クドアとザルコシスティス
(Vol. 33 p. 147-148: 2012年6月号)
近年、とくに4~5年前から、食後数時間程度(最短2時間)で一過性の嘔吐や下痢を起こし、軽症で終わる有症事例の増加傾向が指摘されていた。多くの場合、病因物質不検出で、共通食として生食用の生鮮食品(ヒラメの刺身や馬刺し)が提供されている事例が散見されるとの情報が寄せられ、厚生労働省は、全国調査や原因の検討・予防策についての研究を実施した。その成果をもとに、薬事・食品衛生審議会食品衛生分科会の食中毒部会と乳肉水産食品部会は、2011年6月に、ヒラメ喫食による原因物質不明有症事例については、寄生虫の一種であるKudoa septempunctata (ナナホシクドア)が、馬刺しについては、同様にSarcocystis fayeri (フェイヤー住肉胞子虫)の関与が強く示唆されるとの提言をまとめた。これを受けて厚生労働省より自治体宛てに、当該寄生虫に起因すると考えられる有症事例が報告された際には食中毒として取り扱うよう通知が発出された(2011年6月17日食安発0617第3号、http://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/iyaku/syoku-anzen/gyousei/dl/110617_02.pdf)。
2011年6~12月までに報告されたヒラメのクドア食中毒(33件)、アニサキス食中毒(25件)、S. fayeri による食中毒(フェイヤー住肉胞子虫食中毒)(2件)を合わせた寄生虫性食中毒事例は60件を数え、カンピロバクター、ノロウイルスに次いでいる。
1.クドア
クドア食中毒発生状況:2011年6~12月までに報告されたクドア食中毒事例は33件、患者数は473名を数えた。月別推移では、2011年は8~11月に多発しており、特に9月が多かった(図1)。この傾向は過去2年間の調査においても観察されており、本食中毒は9~10月に多発するという特徴をもつ。2011年9月には三重県で患者94名および北海道で患者50名を出した事例が報告されている(本号3ページ表1)。
三重県の事例では保存食から(本号4ページ)、倉敷市(IASR 33: 102-103, 2012)や北海道(本号4ページ)の事例ではヒラメ刺身の喫食残品から顕微鏡検査および遺伝子検査でK. septempunctata が検出され、奈良県の事例では喫食残品および糞便からK. septempunctata が検出され(本号6ページ)、クドア食中毒と判定されている。兵庫県の事例では吐物から遺伝子検査でK. septempunctata が検出されている(IASR 32: 369-370, 2011)。
予防と対策:予防法としては、-16~-20℃ 4時間の凍結処理または90℃5分間の加熱処理でクドアを死滅させる。しかしながら、活魚としての商品価値を考慮して、水産庁は1)養殖段階におけるクドア保有稚魚の排除、2)ヒラメ飼育環境の清浄化、3)養殖場における出荷前のモニタリング検査等の養殖場での対策(本号9ページ)を行っている。
また、厚生労働省は各検疫所長宛に通知「クドアを原因とする食中毒の発生防止対策について」を発出し、輸入生食用生鮮ヒラメについてモニタリングを行っている(2012年6月7日食安発0607第9号、http://www.mhlw.go.jp/topics/yunyu/other/2012/dl/120607-01.pdf)。
K. septempunctata 検査法:2011年7月11日付厚労省通知(食安監発0711第1号、http://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/iyaku/syoku-anzen/gyousei/dl/110711_01.pdf)で暫定法としてリアルタイムPCR法と顕微鏡検査が示されている。リアルタイムPCRでKudoa rDNAのコピー数が1グラム試料当たり107以上をPCR陽性とし、かつ顕微鏡検査でK. septempunctata の特徴である6~7つの極嚢を有することが確認された胞子が検出された場合陽性と判定する。直接顕微鏡検査でK. septempunctata が確認できた場合にも陽性と判定する(図2は胞子が多数含まれる偽シスト)。通知法のリアルタイムPCRは、クドア属の毒性がK. septempunctata だけに特定されるという科学的実証が得られていないことを考慮し、K. septempunctata のみを特異的に検出するPCRとはなっていないため、マグロのクドア属にも交差性を示す。K. septempunctata のみの陽性反応を測定する場合には改良法(本号9ページ)等が有効であろう。なお、通知法は、食中毒調査支援システム(NESFD)e-ラーニングにも掲載してあるので、各自治体の担当者は利用できる。
今後の問題点:ヒラメの喫食による食中毒事例の病因物質としてはK. septempunctata が特定されたが、その他、メジマグロ、カツオ等の生食により、クドア食中毒と同様な症状を呈する事例が東京を中心に数例報告されている(本号7ページ)。毒性学的にK. septempunctata 以外のクドアがヒトに健康被害を起こすか否かについてはまだ不明であり、今後の研究が必要である。
2.ザルコシスティス
フェイヤー住肉胞子虫食中毒発生状況:2009年6月~2011年6月の通知前における馬肉の生食に関連した有症苦情事例は全国で37件が把握されている。熊本県を中心とした九州地方が多く、福島県、山梨県、青森県など東日本にも発生が見られ、国内の馬産地域とほぼ重なっている。通知後に届出のあった食中毒事例は2011年9月に2件(患者11名)のみで、10月以後の報告はない。福岡県で発生した事例(IASR 33: 44-45, 2012)では、カナダ産冷蔵馬肉(熊本県で購入)から、岡山県で発生した事例(本号12ページ)でも、冷蔵馬肉(熊本市で購入、原産地不明)からS. fayeri が検出されている。通知前と比較すると発生数は減少しており、生産県での冷凍処理対応が進んでいるものと推察される。
予防と対策:生食用馬肉は-20℃で48時間以上冷凍処理を行う。馬肉の生食による食中毒は未冷凍(冷蔵)肉で起きており、国内で消費される生食用馬肉の調査ではカナダからの輸入馬肉で高い汚染が見られる。国内における馬肉の流通、消費実態は複雑であり、生食用馬肉は冷凍処理の徹底を図る必要がある。
S. fayeri 検査法:2011年8月23日にS. fayeri の検査法(暫定法)が通知されている(食安監発0823第1号、http://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/iyaku/syoku-anzen/gyousei/dl/110823_01.pdf)。遺伝子検査と顕微鏡検査の組み合わせにより馬肉内にS. fayeri を証明する。検鏡によりザルコシストおよびブラディゾイト(ザルコシストに内包される増殖虫体)を確認することが基本であるが、馬肉内のザルコシストは長くて数ミリ程度で、脂肪組織との区別が難しい(図3)。また、ザルコシストの大きさは検体により大きく異なり、微小なシストが点在する場合や、いろいろな大きさのシストが偏って存在する場合もみられるため、遺伝子検査を併用することで検査精度を確保する。判定の基準は、馬肉からザルコシストおよびブラディゾイトが検鏡で確認できた場合、また遺伝子検査で特異的DNA増幅が認められ、かつブラディゾイトが確認された場合に陽性とする。残品検査が不可能な場合は、糞便や吐物からの原虫検出が確定につながることから、糞便検査を想定した遺伝子検査法が検討されている(本号13ページ)。
今後の問題点:馬刺しは地方の食文化としての特色が強いが、近年の生食・グルメ嗜好、また健康志向に伴い馬肉生食そのものが国内で広がる傾向にある。近年はネット販売により馬産地以外の地域でも容易に馬肉が入手可能である。そしてそれに伴い輸入馬肉が増加している現状がある。-20℃ 48時間以上の冷凍処理対応は、通常の家庭用冷凍冷蔵庫では条件が満たせないことから、食中毒防止のためには生産、販売段階での冷凍処理対応が強く求められる。