IASR-logo

新型コロナウイルス感染症患者鼻腔・鼻咽頭ぬぐい液および唾液検体における新型コロナウイルス分離培養の比較解析―富山県衛生研究所

(IASR Vol. 43 p20-22: 2022年1月号)

 
はじめに

 富山県では以前, 新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)陽性検体を培養細胞に添加してウイルス分離を行い, 感染性の有無を評価し, リアルタイムPCRによるCt値との相関について解析した1)。評価する過程で, 鼻腔・鼻咽頭ぬぐい液検体においては効率よくウイルスが分離されたものの, 唾液検体からは分離できないものが多かった。本研究では, SARS-CoV-2のPCR検査のために当所に持ち込まれ, SARS-CoV-2が陽性であることが確認された鼻腔・鼻咽頭ぬぐい液と唾液の臨床検体を用いて, ウイルスの分離率の比較を行った。また, 鼻腔・鼻咽頭ぬぐい液および唾液に既知のウイルスゲノム量のSARS-CoV-2を添加して作製した模擬検体を用い, 培養細胞に接種して検体種ごとのウイルス分離率の比較も行った。鼻腔・鼻咽頭ぬぐい液や唾液中のSARS-CoV-2の感染性について明らかにできれば, 今後の感染予防対策にも繋がることが期待される。

方 法

 臨床検体を用いたSARS-CoV-2の分離には, 感染効率が高いTMPRSS2を過剰発現しているVeroE6(VeroE6/TMPRSS2)細胞を, JCRB細胞バンクより入手して用いた2)。検体は, 2021年1~7月までに, 当所で行ったリアルタイムPCR(タカラバイオ株式会社SARS-CoV-2ダイレクトPCR検出キットを用いて, Thermo Fisher SCIENTIFIC QuantStudio® 5 リアルタイムPCRシステムで解析し, Ct値40以下の検体を陽性と判定)によってSARS-CoV-2陽性となった鼻腔・鼻咽頭ぬぐい液(100検体)および唾液(89検体)を用いた。24穴プレートに1日前に播種したVeroE6/TMPRSS2細胞に, PCR検査陽性の鼻腔・鼻咽頭ぬぐい液, もしくは唾液20μLを加え, 37℃で5日間培養し, 顕微鏡下での目視観察により細胞変性効果(CPE)を確認した。リアルタイムPCRにおけるCt値とウイルス分離との関連については, Ct値に基づいて4群(20未満, 20-25, 25-30, 30以上)に分け, 各群の検体種ごとのウイルス分離率を比較した。

 また模擬検体を用いたウイルス分離に関しては, 国立感染症研究所よりJPN/TY/WK-521(中国由来株)を入手し, 前実験としてコピー数(コピー/μL)およびウイルス力価(PFU/μL)を測定し, 原液とした。原液を, SARS-CoV-2に感染しておらず, 新型コロナワクチン接種歴もない健常人20人から採取した鼻腔・鼻咽頭ぬぐい液, もしくは唾液によって5種類の濃度に調整し(5.0×102, 5.0×101, 5.0×100, 5.0×10-1, 5.0×10-2コピー/μL), 37℃, 1時間静置し, 模擬検体とした。24穴プレートに1日前に播種したVeroE6/TMPRSS2細胞に, 模擬検体を20μLそれぞれ加えた(最終接種量1.0×104, 1.0×103, 1.0×102, 1.0×101, 1.0×100コピー, それぞれ2.8×101, 2.8×100, 2.8×10-1, 2.8×10-2, 2.8×10-3PFUに相当)。そして37℃, 5日間培養し, 顕微鏡下での目視観察によりCPEを確認し, 各濃度の検体種ごとにウイルス分離率を比較した。

 比較にはχ2検定(期待度数が5未満の値がある場合はフィッシャーの正確確率検定)を行い, p<0.05を有意とした。なお, 本研究は富山県衛生研究所倫理審査委員会の承認を得ている(承認番号R2-1)。

