国立感染症研究所

高病原性鳥インフルエンザウイルスA(H5N1)感染事例に関するリスクアセスメントと対応

2023年4月13日
2024年4月17日最終更新
国立感染症研究所

 

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更新点

 2023年4月17日  疫学的所見、ウイルス学的所見、リスクアセスメント

 

目次

  •    背景
  •    疫学的所見
     1.事例の概要
      国外の状況
      国内の状況
     2.治療薬、ワクチン、検査について
  •    ウイルス学的所見
  •    日本国内の対応
  •    リスクアセスメント

背景

 高病原性鳥インフルエンザウイルスA(H5N1) (Highly pathogenic avian influenza virus: 以下、HPAIV(H5N1))は1997年に初めて香港で生鳥市場を介したヒト感染例の報告があり、2003年、2004年には東アジア、東南アジアでもヒト感染例が報告された。これ以降、世界各地の家きんや野鳥に感染が拡がり、流行域を拡大したH5亜型のHPAIVは、A/goose/Guangdong/1/1996(H5N1)に由来するユーラシア型のHA遺伝子を保持しており、HA遺伝子の塩基配列により当初は0~9のCladeに分類され、その後HA遺伝子の変異が蓄積し、Cladeごとにさらに細かな亜系統に分類されるようになった。さらに他のA型インフルエンザウイルスとの遺伝子再集合を起こすなど、遺伝的にも多様化している。特に2005年以降はClade 2の亜系統が鳥類で流行したことに伴い鳥類からヒトへの感染例も増加し、2006年には欧州、アフリカ大陸でもヒト感染例が報告された。HPAIV(H5N1)のヒト感染例は2024年4月9日時点で少なくとも889例が世界保健機関(WHO)に報告されているが、ほとんどは2017年以前の報告である。
 2021年以降はClade 2.3.4.4bに属するHPAIV(H5N1)の世界的な感染拡大に伴い、2023年には南極地域で初めて鳥類での感染例の発生が報告され、オセアニアを除く全世界から報告があったほか、水生動物を含む野生の哺乳類や農場のミンクなどの感染例、散発的なヒト感染例が世界各所で継続的に報告されている。加えて2024年3月には、米国からヤギ及び乳牛でのClade2.3.4.4b属するHPAIV(H5N1)感染例、および未殺菌乳(生乳)からの同CladeのHPAIV検出が報告され、接触者の調査中にヒトの感染例が確認された。
 また、Clade 2.3.2.1cに属するHPAIV(H5N1)の局地的なヒト感染例も報告されている。
近年のHPAIV(H5N1)のヒト感染例の報告は限られるが、鳥類や哺乳類で流行が拡大していることから、2020年以降の状況について、HPAIV(H5N1)感染事例の疫学情報の更新及びリスクアセスメントを行った。

 

疫学的所見

 

1.事例の概要

■国外の状況

 国外の鳥類(野鳥、家きん)における発生状況

 H5HA遺伝子のClade 2系統から派生したClade 2.3.4.4bの HPAIV(H5N1)は、2020年後半に欧州北部で同定されたのち、渡り鳥により世界各地へと広がった。鳥類における感染事例が確認された地域は、2021年から2022年にかけては欧州が主であり、北米にも拡大した(WHO. 2022)が、2023年には南米に広がり(厚生労働省. 2023)、さらに2023年末から2024年2月にかけては南極大陸を含む南極地域にも拡大した(CSIC. 2024)。
 例年、鳥類におけるA型インフルエンザウイルス感染事例の報告数は、9月が最も少なく、10月頃から増加し始め、2月にピークを迎える(WOAH. 2023)。しかし、2021/2022シーズン※は例年報告数が減少する時期にも、欧米を主として報告数が減少しないままに2022/2023シーズンを迎えた。このため、2021/2022及び2022/2023シーズンの鳥類におけるHPAIV感染事例は例年にない規模となった(ECDC. 2024、CDC. 2023a)。2022/2023シーズンは2023年7月から9月、例年と同様に報告数が減少した(ECDC. 2024)。
 2023/2024シーズンは、例年より数週間遅い10月から、鳥類におけるHPAIV感染事例数が急速に増加し始めた(図1)(ECDC.2024)。事例は主に欧米から報告されたが、日本を含むアジアからも報告された(図2)。2024年1月下旬以降、事例数は減少傾向にあるが、欧米を中心として鳥類におけるHPAIV感染事例の報告が継続している(WOAH. 2024)。

