国立感染症研究所

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肺炎球菌感染症 2022年現在

(IASR Vol. 44 p1-2: 2023年1月号)

 肺炎球菌(Streptococcus pneumoniae)は, 主に呼吸器感染症を引き起こすグラム陽性球菌である。菌表層の莢膜ポリサッカライド(capsular polysaccharide: CPS)は宿主免疫からの逃避にかかわる最も重要な病原因子であるとともに, 血清型を決定する抗原でもあり, 現在までに少なくとも100種の血清型が知られている。

 肺炎球菌は乳幼児の鼻咽頭において高頻度に検出され, 小児や成人に中耳炎, 副鼻腔炎や菌血症をともなわない肺炎などの非侵襲性感染症を引き起こす。また, 本菌はときに髄膜炎や菌血症をともなう肺炎などの侵襲性肺炎球菌感染症(invasive pneumococcal disease: IPD)を引き起こす。IPDとは通常無菌的であるべき検体から肺炎球菌が分離された疾患を指し, 2013年4月, 感染症法の5類感染症に追加され, 全数届出の対象となった。

 肺炎球菌ワクチン: 2022年12月現在, わが国で薬事承認されている肺炎球菌ワクチンには23価肺炎球菌莢膜ポリサッカライドワクチン(PPSV23), 沈降13価肺炎球菌結合型ワクチン(PCV13)と沈降15価肺炎球菌結合型ワクチン(PCV15)がある(本号3ページ)。PPSV23には23種の血清型特異的CPSが含有されるが, CPS自身はT細胞非依存性抗原であり, 2歳以下の小児では十分な免疫誘導が得られないため, 小児の定期接種の適応とならない。一方, PCV13とPCV15はCPSに無毒性変異ジフテリア毒素CRM197を結合させることでT細胞を介して乳幼児にも血清型特異抗体を誘導することが可能となっている。この莢膜に対する特異抗体によって誘導される補体依存的オプソニン活性が感染防御にかかわっている。

 わが国において, 5歳未満の小児の肺炎球菌ワクチンとしては, 沈降7価肺炎球菌結合型ワクチン(PCV7)が2009年9月に承認され, 2013年4月から定期接種対象ワクチンとなり, 11月にはPCV13に置き換わった。一方, 成人の肺炎球菌ワクチンとしては, PPSV23が1988年3月, PCV13は2014年6月, PCV15が2022年9月に承認された。PPSV23は, 2014年10月~2018年度において, 65歳の者, および60歳以上65歳未満で心臓, 腎臓または呼吸器の機能に自己の身辺の日常生活活動が極度に制限される程度の障害を有する者, およびヒト免疫不全ウイルスにより免疫の機能に日常生活がほとんど不可能な程度の障害を有する者を主な対象とするB類疾病に対するワクチンとして定期接種が実施されていた。2019年度以降も2023年度までの5年間の時限措置を継続しているが, 定期接種実施率が低下している(本号5ページ)。

 検査室診断: 肺炎球菌の同定は血液寒天培地上での溶血性(α溶血), 胆汁酸溶解試験, オプトヒン感受性試験等によって行われる。またPCR法による肺炎球菌特異的遺伝子の検出, ラテックス法やイムノクロマト法による髄液中の肺炎球菌抗原の検出によっても診断が可能である。他のα溶血性レンサ球菌との鑑別が困難な場合は, multilocus sequence typing解析や全ゲノム解析等が必要となる。肺炎球菌血清型の決定は莢膜膨化試験により行われるが, スクリーニングとして血清型特異的遺伝子をターゲットとしたmultiplex PCR法またはLAMP法も有用である(本号6ページ7ページ)。さらに, 近年の全ゲノム解析技術の進歩により, 複数の感染症例に由来する肺炎球菌の関連性を解析することが可能になった(本号8ページ)。

