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渡航歴のない麻疹集団発生からのB3型麻疹ウイルス検出―愛知県

(IASR Vol. 34 p. 345-346: 2013年11月号)

 

2013年8月23日~9月12日の期間に愛知県内で麻疹と診断された患者のうち、愛知県衛生研究所にて行った麻疹ウイルス遺伝子検査陽性を示した13例について、ウイルス検査の概要を報告する。このうち遺伝子型別のできなかった1例を除く12例の遺伝子型はB3型であった。保健所による疫学調査では、13例とも患者および同居者に患者発症前1か月間の渡航歴はない。なお患者番号はNESID届け出ID順に付番した。

1)8月上旬に同一医療機関来院歴のある者7名
患者2:9歳男児、麻疹含有ワクチン(MCV)接種歴なし、8月16日発熱。患者1:9カ月女児、MCV接種歴なし、8月18日発熱。患者12:26歳女、MCV接種2回、8月18日発熱。患者8:6歳女児、MCV接種1回、8月20日発熱。患者3:1歳男児、MCV接種歴なし、8月21日発熱。患者4:2か月女児、MCV接種歴なし、8月29日発熱・発疹、患者12の家族。患者5:11歳女児、MCV接種歴不明、8月28日発熱。

2)来院者の同居家族4名
患者9:1歳男児、MCV接種歴なし、母が受診、8月30日発熱。患者7:1歳男児、MCV接種歴なし、患者8の家族、8月31日発熱。患者6:35歳男、MCV接種歴不明、患者1の家族、9月2日発熱。患者10:3か月男児、MCV接種歴なし、患者12の家族、9月7日発熱。

3)上記医療圏を通勤し、患者との接触歴のない患者2名
患者11:39歳男、MCV接種歴なし、8月31日発熱。患者13:19歳男、MCV接種歴不明、9月6日発熱。

患者1~13より採取された血液(全血もしくは血清)、尿、咽頭ぬぐい液を検体として、RT-nested PCR法およびVero/hSLAM細胞を用いたウイルス分離による実験室診断を試みた。PCRの結果、患者12を除く12例については、提供された1検体以上より麻疹ウイルスNおよびH遺伝子(1st primerのproduct)が増幅され、N遺伝子の増幅産物について塩基配列を決定した。患者由来N遺伝子の部分塩基配列(456bp)はすべて同一で、系統樹解析の結果、B3型麻疹ウイルスに分類された()。この部分塩基配列は2013年福岡市がタイからの帰国者より検出を報告した配列および同年尼崎市から報告された配列と100%の相同性を示した(、文献1)。H遺伝子nested primerによるproductが生成されなかった(文献1)点も福岡市の事例と同じである。なお患者12については第4病日に採取後冷蔵されていた血清を18日後に検査したところ、H遺伝子のみが増幅された。また、患者5名(1, 3, 4, 6, 10)由来検体より麻疹ウイルスが分離された。

愛知県では、2010年以降毎年輸入麻疹関連症例への対応がなされており、適切な時期に採取された検体が増えて遺伝子検出やウイルス分離率が向上している。2013年は、2月と3月に中国からの輸入各1例より遺伝子型H1を、3月と4月には渡航歴のない患者各1例より遺伝子型D9を検出しており、異なる遺伝子型の麻疹流入が繰り返し検知されている。今回の集団発生は、医療機関以外に接点のない患者5名が8月16~21日の期間に集中して発症しており、感染源は共通と考えられる。また、患者13名中MCV接種歴のあった者は6歳(1回)および26歳(2回)2名のみ、残り11名(うち0歳児3名)のMCV接種歴はなしまたは不明であり、ひとたび麻疹が発生するとMCV未接種者間で速やかな感染拡大がみられる2-4)ことが改めて認識された。日本における2006~2008年のアウトブレイクの主たる原因ウイルスであり、常在型ウイルスとされている遺伝子型D5の麻疹ウイルスの検出は2010年5月を最後に報告がない。輸入麻疹との関連や感染経路の特定に有用な分子疫学的解析の重要性が、今後ますます高まると思われる。  

 

参考文献
1)IASR 34: 201-202, 2013
2)IASR 31: 271-272, 2010
3)IASR 32: 45-46, 2011
4)IASR 33: 66, 2012

 

愛知県衛生研究所  
     安井善宏 伊藤 雅 安達啓一 尾内彩乃 中村範子 小林慎一 山下照夫  皆川洋子
愛知県衣浦東部保健所  
     氏木里依子 山下敬介 伴友輪 鈴木英子 福永令奈 飯田 篤 吉兼美智枝  成瀬善己 
     服部 悟
岡崎市保健所   
     土屋啓三 深瀬文昭 望月真吾 片岡 泉 大嶌雄二 片岡博喜

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雲南保健所管内X保育園における風疹アウトブレイク

(IASR Vol. 34 p. 348-349: 2013年11月号)

 

2012~2013年にかけ、関東・関西を中心に全国各地で発生した風疹流行は、2008年以来最大の規模であっただけでなく、20~40代の男性が約6割、20代女性が約1割を占め、妊娠子育て世代の成人が多いという特徴があり、先天性風疹症候群(CRS)のリスクが懸念される深刻な流行となっている1,2)。島根県では、過去6年間、風疹の発生届出は少なく、大きな流行は認めていなかった。島根県雲南保健所管内では、2012年9月に成人男性1例の報告があるのみであった。

今回我々は、島根県雲南保健所管内X保育園において発生した風疹アウトブレイクに対応したので、ここに報告する。2013年4月2日に発病した麻しん風しん混合ワクチン(以下、MRワクチン)接種歴の無い1歳男児患者を発端に、X保育園で感染が拡大し、24人の風疹ウイルス感染発病者(園児16人、保育園職員1人、家族7人)と6人の不顕性感染者(全員園児)の合計30人の風疹ウイルス感染者が発生した。全例合併症なく回復した。

22人の園児感染者のうち、発熱、発疹、リンパ節腫脹等何らかの症状を呈した者(有症者)が16人、他の6人は無症状(不顕性感染)であった。診断の確定は、咽頭ぬぐい液検体等によるRT-PCR法、または血清風疹抗体価によった。有症者のうち4人が全身性発疹と発熱を有する典型的な風疹症状を呈したが、12人は発疹のみか、発熱と体の一部のみの発疹で非典型的な症状であった。

保健所の指導のもとX保育園では、毎日積極的に全身を観察し、発疹を認めた場合は速やかに隔離し、医療機関への受診を保護者に依頼した。また、MRワクチン定期予防接種の1期および2期接種の時期にあり、未接種の者にはワクチン接種勧奨を行った。本アウトブレイクは、6月6日発病の2症例を最後に、最大潜伏期の2倍にあたる6週間以上新たな発生がなく、終息が確認された。

園児感染者の多くがMRワクチン既接種者であったため、ワクチン効果の調査として血清学的評価と疫学的評価を行った。ワクチン接種者の血清抗体陽性率は、クラスに関係なく従来報告されているワクチン効果に劣らない効果が示された。感染防御に関しては、2歳以上のクラスでは良好な効果が認められたが、1歳児クラスに限っては、十分な抗体応答があったにもかかわらず、感染防御効果は十分ではなく、MRワクチン1回接種では感染防御効果に限界があった可能性が示唆された。その原因は確定されなかったが、低年齢園児における舐める、咥える等の濃厚接触に伴うウイルス曝露量と関連している可能性が考えられた。

本事例は終息したものの、今後、他の保育園においても、同様の風疹アウトブレイクが発生する可能性がある。保育園における風疹発生はコントロールが容易でなく、職員や家族には多くの妊婦がいることから、CRSの危険性も少なくない。CRSの発生を予防するには、保育園において、日頃から園児および職員のMRワクチン接種の推奨・確認等を実施するのはもちろんのこと、周囲のすべての者が風しんの抗体を保有し、風疹ウイルスを保育園に持ち込まないようにすることが必要である。また、今後風しんの予防接種の接種方法等について検討を行い、総合的な風しん対策を強化していく必要がある。

謝辞
本調査の実施にあたり、御協力いただいた医療機関の諸先生に深く感謝いたします。

 

参考文献
1) Tanaka-Taya K, et al., Nationwide Rubella Epidemic-Japan, 2013, MMWR 62(23): 457-462, 2013
2) 国立感染症研究所, 風疹流行および先天性風疹症候群の発生に関するリスクアセスメント第二版(2013年9月30日) 
  http://www.niid.go.jp/niid/ja/diseases/ha/rubella.html

 

島根県健康福祉部   
  三輪紗映 柳 俊徳 桐原祥修 中川昭生  
島根県雲南保健所   
  常松基子 熱田純子 冨金原央嗣 廣江純一郎 福澤陽一郎  
島根県保健環境科学研究所   
  飯塚節子 和田美江子 木内郁代 大城 等  
国立感染症研究所    
  実地疫学専門家養成コース(FETP) 伊東宏明 金山敦宏   
  感染症疫学センター 中島一敏 松井珠乃 多屋馨子 大石和徳   
  ウイルス第三部 大槻紀之 岡本貴世子 坂田真史 森 嘉生

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風疹診断後に麻疹と判明した一症例

(IASR Vol. 34 p. 347-348: 2013年11月号)

 

2013年は大阪府内で大規模な風疹流行がみられており、第36週現在において患者数は3,000名を超えている。このような状況下において、風疹と診断された後に麻疹であることが判明した症例を経験したので概要を報告する。

症 例:29歳女性、2013年4月30日から38℃の発熱をきたし、いったん解熱後、5月3日から再び39℃の発熱がみられた。5月3日から風疹様の発疹と咽頭痛、5月4日にリンパ節の腫脹がみられ、近医で風疹と診断された。咳、鼻汁、結膜充血といったカタル症状はなく、コプリック斑も認めなかった。海外渡航歴や発疹性疾患患者との接触歴はなく、感染源は不明であった。風疹の血清IgM等の検査は行われていなかった。

症例の子(4カ月齢、女児)が5月10日に発疹をきたし、11日より39℃の発熱、12日にはコプリック斑を認めた。5月13日の血清学的検査で、麻疹に対する血清IgM値が9.37となり麻疹と診断された。5月15日に採取された患児の血液、咽頭ぬぐい、尿検体からRT-nested PCR法による検査で麻疹ウイルスのNおよびH遺伝子が陽性となり、咽頭ぬぐい液からVero/SLAM細胞を用いたウイルス分離培養検査で麻疹ウイルスが分離された。増幅されたN遺伝子の核酸配列を解析した結果、麻疹ウイルスの遺伝子型はD8に分類された()。

患児の接触者調査で母親(本症例)の病歴から家庭内における母から子への麻疹伝播の可能性が疑われた。5月16日に本症例の血液、咽頭ぬぐい、尿検体が採取され、RT-nested PCR法を用いた麻疹検査に供された。その結果、すべての検体で遺伝子型D8の麻疹ウイルスが検出された。増幅されたウイルス遺伝子配列は子に由来するものと同一であった。また、5月15日に検体採取した麻疹に対する血清IgM値は4.4、IgGは128以上で、血清学的にも麻疹であったことが裏付けられた。本症例はカタル症状を欠き、最終的に修飾麻疹と診断された。なお、本症例の麻疹ワクチン接種歴は1回(昭和60年、28年前)であった。

考 察:本症例が近医で風疹と診断された背景には昨今の風疹流行がある。2008年以降大阪府内の麻疹患者数は大きく減少し、2012年には年間4名であった。麻疹に対する注意喚起は十分ではない一方で、2012年以降、風疹が大規模な流行を見せており、府内では先天性風疹症候群も報告されるなど大きく注目されていた。2013年の感染症発生動向調査によると、大阪府では女性で最も多く風疹が報告されているのは10代後半~20代であり、本症例も属している年齢層であった。そのような状況下で、発疹が風疹様でカタル症状もない修飾麻疹が風疹と臨床診断されたと推察される。成人では過去に麻疹ワクチン接種歴や罹患歴のあることも少なくない。そのため麻疹が典型的な症状を示さない修飾麻疹になる例も多く、臨床症状だけで麻疹と風疹を鑑別することは容易ではない。本症例も子が麻疹と診断されなければ見逃されていたであろう。麻疹排除の観点からみても、風疹流行対策の立場からも、発疹性疾患の鑑別には積極的なIgMおよびPCR検査を行うことが肝要と思われる。