※インフルエンザのシーズンの定義は地域などによって異なり、WHOなどは第40週(日本では第36週)から翌年の第39週(日本では第35週)までの1年間を1シーズンとしてカウントする。

 

a)野鳥

   240416 H5N1 figure1a

b)家きん

240416 H5N1 figure1b

図1. 欧州における野鳥・家きんでのHPAIV検出状況
    (2016年10月1日-2024年3月15日)(ECDC. 2024)

 

 

   240416 H5N1 figure2

図2. トリにおけるHPAIV(H5N1)感染事例の報告状況
    (2023年12月2日~2024年3月15日)(ECDC. 2024)

 

 国外の哺乳類における発生状況

 哺乳類におけるHPAIV(H5N1)感染事例は、2003年から確認されるようになり(EID, 2024)、主に、鳥類におけるアウトブレイク発生地で、野鳥を捕食することがある哺乳類を中心に発生していた(CDC. 2023a)。
 ヒト以外の哺乳類におけるH5N1感染事例の発生国は、2003年から2019年までの17年間で10ヵ国に留まったが、2020 年から2023年10月までの約4年間では26ヵ国(欧州17ヵ国、南米5ヵ国、北米2ヵ国、アジア2ヵ国)と急増した(Plaza PI. et al.. 2024)。さらに、2023年12月には、南極地域においてもゾウアザラシのHPAIV感染が確認されており、哺乳類におけるHAPIV感染事例の発生地域は拡がっている(ECDC. 2024、OFFLU. 2023)。
 H5N1感染が確認された哺乳類は2020年から2023年10月までに48種以上となり、多様な哺乳類における感染が確認されるようになった。2019年以前は陸生動物、半水生動物の感染が報告されていたが、2020年以降は水生動物(アザラシ、アシカ等)の感染も確認されるようになった(Plaza PI. et al.. 2024)。
 哺乳類におけるH5N1感染事例は、野生動物に限らず飼育動物でも発生している。2023年にはフィンランドの複数の毛皮農場(ミンク、キツネ、タヌキ)における大規模感染等が報告された。このうちの多くは2023年9月から開始された血清学的調査により探知された事例であり、死亡個体や有症個体が検出された農場は一部であった。このため、無症状で探知されていない事例があると考えられている。また、こうした農場における飼育動物の感染は、飼育動物が屋外に出る機会に感染鳥類との接触を介して感染したと推察されている(ECDC. 2024)。
飼い猫(ポーランド、韓国、米国)、飼い犬(イタリア)における感染事例も報告された(CDC, 2023)。中でも、2023年6月から7月にかけて、ポーランド国内複数地域から25匹の飼い猫のH5N1感染が確認された事例では、感染鳥類との屋外での接触だけでなく、エサとなっていた鶏肉も感染源の一つとして推察された(Domańska-Blicharz K. et al.. 2023)
 哺乳類における感染事例の多くは、単数もしくは少数個体の事例であるが、2022/2023シーズンには、哺乳類で数十頭から数百頭規模の大規模感染事例が報告され、哺乳類間での伝播が起きている可能性が示唆された(ECDC. 2024、Puryear W. et al.. 2023)。また、南米のペルー、チリでは感染したアシカやゾウアザラシの大量死が報告されており、一部の地域で、その致命率の高さも懸念されている(OFFLU. 2023)。
 哺乳類における感染拡大の背景にH5N1ウイルスの遺伝的変異が関与している可能性が示唆されているが、現時点で、ヒトへの感染力が高まったとする報告はない(CDC. 2023)。
 2024年3月20日には、米国からClade2.3.4.4bに属するHPAIV(H5N1)のヤギでの感染事例が報告され(Minesota Board of Animal Health, 2024)、3月25日には乳牛の感染事例および未殺菌乳(生乳)からの同CladeのHPAIV(H5N1)検出が報告された(USDA, 2024a、CDC, 2024a)。4月5日時点で6州(テキサス州、カンザス州、ミシガン州、ニューメキシコ州、アイダホ州、オハイオ州)において乳牛からのHPAIV検出の報告があり、テキサス州の事例では農場の調査中に農場内で斃死したネコや野鳥からもHPAIVが確認されている(USDA, 2024b、Cornell University, 2024)。