結果および考察

 臨床検体を用いたSARS-CoV-2の分離では, 鼻腔・鼻咽頭ぬぐい液100検体中73検体(73.0%), 唾液89検体中41検体(46.1%)でCPEが確認され, 唾液検体は鼻腔・鼻咽頭ぬぐい液検体と比較し, SARS-CoV-2の分離率が有意に低いことが分かった〔図1(A)〕。また, Ct値群別に比較すると, Ct値25-30の群でのみ唾液検体からのウイルス分離率が有意に低くなり, ほかの3つの群では差はみられなかった〔図1(B)〕。このことから, Ct値25-30の検体では唾液による何らかの増殖阻害を受け, ウイルスの分離率が下がることが推察される。しかし, Ct値25以下になると検体種間での差はみられず, ウイルス量が十分多いと唾液による増殖阻害には影響がないと考えられる。また, 先行研究でCt値30以上になると分離が難しくなることが分かっている1)。今回の研究でも同様に, 両検体種ともに分離率は低下し, 分離率に差はみられなかった。

 模擬検体を用いたSARS-CoV-2の分離では, 1.0×102コピー(2.8×10-1 PFU)において鼻腔・鼻咽頭ぬぐい液添加試料と比べ, 唾液添加試料からのウイルス分離率が有意に低いことが分かった(図2)。また, 1.0×103コピー(2.8×100 PFU)以上では分離率がともに100%であり差がなく, 1.0×101コピー(2.8×10-2 PFU)以下では分離されなかった。1.0×102コピー群に用いた唾液は, 年齢16~76歳(中央値42.5), 性比7:3(男性14人, 女性6人)であった。唾液20検体のうち15検体でウイルス分離されず, 分離された5検体と比較し, 年齢・性別において有意な差はみられなかった。用いた唾液はすべてSARS-CoV-2遺伝子検査陰性かつワクチン接種歴のない健常人から集められたものであり, ほぼ唾液中のSARS-CoV-2に対する特異的抗体の関与は否定できるため, SARS-CoV-2の分離率の違いは唾液自体の性質によるものと考えられる。また, 他のコピー数群との比較から, 唾液によって101-102コピー減少あるいは減弱することが推察される。Ct値は3.3増減するごとに101コピー数減増するため, 臨床検体を用いた分離率の結果で考察した唾液検体のCt値の上げ幅とほぼ一致する。模擬検体を用いた検体種別の比較により, 先の臨床検体の唾液によるウイルス増殖阻害作用が実験的に示されたことになる。

 本研究により, リアルタイムPCRによる遺伝子検査の結果, 同じゲノムコピー数が検出されていても, 分離率の高いウイルスは, 唾液に比べて, 鼻腔・鼻咽頭に多く存在していることが推察された。今後, 唾液のSARS-CoV-2への増殖阻害作用の原因が, どの性状や成分に由来するのか引き続き調べていく必要があると思われる。

 

参考文献
  1. 五十嵐笑子ら, IASR 42: 84-86, 2021
  2. Matsuyama S, et al., Proc Natl Acad Sci USA 117: 7001-7003, 2020

富山県衛生研究所         
 矢澤俊輔 五十嵐笑子 板持雅恵 稲崎倫子 佐賀由美子
 川尻千賀子 谷 英樹 大石和徳       
富山県COVID-19疫学研究グループ 
 彼谷裕康 山本善裕 野村 智 竹田慎一 廣田幸次郎
 伊藤博行 市川智巳 浦風雅春 島多勝夫 栂 博久
 明石拓也 野田八嗣 堀江幸男 狩野恵彦 山城清二
 平野典和 東山考一       
協力機関・施設:富山県厚生部健康課, 新川厚生センター, 高岡厚生センター,
砺波厚生センター, 中部厚生センター, 富山市保健所

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan