風疹・先天性風疹症候群 2021年11月現在
(IASR Vol. 43 p1-2: 2022年1月号)
風疹は風疹ウイルスによる急性感染症であり, 発熱, 発疹, リンパ節腫脹を主徴とする。風疹に関する免疫が不十分な妊婦が風疹ウイルスに感染すると, 死産, 流産, ならびに心疾患, 難聴, 白内障等の様々な症状を示す先天性風疹症候群(CRS)の児が出生する可能性がある。特に妊娠20週までの母体への感染においてCRSの発生リスクが高い。風疹ならびにCRSに対する特異的な治療法はないが, 風しん含有ワクチンを用いての予防が可能である。2014年に厚生労働省(厚労省)は「風しんに関する特定感染症予防指針(指針)」を策定し, 早期にCRSの発生をなくすとともに, 2020年度までに風疹排除を達成することを目標にした施策の方向性を定めた。また, 2018~2019年に成人男性を中心とする風疹の全国流行が発生したことを踏まえ, 厚労省は「風しんに関する追加的対策骨子(追加的対策)」を策定(2018年12月13日)し, 過去に風疹の定期予防接種を受ける機会がなく, 特に抗体保有率が低い世代(1962年4月2日~1979年4月1日生まれ)の男性を対象として, 2019年から約3年間の期限つきで, 抗体検査を前提とした定期予防接種(第5期)を実施することとした。2020~2021年は新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックの発生により, 予防接種率の低下等, 国内外の風疹対策は大きな影響を受けている。
感染症発生動向調査:風疹は感染症法に基づく全数把握対象の5類感染症である(https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/01-05-14-02.html)。近年では, 2012~2013, 2018~2019年に全国的な流行が発生し, 患者届出数が多かった(図1)。現在は, 2020年101例, 2021年第44週時点で11例と患者届出数が減少している。2018~2019年においては, 風疹患者の約95%が20歳以上であり, また, 男性患者は女性患者の約3.9倍多く, 成人男性優位の患者分布を示した(図2)。2018~2019年に患者届出が最も多かった年齢群は, 男性40~44歳, 女性25~29歳であった。そのような患者分布の傾向は2020年でも認められたが, 患者届出数の激減した2021年においてはこのような傾向は見えにくくなっている。風疹患者の予防接種歴は全国流行が発生した2018~2019年において, 「接種1回あり」が6-8%, 「接種2回あり」が1-2%と, 予防接種歴ありの人の割合が低かった(図3)。
CRSも感染症法に基づく全数把握対象の5類感染症である(https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/01-05-10.html)。2012~2014年には風疹流行にともなって45例のCRS患者届出があった(図1)。その後, 2015~2018年には届出がなかったが, 2019年に4例, 2020年に1例, 2021年に1例の届出があった。2019~2021年に届出されたCRS患者6例の母親のワクチン接種歴は, 1回あり3例, 不明3例であり, 接種歴2回の者はいなかった(本号3ページ)。
風疹の検査状況:風疹サーベイランスの強化を図るため, 2017年に指針が一部改正され, 2018年以降, 原則として検査の実施が求められるようになった。病型別でみると2014~2017年は風疹患者届出の60-75%が検査診断例であったが, 指針改正後の2018~2020年には検査診断例が90%を超えた(図4)。地方衛生研究所では精度管理された方法を用いて, 継続的に風疹ウイルス遺伝子検出およびウイルス遺伝子解析による流行状況の把握が行われている(本号4ページ)。風疹患者の発熱の開始から発疹発現までの期間は, -1日~2日であることが多く, 本情報は風疹検査を優先的に実施すべき症例のスクリーニングに有用である(本号6ページ)。風疹IgM抗体陽性であったが, 一貫して風疹赤血球凝集抑制(HI)抗体ならびに風疹IgG抗体が陰性であり, 風疹IgM抗体の偽陽性が疑われた妊婦の事例が報告されており, 検査結果の解釈には細心の注意が必要である(本号7ページ)。
感染症流行予測調査と予防接種率調査:2020年度の風疹感受性調査は, 追加的対策の評価のため, 例年の調査対象に加え, 第5期定期予防接種対象者を含む40~59歳男性について調査対象者数を増加させて実施する予定であった。しかし, COVID-19流行の影響を受け, 例年と比較して大きく調査対象者数を減じ, 14道府県3,164名(男性1,783名, 女1,381名)を対象として実施された(図5)。風疹HI抗体価1:8以上の抗体保有率は, 2歳~30代前半までの年齢群では男女ともにおおむね90%以上であった(本号9ページ)。30代後半~50代の女性ではほぼすべての年齢群で90%以上であったが, 40~50代の男性は約80%と低かった。第5期定期予防接種の対象となる1962~1978年度生まれの男性の抗体保有率は直近10年で大きな変化はなく, 第5期定期予防接種の効果は調査時点では認められていない。
2006年度以降, 1歳児(第1期)および小学校就学前1年間の児(第2期)を対象に定期予防接種が実施され, 2008年度からは毎年, 全国の都道府県・市区町村の協力により接種率の調査が実施されている(本号11ページ)。COVID-19流行にともない, 2019年度は第1期の接種率が95.4%に低下したが, 2020年度の第1期接種率は98.5%に上昇した。2020年度の第2期接種率は94.7%であり, 目標の95%以上を達成できていない。第5期定期接種の対象者で2021年9月までに抗体検査を受けた人は対象男性人口の23.5%, 予防接種を受けた人は対象男性人口の4.9%であった(https://www.niid.go.jp/niid/images/epi/rubella/2021/rubella211104.pdf)。
今後の課題:世界各国で予防接種やサーベイランスなどの風疹対策が強化され, 2021年10月までに83カ国で風疹排除が確認された(本号12ページ)。その一方で, 国や自治体レベルでの集団免疫の差異, 年長児や成人における感受性者の蓄積, 計画を実行するためのリソース不足, 不完全なサーベイランスなどの問題が課題となっている。また, COVID-19が世界的に流行した2020年における世界保健機関(WHO)西太平洋地域の風疹患者報告数は前年から大幅に減少したが, 世界的に予防接種の接種率低下が報告されており, 新たな感受性者集団を生み出す原因として危惧されている。このような新たな課題を踏まえて, WHOでは“Measles and rubella strategic framework: 2021-2030”が採択された。
本邦においては成人男性に感受性者が多く残されており, その対策として追加的対策が実施されている。しかし, 2022年3月の期間終了までの抗体検査実施率ならびに予防接種率の目標達成は困難と見込まれており, 事業の見直しが議論されている(第45回厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会・予防接種基本方針部会・第55回厚生科学審議会感染症部会)。第5期定期接種対象世代の男性の予防接種が進まない現状を打破すべく, 「“風疹ゼロ”プロジェクト」では風疹啓発活動を関係学会・団体とともに進めている(本号13ページ)。現在, 国内では風疹患者報告が少ない状況にあるが, COVID-19パンデミックが収束し, 行動制限が緩和された際には, 海外から風疹が持ち込まれて国内で再流行することが危惧される。国内での流行を防ぎ, 風疹の排除を達成するためには, 予防接種やサーベイランス等の維持・強化を継続して図っていくことが重要である。