本事例で検出された遺伝子型D8の麻疹ウイルスは、近年日本国内で東南アジアやオーストラリアからの輸入関連事例を中心として散発的な発生が報告されている1)。遺伝子型D8の麻疹ウイルスは2012年以前には大阪府内で検出されなかった。一方、2013年第11週以降第37週現在、府内で報告された11例の麻疹患者のうち9例から検出された。このうち、海外渡航歴のある事例は2例、麻疹患者との接触歴が判明した事例は5例であった。本事例は国内で感染したが感染源が不詳の2例のうちの1症例であり、疫学調査の結果から大阪府内で麻疹ウイルスに感染したと思われた。

本症例はワクチン接種歴が1回あったにもかかわらず麻疹ウイルスに感染し、非典型的な修飾麻疹を発症したことから、いわゆるsecondary vaccine failure (SVF)が考えられた。わが国で現在20代の大部分~30代の成人は麻疹ワクチンを1回しか接種されていない。麻疹が一定のレベルで流行する状況下では、自然と麻疹に曝露されるため、麻疹に対する免疫は増強される(ブースター効果)。しかし、麻疹の流行が極めてコントロールされた現在では、このような効果はあまり期待できない2,3)。麻疹ワクチンの効果は年齢とともに減衰するため、この世代の麻疹感染リスクは徐々に高くなると思われる。実際、全国的にみると麻疹患者の47%は20~30代で、この割合は年々増加の傾向にある4)。本症例もこの年齢階層であった。この世代は母親になる機会も多い。麻疹に対する抗体価が低いと、乳児への移行抗体レベルも十分ではなく、子への麻疹感染リスクも高くなる。本事例においても母体の抗体量が不十分だったために子への麻疹伝播が防げなかったと考えられる。

結 語:本症例は風疹流行下で麻疹が風疹と誤診される危険性を示す典型的な例と思われた。日本国内での麻疹排除が進んでいる現在の環境下では、成人のSVFおよび乳児の感染予防対策を効果的に進める必要があり、成人の感受性者に対する対策をより積極的に検討する必要があると考えられる。

 

参考文献
1) IASR 34: 36-37, 2013
2) Strebel PM, Papania MJ, Dayan GH, Measles vaccine, In: Plotkin SA, Orenstein WA, Offit PA, editors, Vaccines, 5th ed. Philadelphia: Saunders; 2008, p. 353-398
3) Leuridan E, Hens N, Hutse V, Ieven M, Aerts M, Van Damme P, Early waning of maternal measles antibodies in era of measles elimination: longitudinal study, BMJ, 2010 May 18; 340: c1626. doi: 10.1136/bmj.c1626
4) IASR 34: 21-23, 2013

 

大阪府立公衆衛生研究所
    倉田貴子 上林大起 駒野 淳 加瀬哲男 高橋和郎
大阪府健康医療部 保健医療室 地域保健感染症課
    松井陽子 福村和美 松本治子 大平文人
大阪府守口保健所
    有村亜弥子 久保弘美 野田昌宏 津田信子 高林弘の

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MERSコロナウイルス感染症:当初の133例の解析

(IASR Vol. 34 p. 350-351: 2013年11月号)

 

2012年春に認識されて以来、2013年9月25日までに133症例の確定例がWHOに報告されているMERSコロナウイルス感染症について、巡礼(Hajj)を前に症例の疫学情報を再整理した。

データ収集:WHOの定義に基づいた最初の133症例について疫学・臨床情報をオープンソースから収集。収集事項は年齢、性別、基礎疾患、重症度、治療場所(外来、入院、ICU)。情報源はWHOウェブサイト(Disease Outbreak News)、感染国の保健省ウェブサイト、ならびに詳細については学術雑誌やサウジアラビア保健省との直接のコミュニケーションによって収集された。

データ解析:Microsoft Excel 2010でラインリスト化し、男女比、致死率、ICU利用率は2013年3~5月と6~9月で比較した。2013年当初以前の散発例は解析から除外している。

発生地域:9カ国で発生しているが、すべての症例は疫学的リンクが中東の4カ国(ヨルダン、サウジアラビア、アラブ首長国連邦、カタール)につながる。ヨーロッパの症例は輸入例との接触者、治療のための搬送者。

