国立感染症研究所

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COVID-19流行下の小児基幹病院における当院に入院した重症ヒトメタニューモウイルス感染症の状況

(IASR Vol. 43 p188-189: 2022年8月号)

 

 ヒトメタニューモウイルス(human metapneumovirus:hMPV)感染症(hMPV感染症)は, hMPVを原因病原体とする, 乳幼児に多い急性呼吸器ウイルス感染症である。hMPVは2001年にvan den Hoogenらにより小児の気道分泌物から分離された。このウイルスは免疫健常児, 免疫不全児のどちらにおいても, 呼吸器感染症の主要な原因となる1)。小児における感染症法上の届出対象疾患であるRSウイルス(respiratory syncytial virus:RSV)感染症とともに, 高齢者等の成人での発生もあることが知られているが2), hMPV感染症は届出対象ではなく, 流行の把握は困難である。新型コロナウイルス感染症 (COVID-19) のパンデミック発生以降, 国内では種々の呼吸器ウイルス感染症の流行が抑制されてきた。自主的に報告される全国の病原体サーベイランス等でのhMPVの分離・検出報告数は, 2021年には10例にとどまり, 2022年は6月19日現在, 1例も報告されていない3)

 沖縄県立南部医療センター・こども医療センター(以下, 当院)は沖縄県南部保健所管内にあり, 主に沖縄本島南部地域を診療圏とする。一方で, 県内唯一の小児集中治療室を有し, 全県的な重症小児例が集約される医療施設としての特徴を有する。2022年4月以降, 当院で重症hMPV感染症による入院例が複数発生した。過去5年間で当院にhMPV感染症で入院した症例は3例(そのうち重症例は1例)のみであった。2022年4月1日~5月31日の期間に当院へ入院した症例のうち, 発熱かつ低酸素血症を呈し, 人工呼吸管理または高流量鼻カニュラ酸素療法(high flow nasal cannula: HFNC)での呼吸補助を要した症例(これらを重症例と定義する)について, 後方視的に検討した。管轄保健所との間で, 本分析は積極的疫学調査に該当することが確認された。

 対象症例は16例であり, うち15例でhMPVに対する検査が行われ, 計7例がhMPV感染症(PCR検査5例, 迅速抗原検査2例)と検査診断された。また16例全例に対して, 新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)に対する検査が行われ, すべて陰性であった。7例のhMPV感染症患者の年齢の中央値は1歳8か月(範囲:0歳7か月-6歳6か月)で, 男児が4例であった。3歳5か月の男児と, 1歳1か月の女児の2例が人工呼吸管理を要し, 残りの5例はHFNCでの呼吸補助を要した。7例のうち5例が基礎疾患を有しており, そのうち4例は周産期異常を認めていた。それぞれ在胎23週, 26週, 31週で出生した超低出生体重の既往を持つ3例と, 在胎38週の正期産だが1,710gで出生した低出生体重の既往を持つ1例であった()。周産期異常を認めた4例の年齢の中央値は2歳5か月であり, 幼児期以降においても周産期異常の基礎疾患が重症化因子となる可能性が示された。既報でも慢性肺疾患, 乳児, 免疫不全者などに加えて, 早産児であることが重症化因子としてあげられている1,2)。7例のうち入院中に合併症を認めた症例はなく, 全例が軽快し, 後遺症なく退院した。

 hMPVは小児の急性呼吸器感染症の原因として重要な病原体である。生後2歳までに大半の小児がRSVに感染する一方で, hMPVへの感染はやや遅く, 大多数の小児への感染が完了するのは5-10歳までとされている4)。また入院を要した小児の月齢を比較すると, RSVが中央値2-3か月であるのに対し, hMPVは6-12か月と高かったとの報告がある1)

 2022年4月1日~5月31日の期間は, 沖縄県ではSARS-CoV-2が大きく流行しており, 人口当たりの新規陽性患者報告数の7日間平均は, 期間を通じて常に全国最多であった。期間中の新規SARS-CoV-2感染者数は92,908名で, そのうち10歳未満の小児は16,274名(17.5%)であった。当院では緊急入院を要した全患者に対してSARS-CoV-2のPCR検査を施行しているが, 今回対象となった16例の中には入院時点でSARS-CoV-2陽性者はおらず, またhMPVとの共感染例も認めなかった。

 SARS-CoV-2の出現以降, 本邦でも厳格な感染対策が市中においても実施されるようになり, インフルエンザをはじめとして, 特に飛沫感染を起こす呼吸器ウイルス感染症の新規感染者数は激減した。小児においても2年以上にわたって多様な呼吸器ウイルス感染症への曝露機会が減少していたことが考えられ, それにともなう集団としての初感染から引いては免疫獲得の遅れとして影響を受けたことにより, それらの病原体への小児の罹患年齢が上昇した可能性がある。本報告での重症hMPV感染症患者の年齢は, 7例のうち6例(85.7%)が1歳以上であり, 中央値は1歳8か月であった。このことから, 従来は重症化しにくいとされてきた年齢で, 呼吸補助や集中治療管理を要する症例が比較的多く発生した可能性がある。

 今後, SARS-CoV-2に対する感染対策が徐々に緩和されていくことで, 幼児期以降にhMPVなどの呼吸器ウイルスに初感染し, 発症する患者が増加することで, 重症患者も発生する可能性が高まる。なお, ウイルス学的な検討がなされていない点は制限と考えられる。

 hMPV感染症は感染症法で定められた届出対象疾患に含まれていないこともあり, 県内の地域ごとのhMPV流行状況について推測することは困難である。県内では2009~2011年の間に, 急性呼吸器感染症患者から採取された485検体のうち18検体からhMPVが検出され, 17検体がサブグループA2であったとの報告がある5)。しかしながら, その後の流行状況は正確に把握されていない。成人への「COVID-19以外の呼吸器感染症」の波及への警戒を含めて, 今後, 当院の所在する人口の多い南部地域を含めた沖縄県内でのhMPVの流行の実態把握に, 医療機関, 公衆衛生部局双方で努めていきたい。

 

参考文献
  1. Papenburg J, Boivin G, Rev Med Virol 20: 245-260, 2010
  2. Kahn JS, et al., Clin Microbiol Rev 19: 546-557, 2006
  3. 国立感染症研究所, IASR 週別診断名別Human metapneumovirus分離・検出報告数, 2021&2022年
    https://kansen-levelmap.mhlw.go.jp/Byogentai/Pdf/data99j.pdf (2022.6.19閲覧)
  4. Leung J, et al., J Clin Microbiol 43: 1213-1219, 2005
  5. Nidaira M, et al., JJID 65: 337-340, 2012

沖縄県立南部医療センター・こども医療センター    
 小児感染症内科     
  張 慶哲       
 小児総合診療科     
  荒木孝太郎      
国立感染症研究所実地疫学研究センター   
 砂川富正        
沖縄県南部保健所     
 森近省吾 上原健司 酒向摩貴子       
沖縄県衛生環境研究所   
 喜屋武向子 眞榮城徳之

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