国立感染症研究所

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麻疹 2021年7月現在

(IASR Vol. 42 p177-179: 2021年9月号)

 

 麻疹は麻疹ウイルスによる急性感染症である。主な症状は, 発熱, 発疹, カタル症状である。また麻疹ウイルスは免疫細胞に感染するため, 感染者の免疫機能を抑制し, 約3割の感染者に中耳炎, 腸炎, 脳炎, 肺炎などの合併症を引き起こし, 肺炎や脳炎を合併した場合には死亡することもある。また, 稀だが, 感染・治癒してから数年から十数年後に発症する亜急性硬化性全脳炎(SSPE)と呼ばれる予後不良の脳炎を引き起こすことがある(本号4ページ)。麻疹ウイルスは飛沫感染, 接触感染のみならず空気感染し, その感染力は極めて強い。世界保健機関(WHO)は, 2019年においては, 全世界における麻疹による死亡者数は, 2016年から約50%増加し, 207,500人になると推計している(https://www.who.int/news/item/12-11-2020-worldwide-measles-deaths-climb-50-from-2016-to-2019-claiming-over-207-500-lives-in-2019)。

 一方, 麻疹は麻疹ウイルスの自然宿主がヒトのみであること, 有効なワクチンがあること, 不顕性感染が少なく正確な診断方法があること, 等から排除が可能な感染症と考えられており, WHOでは麻疹の排除を目指している。日本が所属するWHO西太平洋地域(WPR)の地域委員会では, WPRから麻疹を排除することを2005年に決議した。これを受け, 日本では2006年から麻しん含有ワクチンの2回接種(第1期, 第2期)を導入, 2007年12月には厚生労働省が「麻しんに関する特定感染症予防指針」(2019年4月最終改正, 以下指針)を告示し, 当時の流行の中心であった10代の免疫を強化するため, 中学1年生(第3期), 高校3年生相当年齢者(第4期)を対象に5年間(2008~2012年)の補足的ワクチン接種を定期接種として実施する, などの麻疹排除に向けた対策を強化した。これらの対策により2009年以降, 麻疹患者数は大幅に減少し, 2015年にはWPR麻疹排除認証委員会より日本は麻疹排除状態であると認定された。排除状態の維持は2018年までは確認・認定されており, 以後2020年までの状況については, 同委員会による検証が進んでいる。

感染症発生動向調査

 麻疹は感染症法上の5類感染症である(届出基準・病型はhttps://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/01-05-14-03.html)。麻疹が全数届出になった2008年の届出数は11,013例であったが, それ以後2019年までは35-744例で推移し, 特に2019年は2009年以降で最多となる744例が届出されたが, 2020年は最少となる12例と大きく減少した(図1)。

 2020年に届出された患者(n=12)を病型別でみると, 発熱, 発疹, カタル症状の3主徴のうち, 1ないし2症状のみの非典型例でかつ検査陽性例である修飾麻疹が12例中5例(42%)であった。推定感染地域は7症例が国内, 3症例はタイ, 1症例がブラジルまたは国内とされ, 1症例が不明とされた。

 患者を年齢群別にみると, 20歳未満の患者が6例, 20歳以上の患者が6例であった(図2)。

 予防接種歴は未接種が1例, 1回接種が5例, 2回接種が2例, 接種歴不明が4例であり, 定期接種対象年齢に達していない1歳未満の症例は報告されなかった()。

検査診断の状況

 指針では, 原則, すべての麻疹疑い症例に対してIgM抗体検査とウイルス遺伝子検査を実施することを求めている。IgM抗体検査用検体は医療機関から民間検査機関に, 遺伝子検査用検体は医療機関から主に地方衛生研究所(地衛研)に送られ検査が行われている。2020年は全12症例のうち11症例が検査診断例として報告されたが, 遺伝子検査で陽性となったのは5症例であった。ウイルス遺伝子検査はreal-time RT-PCR法で遺伝子の検出を試み, 陽性であった検体は麻疹ウイルスN遺伝子上の遺伝子型決定部位450塩基の解析を行うことを指針で推奨している。得られた塩基配列情報は遺伝子型の確認のみでなく, ワクチン株との鑑別, 集団発生時の疫学的リンクの確認や, 輸入例かどうかの鑑別のため利用されている。

ウイルス検出状況

 2020年に地衛研でウイルスが検出され, 感染症サーベイランスシステム(NESID)の病原体検出情報に報告されたものは, ワクチン株を除くと5件(全麻疹症例数12例)であった(図3)。報告されたウイルスの遺伝子型はいずれも遺伝子型D8に分類された。

ワクチン接種率

 2006年度より開始された麻しん風しん混合ワクチンを用いた第1期, 第2期の2回接種が定期の予防接種に導入され, 現在も継続中である。2019年度の麻しんワクチン接種率(麻しん単抗原ワクチン接種を含む)は, 第1期 95.4%, 第2期は94.1%であった(https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou21/dl/201014-01.pdf)。第1期は目標とする95%を日本全体で上回ったものの, 17道府県は90%以上95%未満の接種率にとどまった。第2期は12年連続で90%を超えたものの, 95%にはわずかに達しなかった。ちなみに95%以上の接種率を上回ったのは17県のみであった。

抗体保有状況

 2020年度の感染症流行予測調査は18道府県の地衛研で, 麻疹のゼラチン粒子凝集(PA)抗体価の測定により実施された(本号5ページ)。採血時期は主に2020年7~9月とした。麻疹のPA抗体価1:16以上の2歳以上の抗体保有率は全体で98%であったが, 1歳児の抗体保有率は69.8%と, 前年より11.8ポイント低下した(図4)。

今後の対策

 2019年の世界の麻疹症例数は, 1996年以降最多となる約87万症例であり, 2020年にはおよそ9.4万症例と大幅に減少したが, いまだに多くの国で流行している(本号7ページ)。2020年は新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界的流行となり, 訪日外国人旅行者数は411万人であり, 前年比87%減と大幅に減少した(https://www.jnto.go.jp/jpn/statistics/data_info_listing/pdf/210120_monthly.pdf)。訪日者からの麻疹の持ち込みリスクは低下していたと考えられるが, COVID-19への対策が進み, 今後訪日外国人の増加, 海外への渡航日本人の増加など, 状況が変化した場合, 海外からの麻疹ウイルスの持ち込みリスクは上昇すると考えられる。

 また, 海外からの麻疹ウイルスの持ち込みを未然に防ぐことは困難であることから, ウイルスが持ち込まれた場合でも感染が拡大しない環境を, 平時から整えておくことが求められる(本号8&9ページ)。そのためには, ①2回の定期接種の接種率を95%以上に維持し, 抗体保有率を高く維持すること, ②早期に患者を発見し, 適切な感染拡大阻止策を行えるよう検査診断を確実に行い(本号11, 13&14ページ), サーベイランス体制を強化すること, ③感染するリスクの高い医療関係者, 海外旅行者, 空港等不特定多数と接する機会の多い職場で働く者, 児童福祉施設や学校などで働く者等への必要に応じたワクチン接種を勧奨すること, 等が求められる。また, 効率的なサーベイランス活動に資するために, 自治体間での情報共有や国際協力(本号16ページ)の促進も重要である。  

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

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