点での死亡例は207例(29%)である(図2)。死亡例の年齢中央値は72歳で、その76%は、発病から3日以内に死亡していた。2012~2014年に報告されたSTSSの起因菌はA群(58%)が最も多く、G群(27%)が増加傾向にある(表1)。
2.病原体サーベイランス
典型的なSTSS症例がわが国で初めて報告された1992年以降、地方衛生研究所(地衛研)と国立感染症研究所が参加する衛生微生物技術協議会の溶血性レンサ球菌レファレンスセンター(以下SRC)(IASR 18: 25-26, 1997, 31: 76-77, 2010および33: 211-212, 2012)が、1)菌のT血清型別、2)emm 遺伝子(S. pyogenes とSDSEの病原因子と関連のあるMタンパクをコードする遺伝子)の型別、3)薬剤感受性試験、等の病原体サーベイランスを行っている。
1)T血清型別: SRCによると、2011~2014年の間に、地衛研は、GAS咽頭炎患者から分離された年間947~1,240菌株のT型別を行った(図3a)。2011~2012年はT1、T12が、2013~2014年はT12、TB3264が多くを占めた(図3a)。一方、STSS患者から分離されT型別が実施された総数321菌株(図3b)中、T1が153株(48%)、TB3264が58株(18%)、T12が23株(7%)、T28が20株(6%)であった。T1は、2010~2011年には60~70%を占めたが(IASR 33: 209-210, 2012)、2012~2014年には26~49%に減少した(図3b)。東京都内でGAS咽頭炎およびSTSS患者から分離された菌株も2013~2014年はTB3264が多いという同様の傾向を示した(本号5ページ)。
2)emm 遺伝子型別: 疫学情報として有用なemm 塩基配列を指標にした型別では、2012~2014年のSTSS患者由来GAS 243菌株のうち、emm1型が41%(100株)を占めていることが分かった(本号8ページ)。
3)薬剤感受性: β溶血性のレンサ球菌感染症にはペニシリン系薬が第一選択薬剤である。2011~2014年に13都道府県で分離されたGAS咽頭炎由来1,608菌株は、マクロライド系抗菌薬に対しては約60%、リンコマイシン系およびテトラサイクリン系抗菌薬に対しては約25%が耐性であったものの、β-ラクタム系抗菌薬に対しては、全菌株感受性であった(本号6ページ)。STSSの治療にはペニシリン系抗菌薬の大量投与とクリンダマイシン投与が推奨されている。2012~2014年に分離されたSTSS由来243菌株は、ペニシリンG、アンピシリン、セファゾリン、セフォタキシム、メロペネム、リネゾリドには感受性であったが、このうち28株(12%)はクリンダマイシン耐性であった。(本号9ページ)。
3.B群レンサ球菌(GBS)
GBSは劇症型溶血性レンサ球菌感染症の他、垂直感染による新生児侵襲性感染症の起因菌となる。近年増加傾向にある侵襲性GBS感染症の2014年における生後3か月未満の罹患率は1.8/1万出生であった(本号12ページ)。全国約500カ所の基幹病院定点から毎週報告される5類感染症「細菌性髄膜炎(髄膜炎菌、肺炎球菌、インフルエンザ菌を除く)」の中では、GBSは主要な起因菌の一つである。
近年出現が報告されているペニシリン低感受性GBS(PRGBS)の割合は、全体の約15%、マクロライド、フルオロキノロン両剤耐性の多剤耐性PRGBSは10%である(本号10ページ)。
おわりに: 近年GAS咽頭炎患者およびSTSS 報告数が増加している。また、S. pyogenes による集団食中毒事例も報告されている(IASR 34: 266-267 & 268-269, 2013)。GAS咽頭炎患者の小児科定点報告、STSS全数患者届出を徹底し、T血清型、emm 遺伝子型、薬剤感受性等に関する溶血性レンサ球菌全体の病原体サーベイランスを医師等へ還元することが、病態解明、患者早期治療に繋がる。東南アジアで多数死亡者を出した豚レンサ球菌(S. suis)感染症は国内でも発生しているが(本号13ページ)、典型的なβ溶血は起こさない(https://idsc.niid.go.jp/iasr/rapid/pr3077.html および IASR 26: 241-242, 2005)。上記β溶血性以外のレンサ球菌に関する情報にも注意が必要である。