国立感染症研究所

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関東地方で初めて感染が確認された重症熱性血小板減少症候群の1例

(速報掲載日 2021/6/22)(IASR Vol. 42 p150-152: 2021年7月号)
 

 重症熱性血小板減少症候群(severe fever with thrombocytopenia syndrome: SFTS)は2011年に中国の研究者により世界で初めてSFTSウイルスによるダニ媒介性発熱性感染症として報告され1)、日本でも2013年に山口県で発症したSFTS患者が初めて報告された2)。また近年、イヌやネコといった愛玩動物からの直接感染を疑わせる事例も報告されている3)。日本での流行は静岡県以西の西日本に限局しており、毎年患者が報告されているが、関東地方を感染推定地域とするSFTS患者はこれまで報告されていない。今回、ダニ媒介性リケッチア感染症を疑いながらも診断が付かなかった、いわゆる不明熱患者症例に対して遡及調査を行ったところ、千葉県で初めてSFTSウイルス感染事例が確認されたので報告する。

 我々はSFTSウイルス HB29感染HuH-7細胞溶解抗原を用いたELISA法で不明熱患者242症例(過去12年分)について、ペア血清を用いて抗SFTSウイルス抗体スクリーニング検査を行った。そのうち1症例で抗体価の上昇が確認されたため、SFTSウイルスNP遺伝子を標的としたリアルタイムRT-PCRを用いて遺伝子検出検査を実施したところ、急性期血清から6.27×102コピー/mLのSFTSウイルス遺伝子が検出された。また、SFTSウイルスNP遺伝子を標的としたコンベンショナルRT-PCRでもSFTSウイルスNP遺伝子が検出された。系統樹解析から、検出されたSFTSウイルスは日本型であるJ1型であった()。また、SFTSウイルス感染Vero細胞を抗原とした間接蛍光抗体法では急性期血清は抗SFTSウイルス抗体が陰性であったが、回復期血清は640倍以上の陽性であった。以上のことから、本症例は後方視的にSFTS患者と診断された。

 この患者は70代男性で、2017年に発熱および発疹を主訴として近医を受診した。患者の居住地は千葉県南房総地域の日本紅斑熱流行地であり、発症前の他県への移動歴がないこと、ダニの刺し口が確認されたことから日本紅斑熱が疑われ、後述の検査が実施された。急性期血清、回復期血清を用いた間接蛍光抗体法では日本紅斑熱の原因菌であるRickettsia (R.) japonicaに対する抗体価はともに20倍以下であり、急性期から回復期にかけて抗体価の上昇は認められなかった。また、ダニの刺し口から形成された痂皮を検体としてDNAを抽出し、PCR検査を実施したがR. japonicaの遺伝子は検出されなかった。以上のことから、本症例は日本紅斑熱陰性として管轄の保健所に報告されていた。

 千葉県は関東地方では数少ない日本紅斑熱やつつが虫病のリケッチア症流行地であり、毎年患者が報告されているが、これまでにSFTS患者は報告されていなかった。今回、これらリケッチア症を疑われながらも診断の付かなかった患者に対する遡及調査でSFTS症例が存在していたことが明らかとなり、関東地方においてSFTSウイルスに感染した患者の報告として初めての事例となった。このことから、ダニに刺されることが多く、日本紅斑熱等のリケッチア症が報告されている地域では、SFTS患者が潜在的に存在することが示唆された。またSFTS流行地ではリケッチア症とSFTSについての鑑別診断の重要性については過去にも報告されてきた4)。これらのことから現時点ではSFTS患者が報告されていない地域においても、これらリケッチア症が疑われた場合は、臨床的な差異に注意しつつ鑑別診断としてSFTSの検査も併せて行うことが望まれる5)。一方で、SFTSウイルスは自然界での感染環が成立しており、ある一定以上の抗体保有率を有した動物が存在した時には、その地域でのSFTSウイルスの感染リスクが高まることが報告されている6)。そのため、野生動物の調査を通してヒトを含めた地域のリスク評価を行うことが喫緊の課題であると考え、千葉県ではシカ、イノシシ、アライグマ、キョン等の野生動物からの血液検体採取を開始し、血清疫学調査からダニ媒介性感染症の発生リスクを評価する予定である。また、SFTS流行地域ではマダニに刺される機会の多い農業・林業従事者のみならず、動物と触れ合う機会の多い狩猟従事者、獣医師等にもSFTSウイルス感染防止の啓発を行うことが重要である。

 

参考文献
  1. Yu XJ, et al., N Engl J Med 364: 1523-1532, 2011
  2. Takahashi T, et al., J Infect Dis 209(6): 816-827, 2014
  3. Kobayashi Y, et al., Emerg Infect Dis 26(4): 692-699, 2020
  4. 島津幸枝ら, IASR 38: 117-118, 2017
  5. Kawaguchi T, et al., Open Forum Infect Dis 7(11): ofaa473, 2020
  6. 前田 健ら, IASR 40: 116-117, 2019

千葉県衛生研究所ウイルス・昆虫医科学研究室
 平良雅克 追立のり子 西嶋陽奈 太田茉里 佐藤重紀
国立感染症研究所ウイルス第一部
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