 

 国外のヒトにおける発生状況

 WHOに報告されたヒトにおけるHPAIV(H5N1)感染事例は、2003年から2024年4月9日時点で合計889例あり、少なくとも463例(52%)が死亡している。このうち、2017年までの報告が860例(うち死亡454例(53%))と多くを占め、2018年以降の報告数は大きく減少しているものの、HPAIV(H5N1)はヒト症例が報告されている鳥インフルエンザの中でも報告された症例数が多く、また致命率が高いウイルスである(表1)(WHO, 2024a、ECDC. 2024)。
 2020年1月から2024年4月9日までに、ヒト感染例は、10ヵ国から28例が報告された(表2)。ほぼすべての症例に、病気または死亡した家きんとの接触があった。このうち、ベトナムとカンボジア以外の6ヵ国から報告された13例において、検出されたHPAIV(H5N1)の Cladeはすべて2.3.4.4bであった。
 カンボジアからは、2023年2月以降、11例が報告されており、情報のない最終報告例を除き、検出されたHPAIV(H5N1)のCladeはすべて2.3.2.1cであった。カンボジアでは2014年から長期間、鳥類からのClade 2.3.2.1cの検出が続いているが、2015年から2022年まではヒト感染例は確認されていなかった(WHO. 2024b、WPRO. 2024)。
 2024年4月時点でH5N1以外のHPAIV(H5)のヒト感染例はH5N6で90例、H5N8で7例が報告されている(表1)(ECDC. 2024)。また、H5以外の鳥インフルエンザではHPAIV(H7N9)で1568例、HPAIV(H7N7)で94例、低病原性鳥インフルエンザ(H9N2)で132例のヒト感染例の報告があるほか、少数ではあるがH3N8、H6N1、H7N2、H7N3、H7N4、H10N3、H10N5、H10N7、H10N8の各亜型のヒト感染例が報告されている(WHO. 2019、WHO. 2024e、ECDC. 2024、CDC. 2024d、Belser J. et al. 2009、Puzelli S. et al. 2013)。

 鳥類及び哺乳類におけるHPAIV(H5N1)感染事例の報告数が増加した2021/2022及び2022/2023シーズンにも、ヒト感染例の著明な増加は確認されなかった。2023年/2024シーズン(2023年9月以降)におけるヒト感染例は、カンボジア、ベトナム、米国から報告があったが、世界におけるヒト感染例の著明な増加は認めていない。
 前述の2024年3月に探知された、乳牛の感染例が発生した米国テキサス州の農場において、従業員が、HPAIV感染が推定される乳牛への接触の後に結膜炎症状を呈した。この従業員は結膜炎以外の症状を呈さなかったが、結膜の拭い液及び咽頭拭い液からHPAIVが検出された(Texas DSHS, 2024)。このヒト感染例から分離されたウイルスは、Clade2.3.4.4bに属するHPAIV(H5N1)であり、同じ農場の乳牛から検出されたHPAIVの遺伝子配列と近似していた。この遺伝子配列の中で、哺乳類への適応に関する既知の変異であるPB2のE627K変異が確認されたが、そのほかにヒトを含む哺乳類への適応に関与する変異、抗ウイルス薬の耐性に関与する変異のいずれも確認されなかったと報告された(CDC, 2024b)。
 国外で報告されたヒト感染例の多くは感染した家きん類等との接触歴があり、ヒト-ヒト感染を示唆する情報は確認されていない(CDC. 2023a、 WHO. 2024b)。

