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三重県で発生したクドアを原因とする集団食中毒事例

(IASR Vol. 33 p. 150: 2012年6月号)

 

2011(平成23)年6月17日付け食安発0617第3号厚生労働省医薬食品局食品安全部長通知で、Kudoa seputempunctata を食中毒の原因寄生虫として取り扱うこととなったが、平成23年9月にこれを原因とする中規模の一過性食中毒事例を経験したので、その概要を報告する。

概 要
9月9日に市内消防本部から、市内の企業研修会に出席した複数名が食中毒様症状を呈し、医療機関に搬送した旨の連絡を受けた。調査を進めたところ、8日の夕食である仕出し弁当を食べた358名中94名が同様の症状を呈していることが判明した。

患者の状況および症状は表1のとおりである。潜伏時間は0.5~27時間(平均6.0時間)で、4~8時間をピークとする一峰性であった(図1)。また、喫食状況分析からは原因食品と考えられるものは特定できなかった。

原 因
仕出し弁当の保存食や研修会で提供された飲料、飲食店でのふきとり、飲食店従業員便や患者便について、原因と考えられる食中毒細菌やウイルスは検出されなかった。

一方、K. seputempunctata については、当初保存食のヒラメの刺身を鏡検で検索したが検出できなかった。さらにリアルタイムPCR検査でDNAが検出されたものの、増幅曲線から算出した数は定量限界以下であった。改めて鏡検したところ、6~7個の極嚢を有するクドア属の粘液胞子虫が確認されたため、国立医薬品食品衛生研究所へ問い合わせて陽性との判断をし、原因食品および原因物質を確定した。

遡り調査他
原因となったヒラメは韓国済州島で養殖され、輸入業者を通して、冷蔵の鮮魚状態で市内の卸業者から提供前日に飲食店が購入したものである。飲食店では3℃の冷蔵庫で保管した後、提供前日に調理後冷蔵保管し、当日に盛り付けて提供している。

このため、K. seputempunctata には養殖段階で既に汚染されていた可能性が最も高いと考えられる。

今回の事件において、通常の喫食状況分析(相対危険度、オッズ比、補正を含むχ2検定、Fisher直接法)からは、ヒラメについても原因食品とは特定できないものとなっている。1尾のヒラメからは6~8人前程度の刺身しか取れないこと、養殖期間中はヒラメ間でクドアの水平感染は生じにくいと考えられていることから、感染している個体を喫食した者のみから発症者が生じた可能性が高く、クドア食中毒において通常の喫食状況分析が原因食品の判断基準とならないことはむしろ妥当であると考えられる。

 

三重県健康福祉部津保健福祉事務所

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北海道で発生したKudoa septempunctata による食中毒事案について

(IASR Vol. 33 p. 150-151: 2012年6月号)

 

北海道内の宿泊施設において発生したKudoa septempunctata を病因物質とする食中毒事例について、概要を報告する。

概 要
2011(平成23)年9月14日、北海道上川保健所に医療機関から「上川保健所管内の宿泊施設の客2名が嘔吐、下痢等の食中毒様症状を呈し、来院した」旨の通報があった。

同保健所が調査をしたところ、9月13日(火)に宿泊した401名中4名(2団体)が同日21時頃から、また翌14日(水)に宿泊した291名中9名(2団体)が同日21時頃から嘔吐、下痢等の食中毒様症状を呈し、有症者13名のうち10名が同医療機関で治療を受けていた。喫食状況を調査したところ、有症者の共通食はいずれも当該宿泊施設が提供した食事であり、有症者13名を含む19名にのみ、ヒラメの刺身が提供されていた。

また、有症者は全員、ヒラメ刺身を喫食後、3~6時間で発症していた(図1)。

当該宿泊施設に関する調査では、調理場の衛生管理にとくに問題はなく、調理従事者の健康状態は良好であった。

なお、当該宿泊施設では、13日にヒラメを丸のまま仕入れ、冷蔵で保管し、13日および14日の夕食に刺身に調理し、提供していた。

検査結果
有症者便(12検体)、調理従事者便(18検体)、保存食(128検体)、施設のふきとり検体(10検体)について、食中毒菌の検査を実施したが、有意な菌は検出されなかった。

有症者らに提供されたものと同一個体のヒラメ残品について、北海道立衛生研究所において、平成23年7月11日付け食安監発0711第1号「Kudoa septempunctata の検査法について(暫定版)」に従って検査を行った。その結果、6~7個の極嚢を有するクドア胞子が検出された(8.5×106個/g)(図2)。

