国立感染症研究所

IASR-logo

百日咳 2021年1月現在

(IASR Vol. 42 p109-110: 2021年6月号)

 

 百日咳は, 感染症法に基づく医師の届出基準では「百日咳菌(Bordetella pertussis)によって起こる急性の気道感染症」と定義されている。主な症状は長期間続く咳嗽であり, 新生児や乳児が罹患すると重症化する。国内では従来, 沈降精製百日せき・ジフテリア・破傷風混合ワクチン(DPT)が定期接種として接種されてきたが, 2012年11月からDPTに不活化ポリオワクチン(IPV)を加えたDPT-IPVが定期接種に導入された。DPT-IPVの接種スケジュールは, 初回接種は20日以上(標準的には20~56日)の間隔をおいて3回, 皮下に接種(標準として生後3~12か月の間に), その後, 追加接種として初回接種終了後, 6カ月以上の間隔をおいて(標準的には初回接種終了後12~18カ月の間に), 1回皮下に接種することとされている。百日せきワクチンの免疫効果は約3~4年で減弱し, 既接種者も感染し発症することがある。先進国では青年・成人の感染者が感染源となり, 家族やワクチン未接種児に感染し, 時に重症化することが問題となってきた(本号3,4ページ)。海外では乳児の百日咳予防策の1つとして, 百日せき, ジフテリアの抗原量を減量した成人用(破傷風・ジフテリア・百日せき)三種混合ワクチン(Tdap:国内未承認)の妊婦を含む青年・成人への接種が推奨されている(IASR 40: 14-15, 2019)。日本ではTdapの代わりにDPTを任意接種で使用することができる。

 2018年1月1日から, 百日咳は感染症法に基づく全数把握対象の5類感染症となった(IASR 39: 13-14, 2018)。これにより, 感染症発生動向調査(NESID)に届け出られる症例は百日咳の臨床的特徴を有し, かつ原則的に実験室診断により診断が確定した症例となった(届出基準はhttps://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/01-05-23.html)。

 実験室診断:百日咳の病原体検査には菌培養検査, 血清学的検査, 菌遺伝子検査がある(IASR 38: 33-34, 2017)。菌培養検査は特異性に優れるが, 特殊な培地を要する。また, 感染時に気道に存在する菌量が相対的に多い乳児患者でも, 菌培養検査の陽性率は60%以下と低い。ワクチン既接種者や菌量が少ない青年・成人患者からの菌分離はより困難である。血清学的検査には世界的には抗百日咳毒素抗体(抗PT-IgG)の抗体価が用いられているが, 世界保健機関(WHO)は免疫系が十分に発達していない乳児, ワクチン接種後1年未満の患者には適用できないとしている。国内では2016年に百日咳菌に対するIgMおよびIgA抗体を測定する血清学的検査が承認, 保険適用された。菌遺伝子検査は最も感度が高く, 世界的にはリアルタイムPCR法が採用されている。国内では特異性の高い検査法として百日咳菌LAMP法(loop-mediated isothermal amplification)が開発され, リアルタイムPCR法よりも簡便・迅速な診断が可能となり, 2016年11月から保険適用となった。なお, 百日咳の検査法は患者の症状発現日からの時期により, 用いる検査法の推奨時期があり, 正確な診断には上記検査法の使い分けが重要となる(詳細は「感染症法に基づく医師届出ガイドライン(初版)百日咳」https://www.niid.go.jp/niid/images/epi/pertussis/pertussis_guideline_180425.pdfを参照のこと)。

 感染症発生動向調査(NESID):2018~2020年までの全医療機関からの週ごとの届出患者数(図1)を示す。全数届出が始まった2018~2020年の3年間に発生動向調査に届出された百日咳患者は31,909例であった。2018年は第16週頃より届出数が増え始め, 年間で12,116例の届出があった。翌2019年も年間16,846例が届出されたが, 新型コロナウイルス感染症が流行した2020年は2,947例にとどまった(本号5ページ)。

 2018~2020年の患者年齢中央値は10歳(範囲0~98歳)で, 年齢群としては5~9歳の患者が全体の36%を占め最も多く, 次いで10~14歳(26%)であった。0歳児の患者は全体の約5%であった(図2)。年齢別にみると, 6~13歳の小中学生世代に患者の集積を認めた(図3)。また, 百日咳に罹患すると重症化しやすいとされる6か月未満児の患者数は1,398人(4.7%)であった。加えて, これまでの小児科定点報告では患者数が不明確であった成人層にも少なからず百日咳患者が存在しており, 30代後半~40代にやや集積を認めた。

 届出された患者のうち, 届出ガイドラインを満たしたのは29,833例で, 4回の百日せき含有ワクチン接種歴があるものが全体の57%(17,062例)を占めており, 20歳以下では73%(16,646/22,822例), 5~15歳に限定すると80%(15,243/18,929例)であり, 小児患者の多くはワクチン既接種者であった(図3)。これらの割合は2018年以降ほとんど変化していない。

 集団感染:国内では2007年に大学などで200人以上の感染者が疑われた大規模な集団感染が発生した(IASR 29: 70-71, 2008など)。近年では, 小中学校での集団発生を発端とした地域での患者発生数増加(IASR 38: 25-26&26-28, 2017など), 都市部での集団発生報告(IASR 40:7-9&10-12, 2019)がある。全数届出となり, より詳細な患者情報が届け出られることから, 今後は集団発生事例のより早期の探知, 対応が期待される。

 百日咳抗体保有状況:2018年度の感染症流行予測調査によると, 百日咳菌の百日咳毒素(PT)に対する抗体保有率は, 月齢6~11か月は80%であった(https://www.niid.go.jp/niid/ja/y-graphs/8815-pertussis-yosoku-year2018.html)。その後抗体保有率は低下し,7~12歳で最も低くなり, それ以降は年齢とともに上昇していた。国内では90か月(7歳半)以降に百日せきワクチンの追加接種が行われていないことから, 学童期における自然感染の存在の可能性が示唆された。また, 前回調査(2013年度)で確認された4~7歳の抗体保有率低下が経時的に7~12歳にシフトしており, この年齢層ではワクチン効果が減衰している可能性が指摘されているが, その原因はまだ明らかになっていない。

 百日咳の病原体と分子疫学:百日咳菌に関しては, 近年国内では欧米の流行株であるMT27株が増加傾向にあるとされているが(IASR 40:3-4, 2019), 遺伝子検査の普及と菌培養検査の減少により得られる臨床分離株が減少し, 流行株の性状把握が困難になっている。治療の第一選択薬はマクロライド系抗菌薬であるが, 近年はアジア地域における耐性菌の検出報告が続いている(本号7ページ)。国内でもマクロライド耐性百日咳菌が臨床分離されており(本号8ページ), 臨床分離株の収集と耐性菌のモニタリングの継続は重要である。百日咳菌と同様な咳嗽症状を引き起こす百日咳類縁菌として, パラ百日咳菌(Bordetella parapertussis)とBordetella holmesiiが挙げられるが, 両菌の国内感染例の報告は少ない。

 おわりに:2018年1月1日から開始されたNESIDへの全数届出により, これまで明確ではなかった6か月未満児の症状や成人の患者数, 患者のワクチン接種歴などの詳しい疫学情報が得られるようになった。今後これらの情報を基に, 集団発生事例の早期発見・早期対応が実施されるとともに, 効果的な百日咳予防, 対策の検討, 実施が期待される。 

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

Top Desktop version