 

 表1. 鳥インフルエンザウイルス(H5)のヒト感染事例(2024年4月9日時点)

 亜型       

       報告年

H5N1 H5N6 H5N8
-2009 468 0 0
2010-2014 233 3 0
 2015 145 5 0
2016 10 9 0
2017 4 2 0
2018 0 4 0
2019 1 1 0
2020 1 5 7
2021 2 37 0
2022 6 18 0
2023 12 6 0
2024 7 0 0
 合計 889 90 7

(WHO. 2024a、WHO. 2024e、CDC. 2023a)

 

表2. 2020年から2024年4月5日までにWHOに報告されたHPAIV(H5N1)ヒト感染事例

報告年 報告国 報告数 死亡例数 Clade

2020年

ラオス 1 0 2.3.4.4b
2021年 インド 1 1 2.3.4.4b
  英国 1 0 2.3.4.4b
2022年 中国 1 1 2.3.4.4b
  エクアドル 1 0 2.3.4.4b
  スペイン 2 0 2.3.4.4b
  米国 1 0 2.3.4.4b
  ベトナム 1 0 情報なし
2023年 カンボジア 6 4 2.3.2.1c
  中国 1 0 2.3.4.4b
  チリ 1 0 2.3.4.4b
  英国 4 0 2.3.4.4b
2024年
(4月9日時点)
カンボジア 5

1
(2例情報なし)

4例:2.3.2.1c
1例:情報なし

  ベトナム 1 1 2.3.2.1c
  米国 1 0 2.3.4.4b

(WHO. 2024a、WHO. 2024e、CDC. 2023a)

 

 

■国内の状況

 国内の鳥類(野鳥、家きん)における発生状況

 2023/2024シーズンは、野鳥、家きん、それぞれ、2023年10月4日と11月25日に国内1事例目が確認され、過去最も早く初発事例が探知された2022/2023シーズンと比較すると遅かった(農林水産省. 2024)。
 2023/2024シーズンの国内の鳥における鳥インフルエンザ感染事例(低病原性鳥インフルエンザ感染も含む)は、2024年3月13日時点で、野鳥では26都道府県から130事例が、家きんでは9県から10事例が報告され、約79万羽が殺処分対象となっている。飼養鳥においては、2県から2事例の感染例が報告されている(環境省.2024)。このうち1事例は、2023年11月に野生のカルガモ(H5亜型を後日検出)を捕食後に死亡したタカからのH5N1検出事例であった(岐阜県. 2023、環境省. 2024)。もう1つの事例は、衰弱した野生のカラスと接触した、健全なモモアカノスリ(ハリスホーク)からのH5N1検出事例であった(環境省. 2024)。
 2023/2024シーズンの国内の鳥類におけるH5N1感染事例数は、野鳥、家きん、飼養鳥いずれにおいても、過去最大規模となった2022/2023シーズンの事例数を大幅に下回っており、特に野鳥においては2024年1月以降の新規発生数は2023年11月~12月と比較し、すでに減少傾向である(農林水産省.2024、環境省.2024)。

 

 国内の哺乳類における発生状況

 2022年4月に北海道札幌市において、キタキツネ(アカギツネ)及びタヌキでのHPAIV(H5N1)感染事例が国内で初めて確認された(磯田ら. 2022)。2023年4月と6月には北海道札幌市において2例のキツネでのH5N1感染(死亡個体からの検出、6月探知例の検体採取月は同年2月)が探知された。周辺地域ではハシブトカラスのHPAIV(H5N1)感染事例が続発しており、キタキツネ及びタヌキに感染していたHPAIV(H5N1)は、ハシブトガラスから検出されたウイルスと遺伝的に類似していた(Hirono T. et al.. 2023)。
 キタキツネについては、HPAIV(H5N1)に感染した野鳥を捕食してHPAIV(H5N1)に感染した事が死因と考えられた。タヌキについては、他の病原体による感染も認められ、HPAIV(H5N1)感染が直接の死因か不明であった(磯田ら. 2022)。
 2023年の2事例の確認後、国内では哺乳類におけるH5N1感染事例は確認されていない。