さらに、同通知が示すリアルタイムPCR検査法に準ずる方法(横山の方法:平成23年6月17日付け23推進第277号水産庁増殖推進部長通知別添2別紙)で遺伝子検査を行い、K. septempunctata に特異的なバンドを確認した(図3)。

遡り調査
原因食品であるヒラメについて、平成23年7月12日付け厚生労働省医薬食品局食品安全部監視安全課食中毒被害情報管理室事務連絡「食中毒調査に係る病因物質不明事例の情報提供について(協力依頼)」に基づき、遡り調査を行った。

その結果、当該ヒラメは大韓民国済州島産の養殖ヒラメで、国内に輸入後、数カ所の事業者を経て、当該施設に販売されたことが判明した。

考 察
K. septempunctata に起因すると考えられる有症事例については、平成23年6月17日付け食安発0617第3号「生食用生鮮食品による病因物質不明有症事例への対応について」により、食中毒事例として取り扱う旨が通知された。

本事案は、通知後、道立保健所管内で初めて発生したK. septempunctata 食中毒であった。今回、有症者の発症時間や臨床症状がK. septempunctata によるものとよく一致していたことに加え、有症者が喫食したものと同一個体の検体が残っており、その検体からK.septempunctata が検出されたことから、病因物質を特定することができた。

しかしながら、現在までにK. septempunctata 食中毒において患者由来の検体からK. septempunctata を検出する有効な方法等は示されておらず、疑わしい食品の残品がない場合など実際に病因物質を特定できない事案も多いと考えられる。

また、K. septempunctata 自体についてもまだ不明な点は多く、その詳細な生活環や食中毒の発症メカニズムなどは明らかにされていない。現在、国においても様々な調査研究が進められており、今後、これらの研究の成果から効果的な食中毒発生予防のための方策や効率的な検出方法がとりまとめられることを期待する。

謝辞:今回、原因食品の遡り調査にご協力いただいた関係自治体各位に御礼申し上げます。

北海道保健福祉部健康安全局食品衛生課 齋藤亜由子

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東京都内で発生したクドアが原因と考えられる下痢症について

(IASR Vol. 33 p. 153-155: 2012年6月号)

 

ヒラメやマグロなどの生鮮魚介類の生食後、短時間で下痢や嘔吐の症状を呈する原因不明の食中毒が首都圏をはじめ全国的に発生し、2009(平成21)年7月以降、厚生労働省は自治体へ事例の報告を求め、その原因究明を行ってきた。その結果、これら食中毒の推定原因食品であるヒラメからクドア属の粘液胞子虫Kudoa septempunctata が高率に検出されること、培養細胞やマウスを用いた毒性試験により、K. septempunctata が下痢を引き起こす原因となりうることが示され、下痢症への関与が強く示唆された。しかしながら、ヒラメ以外の推定原因食品として報告されているマグロ、タイ、カンパチなどについては、いまだその病因物質の特徴や検出状況が明らかにされていない。本稿では、2011(平成23)年6月の厚生労働省による通知「生食用生鮮食品による病因物質不明有症事例への対応について」以降、都内で発生した食中毒疑い事例のうち、生鮮魚介類の生食後、短時間で下痢や嘔吐を伴う事例に関連した魚からのクドア属粘液胞子虫(クドア)の検出状況について示す。

食中毒疑い事例で東京都健康安全研究センターにおいて検査を実施したのは、ヒラメが7検体、マグロが6検体、タイが3検体、カツオが1検体の計17検体(17事例)であった(表1)。ヒラメ7検体に関しては、残品が3検体、同一品(検食)が1検体、参考品が3検体で、K. septempunctata 図1、A)が検出された検体は、残品と同一品がそれぞれ2検体および1検体であったのに対し、参考品から検出された事例はなかった。また、ヒラメ1g当たりのK. septempunctata  18S rDNAのコピー数は、いずれも108以上であった。

