国立感染症研究所

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ベトナム人HIV感染者の血液から分離されたTalaromyces marneffeiによるマルネッフェイ型ペニシリウム症の一例

(IASR Vol. 38 p.105-106: 2017年5月号)

はじめに

Talaromyces marneffei(旧名:Penicillium marneffei)はタイ, 中国南部, ベトナムなどの東南アジアを中心に分布する温度依存性二形性真菌であり, マルネッフェイ型ペニシリウム症の原因真菌である。わが国ではマルネッフェイ型ペニシリウム症は輸入真菌症として位置付けられている。T. marneffeiはヒトに比較的高い病原性を有するが, 健常者に対する感染力は高くなく, AIDSなどの免疫機能が低下した易感染性宿主に感染し発症することが多い。今回, HIV陽性者の血液培養, 喀痰および便からT. marneffeiを数日で分離し, 推定できた症例を経験したので報告する。

 症 例

20代男性, ベトナム人留学生。2016年10月に語学留学のため来日し, 12月頃より腹痛・発熱・皮疹を認め近医受診で胃腸炎と診断された。その後も症状が改善せず, 吐血したために近医を受診しHIV抗原・抗体陽性が判明し, 2017年1月に当院へ紹介され緊急入院となった。上部消化管内視鏡検査にて食道カンジダ症, 出血性胃炎を認め, 入院当日にタゾバクタム/ピペラシリンおよびミカファンギンが投与された。その後, 輸入真菌症を疑い, 抗菌薬を入院翌日からアムホテリシンBリポソーム製剤に変更した。2週間後, 抗菌薬をイトラコナゾールに変更し, 第22病日に症状が落ち着いたところで患者の希望により継続治療目的で帰国・転院した。院内感染対策として入院は個室で対応した。

検査結果

来院時検査所見はWBC: 1,300/μL(Mono 3.7%, Neut 93.4%, Eos 0.1%, Baso 0.0%, Lym 12.7%), CD4陽性Tリンパ球数: 1/μL, CD8陽性Tリンパ球数: 88/μL, Hb 8.7 g/dL, PLT 5.2×104/μL, TP 6.0 g/dL, ALB 2.5 g/dL, CK 322 IU/L, AST 102 IU/L, ALT 37 IU/L, LDH 804 IU/L, Na 124 mEq/L, K 3.3 mEq/L, Cl 91 mEq/L, CRP 7.0 mg/dLであった。来院時に喀痰, 便, 血液培養が提出された。約48時間後血液培養好気ボトルのみが陽性となり, 検鏡にて糸状菌を確認した。血液培養のサブカルチャーを血液寒天/ドリガルスキー改良培地(日水製薬)およびクロムアガーカンジダ培地(BD)にて実施した。28℃で5日間培養したところ, 両方の培地でアスペルギルス様の比較的大きなコロニーが発育し, 培地内に深紅色素が拡散していたため, T. marneffeiによるマルネッフェイ型ペニシリウム症の疑いとした。最終的には喀痰, 便から同様の真菌が検出された。本菌はBSL3の病原体に規定されていることから, P3検査室を持たない当院で分離培養を含めたさらなる細菌検査は実施せず, 千葉大真菌医学研究センターに菌種確定検査を依頼した。β-tubulin遺伝子による解析にてT. marneffeiと同定された。

まとめ

本症例はHIV感染により免疫力の低下が進行, 全身性播種を起こし, マルネッフェイ型ペニシリウム症として, 顕在化したものと考えられた。過去の報告例は10症例程度とわが国ではそれほど多く経験されないが, 近年増加傾向にあると指摘されている。他の輸入真菌症とくらべて病原性は低いものの, BSL3の病原体として規定されていることから, 同定は国立感染症研究所または千葉大学真菌医学研究センターが対応している。

代表的な輸入真菌症には本症のほか, コクシジオイデス症, ヒストプラズマ症, パラコクシジオイデス症, ブラストミセス症などがある。今後は海外交流の増加とHIV感染症の流行に伴い, これら輸入真菌症に遭遇する可能性はより一層高くなると思われる。コクシジオイデス症(第4類)をのぞいて感染症法に規定されていないため, 輸入真菌症の多くは届出対照疾患に含まれておらず, 疫学的な状況を把握するのは容易ではない。輸入真菌症の病原体の多くは感染力が比較的強いことから, 検査技師の感染リスクを回避するため一般的な細菌検査室における取り扱いには特に注意を要する。多種の感染症を想定した検査体制や院内感染対策も含め, 今後は多職種の間で輸入真菌症に関する積極的な情報共有が必要と思われる。

 

参考文献
  1. 山口英世, モダンメディア 56(9): 199-212, 2010
  2. 亀井克彦, Med Mycol J 53: 103-108, 2012
  3. 深在性真菌症のガイドライン作成委員会編, 深在性真菌症の診断・治療ガイドライン 2014, 第3章, I 輸入感染症, 222-230

 

独立行政法人国立病院機構名古屋医療センター臨床検査科
 下坂馨歩 浅香敏之 伊藤淳二 中川 光 土屋貴子 矢田啓二 駒野 淳
同 感染症内科 今村淳治
同 膠原病内科 片山雅夫
独立行政法人国立病院機構東名古屋病院臨床検査科 下坂寿希
千葉大学真菌医学研究センター 亀井克彦

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

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