国立感染症研究所

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つつが虫病, 2022年6月現在

(IASR Vol. 43 p173-175: 2022年8月号)

 

 つつが虫病は, 病原体を保有するツツガムシがヒトを刺咬して5~14日の潜伏期間を経て頭痛, 関節痛などをともなって突然の発熱をもって発症する。発疹は体幹から四肢に広がる傾向があり, ツツガムシに刺された部位に特徴的な直径1cm程度の黒色痂皮(eschar)を高率に見出す国内常在のダニ媒介のリケッチア感染症である。つつが虫病は, 新潟県の信濃川や阿賀野川, 秋田県の雄物川, 山形県の最上川などの流域で夏季に発生し, 多くの死者を出す熱性疾患として江戸時代より知られていた。明治初期に, 洪水熱や島虫病として近代西洋医学に紹介され, 国内では“恙虫病”や“ツツガムシ病”と呼ばれるようになった。その後, 日本国内で原因となる病原体と病原体を媒介するベクターの研究が活発に行われ, 1950年につつが虫病として伝染病予防法における届出伝染病となった。1999年4月施行の「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(感染症法)」に基づく感染症発生動向調査(NESID)でも, 診断した医師は直ちに保健所に届け出なければならない全数把握の4類感染症に定められた(届出基準はhttp://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/01-04-18.html)。臨床的には, マダニによる日本紅斑熱との鑑別が難しく, 届出には実験室診断での鑑別, 確定が必要となる。また, マダニ媒介の重症熱性血小板減少症候群(SFTS)と患者発生地域が重複する場合も多く, 熱性疾患としての鑑別を難しくしている(本号14ページ)。

 日本に分布するつつが虫病病原体Orientia tsutsugamushiには複数の血清型が存在し, 標準3血清型(Kato, Karp, Gilliam型)の他, Kawasaki(Irie), Kuroki(Hirano), Shimokoshi型の計6種類の血清型が主に知られている。患者の発生地域と時期は, 媒介するツツガムシの種類とそれらの地理的分布および幼虫の活動時期によって異なる(本号4ページ, 5ページ, 6ページ, 7ページ, 9ページ, 10ページ, 11ページ)。アカツツガムシは北日本の一部に限られ, Kato型を媒介する。フトゲツツガムシは全国に分布しKarp型とGilliam型を媒介し, タテツツガムシは東北南部から九州まで分布しKawasaki型とKuroki型を媒介するとされている。近年, ヒゲツツガムシがShimokoshi型を保有することが報告された。また, 沖縄県のつつが虫病はデリーツツガムシが媒介し, デリーツツガムシが保有するO. tsutsugamushiは九州以北の型と異なり, 台湾やタイに分布する型に近縁であることが確認されている(IASR 38: 120-121, 2017)。

発生動向調査

 1950年の伝染病予防法による患者届出制度開始当時は年間患者届出数100例程度であったが, 1960~1970年代は少なかった。しかし, その後再び全国各地でつつが虫病患者が増加し, 1984年には957例(2022年までの期間で最多)の届出があった。1991年以降は減少傾向にあったが(IASR 18: 197-198, 1997), 1997年から再び届出数が増加に転じ, 感染症法施行後の2000年は792例であった。2001年以降は毎年300-500例程度が届け出られている(図1)(IASR 38: 109-112, 2017)。

 NESIDのシステムが2006年に現行システムに変更されて以降の2007~2021年には6,576例の届出がある。推定感染地は国内6,520例, 国外26例(本号13ページ), 不明30例であった。都道府県別届出数は鹿児島県が最多(年平均66例, 範囲:38-92)で, 次いで宮崎県, 千葉県, 福島県であった(および図A:https://www.niid.go.jp/niid/images/iasr/2022/8/510tfa.gif参照)。

 近年の月別届出数は, 全国集計では3~5月の春と11~12月の秋~初冬にかけた2つのピークがある(図2)。患者発生時期はツツガムシの種ごとの生息地域での幼虫の活動時期に左右される。寒冷に強いフトゲツツガムシが主に分布する地域では, 孵化後の秋~初冬に患者が発生すると同時に, 越冬した幼虫により春にも患者届出数のピークがみられる。一方, 寒冷に弱いタテツツガムシの幼虫は越冬できず, その生息地では孵化した後の秋~初冬にかけて患者発生数のピークを示す。鹿児島県, 宮崎県など積雪が少ない地域では秋~初冬にかけた発生が多い。青森県, 山形県, 新潟県など積雪のある東北地方では春に患者の届出数が増加するが, 秋~初冬にも小さなピークがみられる。福島県は東北地方でも秋の患者ピークが大きい(本号5ページ)。富山県, 石川県, 福井県などの北陸地方では, 隣接している新潟県との患者発生状況とは異なり, 大部分が11~12月に届出されている。中国地方の広島県と島根県は隣接していながらその発生パターンは明らかに異なる(本号910ページ)(図2および図B:https://www.niid.go.jp/niid/images/iasr/2022/8/510tfb.gif参照)。

 性別年齢分布:男性3,707例(56%), 女性2,869例(44%), 60代以上の患者が多く, 年齢中央値は69歳(男性68歳, 女性71歳)であった(図C:https://www.niid.go.jp/niid/images/iasr/2022/8/510tfc.gif参照)。

 症状および所見:届出票の記載では, 2007~2021年の期間で, 発熱6,201例(94%), 発疹5,716例(87%), 刺し口(黒色痂皮)5,503例(84%), 頭痛2,491例(38%)であった(重複を含む)。その他に肺炎154例(2%)や脳炎40例(0.6%)が認められた。届出時点の死亡例は30例(届出症例の0.5%), うち17例は東北からの報告であった。届出票に項目のない所見として, 血液データでは, 血小板減少, C反応性蛋白の上昇, 肝逸脱酵素の上昇, がみられることが多く, 鑑別対象となる日本紅斑熱では手掌や足底部にもみられる発疹が, つつが虫病では稀である(本号14ページ)。

 実験室診断:届出患者の診断方法は, 血清抗体検出5,268例(80%), PCR法による遺伝子検出1,516例(23%)(検体:血液1,085, 痂皮等の病理組織など720), 分離337例(5%)(検体:血液314, 病理組織18など)等であった(重複を含む)。

 近年, PCR法による遺伝子検出が増えてきているが, 遺伝子検出に最も適した黒色痂皮が見つからない症例もあり, 血清抗体価の測定も依然として重要である。Kato, Karp, Gilliamの標準3血清型の抗原を用いる間接蛍光抗体法は保険適用され, 民間検査所でも検査可能である。また一部の地方衛生研究所等では, 標準型抗原に加えて地域で流行している血清型抗原を用いる検査も行っている。ただし, 交叉性が低いShimokoshi型の分布が, 北日本のみならず西日本でも確実に確認されていることから, 血清診断における抗原の選択には注意が必要になっている(本号10ページ)。また, 急性期材料における遺伝子検出の検出限界, 偽陰性に加え, 急性期血清ではIgM抗体の検出もできない症例が多いことから, ペア血清による抗体測定も忘れてはならない。

おわりに

 つつが虫病などのリケッチア症の治療には, テトラサイクリン系の有効な抗菌薬がある。近年, SFTS等の抗菌薬の効かないウイルス性のダニ類が媒介する多様な感染症が国内に存在することが明らかになってきた。医療現場においては, 鑑別を要する疾患を理解するとともに, 地域に存在するつつが虫病などの情報を地域の特徴とともに積極的に発信し, 患者発生時のすみやかな受診に繋げることが, 重症例, 死亡例などをなくすことになる。

 

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

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