マグロは6検体(6事例)すべて残品で、種不明のマグロ1検体、メジマグロ4検体、メバチマグロ1検体であった。検査の結果、メバチマグロを除き、5検体からクドア属粘液胞子虫が検出された。マグロ1g当たりのクドア18S rDNAのコピー数は、ヒラメの事例と同様に108以上であった。このクドア属の粘液胞子虫は、胞子形は尖った星型の形状に6つの極嚢を有した形態(図1、B)で、既報1) のKudoa neothunni と形態的に類似しているが、ジェリーミートの原因となるK. neothunni と異なり、検体のマグロはすべてジェリーミートなどの外観的な異常は認められなかった。このメジマグロ由来のクドア属粘液胞子虫(以下、Kudoa  sp. PBT)の18S rDNAの塩基配列はすべて同一で、GenBankに登録されている既知のクドア18S rDNAの塩基配列に基づいた系統樹解析の結果では、Kudoa grammatorcyni Kudoa scomberomori に近縁であった(図2)。また、これまでの調査2)からKudoa  sp. PBTが検出されるマグロは、日本近海産のクロマグロまたはその若魚であるメジマグロに限られていることから、事例8(表1)の種不明のマグロは、それらのどちらかであると考えている。

タイの喫食による下痢症3検体(3事例)で、残品2検体、参考品1検体について検査を行った結果、これら3検体のうち事例15(表1)のタイから、魚の筋肉部でシストを形成し、4つ極嚢を有したクドアが検出された(図1、C)。このクドアは形態学的な特徴および18S rDNAの解析の結果から、Kudoa iwatai と同定された。また、聞き取り調査により、事例15のタイはヘダイであることが判明した。

食中毒事例において、推定原因食品の残品がある場合は少なく、検査は発症者の検便による場合が多い。しかしながら、クドアはヒトの体内で増殖したという報告例は無く、一過性に糞便中に排出されるだけと考えられることから、検便による検出率は低いと考えられる。これまで当センターで7検体(3事例)において、糞便中のクドア遺伝子の検出検査を実施したが、いずれも陰性であった。一方、ヒラメによる食中毒疑い1事例において、嘔吐物の検査を行ったところ、K. septempunctata の遺伝子だけでなく顕微鏡下でその形態も確認できたことから、嘔吐物の検査は、検便より検出率が高いと考えられる。

実験的にもヒトへの病原性が強く示唆されているK. septempunctata は、ヒラメのみから検出されているが、今後の調査により他の魚種にもその寄生が確認されることも考えられる。また、これまでクドアは世界中で約80種類、そのうち国内では16種類が報告3)されているが、K. septempunctata 以外のクドアのヒトへの病原性については明らかにされていない。今後、魚介類の生食による食中毒疑い事例においては、複数種のクドアを念頭に入れた検査体制の確立と継続的な市場流通品のモニタリングが必要であると考えている。

 

参考文献
1) Arai Y, et al ., Bull Japan Soc Sci Fish 18: 293-298, 1953
2)鈴木 淳, 日食微誌 29: 65-67, 2012
3)横山 博, アクアネット 50: 54-57, 2011

東京都健康安全研究センター微生物部 鈴木 淳 村田理恵 貞升健志 甲斐明美

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ヒラメ生産県におけるクドア対応

(IASR Vol. 33 p. 155: 2012年6月号)

 

近年、一過性の下痢や嘔吐を主な症状とし、食後おおむね2時間~数時間程度の潜伏時間で、予後が比較的良く、かつ、既知の食中毒起因物質が検出されない有症事例が多発している。疫学的調査から、その主な原因食品としてヒラメの関与が指摘され、原因食品として疑われた事例ヒラメから寄生虫Kudoa septempunctata が高率に検出された。

そこで、2010(平成22)年10月~2011(平成23)年1月の間、大分県内のヒラメ養殖業者の協力のもと、養殖ヒラメにおけるクドア属の寄生状況について、リアルタイムPCR法を用い、必要に応じ、顕微鏡観察により調査を行った。なお、本調査は、厚生労働省からの暫定検査法が発出される以前に実施されたものであるため、暫定検査法とは異なる独自法である。

材料および方法
大分県内の養殖業者(42業者)から提供された出荷前ヒラメ437匹について、大分県農林水産研究指導センター水産研究部(以下「水産研究部」という)で筋肉部分を採材したものを調査材料とした。

筋肉部分をスパーテルで少量(約30mg)を掻き取り、2mlのバイオマッシャー(アシスト社)で破砕し、遠心した沈渣を試料とした。DNA抽出は、QIAamp DNA Mini Kit(QIAGEN社)の組織からの抽出方法に準じてDNAを抽出し、最終的DNA抽出液を200μlに調整した。

リアルタイムPCR法は、
 Kudoa 3(Forward): TGTAATAATTGCTCACGAAAGAGGAA,
 Kudoa 3(Reverse): CAAAGGGCAGAGACTTATTCAACA, 
 Kudoa(probe): FAM-TCCTCGTAAGCGCGAGTCATCAGCTC-TAMRA
を用い、反応試薬はPremix EX Taq(タカラ社)、反応条件は95℃ 5sec 、60℃ 20secを45サイクルで、LightCycler 2.0(ロッシュ社)にて実施した。

結果および考察
ヒラメ養殖業者42業者の計 437匹のヒラメ検体中、15業者58検体(13.3%)からKudoa 遺伝子が検出された(詳細結果については省略)。養殖業者ごとに検出率に偏りが見られたこと。養殖場は主に陸上養殖で、検出率に地域、海域の差が認められなかったこと。3養殖業者について、生産ロットを変えて、繰り返し検査を試みたが、検出率に再現性が得られなかったこと。以上のことから、養殖ヒラメのクドア属汚染における飼育環境(使用海水や餌等)の要因は低いと考えられた。

また、Kudoa 遺伝子が検出されたサンプルについて、水産研究部において精査した結果、数サンプルで4極のK. lateolabracis K. thyrsites が確認された。リアルタイムPCRの特異性に問題があることが判明したため、顕微鏡検査での形態確認が必須と思われる。

対 策
平成23年7月以降、大分県においては、消費者へ安全な食品の提供と大分県ヒラメ養殖業者の健全な発展を目的に、大分県漁業協同組合を中心に「種苗導入段階での検査=入れない」、「養殖段階での検査=つくらない」、「出荷段階での検査=出さない」のスクリーニング体制を構築し、安全確保に努めている。

結 語
スクリーニング体制を構築し、安全確保に心血を注いでいるにもかかわらず、ヒラメが原因食品と推定される有症事例は「0(ゼロ)」にはなっていない。さかのぼり調査の結果から、大分県産ヒラメが原因食品と推定されている事例では、県外産もしくは輸入K国産ヒラメの関与が疑われる事例も散見された。このことから、漁協現場でのスクリーニング体制にも限界があり、輸入や流通段階での対策の構築が急務と考える。併せて、風評被害を払拭するために、輸入K国産ヒラメとの鑑別方法の開発が望まれる。

 

大分県衛生環境研究センター微生物担当
緒方喜久代 若松正人1) 人見 徹2) 加藤聖紀 成松浩志 小河正雄
大分県農林水産研究指導センター水産研究部養殖環境チーム
木本圭輔 福田 穣
1)公園・生活排水課
2)豊後大野家畜保健衛生所

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Kudoa septempunctata 特異的リアルタイムPCR

(IASR Vol. 33 p. 155-156: 2012年6月号)

 

ヒラメの喫食に伴う嘔吐・下痢といった食中毒症状の原因は、新種の粘液胞子虫、Kudoa septempunctata であることが明らかになった1,2) 。このK. septempunctata を検出する目的で、厚生労働省通知(2011年7月11日付、食安監発0711第1号)で「ヒラメからのKudoa septempunctata 検査法(暫定)」という、リアルタイムPCRによる検査法を紹介した。しかし、その後の研究で、K. thyrsites K. lateolabracis といったヒラメに寄生するクドア属にも交差することが判明し、改良を行ったので紹介する。

クドアを含むミクソゾア門に属する粘液胞子虫類は、1,200種以上も知られており3) 、未知のものも多く存在すると考えられる。K. septempunctata の病原因子が見つかれば、K. septempunctata しか持たない(特異的な)遺伝子をターゲットにPCRを設計できると考えられる。しかしながら、K. septempunctata 特異的遺伝子が分かっていない現時点では、もっとも解析の進んでいるrDNAをターゲットにしたPCRを設計するのが最善の策と考えられる。K. septempunctata の18S rDNAの比較的上流に、特異的と考えられる配列があり()、それを基にリアルタイムPCRを設計した。プライマーとプローブの配列は以下の通りである。

Forward primer: AATACATAGCAAATCTCACCATGTAAATG
Reverse primer: TGCTCAGTTATTAGGATTCATCAAATG
Probe: FAM-TGGGAGCATTTATTAGACTCGACCAACTGG-TAMRA

