logo40

関西空港検疫所で経験したロスリバー熱の相談事例

(IASR Vol. 34 p. 378-380: 2013年12月号)

 

オーストラリアには、チクングニアウイルスと近縁なロスリバーウイルスによる蚊媒介性ウイルス感染症であるロスリバー熱が流行している。2013年5月、検疫時にロスリバー熱に関する健康相談事例を経験したので報告する。

事例概要
相談者は31歳女性。2013年5月12日にオーストラリアから関西国際空港へ帰国。関節痛に関する相談のため検疫所健康相談室に立ち寄った。

問診によると、相談者は2013年1月13日よりオーストラリアのメルボルンにワーキングホリデーで滞在。2月28日~3月6日までタスマニアに渡航。メルボルンで蚊に刺された自覚はなく、タスマニア滞在中に右大腿部に蚊刺咬痕を数カ所認めた。3月14日起床時に、左足背の腫脹と疼痛、右膝窩部の疼痛を自覚。翌日には歩行困難となったため、現地の病院を受診し、一般診療科医師による診察を受けた。当初、発熱など感染症を疑わせる症状に乏しく、膠原病や整形外科疾患が疑われ、レントゲン、MRI、血液検査等施行されたが、右膝に破裂後のベイカー嚢胞を認めた以外は明らかな異常を認めなかった。整形外科医師へのコンサルトも行われたが、原因不明のまま経過観察の方針でいったん終診となった。その後も左足背・右膝の疼痛は持続し、下半身に関節痛・筋痛が散発・消退を繰り返し、手指に、朝に強く夕に改善する疼痛が出現することもあった。4月8日左足背の疼痛が突然増悪し、再度歩行困難となったことから再診。別な整形外科医師による診察を受け、血液検査が再度施行され、5月1日血清学的にロスリバーウイルス感染症の診断となった。

健康相談室入室時の体温は37.4℃。関節痛は軽減していたが左足首に残存していた。身体所見上、明らかな関節の発赤、腫脹、変形、皮疹を認めなかった。相談者は膠原病の精査を希望し、実家近郊の医療機関を受診する目的で帰国されたとのことであったが、ウイルス感染症の精査も必要と考えられたことから京都市立病院感染症科を紹介した。その後、相談者は同院を受診し、ロスリバーウイルスの抗体が確認され、本邦初のロスリバーウイルス感染症の輸入症例として報告されている1)(本号20ページ参照)。

ロスリバー熱
特徴:ロスリバー熱は、蚊で媒介されるロスリバーウイルスによる非致死性の発疹性熱性疾患である。ロスリバーウイルスは、トガウイルス科アルファウイルス属に分類されるRNAウイルスで2)、検疫感染症に含まれる蚊媒介性ウイルス感染症であるチクングニア熱の病因となるチクングニアウイルスと近縁なウイルスである。

疫学:ロスリバー熱は、オーストラリア、パプアニューギニア、ソロモン諸島にみられる。疾患自体は1928年に報告されたが、ウイルスは1959年、ロスリバー(Ross River)河口のタウンズビルで捕獲されたハマベヤブカから初めて分離された3)。主な媒介蚊は、沿岸部ではAedes camptorhynchusAedes  vigilax (ハマベヤブカ)、内陸部ではCulex annulirostrisなどである4)。オーストラリアでは毎年約4,800人の患者報告があり、ほとんどが南半球の夏~秋にあたる1~5月にかけて発生し、2~4月にピークとなる5,6)。報告によれば、2010~2011年の1年間にオーストラリアで確認された蚊媒介性疾患患者9,291人のうち、ロスリバー熱は5,653人(人口10万対25.0)と最多であった。また、患者数はクイーンズランド州で最も多いが(1,397人)、南オーストラリア州やビクトリア州で急増しており、南部への急速な感染拡大がみられる6)。現在までに日本国内での患者発生はなく、本例が初の輸入症例となる。

臨床症状:蚊に刺されてから3~11日後に発症するが、約60%は不顕性感染に終わる。症状は多発関節痛がほぼ必発で、発熱、筋肉痛、倦怠感、皮疹、リンパ節腫脹である。関節痛は特に手首・膝・足首、手足指など末梢・両側性に生じやすく、関節腫脹や朝のこわばりがみられることもある。多くは数週間で回復するが、3カ月以上、まれに1年以上持続する例もみられる。症状の再燃・消退を繰り返すことがあるが、症状はそのたびに軽くなっていき、以後は完全に治癒する。病原体診断では、血清中のウイルスの分離、ウイルスRNAの検出、特異的IgG抗体やIgM抗体の検出を行う2,5,7,8)