 

 国内のヒトにおける発生状況

 国内ではこれまでにHPAIV(H5N1)を含め、鳥インフルエンザウイルスに感染して発症したヒト感染事例は確認されていない。

 

2.治療薬、ワクチン、検査について

 抗インフルエンザ薬、特にNA阻害薬やポリメラーゼ阻害薬に対する耐性を獲得しているHPAIV(H5N1)の流行は認められていないため、これらの薬剤による治療効果は期待できる。
 近年、ヒト感染が確認されているClade 2.3.4.4bのH5ウイルスは、WHOが提示したH5亜型のワクチン候補株(WHO. 2024c、WHO. 2024d)のうち、同じClade 2.3.4.4bのA/Fujian-Sanyuan/21099/2017 (H5N6)、A/chicken/Ghana/AVL-76321VIR7050-39/2021(H5N1)及びA/Astrakhan/3212/2020(H5N8)と抗原類似性を有しているほか、A/American wigeon/South Carolina/22-000345 -001/2021-like、日本から登録されたA/Ezo red fox/Hokkaido/1/2022-like(H5N1)もワクチン候補株として選定されている。また近年、ヒト感染が確認されたClade 2.3.2.1cのH5ウイルスについては、同じClade 2.3.2.1cのワクチン候補株としてA/duck/Vietnam/NCVD-1584/2012(H5N1)がある。
 HPAIV(H5N1)を含むA型インフルエンザウイルスの検出に関しては、呼吸器検体を用いたコンベンショナルRT-PCRもしくはリアルタイムRT-PCR法によるウイルス遺伝子検出検査の実施が推奨されている。検査に使用する検体は鼻腔スワブ(鼻の奥)、口腔咽頭スワブ(喉)、鼻咽頭スワブ(鼻咽頭)に加え、鼻咽頭吸引液や気管支吸引液などが有用とされている(WHO. 2021)。

 

 

ウイルス学的所見

 Clade 2.3.4.4bのHPAIV(H5N1)は、2020年後半に欧州北部で同定された後、渡り鳥により世界各地へと運ばれ、様々な国・地域で遺伝子再集合(他のA型インフルエンザウイルスとの遺伝子分節の交換)した多様な遺伝子型のHPAIV(H5N1)が分離されている(Leguia M. et al.. 2023、Alkie TN. et al.. 2023、ECDC. 2023)。ただし、遺伝子型の違いによるウイルス性状の違いはよく分かっていない。
 鳥類から分離されたClade 2.3.4.4bのHPAIV(H5N1)からは、哺乳類での病原性や増殖能力の獲得に寄与するPB2タンパク質のE627K変異を持つウイルスや、HAタンパク質の受容体結合部位にヒト型受容体(α2,6結合したシアル酸)への結合能力の増強の可能性が示唆されるアミノ酸変異を持つウイルス(例えば、S137A, T160Aなど)等がまれに報告されている(ECDC. 2024)。
 2022年10月にスペインのミンク農場のミンクから分離されたClade 2.3.4.4bのHPAIV(H5N1)には、哺乳類由来細胞内でのポリメラーゼ活性の上昇に関与するPB2のT271A変異が認められた(Agüero M. et al.. 2023)。また、2022年4月から7月にかけてカナダの野生のアカギツネ、スカンク、ミンクから分離されたClade 2.3.4.4bのHPAIV(H5N1)の40株全てのウイルスのHAタンパク質にS137A及びT160A変異が認められ、そのうちの17%は、哺乳類への適応に関与するPB2のE627K、E627V、D701Nのいずれかのアミノ酸変異が認められた(Alkie TN. et al.. 2023)。
 上述した鳥類や哺乳類から分離されたClade 2.3.4.4bのHPAIV(H5N1)に認められる、哺乳類適応やヒト型受容体への結合能に関与する可能性のあるアミノ酸変異によるヒト感染への直接的な影響についてはよく分かっていない。現在までのところ、Clade 2.3.4.4bのHPAIV(H5N1)の効率的なヒトーヒト感染は報告されておらず、これらのウイルスがヒトからヒトに持続的に感染する可能性は低いと考えられる。
 カンボジアでは2023年に6例、2024年に5例のHPAIV(H5N1)の感染が報告された(うち、死亡例は5例)。ウイルスの遺伝子解析結果が判明している起因ウイルスのHA遺伝子は、Clade 2.3.2.1cに属していた(WPRO. 2024)。Clade 2.3.2.1cのHPAIV(H5N1)は、2020年以降アジアの家きんで限局的に報告されている(GISAID. 2024)。Clade 2.3.2.1cのHPAIV(H5N1)についても持続的なヒトーヒト感染は報告されていない。

 

 

日本国内の対応

1. 国内における鳥インフルエンザウイルスのヒト感染事例の探知と対応について

 鳥インフルエンザA(H5N1)は、「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」(感染症法)で定める二類感染症の「特定鳥インフルエンザ」の一つとして政令で指定されており、医師は鳥インフルエンザA(H5N1)の患者又は無症状病原体保有者を診断したときは、感染症法第12条に基づき症例を届け出ることとなっている。届出を受けた都道府県知事等は感染症法第15条に基づき積極的疫学調査を実施する。調査については「鳥インフルエンザ(H5N1)に係る積極的疫学調査の実施等について」(健感発第1122001号通知)に基づき対応する。

 

2. 国内における鳥インフルエンザウイルスの動物感染事例の探知と対応について

 又は感染鳥類の所有者は、鳥インフルエンザ(H5N1)に感染、又は感染した疑いのある鳥類を認めた場合は、感染症法第13条に基づき届け出ることとなっている。届出を受けた都道府県知事等は、感染症法第15条に基づく調査及び法第29条に基づく措置等を行う。この際の対応については「国内の鳥類における鳥インフルエンザ(H5N1)発生時の調査等について」(健感発第1227003号通知)に基づき実施する(厚生労働省. 2006)。
 2024年3月12日現在、国内複数地域での鳥類における感染事例の発生を受け、環境省ではレベル3(国内複数個所や近隣諸国での発生時)の対応として、鳥類生息状況等調査による監視強化、死亡野鳥等を対象にしたウイルス保有状況調査の強化等を継続している(環境省. 2023、環境省. 2024)。
 また、2022/2023シーズンは鳥類におけるHPAIV(H5N1)感染事例が継続して発生しており、かつ例年以上の頻度で確認されたことから、専門家から「全国的に環境中のウイルス濃度が非常に高まっている」と指摘された。これを受け、農林水産省では、2022年12月に、全国の養鶏に携わる関係者及び都道府県等の行政関係者に対して、最大限の緊急警戒を呼びかけ、家きんでの高病原性鳥インフルエンザが発生した道県において、家きん農場の緊急消毒が実施された。2023年3月には、家きんでの本病の発生が確認されていない都府県においても、家きん農場の緊急消毒が実施された。
 2023/2024シーズンにおいては、2023年12月20日に実施された第88回家きん疾病小委員会・令和5年シーズン第1回高病原性鳥インフルエンザ疫学調査チーム検討会合同会合において、「高病原性鳥インフルエンザの発生を踏まえた今後の発生予防対策に関する提言」が取りまとめられており、この中では全都道府県に対し、飼育衛生管理の徹底、過去発生のあった農場やその周辺地域の飼養者におけるリスク低減策、都道府県における飼養衛生管理の状況の確認と指導、水場等の野鳥が多い地域などでの警戒、早期発見・早期通報の徹底、環境省や農林水産省のウェブサイトなどでの定期的な情報収集を行うよう示している(農林水産省. 2023)。また、農林水産省では平時からの家きん農場における監視体制の強化や、発生時に関係省庁と連携し都道府県が実施する防疫措置(発生農場の患畜・疑似患畜の殺処分、焼埋却、発生農場周辺での移動制限区域・搬出制限区域の設定、消毒ポイントの設置等)について支援等を実施している。

 

 

各国・各機関におけるリスクアセスメント

 2020年以降のClade 2.3.4.4b のHPAIV(H5N1)によるヒト感染事例と鳥類及び哺乳類の感染事例の報告が増加したことにより、 WHO、欧州疾病予防対策センター(ECDC)、米国疾病管理予防センター(CDC)、英国健康管理庁(UKHSA)は以下の通りリスクアセスメントを発出している(表3)。一方、Clade 2.3.2.1cのHPAIV(H5N1)は2020年以降についてはアジアで限局的に循環しており、世界的な感染拡大はみられていない。

 CDCは動物で循環しているA型インフルエンザに対するパンデミックポテンシャルのリスク評価を行い、パンデミックに備えるべきウイルスの優先順位を決定するためにInfluenza Risk Assessment Tool (IRAT)を提唱している。本ツールには、ヒトーヒト感染持続の可能性(emergence)とヒトーヒト感染が持続した際の公衆衛生へのインパクト(public health impact)という2つの評価分野があり、それぞれについてリスク評価が行われる。H5N1ウイルスは主要なClade、株ごとに評価されており、Clade 2.3.4.4bのHPAIV(H5N1)は、中レベルのリスクに分類されている(CDC. 2023b)。
 また、米国食品医薬品局(FDA)とUDSAは、2024年の米国におけるヤギ、乳牛のHPAIV感染例の発生および未殺菌乳(生乳)からのHPAIV検出を受けて、国内で流通している牛乳の安全性には影響がないとの声明を発表している(USDA, 2024c)ほか、CDCも一般市民がHPAIV(H5N1)に感染するリスクは依然として低い、としている(CDC, 2024c)。

 

 

国立感染症研究所におけるリスクアセスメント

 

 【海外渡航者が感染するリスク】

  • 海外でのヒト感染例の多くは感染した家きん類等との接触による散発的な感染であり、効率的なヒトーヒト感染を示唆する情報はないことから、鳥類への曝露機会がない海外渡航者が感染する可能性は低い。
  • 海外渡航者は、家きん市場や生きた鳥類、鳥類や哺乳類の死骸に不用意に近づかないように注意すべきである。
  • 発生地域において鳥類との接触があり、渡航後に発熱を認めるなどの体調の変化があった場合には、医療機関の受診時に渡航歴及び鳥類との接触歴を伝えることの啓発が必要である。

 

 【国内で鳥類、哺乳類への接触者が感染するリスク】

  • これまで国内で明らかなヒト感染例の報告はなく、ヒトへの感染性が高くなったという証拠は無いことから、鳥類への曝露機会がない人々への感染リスクは低い。一方、国内でも鳥類でのHPAIV(H5N1)検出事例の報告が過去最多となっていることから、生きた鳥類や鳥類の死骸に不用意に近づかないように注意すべきである。
  • 同様に哺乳類からヒトが感染するリスクも低いものの、国外で哺乳類の感染例の報告が増加していること、国内でも限定的ながら哺乳類での検出事例の報告があることから、哺乳類の死骸にも不用意に近づかないように注意すべきである。

 

 【HPAIV(H5N1)がヒトへの感染性を獲得するリスク】

  • HPAIV(H5N1)について、哺乳類への適応やヒトへの感染性が高くなるウイルス学的性質の獲得に関する証拠は限定的であり、疫学的にも効率的なヒトーヒト感染の証拠はない。ただし、動物で感染が拡大する中でアミノ酸変異が蓄積して、ヒトへの感染性がより高くなったウイルスが今後出現する可能性は否定できないことから、引き続き動物での発生動向を監視する必要がある。

 

