(IASR Vol. 33 p. 191-192: 2012年7月号)
ブルセラ病の原因となるBrucella 属菌は菌の性状により6菌種に分けられ、B. abortus は牛、B. melitensis は山羊・めん羊、B. suis は豚、B. ovis はめん羊、B. neotomae はネズミ、B. canis は犬を主な宿主とするが、その他の動物や人にも感染する。胎盤での菌増殖により引き起こされる流産が特徴で、他に不妊、乳腺炎、関節炎を起こすこともある。妊娠していない雌、性成熟前の雄は感染しても無症状である。流産胎子や胎盤、悪露とともに排泄された菌により伝播する。乳汁中にも菌が排出されるため、汚染乳を介した人への感染が問題となる。特にB. abortus 、B. melitensis 、B. suis の3菌種によるブルセラ病は家畜だけでなく人にも被害が大きく、注意が必要である。
国内では1890年代後半にブルセラ属菌によると考えられる牛の流産の発生が報告されており、1910年代には原因菌(B. abortus )が分離されている。1956年頃から輸入ジャージー種牛が原因と考えられる国内発生が拡大して問題となり、1965年までの10年間は年間200頭以上、特に1960年代前半には年間500頭を超える患畜の発生もあった。このため、摘発・淘汰による防疫対策が徹底され、1946~1972年の27年間には4,635頭が抗体検査により淘汰された。このような徹底した国内防疫と輸入検疫によって1973年以降はほとんど発生をみなくなり、近年は稀に定期検査で抗体保有牛が摘発されるのみで、1970年を最後に細菌学的検査で菌が分離された例はない(図1)。国内の検査および輸入家畜の検疫は現在まで厳重に継続され、国内の清浄度は長期間維持されていると考えられており、国内の家畜から人が感染することはまずないと考えてよい。B. melitensis の感染家畜は国内での発生報告はなく、B. suis 感染豚は1940年より後は報告がない。
現在国内では家畜伝染病予防法により、人への感染源となる可能性が高い乳用雌牛および種雄牛とその同居牛については5年に1回以上の抗体検査が義務付けられている。検査によって患畜と診断された動物は、法律に基づき治療せずに殺処分となる。疑似患畜とされた時点で生乳は出荷停止され、患畜と判定されれば採材日に遡って生乳を食用とできなくなるため、迅速で精度の高い診断法が必要とされる。現在の家畜伝染病予防法による抗体検査では、まず簡易で感度の高い急速平板凝集反応によるスクリーニングを行い、陽性となったものについてELISA法による検査を実施、ELISA法で陽性となった個体は疑似患畜とされる。さらに補体結合反応により陰性の結果を示さないものが最終的に患畜と診断される(図2)。
日本で長年採用されてきた試験管凝集法は特異性・感度が不十分であることが明らかとなり、国際貿易用の指定法とはなっていないため、近年の家畜伝染病予防法改正により新たにELISA法が採用された。S型LPSを抗原としたELISA法は感度・特異性ともに高く、多検体処理が容易で、国際獣疫事務局(OIE)でもスクリーニングおよび確定診断に推奨される指定法でもあることから、世界各国で利用されている。最も感度と特異性が高いとされる補体結合反応がIgG1抗体を検出することから、ELISAもIgG1抗体を検出するよう定められている。
抗体検査においては、共通抗原を持つ細菌の感染あるいはワクチン接種による交差反応が問題となることがある。B. abortus の場合、代表的なものとしてはYersinia enterocolitica O9による感染、Francisella tularensis のワクチン接種、Vibrio cholerae のワクチン接種、他にサルモネラや大腸菌などが挙げられる。近年でもまれに摘発される抗体陽性牛は、このような交差反応によるものである可能性も否定できない。
日本をはじめ先進国の多くでは、特にB. abortus の清浄化が進む一方、開発途上国では依然発生が多く、B. melitensis 、B. suis についても清浄化が進んでいないのが現状である。また、Brucella 属菌は多様な野生動物にも感染するため、先進国においても感染源を完全に根絶することは容易ではない。輸入検疫においても毎年のようにブルセラ病の摘発はあり、国内の清浄性維持には引き続き徹底した国内の検査と厳重な輸入検疫が必要である。
参考文献
1)今田由美子, 獣医畜産新報 59(8): 639-643, 2006