95℃ 10分に続き、95℃ 15秒と60℃ 1分を45サイクルで検出する。この検出系は、「ヒラメからのKudoa septempunctata 検査法(暫定)」とほぼ同じ感度を有している。

ヒラメを含む食事で食中毒が発生しても、ヒラメの残品がない場合が多い。そのような場合、患者の吐物や便からのクドアの検査が求められる。吐物に関しては、遠心してその沈渣に対して、通知法にあるQIAamp DNA Mini Kit(QIAGEN社)を用いて「組織からのプロトコール」に従って抽出すれば、検出可能である。便からのDNA抽出に関しては、QIAamp DNA Stool Mini Kit(同社)という商品があるが、このプロトコールに従って抽出した場合、細菌のDNAは抽出できても、クドアからのDNA抽出はうまくいかない。そこで、便からのクドアDNA抽出には、次のような操作を行っている。便の5%乳剤を作製し、遠心する。その沈渣を再懸濁し、ホモジナイズ後、100μmのフィルターでろ過する。そのろ過物を、30% Percollに重層し、遠心し、Percollの下にできた沈渣を得る。その沈渣を遠心により洗浄した後、QIAamp DNA Mini Kitを用いて「組織からのプロトコール」に従って抽出している。しかしながら、このような煩雑な作業は、ルーチン業務としては不適切であり、より簡便な抽出方法の確立が求められる。

なお、18S rDNAは、すべての真核生物が保有するハウスキーピング遺伝子であり、その塩基配列は比較的よく保存されている。クドア属間でも、その配列はよく保存されているため、今まで報告されていないクドア属等と交差する可能性も否めないが、現時点では交差反応は認められない。また、よく保存されている18S rDNAではあるが、K. septempunctata においてもわずかではあるが変異が確認されており、検出できない株も存在する可能性があるが、現時点では見つかっていない。

 

参考文献
1) Matsukane Y, et al ., Parasitol Res 107: 865-872, 2010
2) Kawai T, et al ., Clin Infect Dis 54: 1046-1052, 2012
3)横山 博, 原生動物学雑誌 37: 1-9, 2004

神戸市環境保健研究所微生物部 飯島義雄

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ザルコシスティス総論

(IASR Vol. 33 p. 157-158: 2012年6月号)

 

ザルコシスティスの寄生虫学
ザルコシスティスは胞子虫類のコクシジウム目に属し、トキソプラズマ、アイメリア等に近縁の寄生性原虫である。宿主域は幅広く、ハ虫類、鳥類、およびヒトを含む哺乳類に感染する。その生活環には終宿主と中間宿主の2つの動物を必要とする(図1)。中間宿主は筋肉中に多数のブラディゾイト(増殖虫体)を内包するザルコシストを形成する、多種類の草食動物が中間宿主となる。一方、終宿主は中間宿主動物の肉(ザルコシスト)を食べることで、消化管に原虫が感染後、有性生殖が行われ最終的にオーシスト排出を行う。イヌ、ネコ科の食肉動物が終宿主となる。ザルコシスティス属としては130種類ほどあるといわれるが、種分類は宿主の違い、ザルコシストの形態的特徴などに基づく場合が多く、必ずしも種特異性は明確ではない。

ヒトのザルコシスティス症
ヒトではザルコシスティスが感染する寄生虫症として2つの病態が知られる。ひとつはヒトが終宿主となる場合の消化管ザルコシスティス症で、食肉摂食後3~6時間で下痢、嘔吐、腹痛等の消化器症状が現れるが、これらは一過性で回復する(1日程度)。原因となるザルコシスティスの種類はSarcocystis hominis (ウシが中間宿主)とS. suihominis (ブタが中間宿主)で、ザルコシストを含む生(なま)、あるいは加熱不十分な牛肉、豚肉の摂取が感染の原因となる。感染後2~3週間程度で糞便中にオーシストの排出が見られる(実際にはオーシストのシスト壁が弱く、壊れて出てくるスポロシストが検出される)。主として食肉文化の多様なヨーロッパに多く見られており、タルタルステーキやレアステーキなど牛肉、豚肉が生(なま)あるいはそれに近い加熱処理で食される習慣が背景にある。もうひとつの筋肉ザルコシスティス症は、ある種の動物(終宿主)が排出したオーシストが水や食物を汚染し、ヒトがそれを経口摂取することで、消化管を経て筋肉内にて増殖しザルコシストが形成される。主として発熱と筋肉痛の症状があらわれるが数週間程度で寛解する。ほとんどの場合、無症状に経過する。これまで100例ほどの報告があったが、2011年にマレー半島への旅行者32人に好酸球性筋炎を主徴とする急性筋肉ザルコシスティス症が集団発生している。