死亡と無症候・軽症の症例:18例の報告があり、疫学調査に際してPCR検査によって特異的遺伝子(upEおよびORF1a)の検出された症例。発症月が分かる症例については発症月、無症候キャリアや発症日が分からない症例は報告された月に基づき流行曲線を描いた()。

症例情報:成人男性が主体、小児は極めて稀。男性が多かったが、女性が増えてきている。

集団発生:14の集団発生を確認。初発例はいずれも成人男性(24~83歳)であった。感染経路の情報のある129例のうち、33例(26%)は医療機関での感染の可能性、うち医療従事者は15例に上る。医療従事者の感染は全体で23例、うち女性は15例と過半数。

重症度:ICUでの加療を要した症例は66例(133例中45%)。2013年3~5月は63%(25/40)、6~9月は32%(25/77)と減少傾向。致死率45%(男性52%、女性24%)も男性が高い。集団発生の初発例は致死率93%(13/14)と高い。基礎疾患は死亡55例中の73%、生存73例中の41%にみられた。

考察:中東からはアジアへの渡航者もいるはずだが、アジアの症例はみられず、サーベイランスを十分に行っている国もあるアジアからの報告がないこと、また、2013年5月以降は中東に限局していることはMERSの拡大が限定的である可能性を考えさせる。男性の割合の減少は、看護師など女性が多い医療従事者が疫学調査で多くみつかるようになったことが関係している可能性がある。ICU入室例、死亡例の割合が減少し軽症化傾向がみられることも、サーベイランスと症例掘り起こしのための軽症化傾向と捉えられる可能性がある。「Superspreading現象」は2003年のSARSで指摘され、サウジアラビアのAl Hasaでの23例の院内感染はそれを想起させる。しかし、他の研究で推定されたMERSの基本再生産数(R0)は0.69で、SARSのそれ(0.80)よりさらに低く、パンデミックの可能性は低いと考えられる。医療従事者を介した感染が懸念されるが、感染対策の徹底によるためか、二次感染は報告されていない。現在進行形の疾患で、患者背景も変化しており、これからイスラム教巡礼の時期を迎え、サウジアラビアには海外から約180万、国内130万人の巡礼者がやってくると考えられるため、引き続き各国協力したサーベイランスの取り組みが必要である。

           (Euro Surveill. 2013;18(39):pii=20596)
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2013年5月からのオランダの宗教コミュニティにおける大規模かつ進行中の麻疹アウトブレイク

(IASR Vol. 34 p. 351-355: 2013年11月号)

 

2013年5月27日、オランダのorthdox Protestant 学校で2例の麻疹患者が発生し、その後8月28日までに1,226人の患者が19市保健所から報告された。症例定義は発熱、発疹、および咳、鼻汁、結膜炎のいずれかがあり、かつ検査診断された症例または検査診断例と疫学的リンクがある症例とした。合併症は脳炎1例、肺炎90例、中耳炎66例を含む176例(14.4%)で発生し、82人(6.7%)が入院した。症例の年齢中央値は10歳(範囲0~54歳)で、717人(58.5%)が4~12歳、200人(16%)が13~15歳であった。接種歴の判明した1,217人中1,174人(96.5%)がワクチン未接種者、39人が1回接種、4人が2回接種者であった。ワクチン未接種の理由の情報が得られた1,145人(93.6%)が宗教上、3人が信条、30人が予防接種に反対、40人がその他であった。719人(58.6%)が予防接種率90%未満の地域で起こっており、その他の地域からの症例は大多数がorthdox Protestant に属していた。検査室診断は363(29.6%)で行われており、遺伝子型が調べられた150例はすべてD8であった。D8は2013年1月時点でヨーロッパにおいて最も流行している型である。

オランダでは1987年のMMR導入以降、高い予防接種率が維持できており、2012年は14カ月で接種する1回接種が96%、9歳で接種する2回接種が93%であった。国内にはorthdox Protestantを中心とした予防接種率の低い地域がある。国内25万人のorthdox Protestantは、南西から北東に伸びる”Bible belt”と呼ばれる地域で密集して生活している。彼らの2006~2008年の予防接種率は概ね60%であった。この集団では1999~2000年に患者数3,200人に及ぶ大規模な麻疹アウトブレイクが起こっている。

母体からの移行抗体が減少する6~14カ月の乳児は危険な集団と考えられたため、予防接種率90%未満の地域のその月齢の乳児の両親に対し個別に予防接種が呼びかけられた。また、6カ月~19歳のワクチン未接種のorthdox Protestant 全員に対して、orthdox Protestant 向けのメディアで接種が呼びかけられた。加えて14カ月~19歳までのワクチン未接種者に対しても一般メディアを通じて接種が呼びかけられた。接触者の状況により曝露後予防接種や免疫グロブリン投与が行われた。国内の全病院に連絡が取られ、1965年以降生まれの医療従事者への麻疹予防接種歴と罹患歴の確認および、対象者へのMMR接種を勧めるガイドラインの遵守が推進された。

14カ月時点での予防接種率は2012年7月と比べ2013年7月では10倍高くなったが、正確な予防接種率は不明である。現在流行は収まってきているようにみえるが、これには学校の夏季休業が影響している。カナダから本事例と同一株と考えられるウイルスの麻疹輸入例の照会があり、英国やドイツのように予防接種率の低い集団がいる国では輸入例からの流行が起こりうる。

(Euro Surveill. 2013;18(36):pii=20580)

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インフルエンザ抗体保有状況 -2013年速報第1報- (2013年11月19日現在)

はじめに
 感染症流行予測調査事業における「インフルエンザ感受性調査」は,毎年,インフルエンザの本格的な流行が始まる前に,インフルエンザに対する国民の抗体保有状況(免疫状況)を把握し,抗体保有率が低い年齢層に対するワクチン接種の注意喚起ならびに今後のインフルエンザ対策における資料とすることを目的として実施している。
 わが国で使われているインフルエンザワクチン(3価ワクチン)は,A(H1N1)亜型,A(H3N2)亜型,B型(ビクトリア系統あるいは山形系統)の3つのインフルエンザウイルスがワクチン株として用いられているが,インフルエンザ感受性調査では,これら3つのワクチン株に加え,ワクチンに用いられなかった別系統のB型インフルエンザウイルスについて抗体保有状況の検討を行っている。
 本速報では,2013年度の調査によるインフルエンザに対する年齢群別抗体保有状況について掲載する。

1. 調査対象および方法
 2013年度の調査は,25都道府県から各198名,合計4,950名を対象として実施された。インフルエンザウイルスに対する抗体価の測定は,健常者から採取された血液(血清)を用いて,調査を担当した都道府県衛生研究所において赤血球凝集抑制試験(HI法)により行われた。採血時期は原則として2013年7~9月(例年のインフルエンザの流行シーズン前かつワクチン接種前)とした。また,HI法に用いたインフルエンザウイルス(調査株)は以下の4つであり,このうちa)~c)は今シーズン(2013/14シーズン)のワクチン株,d)はワクチン株と別系統のB型インフルエンザウイルスである。
a) A/California(カリフォルニア)/7/2009 [A(H1N1)pdm09亜型]
b) A/Texas(テキサス)/50/2012 [A(H3N2)亜型]
c) B/Massachusetts(マサチューセッツ)/02/2012 [B型(山形系統)]
d) B/Brisbane(ブリスベン)/60/2008 [B型(ビクトリア系統)]

2. 調査結果
 2013年11月19日現在,北海道,福島県,栃木県,千葉県,東京都,新潟県,富山県,石川県,福井県,静岡県,三重県,京都府,山口県,愛媛県,熊本県,宮崎県の16都道府県から合計4,137名の対象者についての結果が報告された。5歳ごとの年齢群別対象者数は,0-4歳群:581名,5-9歳群:345名,10-14歳群:321名,15-19歳群:315名,20-24歳群:257名,25-29歳群:353名,30-34歳群:321名,35-39歳群:319名,40-44歳群:311名,45-49歳群:259名,50-54歳群:258名,55-59歳群:205名,60-64歳群:182名,65-69歳群:57名,70歳以上群:53名であった。
 なお,本速報における抗体保有率とは,感染リスクを50%に抑える目安と考えられているHI抗体価1:40以上の抗体保有率を示し,抗体保有率が60%以上を「高い」,40%以上60%未満を「比較的高い」,25%以上40%未満を「中程度」,10%以上25%未満を「比較的低い」,5%以上10%未満を「低い」,5%未満を「きわめて低い」と表す。

【年齢群別抗体保有状況】
A/California(カリフォルニア)/7/2009 [A(H1N1)pdm09亜型]
:図1上段
 本ウイルスは2009年に世界的大流行(パンデミック)を起こしたインフルエンザウイルスである。2009/10シーズンは本ウイルスを用いた単価ワクチンが製造され,従来の3価ワクチンとは別に接種が行われたが,2010/11シーズン以降は4シーズン続けてワクチン株の1つとして選定されている。
 本ウイルスに対する抗体保有率は,10~24歳の各年齢群で60%以上(69~82%)と高く,特に15-19歳群では80%以上を示した。また,5-9歳群および25~54歳の各年齢群では比較的高かったが(41~58%),それ以外の年齢群は中程度以下(23~37%)の抗体保有率であった。全体では49%と調査株中最も高かった。

A/Texas(テキサス)/50/2012 [A(H3N2)亜型]:図1下段
 本ウイルスは今シーズンのワクチン株の1つとして選定されたウイルスであり,前シーズン(2012/13シーズン)のワクチン株であったA/Victoria(ビクトリア)/361/2011から変更となった。
 本ウイルスに対する全体の抗体保有率は調査株中2番目に高い47%であった。年齢群別の抗体保有率は5~19歳の各年齢群で高く(61~73%),10-14歳群で最も高かった。また,0-4歳群,55-59歳群,60-64歳群では中程度(26~35%)であったが,それ以外の年齢群では比較的高い(40~58%)抗体保有率であった。

B/Massachusetts(マサチューセッツ)/02/2012 [B型(山形系統)]:図2上段
 今シーズンのB型のワクチン株は前シーズンに続き山形系統が選定されたが,本ウイルスは前シーズンのワクチン株であったB/Wisconsin(ウィスコンシン)/1/2010から変更となったウイルスである。
 本ウイルスに対する抗体保有率は,20-24歳群をピークに15~29歳の各年齢群で60%以上(60~75%)と高かった。また,30~54歳の各年齢群では比較的高い(40~51%)抗体保有率であったが,それ以外の年齢群は中程度以下(12~39%)であり,中でも0-4歳群は25%未満の低い抗体保有率であった。全体の抗体保有率は調査株中最も低い41%であったが,他の調査株とそれほど大きな差はみられなかった。

B/Brisbane(ブリスベン)/60/2008 [B型(ビクトリア系統)]:図2下段
 本ウイルスは2009/10~2011/12シーズンまで3シーズン連続してワクチン株に選ばれたウイルスであり,本年度調査におけるビクトリア系統の代表として用いた。
 本ウイルスに対する抗体保有率は35-39歳群で最も高く(63%),他の調査株における年齢分布の傾向と異なっていた。また,0-4歳群と60-64歳群で中程度(25~28%)であった以外は,ほとんどの年齢群で比較的高い(41~56%)抗体保有率であり,年齢群による差は他の調査株と比較して小さかった。全体の抗体保有率は45%であり,上記ワクチン株に選定された3株とほぼ同等であった。


図1


図2

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 病原微生物検出情報におけるインフルエンザウイルス分離・検出状況(2013年10月24日現在報告数)によると,今シーズンは2013年第36~43週にA(H1)pdm09亜型14件,A(H3)亜型23件,B型のビクトリア系統1件の報告があり,現時点ではA(H3)亜型の分離・検出報告数が多い1)。また,感染症発生動向調査によるインフルエンザの定点あたり患者報告数は,2013年第45週(11月4日~11月10日)の速報値で0.11であり2),全国的な流行の指標となる1.0に達していないが,本調査で抗体保有率が低かった年齢層においては,本格的な流行シーズンが始まる前にワクチン接種等の予防対策を行うことが望まれる。

1)病原微生物検出情報‐インフルエンザウイルス分離・検出速報 2013/14シーズン
2)感染症発生動向調査‐速報データ2013年第45週

国立感染症研究所 感染症疫学センター/インフルエンザウイルス研究センター

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