治療・予防:特異的な治療はなく、疼痛に対するNSAIDs(非ステロイド性抗炎症薬)などの対処療法である。予防ワクチンはなく、衣服や昆虫忌避剤などによる防蚊対策が予防の基本である5)

本邦のオーストラリアへの渡航者の状況
日本人のオーストラリア入国者数は、年間約36万人で、3、8月のピーク時には4万人以上に上る9))。関西国際空港にはオーストラリア便が毎日1~2便運航しており、その検疫人員(乗客)は年間約8,000人で、3、8、12月のピーク時には約1万人に上る。渡航者数と罹患率から推測すれば、オーストラリアへの渡航者がロスリバー熱に罹患する可能性が考えられる。

検疫所での健康相談
本例は、帰国時に検疫所の健康相談室に立ち寄り、検疫医療専門職(医師)が問診・診察の上、感染症専門病院を紹介し、ロスリバー熱の本邦初の輸入例として報告された。現在、ロスリバー熱は、検疫感染症に指定されていないが、検疫所では、検疫感染症以外の感染症についても、感染症情報の提供や帰国時の健康相談等を行っている。本例では、検疫所での相談対応が相談者の速やかな受診行動につながった。

 

参考文献
1) TochitaniK, et al., Ross River virus-Japan ex Australia: (Victoria), ProMed
2) Harley D, et al., Clin Microbiol Rev 14(4): 909-932, 2001
3) Doherty RL, et al., Australian Journal of Science 26: 183-184, 1963
4) Russell RC, Annual Review of Entomology 47: 1-31, 2002
5) Blue Book, Communicable Disease Prevention and Control Unit, Department of Health, Victoria Australia
6) Arboviral diseases and malaria in Australia, 2010-11: Annual report of the National Arbovirus and Malaria Advisory Committee
7) Communicable Diseases Factsheet, New South Wales government, Australia 
http://www.health.nsw.gov.au/Infectious/factsheets/Factsheets/rossriver.PDF 

8) Queensland Health Fact Sheet, Queensland government, Australia
    http://www.health.qld.gov.au
9) オース
トラリア政府観光局資料 
http://tourism.australia.com/statistics.aspx

 

関西空港検疫所      
  石原園子 笠松美恵 井村俊郎 片山友子

logo40

本邦初報告となるロスリバーウイルス感染症の輸入症例

(IASR Vol. 34 p. 380-381: 2013年12月号)

 

ロスリバーウイルス(Ross River virus: RRV)感染症は主にオーストラリアを中心としたオセアニアでみられる、RRVによって引き起こされる感染症である。これまで日本国内において確定診断された症例はなく、今回本邦初の症例を経験したため報告する。

患者は31歳の女性で、主訴は関節痛であった。2013年1月13日からワーキングホリデーを利用して、オーストラリアに渡航していた。2月28日~3月6日までタスマニアへ旅行した以外はメルボルンに滞在していた。3月14日の起床時に左足背の疼痛と腫脹、右膝の疼痛を自覚し、歩くのも困難なほどであった。翌日には疼痛が悪化し関節可動域制限も出現したため、現地で家庭医を受診した。血液検査を施行されたところ、WBC 4,600/μl、Hb 13.9g/dl、Plt 180,000/μl、ESR 7mm/hr、AST 20IU/l、 ALT 14IU/l、CRP 0.03mg/dl、その他検査でも特記異常なく、原因ははっきりしないとのことで消炎鎮痛薬処方となった。その後も症状は軽快、悪化を繰り返しながら持続したため、4月中旬に現地の整形外科を受診した。血液検査を施行され、WBC 3,800/μl、Hb 12.3g/dl、Plt 180,000/μl、ESR 5mm/hr、その他の検査でも特記すべき異常はみられなかった。RRV、バーマ森林ウイルスといったウイルス疾患も考慮され、ウイルス抗体検査に提出され、消炎鎮痛薬にて経過をみることとなった。5月初旬から疼痛は徐々に改善し、またこの頃RRVの抗体検査が陽性であったことが判明した(現地検査の結果:RRV serology; IgG antibody: low positive、IgM antibody: positive 2013/4/19、IgG antibody: positive、IgM antibody: positive 2013/5/9)。症状が続くため5月12日に帰国し、関西空港検疫所からの紹介で5月15日に当院受診となった。経過中、発熱、皮疹など関節痛以外の症状はなかった。

初診時、意識清明で血圧109/59mmHg、脈拍76回/分、体温37.4℃であった。左足関節、足背に自発痛・圧痛あるが腫脹熱感発赤なく、右膝に自発痛・圧痛あるが腫脹熱感可動域制限といった関節炎所見はなかった。その他特記すべき身体所見はみられなかった。当院初診時の血液検査においても炎症反応の上昇はなく、特記すべき異常値を認めなかった。

オーストラリアで発症した関節炎を主体とした症状、現地での検査結果より、RRV感染症を疑い、国立感染症研究所に検査を依頼した。初診時の血液検査にて、RRV IgG ELISA(panbio)陽性、IgG absorbed IgM ELISA(panbio)陽性、IgM capture ELISA(in house)陽性であり、RRVの急性感染と考えられた。その後初診時から2週間後に再度検査を行ったが、やはりRRV IgGは陽性であり、IgMはcapture ELISAにおいて、1:1,600から1:400と抗体価の低下を認め、RRVの急性感染として矛盾しない所見であった。そのためRRV感染症と診断した。

RRVは蚊によって媒介されるアルボウイルスの一種であり、トガウイルス科、アルファウイルス属に分類される。オーストラリアでは毎年約4,000人の患者が発生しており、主に北部、西部を中心に、雨期(12月~2月頃)に流行する。オーストラリア以外でも、パプアニューギニア、ニューカレドニア、フィジー、サモア、クック諸島といった近隣の国で発生が報告されている1)

RRV感染症の潜伏期間は通常7~9日であるが、3~21日に及ぶこともある2)。関節炎・関節痛、皮疹や倦怠感、筋肉痛、発熱、リンパ節腫脹といった全身症状が主な症状である。関節炎・関節痛はほぼすべての患者に生じ、主として小関節、多発性で、手関節、膝関節、足関節、指関節、肘関節などが対称性に侵される。関節痛が長期間続くことが特徴で、通常3~6カ月、ないしそれ以上続く場合もある。皮疹は1~5mmの紅色斑状丘疹がおよそ50%の患者にみられる。倦怠感は50%以上、筋肉痛は58%、発熱は33~50%の患者でみられる1)。全身症状は通常1週間程度で軽快する。 

診断には流行地への渡航歴と、蚊への曝露を問診することが重要となる。検査所見の異常は少なく、時にわずかな白血球の上昇、赤沈の亢進がみられる。CRPは正常なことが多い。血清学的診断として、ELISAによる抗体検査が流行地であるオーストラリアでは利用できる2) 。日本の一般検査会社は抗体検査を実施していないが、国立感染症研究所ウイルス第一部第2室に依頼できる。ウイルス血症は感染後数日しか持続せず、その時期にPCRでRNAを検出できることもあるが、感度は高くない。IgMは感染後数カ月持続するので、IgMの検出は最近の感染を示している。またIgGのペア血清を測定し、陽転あるいは有意な上昇がみられれば最近の感染と考える。

治療はNSAIDs(非ステロイド性抗炎症薬)による対症療法を行う。ワクチンはなく、防蚊対策が予防には重要である。

これまで日本で確定診断されたRRV患者の報告はない。しかし、ドイツ、シンガポール、イスラエルでは既に渡航者におけるRRV感染症が報告されており3-5)、日本からオーストラリアへの渡航者の多さを考えると、今後日本でも輸入症例の診断が増加するものと思われる。

原因不明の関節痛、発熱、皮疹の患者を診る際には、RRV感染症も念頭において、流行地への渡航歴を確認する必要がある。

 

参考文献
1) Harley D, Sleigh A, Ritchie S, Ross River virus transmission, infection, and disease: a cross-disciplinary review, Clin Microbiol Rev 14: 909-932, 2001
2) Harley D, Suhrbier A, Ross River Virus Disease, In: Magill AJ, Ryan ET, Hill DR, Solomon T, editors, Hunter’s tropical medicine and emerging infectious diseases (Ninth edition), Elsevier inc p315-317, 2013
3) Tappe D, Schmidt-Chanasit J, Ries A, Ziegler U, Muller A, Stich A, Ross River virus infection in a traveller returning from northern Australia, Med Microbiol Immunol 198: 271-273, 2009
4) Hossain I, Tambyah PA, Wilder-Smith A, Ross River virus disease in a traveler to Australia, J Travel Med 16: 420-423, 2009
5) Kivity S, Eyal M, Hanna B, Eli S, Protracted Rheumatic Manifestations in Travelers, J Clin Rheumatol 17(2): 55-58, 2011

 

京都市立病院感染症科 
     杤谷健太郎 篠原 浩 土戸康弘 清水恒広
国立感染症研究所ウイルス第一部第2室 
     モイメンリン 高崎智彦

logo40

The Topic of This Month Vol.34 No.12(No.406)

侵襲性髄膜炎菌感染症 2005年~2013年10月 

(IASR Vol. 34 p. 361-362: 2013年12月号)

 

髄膜炎菌(Neisseria meningitidis)はグラム陰性の双球菌で、健康なヒトの鼻咽頭からも低頻度ながら分離される。飛沫感染で伝播し、侵襲性感染症としては、菌血症(敗血症なし)、髄膜炎を伴わない敗血症(IASR 30: 158-159, 2009)、髄膜炎(IASR 25: 207, 2004およびIASR 27: 276-277, 2006)、髄膜脳炎の4型がある。敗血症を発症すると特に予後が悪い。急性劇症型として副腎出血や全身のショック状態を呈するWaterhouse-Friderichsen症候群がある。非侵襲性感染症としては、肺炎(本号8ページ)・尿道炎(本号10ページ)などの多彩な病像がある。

髄膜炎菌に関連する届出疾患の変遷:髄膜炎菌に関連する疾患としては、日本では戦前より伝染病予防法に基づく「流行性脳脊髄膜炎」の患者届出が行われ(表1)、1945年前後には年間4,000例を超える患者が報告された。その後激減し、1969年以降年間100例未満(図1)、1978年以降は30例以下、1990年代に入ると一桁台となった。1999年4月の感染症法の施行により、「髄膜炎菌性髄膜炎」が全数把握の4類感染症となった(表1)。1999年以降、2013年3月まで、毎年7~21例の報告があった(図1図2)。2011年5月に宮崎県の高校の学生寮で血清群Bによる集団発生が起こった際、髄膜炎症例に加え、敗血症など非髄膜炎症例の多発が指摘された(IASR 32: 298-299, 2011および本号7ページ)。2012年4月には学校保健安全法が改正され、髄膜炎菌性髄膜炎が新たに第2種感染症に追加された。

侵襲性髄膜炎菌感染症の発生動向(2013年4月~):2013年4月に、髄膜炎菌による髄膜炎に敗血症も加えた、「侵襲性髄膜炎菌感染症」として全数把握の5類感染症の届出に変更となり(http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/01-05-09-01.html)、2013年4月以降18例が報告されたが、乳幼児の届出はなかった(表2、2013年11月15日現在)。原因菌は、髄液から2例、血液から13例、双方から3例分離された。届出18例のうち、13例が関東地方の自治体からの届出で、うち10例が東京都からである。集団発生あるいは相互に疫学的リンクのある症例、海外渡航歴のある症例は無かった。死亡が3例(32歳、39歳、70歳)で、死因はショック症状を伴う敗血症であった。侵襲性髄膜炎菌感染症となって以降の、現時点までの致命率は17%(3/18)である。

性別年齢分布図3):2005~2013年での男女比はほぼ7:5である。1999~2004年の報告では、4歳までの乳幼児と15~19歳に患者発生が多かったが(IASR 26: 33-34, 2005)、2005~2013年では、青壮年(20代、50~60代)の患者報告が増加した。また、乳児・高齢者のみならず、15歳~30代が、死亡者全体の半数を占めている。

血清群別発生状況:髄膜炎菌は莢膜多糖体の糖鎖の違いにより13血清群に分類されており、流行地におけるワクチンの選択に、臨床分離株の血清群の情報は不可欠である。2005~2013年3月までの「髄膜炎菌性髄膜炎」と、2013年4~10月までの「侵襲性髄膜炎菌感染症」を合わせた115例(図4)中、50例の血清群に関する情報が得られた。B群が22例と最も多く、次いでY群が18例、C群が2例、W-135群が3例、Y群またはW-135群かを群別できなかったものが5例であった(図4)。国立感染症研究所細菌第一部では、MLST (multilocus sequence typing)法による精度の高い分子疫学的解析も実施し、国際的なデータベースへの照合による国際的な疫学解析も実施している。2005~2012年の間に18株が収集され、解析済の国内分離株は ST-23 complex やST-41/44 complex といった既知の遺伝子型に属していることがわかった。一方で、国外では報告のない新規ST株も検出された(本号3ページ)。

治療とワクチン:治療にはペニシリンGないし第三世代セフェム系抗菌薬を経静脈的に投与する。流行拡大防止措置として接触者への予防内服(リファンピシンないしニューキノロン系)が勧奨されている(本号6ページ)。予防投与のガイドラインはまだない。ワクチンは莢膜抗原に特異的で、血清群A、C、Y、W-135に対してのワクチンが入手可能だが、わが国では未承認である(本号11ページ)。

海外での発生状況:サハラ以南アフリカの髄膜炎ベルトでは流行が継続し、先進国でも散発的患者発生や学生寮での流行、イスラム教巡礼に端を発する国際的な伝播が報告されてきた。感染のほとんどはA、B、C、Y、W-135の5群によるが、近年、髄膜炎ベルトでX群の増加が報告されている。先進国ではB群の頻度が高い(本号12ページ)。ドイツの男性同性愛者間での侵襲性髄膜炎菌感染症事例(IASR 34: 240, 2013)、米国の学校でのアウトブレイク(IASR 33: 138&142, 2012)も報告されている。国際保健規則(International Health Regulation: IHR)では、髄膜炎菌感染症は、その公衆衛生上の懸念は通常は地域限定的だが、短期間で世界に伝播する可能性あるものとしてAnnex2にリストされている(http://whqlibdoc.who.int/publications/2008/9789241580410_eng.pdf)。

近年届け出られた患者には海外渡航歴がないことから、流行地への渡航者への注意喚起だけではなく、国内でも感染が発生する疾患であるとの認識が必要である。特に学生寮など共同生活を行っている場での患者発生時には、速やかな発生報告と疫学調査の実施が、感染予防措置のために必要である。菌株解析は、海外の流行株の流入経路や、潜在的な国内での菌の伝播を把握し、策を立案するうえで重要であり、臨床現場や自治体との連携、地方衛生研究所・国立感染症研究所のネットワークの強化が必要である。

 

特集関連情報

logo40

2013/14シーズン最初に分離・検出されたインフルエンザウイルス―栃木県

(IASR Vol. 34 p. 374-375: 2013年12月号)

 

2013年10月2日に栃木県県北保健所管内の病原体定点医療機関から今シーズン最初のインフルエンザ患者由来検体が栃木県保健環境センターに搬入された。これらの検体についてインフルエンザウイルス分離・検出状況および県内流行状況について概要を報告する。
 
2013年10月2日(第40週)に栃木県感染症発生動向調査事業に基づき、病原体定点医療機関からインフルエンザウイルス検体が6検体搬入された。その後、10月10日(第41週)にも同じ医療機関から9検体のインフルエンザウイルス検体の搬入があった(図1)。これらの検体はすべて県北保健所管内の患者(7~12歳)から採取された検体であり、県北地域における限定的な小流行が確認された。
 
搬入された15検体(咽頭ぬぐい液および鼻汁)からウイルスRNAを抽出し、リアルタイムOneStep RT-PCR(TaqMan Probe法)によりインフルエンザウイルス遺伝子の検出を行った。その結果、15検体すべてからインフルエンザウイルスAH3亜型が検出された。また、RT-PCR陽性検体の増幅産物を用いて、HA遺伝子(HA1領域)の塩基配列を決定し、系統樹解析を実施した(図2)。15検体すべて2013/14シーズンのA(H3N2)ワクチン株A/Texas/50/2012と同じVictoria/208クレードの3Cサブクレード内に位置していた。
 