診断、治療と予防
消化管ザルコシスティス症が疑われる場合は、顕微鏡的に糞便よりスポロシストを検出すること、筋肉ザルコシスティス症の場合は、筋肉生検でHE染色やPAS染色によりザルコシストを検出することが診断の基本となる。免疫学的診断法もあるが一般的ではない。本症は自然寛解するので、2つの病態ともに特に化学療法による治療法は確立していない。食肉からの感染を防ぐには、加熱調理、冷凍処理が有効である。豚肉の場合、70℃で15分あるいは100℃で5分間の加熱、また、-4℃で48時間あるいは-20℃で24時間の凍結で感染性が消失する。家畜の感染を防ぐには、与える飼料、水または畜舎などのスポロシスト汚染を防ぐことが重要であり、ヒトの場合も同様で、水を煮沸する、食品は清浄な水で洗浄することが予防のポイントである。

動物のザルコシスティス感染
家畜であるウシ、ブタ、ヒツジ、ヤギ、ウマはザルコシスティスの中間宿主動物であり、複数の種類が感染する(表1)。不顕性の場合が多いが、ウシのS. cruzi 、ヒツジのS. tenella の病原性は強い。ウシのS. cruzi 感染率は多くの国で90%以上と高いが、原虫感染量は明らかではない。国内ではウシのS. cruzi 感染率は輸入個体でおよそ50%、国産牛では品種によるが30~90%、また肥育牛でも30~50%(本号14ページ参照)の感染が見られている。S. hominis は1999年に初めての感染例が国産牛で報告されたが、国内感染率の調査はない。ウマではS. fayeri S. bertrami S. equicanis の3種類が筋肉寄生性で、宿主のウマに対してほとんど病害を示さない。終宿主はイヌである。一方、S. neurona は神経組織に寄生し、病原性が高くEPM馬原発性脊髄炎の原因となる。オポッサムが終宿主として知られる。筋肉感染のウマザルコシスティスとしての感染率は米国13%、ドイツ15%、英国62%、モロッコ46%、国内ではS. fayeri 感染率として軽種馬0%、重種馬17%が報告されている。家畜以外では様々なザルコシスティス種がエゾシカ、カモシカやその他の野生動物から国内で検出されている。

馬肉生食による食中毒と研究の現状
食中毒の原因はS. fayeri であるが、同種を含めウマのザルコシスティスがヒトへの健康被害に関連した例はこれまで報告がなく、なぜこの10年ほどで問題となったのか明らかではない。ヨーロッパのイタリア、フランスで、アジアでは韓国(済州島)、中国(大連)などで馬肉の生食は見られるが、ザルコシスティスによる食中毒の報告はない。毒性研究では動物実験や培養細胞を用いた実験よりS. fayeri に下痢原性があることが認められており、物質的には15kDaタンパク質が関与していることが示されている。このタンパク質はウシのS. cruzi に含まれ、ウサギに対する毒性が明らかな15kDaタンパク質と同様のものと考えられている。冷凍処理により毒性は消失することから、生きたザルコシストあるいはブラディゾイトの存在が下痢発症に関与しているものと推測されている。なお、嘔吐発症の原因は明らかではない。いずれにしても、現在のところ、本食中毒が感染型か毒物型なのか特定はなされていない。毒性の変化、馬の原虫感染量の変化、あるいは馬肉の流通、消費量の変化など、本食中毒問題には様々な要因が関連していることが想定される。

馬肉以外の食肉のザルコシスティス食中毒の可能性
ウシ、ブタ、ヤギ、シカなど、国内で生食可能な食肉の中にはザルコシスティス摂取の可能性があるものがあり、家畜あるいは野生動物の食肉生食(筋肉および内臓肉の刺身等)で生じた原因不明の食中毒に際してはザルコシスティスの検査を考慮すべきものと思われる。検査が必要な場合は、残品に関しては通知法に準じた方法で検査が可能である。また、ヒト感染性のS. hominis あるいはS. suihominis の感染が疑われた場合は、ホルマリン-エーテル(酢酸エチル)法を用いて糞便検査を行う。

 

国立感染症研究所寄生動物部 八木田健司

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