 【HPAIV(H5N1)がヒトでパンデミックを引き起こすリスク】

  • HPAIV(H5N1)は効率的にヒトからヒトへ感染する能力を獲得しておらず、現時点ではヒトでのパンデミックに至る可能性は低いが、世界的に鳥類での感染拡大が認められ、哺乳類の感染例も多数報告されていることから、HPAIV(H5N1)へのヒトの曝露機会が増加しており、今後も散発的なヒト感染例が報告される可能性は高い。
  • 鳥類や哺乳類とヒトとの接触頻度や感染リスク、そこからウイルスが効率的にヒトからヒトに感染する能力を獲得するリスクを定量的に見積もるには十分な知見がないが、今後も感染動物とヒトとの接触機会を極力避けつつ、継続して発生動向を監視し、適時にリスク評価を行う必要がある。

 

表2. WHO、ECDC、UKHSAにおけるHPAIV(H5N1)に関する状況のまとめとリスクアセスメント

  WHO ECDC CDC UKHSA
状況のまとめ

・2020年以降、多くの動物でHPAIV(H5N1)感染事例が発生しており、ヒトがウイルスに曝露する機会が多い一方でヒト感染例が少ない

・哺乳類やヒトへの適応に関連するアミノ酸変異の報告は限定的である

・過去3年の家きんや野鳥でのHPAIV(H5N1)感染事例の発生の増加にも関わらず、EU圏内で症候性のヒト感染例の報告はない

・哺乳類間の感染の兆候はあるが、哺乳類から人への感染は確認されていない

 ・EU圏外では重篤なヒト感染例の報告があり、EUでも重症例の発生は否定できない

・持続的なヒトーヒト感染は報告されていない

・全世界的に野鳥、家きんでのHPAIV(H5N1)の蔓延の一方で、ヒト感染例は少数である

・哺乳類から検出されたウイルスでPB2のE627K変異がしばしば報告されるが、ヒトへの適応には関連しておらず、ヒトの上気道に感染する能力は持たない

・英国における鳥類でのHPAIV(H5N1)感染事例は増加しており、夏季に感染が途絶える今までの季節性がなくなってきている

・PB2のE627K変異は確認されているが、HPAIV(H5N1)の哺乳類へ広く適応する能力の獲得は示唆されていない

・ヒト-ヒト感染の証拠はない

リスクアセスメント

・動物に曝露した場合、感染が想定されるが、ヒトが感染する全体的な感染リスクは低い

・持続的なヒト-ヒト感染のリスクは低い

・発生地域からの渡航者が渡航先で診断される可能性はあるが、その地域で蔓延する可能性は低い

・一般市民でのリスクは低い

・HPAIV(H5N1)に感染した鳥類や哺乳類に職業的理由等で曝露した人々で低~中リスクであるが、適切な防疫措置下では感染はまれ

・HPAIV(H5N1)の感染リスクは低いが、感染した鳥に接触した場合に高くなる可能性がある

・散発的なヒト症例が持続する可能性がある

 
・ヒトを除く哺乳類における限定的な感染がおこりうる

(WHO. 2024a、ECDC. 2024、CDC. 2023a、UKHSA. 2023a、UKHSA, 2023b)

 

 

関連項目

   ポーランド共和国および大韓民国におけるネコの高病原性鳥インフルエンザウイルスA(H5N1)感染事例について
   鳥インフルエンザA(H7N9)ウイルスによる感染事例に関するリスクアセスメントと対応

 

参考文献

 

更新履歴
2023年12月8日
「海外渡航者が感染するリスク」内に体調不良による受信時の注意事項の啓発について追記

 

作成
感染症危機管理研究センター 太田雅之、竹前喜洋、影山努、嶋田聡、内木場紗奈、村上裕子、小林望、山本朋範、加藤美生、吉見逸郎、横田栄一、齋藤智也
実地疫学研究センター 池上千晶、藤井英里、島田智恵
FETP 24期 大沼恵、越湖允也、酢谷奈津
         25期 小野貴志、中村夏子
インフルエンザ・呼吸器系ウイルスセンター 渡邉真治、浅沼秀樹、長谷川秀樹

 

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