MDCK細胞を用いてウイルス分離を試みた結果、1検体で細胞変性効果が確認された。この培養上清に対してモルモット血球を用いた赤血球凝集(HA)試験を行ったところ、8HA/25μLのHA価を示した。そこで、国立感染症研究所から配布された2013/14シーズンインフルエンザ同定キットを用いて赤血球凝集抑制(HI)試験を行ったところ、A/Texas/50/2012 (H3N2) の抗血清に対するHI価は1,280(ホモ価1,280)であり、RT-PCRによる亜型同定結果とも一致していた。
 
県北地域のインフルエンザ定点から第38週に今シーズン初の患者報告が確認され、第40週には患者報告数16名となった。この期間、県内他地域のインフルエンザ定点におけるインフルエンザ患者の報告はなく、県北地域における限定的な小流行であったと考えられる。その後、第43週以降、県内全域のインフルエンザ定点から少しずつ患者報告が確認されている。過去5シーズンの患者発生状況については、第35~39週に初めて患者報告が確認されているが、ピーク時(週)は2009年のパンデミックの際は第48週、その他のシーズンは、第4~6週となっている。今シーズンは、シーズン始めに県北地域における小流行が認められたものの県内全域には広がっておらず、今後来年に向けて増加していくものと考えられる。
 
2012/13シーズンはAH3亜型が流行株の主流であったが、今シーズンの全国のインフルエンザ検出状況を確認すると(http://www.niid.go.jp/niid/ja/iasr-inf.html)、今回検出されたAH3亜型だけでなく、AH1pdm09やB型も検出されている。今シーズンは、まだ本格的な流行期を迎えておらず、本県においても今後どのような株が流行するか、その動向に注目していく必要がある。

 

栃木県保健環境センター
     微生物部 櫛渕泉美  岡本その子 舩渡川圭次
     企画情報部 舟迫 香

logo40

2013/14シーズン初めの小学校を中心としたB型インフルエンザの発生事例―和歌山県

(IASR Vol. 34 p. 375-376: 2013年12月号)

 

今シーズンの本格的なインフルエンザ流行を前に、和歌山県内の小学校でB型インフルエンザによる集団発生が確認された。地域の状況を含め、その概要を報告する。

2013年10月7日(月)、田辺保健所に管内の定点医療機関から、地域の小学校(全校児童 約250名)に通う児童の中に簡易キット検査でB型インフルエンザ陽性の患者が複数例確認されているとの連絡が入った。さらに、前日までの1週間(第40週)に同保健所管内の定点医療機関で、県内では3カ月以上みられていなかったインフルエンザ患者が3例確認されていることが分かった。上記小学校ではインフルエンザ様疾患により全校で10名が欠席しており、翌8日(火)にはさらに増加して2年生と4年生の各1クラスずつで3日間の学級閉鎖措置がとられた。なお、同じ校区内の中学校でも同時期にインフルエンザ様疾患による欠席者が確認されている。翌週になると小学校の欠席者数も減少し、同じ地区内の幼稚園にも欠席者が確認されたものの、小・中学校を含め、いずれも概ね散発的に推移した(図1)。その間、感染症発生動向調査では田辺保健所管内の定点医療機関から、第40~42週にかけて累積18例のインフルエンザ発生報告があった。患者はいずれも15歳未満の小児で、6~9歳の児童が3分の2を占めた(図2)。

医療機関において、10月5日~7日にかけて発症した児童、計5名(表1)から鼻汁を採取し、MDCK細胞に接種してウイルス分離を試みたところ、4検体で細胞変性効果が確認された。これらについて、2012年に国立感染症研究所より配布された2012/13シーズンインフルエンザウイルス同定キットを用い、0.75%モルモット赤血球で赤血球凝集抑制(HI)試験による同定試験を行った。得られた4株はすべてB/Wisconsin/1/2010(山形系統)の抗血清(ホモ価160)に対してのみ凝集抑制が認められ、いずれもHI価は160だった。また、ウイルスが分離されなかった症例についても、検体からRNAを抽出し、Real-time RT-PCR法によりB型インフルエンザウイルス遺伝子を検出した。

感染症発生動向調査では、第40週~42週にかけて周辺の保健所管内でインフルエンザ患者発生の報告は無く、また第43週には田辺保健所管内を含めた県内の全定点医療機関で発生の報告が無い。現時点ではインフルエンザの非流行期における局地的な小流行と考えられる。山形系統のウイルスは、AH3亜型が主流であった2012/13シーズンにも県内で流行期を通じて散発的に検出されており、今後もその流行形態を注視したい。

