(IASR Vol. 33 p. 273-274: 2012年10月号)
2012年7月に県内でO157:H7(VT2陽性)の感染事例が発生した。後に初発患者の家族が溶血性尿毒症症候群(HUS)を発症したが、原因菌を検出することができず、血清中抗大腸菌抗体価の解析(以下、「血清診断」とする)による確定診断を行ったため、その概要を報告する。
事例概要:2012年7月7日、医療機関より1歳女児からO157(VT2)が検出された旨の届出が佐賀中部保健福祉事務所にあった。当所で解析した分離株の生化学性状は、CLIG培地で蛍光(-)、斜面/高層(-/+)、LIM培地でリジン(+)、インドール(+)、運動性(+)、TSI培地で斜面/高層(+/+)で、血清型別はO157:H7であった。
患者家族および患者が在籍中の保育園園児の検体が当所に搬入され、患者家族で新たに2名の感染者が判明した(表1)。初発患者は7月3日に発症し、7月7日にHUSと診断された。菌が分離された患者の家族2名も7月6日に水様性下痢または腹痛を発症した(表2)。国立感染症研究所(感染研)・細菌第一部におけるパルスフィールド・ゲル電気泳動(PFGE)による解析から、分離株(3株)の解析パターンは一致し、同一由来の菌であると考えられた。
初発患者の兄は7月4日に発症し、7月5日からホスホマイシンが投与された。7月7日時点の検便の結果では菌が検出されなかったが、7月13日、医療機関において臨床所見よりHUSと診断され入院した。原因菌(O157と推定)を検出することができなかったため、感染研・細菌第一部へ大腸菌の血清診断を依頼した。
方 法:初発患者の兄(7月4日発症)の血清(3本:7月7日、9日、13日採取)について、10~2,560倍までPBSで段階希釈後、等量の大腸菌O抗原O157、O26、O111、O103、O145、O121、O165に対する凝集反応を96穴プレート上で解析した。
結 果:7月7日(第4病日)の血清では陰性であったものの、7月9日(第6病日)の血清では640倍、7月13日(第10病日)の血清では2,560倍の最終希釈濃度でそれぞれO157抗原に対して凝集が確認され(表3)、他のO抗原に対する凝集は認められなかった。
まとめ:HUS患者におけるEHECの分離率は60~70%(2008~2010年)であり、患者血清中の抗大腸菌抗体価の測定による確定診断例は残りの約30%を占める1) 。そのため、血清診断によるHUSの原因菌特定は菌が検出されない場合において有用である。しかし、県内におけるHUS事例は年間数例程度と、遭遇する頻度は低い。さらに菌が検出されない事例と遭遇する頻度はより低くなり、血清診断の技術や知識の継承が今後重要であると考える。また、血清診断において血清採取の時期が重要である。当事例では抗体上昇前の血清も入手できたことから、より正確な判定ができたものと考える。
また、当事例の感染原因・感染経路については不明であった。なお、HUSを発症した2名は回復に向かった。
謝 辞:疫学調査に尽力いただいた佐賀中部保健福祉事務所に深謝致します。
参考文献
1)伊豫田 淳, 他, IASR 33: 130-131, 2012
佐賀県衛生薬業センター
南 亮仁 成瀬佳菜子 小松京子 甘利祐実子 眞子純孝 吉原琢哉 増本久人 北島淳二 古川義朗
国立感染症研究所細菌第一部
伊豫田 淳 寺嶋 淳 石原朋子 大西 真