国立感染症研究所

IASR-logo

風疹流行に伴う川崎市の緊急ワクチン接種事業

(IASR Vol. 37 p.204-206: 2016年10月号)

風疹流行に伴う最大の問題は, 妊娠初期の女性が風疹に罹患した場合, 胎児に先天性風疹症候群(congenital rubella syndrome: CRS)が高率に出現することである。2013(平成25)年, 都市部を中心として全国的に風疹患者数が急増したため1), 川崎市を含む全国の自治体ではCRS予防のために風しん含有ワクチンの緊急接種事業を実施した。特に川崎市では, 接種対象者を国が勧奨していた 「妊娠を予定する女性」 および 「妊娠している女性の夫」 だけでなく, 「23歳~39歳の男性」にも拡大し, 全国的にも早い時期から麻しん風しん混合ワクチン(MRワクチン)を用いて同事業を開始した。当市における風しん含有ワクチンの緊急接種の状況をまとめ, 全国の状況と比較した。

対象と方法

2013(平成25)年4月22日~2014(平成26)年3月31日まで実施した川崎市の事業を利用して, 風しん含有ワクチンを接種した者24,128人のうち, 接種時に回収した予診票の記載内容が不明または未記入の箇所があった者711人を除外した23,417人を解析対象者とし, 性別, 居住区別, 接種時期別に接種者数を検討した。また, 同時期に「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」に基づき届出のあった川崎市における風疹患者数の推移を全国の推移と比較した。

本研究は, 川崎市健康安全研究所倫理審査委員会の承認(平成27年度第27号)を得て実施した。

結 果

月別の接種者数は, 4月が2,068人, 5月が6,570人, 6月が6,029人で, 5月の接種者数が最も多く, 7月以降は減少したが(図1), 開始後3カ月(4~6月)の接種者数は14,667人で, 全体の62.6%を占めていた。7月は2,378人に減少し, 8月は390人と最も少なかった。当初の期限は9月末で, 同月の接種者数は1,163人に増加したものの, 2カ月延長後も10月939人, 11月1,139人と大きな増加はみられなかった。さらに平成26年3月末までに再度期限を延長したが, 12月以降の3カ月間は517人, 514人, 511人と減少し, 最終期限月の3月に1,199人と増加がみられたのみであった。

対象のうち, 男性は11,998人, 女性は11,419人であり, 8月までは男性が多く, 9月以降は女性が多かった(図2)。曜日別では, 日曜日が438人と最も少なく, 月曜日~金曜日までは2,482~3,247人で, 土曜日が8,690人と最も多かった。月曜日~金曜日までの接種者のうち男性は43.2~46.2%であり, 土曜日は62.3%, 日曜日は62.6%であった(図3)。

同時期の風疹の届出数を全国と比較すると, 川崎市は届出数の減少開始が5月初旬と全国に比べて早く, 6月まで川崎市の方が減少傾向にあった(図1)。これは, 川崎市における緊急ワクチン接種者数の特に多かった時期に一致していた。

考 察

今回の緊急ワクチン接種事業においては, 市内在住で23歳以上の妊娠を予定する女性(23歳~39歳の女性で婚姻している者を算出)が約10万人, 23歳~39歳の男性が約20万人であったため, 計30万人に対し想定接種率を20%と仮定して, 計6万人分のMRワクチン接種のための予算3.8億円を川崎市で確保した。また, 川崎市医師会との協定により, 接種に際しては全面的な協力を得るとともに, 接種者の費用負担を抑えて実施することができた。

事業の開始が4月22日であったことを考慮し, 4月の接種者数を30日に換算すると6,893人と推測され, 6月までの3カ月間が最も効率的に接種できたと考えられる。残念ながら全国的なワクチン不足により7月5日~9月1日まで一時的に対象者を緊急度の高い「妊娠を予定する女性」および「妊娠している女性の夫」のみに限定せざるを得ず, 7月および8月の接種者数は大きく減少したが, 8月までは男性の割合が多かった。全体としても男女比はほぼ1対1であり, 特に事業開始早期には男性の割合が多かったことから, 風疹流行に伴う全国的な注意喚起と川崎市で実施した積極的なワクチン接種勧奨が, 妊娠・出産に直面する女性だけでなく, 多くの男性の意識をも高めることになったと推察される。また, 曜日別では, 特に土曜日に接種する男性の割合が多く, 対象者の状況によっては平日の接種が困難であることが示唆された。緊急ワクチン接種に際しては, 十分なワクチン量を確保するとともに, 祝祭日や職場における集団での接種など接種機会の整備2)についても検討する必要があると考えられた。

今回の事業開始の初期に, 本市の風疹患者数の減少が全国に比べてより顕著であったのは, 早期に対象者を拡大した接種が功を奏したと推察され, 今回の緊急ワクチン接種には一定の効果があったと考えられる。当初想定された対象者約30万人中, 接種者は約8%で, ワクチン不足による対象者の限定は一時的ではあったものの, 8月以降の接種者数の激減に繋がった。早期の接種者数が多ければ, さらなる患者数の低減が期待できたと推察される。

妊婦が罹患することで胎児に感染し, 重篤な異常を来す感染症は風疹だけではなく3), トキソプラズマやサイトメガロウイルス, ヘルペスウイルス, 梅毒などいわゆるTORCH症候群や, 近年, 注目されているジカウイルス感染症もその一つである。この中でワクチンを接種することによって胎児への感染を阻止できるものは風疹のみであり, ワクチンの接種をいかに効率よく実施してCRSの発症を防ぐかは喫緊の課題でもある。今回の事業における接種率から推察すると, 少なくとも20~30代には男女ともまだ多くの風疹含有ワクチン未接種者が存在すると思われる。風疹流行を抑制するためには, 十分多くの人にワクチンを接種することが必須である。流行期における緊急ワクチン接種は可能な限り早期に開始し短期集中的に実施することが有効であるが, 平常時からワクチン未接種者が蓄積したスポットを対象にワクチン接種勧奨を実施することも重要であると考える。

 

参考文献
  1. IASR 36: 117-119, 2015
  2. 職場における風しん対策ガイドライン, 国立感染症研究所, 2015年3月
    http://www.niid.go.jp/niid/images/idsc/disease/rubella/kannrenn/syokuba-taisaku.pdf
  3. 先天性・周産期感染症の実態調査, 小児感染免疫 25(4): 471-472, 2013

川崎市健康安全研究所感染症情報センター
 三﨑貴子 大嶋孝弘 根津 甫 丸山 絢 岡部信彦
東京大学
 占部千由 田中剛平 合原一幸
川崎市健康福祉局健康安全部健康危機管理担当 
 金子幸江 小泉祐子 平岡真理子 瀬戸成子
(2015年4月現在)

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

Top Desktop version