謝辞:感染症発生動向調査にご協力をいただいている各定点医療機関、および本報告に際し情報提供をいただきました田辺市各関係機関の皆様に深謝いたします。 

 

和歌山県環境衛生研究センター 寺杣文男 下野尚悦 田中敬子
田辺保健所 小川晃弘 杉本美佐
医療法人こうま会 うえはら小児科 上原俊宏

logo40

愛知県で2013/14シーズンに初めて分離されたB型インフルエンザウイルス(Victoria系統)の性状

(IASR Vol. 34 p. 376-377: 2013年12月号)

 

2013年10月15日に上気道炎、下気道炎、発疹より麻疹を疑われた6カ月児より採取された咽頭ぬぐい液検体から、B型インフルエンザウイルスが分離された。患者は10月5日に発熱、10月8日にベトナムより入国。当研究所による麻疹・風疹およびパルボウイルスB19遺伝子検査は陰性、咽頭ぬぐい液検体をMDCK細胞、HeLa細胞、RD-18S細胞およびVero細胞に接種したところ、MDCK細胞において接種後4日目に細胞変性効果が認められた。このウイルス培養上清液に対して0.5%ニワトリ赤血球を用いた赤血球凝集(HA)試験を行ったところ、HA価は128倍を示した。そこで、国立感染症研究所より配布されている2013/14シーズン用インフルエンザウイルス同定キットにて赤血球凝集抑制(HI)試験による型別同定を行った。その結果、分離株はB/Victoria系統の抗B/Brisbane/60/2008血清(ホモ価640)に対してHI価1,280を示し、抗A/California/7/2009血清(同1,280)、抗A/Texas/50/2012血清(同2,560)、B/Yamagata系統の抗B/Massachusetts/02/2012血清(同640)に対してはHI価<10を示したため、B型インフルエンザウイルス(Victoria系統)と同定された。また、咽頭ぬぐい液検体より抽出したRNAにて実施したリアルタイムRT-PCR遺伝子検査においてもB型遺伝子を検出した。

HA、NA遺伝子解析
分離されたB/Aichi(愛知)/62/2013株はHA遺伝子(1,041塩基)系統樹解析により2011/12シーズンワクチン株(B/Brisbane/60/2008)と同じクレード1aに分類され、GISAID(The Global Initiative on Sharing All Influenza Data)に登録されている2013年6~9月の分離株(10月28日確認)と同じ分岐に属していた()。しかし、BLAST検索で100%の相同性を有する株は認められなかった。また、当研究所で2012/13シーズンの1~5月に分離された6株も同じ分岐に属していた()。NA遺伝子の系統樹解析ではB/Brisbane/60/2008株と比べて3アミノ酸(S295R、N340D、E358K)が異なる2011/12および2012/13シーズン分離株(当研究所)由来の分岐に属していた。また、既知のノイラミニダーゼ阻害剤に対する耐性変異は検出されなかった。

2013/14シーズンに入り、県内195定点医療機関からのインフルエンザ患者報告は、11月第1週現在10例前後(定点あたり0.05)である1)。今回の事例は発熱から検体採取までに10日(入国後7日)を要し、発疹が認められた乳児症例であるため、B型インフルエンザ感染時期は国外輸入症例若しくは入国後の何れも可能性が考えられる。今シーズン国内でのB型インフルエンザウイルスの分離・検出状況は11月11日現在2)Victoria系統4株、山形系統4株、系統不明1株である。和歌山県においては山形系統による集団発生が認められており3)、今後どちらの系統が流行するのか発生動向に注意する必要がある。

 

参考文献
1) 愛知県感染症情報センター 愛知県感染症情報 (2013年11月11日確認)   
     http://www.pref.aichi.jp/eiseiken/2f/201344.pdf
2) IASR 週別インフルエンザウイルス分離・検出報告数 (2013年11月11日確認)   
     https://kansen-levelmap.mhlw.go.jp/Byogentai/Pdf/data2j.pdf
3) IASR 34: 375-376, 2013   
     http://www.niid.go.jp/niid/ja/flu-m/flu-iasrs/4085-pr4062.html

 

愛知県衛生研究所   
    安井善宏 尾内彩乃 中村範子 小林慎一 山下照夫 皆川洋子

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan