国立感染症研究所

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<特集>流行性耳下腺炎(おたふくかぜ)2016年 9月現在

(IASR Vol. 37 p.185-186: 2016年10月号)

流行性耳下腺炎(おたふくかぜ, 以下ムンプス)は, パラミクソウイルス科ルブラウイルス属のムンプスウイルス(MuV)による小児の代表的な感染症である。MuVの血清型は1つであるが, SH遺伝子(316塩基)の配列に基づきA~Nまでの12種類(EとMは欠番)の遺伝子型に分類される(IASR 34: 224-225, 2013)。

耳下腺の腫脹と疼痛, 発熱を主訴とし, 一般に予後良好である。全感染例の30~35%が不顕性感染例だが, 年齢が高くなるほど顕性発症率が高くなり, 1歳では20%, 4歳以上では90%程度が発症するという報告もある。また, 無菌性髄膜炎(発生頻度1~10%)や脳炎(同0.02~0.3%), 膵炎、精巣炎, 感音性難聴(ムンプス難聴)などを合併する場合がある(本号1517ページ)。特にムンプス難聴は予後不良で, 頻度も高い(患者の0.1~0.25%)(本号17ぺージ)。

MuVは感染者の唾液中に排出され, 飛沫感染もしくは接触感染によって伝播する。不顕性感染例もウイルスを排泄し感染源となる。潜伏期間は2~3週間で, 耳下腺腫脹の6日前から感染性を有する。学校保健安全法では, 第二種学校感染症に指定されており, 耳下腺, 顎下腺または舌下腺の腫脹が発現した後5日を経過し, かつ全身状態が良好になるまで出席停止である。ムンプスの基本再生産数(R0:100%感受性者の集団で, 一人の患者が平均何人の人に感染させるかを表す数字)は, 4~7, もしくは11~14とされ(本号15ページ), 風疹(7~9)や水痘(8~10)と同程度である(麻疹は16~21)(https://idsc.niid.go.jp/training/20kanri/003.html)。R0から推計される流行を抑制するために必要な集団免疫率は75~93%である(本号15ページ)。

感染症発生動向調査:流行性耳下腺炎(ムンプス)は, 感染症法に基づく5類感染症定点把握疾患であり, 全国約3,000カ所の小児科定点医療機関から週単位で患者数が報告されている(届出基準:http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/01-05-27.html)(図1)。

国内では1981年におたふくかぜワクチンの任意接種が始まったがその接種率は低く, 3~5年ごとに大規模なムンプス流行が発生した。1989年4月に, 麻しんワクチンの定期接種時に, 麻しん・おたふくかぜ・風しん混合(MMR)ワクチンの選択が可能となったことから接種率が上昇し, 患者報告数は一時的に減少した。しかし, MMRワクチンに含まれていたおたふくかぜワクチン株による無菌性髄膜炎の発生が社会問題となり(http://www.mhlw.go.jp/stf2/shingi2/2r9852000000bx23-att/2r9852000000bybc.pdf), 1993年4月にMMRワクチンの接種は中止され, 以降はおたふくかぜ単味ワクチンによる任意接種となった。結果, おたふくかぜワクチン接種率は再び低迷し, ムンプスは4~5年ごとの全国流行を繰り返した(図1)。感染症流行予測調査によると近年の接種率は30~40%であり(本号14ページ), 国内血清銀行保管血清を用いた抗体保有率は70%程度(本号15ページ)で, 流行を抑制するために必要な集団免疫率には到達していない。

流行性耳下腺炎は小児科定点報告であるため成人の正確な発症状況は不明であるが, 報告患者のうち6歳未満の患者割合が減少し, 10歳以上の患者割合が増加傾向にある(6歳未満患者は, 2009年の63.9%に対し2015年は55.6%, 一方10歳以上患者は2004~2005年の7%に対し2013~2015年は9.9~10.5%)(図2)。

ムンプス患者の一部は, 全国約500カ所の基幹定点(病床数300以上の医療機関)から無菌性髄膜炎としても報告されている(届出基準:http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/01-05-40.html)。2006~2016年(2016年は第1~35週)に無菌性髄膜炎として報告された患者のうち, 10~20%で病原体検査の結果, 病原体が報告され, その中の42%をMuVが占め, ムンプスの流行期には, MuVの割合が増加する(図3)。

ムンプスウイルス(MuV)分離・検出状況

全国の地方衛生研究所(地衛研)では, 病原体定点(小児科定点の約10%)および全基幹定点で採取された検体の病原体検査を行っている。2006年1月~2016年8月までの地衛研からのMuV検出の報告数は2,012例で, その臨床診断名は流行性耳下腺炎が1,366例(68 %), 無菌性髄膜炎が444例(22%)等であった(2016年9月14日現在報告数)(図4)。

国内流行のMuV遺伝子型は, 1980年代はB, 1993~1998年はBとJ, 1999年はGとL, 2000年以降はGである(IASR 34: 224-225, 2013)。2016年までの遺伝子型Gの分離株はすべてGeとGw系統であったが, 2015~2016年にかけて沖縄と北九州市で1例ずつ2014年の香港分離株に近縁のGhk系統が検出された。また, 愛知県では中国本土で流行する遺伝子型Fが1例検出された(本号10ページ)。

ムンプスの実験室診断

ムンプスの確定診断には, 臨床診断のみならず実験室診断が必要である(本号13ページ)。ワクチン未接種患者であればIgM抗体検査が有用である。遺伝子検出による診断としてRT-PCR法(ムンプスウイルス病原体検査マニュアル;http://www.niid.go.jp/niid/images/lab-manual/Mumps2015.pdf)や簡便で迅速なRT-LAMP法がある。RT-PCR法はウイルスゲノム解析による株の特定ができるため, ワクチン副反応例の確定診断や野外株の系統解析, 感染経路の追跡に有用である(本号3,4,5,7,9,1019ページ)。

おたふくかぜワクチンをめぐる状況と今後の展望

ムンプスはワクチン予防可能疾患であり, 世界121カ国が, MMRワクチンの2回接種を定期接種に組み込んでいる(本号17ページ)。現在, 先進国でおたふくかぜワクチンの定期接種が導入されていない国は日本だけである。2012(平成24)年5月23日の厚生科学審議会感染症分科会予防接種部会は, 「予防接種制度の見直しについて(第二次提言)」において, 「広く接種を促進していくことが望ましい7ワクチン」におたふくかぜワクチンを加えた。

現在任意接種で使用されている国産ワクチンは星野株と鳥居株である。国産ワクチン株の副反応報告数とワクチンの出庫数に基づく算定では, 無菌性髄膜炎の発症率は全年齢でみると1.62/100,000であった(庵原俊昭ら, 臨床とウイルス42: 174-182, 2014)。一方, 庵原らの1~3歳のみを対象とした調査では, 世界中で使用されているJeryl-Lynn株並みの0.185/100,000人で, 接種年齢が若いほど髄膜炎発症頻度は下がる傾向にあった。これらの数値は現在ワクチン添付文書に記載されている副反応頻度(ワクチン接種対象年齢以外の年齢を含む接種者の調査から推定), 1/2,300(星野株), 1/1,600(鳥居株)よりも遙かに低い。

過去の経験から髄膜炎発症率の低いMMRワクチンの開発が必要である。また, ムンプスの流行を抑え, ムンプス難聴やその他の合併症を予防するために, 引き続きおたふくかぜワクチンの定期接種化への検討が求められている。

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