国立感染症研究所

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東京都におけるⅠ期・Ⅱ期梅毒の発生動向-2007~2018年の届出状況と2019年に開始された新規届出事項の分析-

(IASR Vol. 41 p6-8: 2020年1月号)

はじめに

わが国において, 梅毒は減少傾向にあったが, 近年, 感染が広がっていることが明らかとなっている1,2)。東京都は, 梅毒の届出率が全国で一番高い自治体であり, 全国の届出数の約30%を占める3)。東京都では, 2011~2013年に男性と性交をする男性(men who have sex with men: MSM)を中心とした梅毒の増加がみられ4,5), 2015年には, 男女ともに異性間性的接触による感染が急増した6,7)。このような状況において, 梅毒の動向を十分に把握し対策を行う関係者に情報還元していくことが重要である。今回, 東京都における2007~2018年の早期顕症梅毒の発生動向について分析するとともに2019年より開始となった新たな届出事項について暫定集計し分析を行ったので報告する8)

方 法

2007~2018年に東京都内の医療機関で診断されⅠ期・Ⅱ期梅毒として届け出られた者を対象とした。分析には, 性別, 診断時の年齢, 診断日, 病型, 性的接触のパートナー, 感染地域, 医療機関の所在地の情報を用いた。また, 2019年1~10月の同様の者を対象とし, 性風俗産業の従事歴・利用歴(直近6カ月以内), 梅毒の既往歴, HIV感染症の合併, 口腔咽頭病変, 妊娠の有無に関して分析を行った。

結 果

1. 2007~2018年の届出状況

届出率(人口10万対)は, 2010年を境に男性を主体として年々増加傾向にあったが, 2015年に入り男女とも急増し, 2016年はさらに増加した(図1)。その後, 2017~2018年では2016年と同様の高い率で推移している。東京23区での届出率はそれ以外の地域と比べて著しい増加がみられる。2018年の届出率は9.2(男性12.7, 女性5.9)であり, 同年の地域別の届出率は, 東京23区で12.2, 東京23区以外で2.6であった。推定感染地は, 2018年では国内が94%を占めた。病期別の届出数は, 2018年にⅠ期560人, Ⅱ期718人, 2010年ではそれぞれ17人, 96人であったことから, 比較するとⅠ期では約33倍,Ⅱ期では約7倍に増加した。2018年の年齢の中央値は, 男性38歳, 女性26歳であった。

MSMによる感染事例は一貫して増加傾向にあり, 2014年以降では, それに加え男女ともに異性間の感染事例の報告が急増している(図2)。2015年には, 男性・女性の異性間性的接触の届出数はMSMの届出数を上回った。2016~2018年では, MSMおよび男性の異性間の感染事例について増加はみられないが, 女性の異性間の感染事例は引き続き増加しており, これは主に20代での増加が寄与している。

2. 2019年に開始された新規届出事項の分析

2019年1~10月の都内でのⅠ期・Ⅱ期梅毒届出数は計1,002人(男性733人, 女性269人)であった(2019年11月13日現在)。このうちMSM, 男性の異性間性的接触, 女性の異性間性的接触の届出数はそれぞれ, 243人, 327人, 231人であった。性風俗産業の従事歴・利用歴(直近6カ月以内), 梅毒の既往歴, HIV感染症の合併について不明を除いた分析結果を図3に示した。性風俗産業の従事歴は女性の異性間性的接触で多く64.7%にみられ, 利用歴は男性の異性間性的接触で多く68.8%でみられた。MSMの38.6%に梅毒の既往歴があり, また, 男性の異性間性的接触では7.0%, 女性の異性間性的接触では12.8%に梅毒の既往がみられた。HIV感染症の合併は, MSMで多く64.7%にみられた。口腔咽頭病変は, 男性で10人(1.4%), 女性で3人(1.1%)にみられた。また, 女性のうち8人(3.0%)が妊婦であった。

考 察

都内では東京23区を中心として梅毒の増加がみられる。2015~2016年の急増と比較すると, 2017~2018年において男性はほぼ横ばいで推移し, 女性は緩やかな増加となった。異性間性的接触による感染の背景として, 性風俗産業の従事や利用が明らかとなり, MSMでは, 梅毒の既往やHIV感染症合併が感染リスクであることが示唆された。口腔咽頭病変は梅毒の感染源になりうることから, 口腔性交による感染の広がりが危惧される。また, 妊婦の梅毒感染が一定数把握され, 母子保健担当との連携を進め対応していく必要があると考えられる。東京都では2018年より梅毒の増加に対して緊急対策を実施しており, 普及啓発の強化, 検査体制の拡充, 人材の育成に努めている9)。2018年も高い届出率がみられていることから, 今後もリスク層に対し必要な対策を実施することで感染拡大防止につなげていくことが重要となる。

謝 辞

梅毒の届出を担う都内の医療従事者の方々, 届出情報を取り扱う保健所の感染症サーベイランス担当の方々に深謝する。

 

参考文献
  1. 高橋琢理ら, IASR 35: 79-80, 2014
  2. Takahashi T, et al., Sex Transm Dis 45(3): 139-143, 2018
  3. IASR 36: 17-19, 2015
  4. 杉下由行ら, IASR 35: 132-134, 2014
  5. Sugishita Y, et al., Jpn J Infect Dis 69(2): 154-157, 2016
  6. 村上邦仁子ら, IASR 38: 62-64, 2017
  7. Sugishita Y, et al., Western Pac Surveill Response J 10(1): 6-14, 2019.
  8. 厚生労働省健康局結核感染症課長:感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律施行規則第4条第6項の規定に基づき厚生労働大臣が定める5類感染症及び事項の一部を改正する件の施行に伴う各種改正について (通知). 健感発1018第2号, 平成30年10月18日
  9. 杉下由行ら, 日本性感染症学会誌 30(1), 2019(in press)
 
 
東京都福祉保健局
 杉下由行 二宮博文 渡邊愛可 中坪直樹

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