 感染症法に基づく感染症発生動向調査(NESID): 2013年4月からIPDが5類感染症の全数把握疾患に追加された。本記事では, 2018~2021年に診断された9,723例について集計した(2022年10月19日現在)。届出数は2018年, 2019年に約3,300例であったが, 2020年以降は全国的に減少し, 2020年は1,654例, 2021年は1,398例であった(図1, )。これまで届出数は冬期~春期に多く, 夏期に少ない季節性がみられたが, 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)流行下の2020年は春期の届出数増加がみられなかった。

 患者属性としては小児と高齢者の届出数が多く, 届出時点の死亡報告は高齢者に多かった()。各病型の占める割合は年齢により異なった(図2)。5歳未満では髄膜炎が6%, 菌血症をともなう肺炎(以下, 肺炎)が15%, 巣症状をともなわない菌血症(以下, 菌血症)が68%であったのに対し, 65歳以上では髄膜炎が8%, 肺炎が51%, 菌血症が38%であった。

 2020年以降, ヒトからヒトへ飛沫を介して感染する疾患の報告が減少しており(https://www.niid.go.jp/niid/ja/idwr.html), IPDと同じく侵襲性細菌感染症である侵襲性インフルエンザ菌感染症の届出数も減少した(本号10ページ)。これはCOVID-19流行に対して, マスク着用等の感染対策が広く行われるようになったことや, COVID-19流行が患者の医療機関への受診行動や医療機関における診断, 医師の届出, 保健所における届出への対応等に影響を及ぼし, IPD届出数が減少した可能性がある。しかし, NESIDにおける発病から診断, 診断から報告, 報告から保健所受理までの日数は, COVID-19流行前の2018~2019年と流行後の2020~2021年で同様であり, 受診・診断・報告による影響は限定的であると考えられた。

 IPD強化サーベイランス: 小児IPDサーベイランス(本号11ページ)は, 対象道県の病院ネットワークに基づく調査である。その報告では, 定期接種対象ワクチンをPCV13に切り替え後の2014~2019年にかけて, 小児IPD罹患率がPCV導入前と比較して57%減少し, また分離株の血清型別の結果を踏まえると5歳未満IPD症例由来肺炎球菌においてPCV13含有血清型報告数が減少し, 血清型置換が明確になった。

 成人IPDサーベイランス(本号13ページ)は, 対象道県のNESIDの届出に基づく調査である。2017~2021年, 対象道県における15歳以上のIPDの全届出症例の73%(2,155例中1,573例)を解析した。その結果, 現在日本で使用しているすべてのワクチンに含まれていない血清型の肺炎球菌によるIPD報告数は0.77/10万人で, 全症例の35%を占めた。また2020年以後, 小児, 成人ともにIPD症例は減少し(本号11ページ13ページ), COVID-19とIPDの混合感染症例も報告されている(本号14ページ)。

 ペニシリン耐性肺炎球菌: 国内でのペニシリン耐性肺炎球菌(PRSP)サーベイランスには, 基幹定点医療機関が入院患者におけるPRSP感染症例数を届け出る, NESIDに基づくサーベイランスと, 任意で参加している医療機関の検査部門におけるPRSP検出状況が報告される, 統計法に基づく厚生労働省院内感染症感染対策サーベイランス(JANIS)事業検査部門によるサーベイランスがある。2つのサーベイランスの結果はともに, 2020年以降はPRSP感染症報告数が減少傾向にあるが, JANISでは2020~2021年にかけて髄膜炎由来肺炎球菌のペニシリン耐性率が33-61%と高く, 今後も注意が必要である(本号16ページ)。

 最後に: 肺炎球菌感染症はワクチンによって予防可能である。PCVワクチンの普及により, ワクチンに含まれる血清型の肺炎球菌によるIPD症例数の減少が確認されている。しかし, 小児を中心にワクチンに含まれない血清型の肺炎球菌によるIPD症例の増加(血清型置換)が明らかになった。今後, すべての血清型に効果があるような次世代型ワクチンの開発が期待される。

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

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