2)今田由美子, 畜産技術 647: 34-37, 2009
3)今岡浩一,モダンメディア 55: 76-85, 2009
4)清水悠紀臣, 他編, 動物の感染症, 近代出版, 2002
5)農林水産省消費安全局動物衛生課編, 家畜衛生統計
農業・食品産業技術総合研究機構
動物衛生研究所細菌・寄生虫研究領域 星野尾歌織
(IASR Vol. 33 p. 193-194: 2012年7月号)
はじめに
台湾では、1978年の実験室感染患者を最後にブルセラ症患者報告がなかった。しかし、2011年、実に33年ぶりに、相次いでブルセラ症患者5例が報告され(表1)、ブルセラ症は2012年には届出疾患となった(表2)。本稿では、台湾CDCウェブページに報告されている情報を中心に、その経緯をまとめた。台湾では日本と同様に、国内の家畜における感染は確認されておらず、いずれのケースも輸入感染症例であった。
第1例
2011年5月17日に、33年ぶりにブルセラ症の患者が確認された。女性(患者)は同年2~3月にかけて、いとこと北アフリカ(モロッコ、アルジェリア)を旅行し、現地でラクダと接触、牛肉やラム肉の生食やチーズ等酪農製品を喫食した。帰国後4月に発熱と肝機能の異常で、いとことともに医療機関を受診し、ブルセラ症疑い2例として台湾CDCに報告された。台湾保健当局は23名の旅行同行者に連絡し、健康状態を確認したが、女性とそのいとこ以外に異常を示す者はいなかった。最終的にいとこの感染は確認されず、女性のみがブルセラ症と確定された。
第2例
確定は2011年5月24日であるが、2010年の感染症例である。患者は2010年2~3月にかけてマレーシアにいる家族を訪れた。その際、ペナンを訪れ、現地のヤギの乳製品を喫食した。4月になって発熱と脊椎痛を訴え医療機関を受診し、背景から疑い例として保健当局に報告され入院治療を受けた。報告を受け、台湾CDCはペナンでの疫学的調査を実施し、農場のヤギの感染と、その農場の乳製品を喫食した現地の住民にも患者が発生していたことを確認した。2011年になりブルセラ症の第1例が確定されるにあたり、本例もブルセラ症例として確定された。
第3・4例
2011年7月5日に3例目が確定された。それを受けて、3例目の患者と一緒に同年3~4月にかけてマレーシア・ペナンの寺院を訪れた人々に対して、地方保健所は疫学的調査を実施した。その結果、同行者で現地の農場で生産された感染ヤギの乳を飲み、感染したと思われる4例目の患者が見つかり、9月14日に確定された。マレーシア保健当局は同農場のヤギでのブルセラ症の発生を4月に確認・公表し、農場を閉鎖した。
ブルセラ症の届出疾患への追加
2011年10月21日に中国からの輸入感染例も確定され、台湾では33年ぶりに発生したブルセラ症の輸入患者は5例となった。そこで、ブルセラ症の伝染のリスクを低減するためにも本疾患の発生動向を監視する必要があると考え、2012年2月7日にブルセラ症をカテゴリーIVの届出疾患とした。医師はブルセラ症の患者を診断もしくは疑ったときには、1週間以内に所管官庁に届出なければならないとされ、違反に対して罰金が課せられることとなった。
*台湾では届出疾患は、カテゴリーI~Vまでに分類されている(表2)。カテゴリーI~IIIは致死率、発生率、感染の拡大しやすさを基準に分類されている。カテゴリーIVはそれらとは異なるが、台湾CDCにより監視する必要があると考えられた疾患が分類されている。
台湾CDCでは、海外に旅行する2~4週間前までに、国際的な流行と目的地の伝染病情報を、旅行者診療所やCDCのウェブサイトで入手するよう推奨し、家畜ブルセラ症の発生国では動物との接触や生肉・非殺菌乳・乳製品の喫食を避けるようアドバイスしている。また、旅行者が旅行中や帰国時に異常を感じた場合は、空港検疫所を訪れるように勧めている。さらに、医療機関に対しては、疑わしい患者の血清を実験室診断のために台湾CDCに提供するよう求めている。
参考文献
1)http://www.cdc.gov.tw/english/info.aspx?treeid=bc2d4e89b154059b&nowtreeid=EE0A2987CFBA3222&tid=125EFC214A377A25
2)http://www.cdc.gov.tw/english/info.aspx?treeid=bc2d4e89b154059b&nowtreeid=EE0A2987CFBA3222&tid=10EAD851323432C8
3)http://www.cdc.gov.tw/english/info.aspx?treeid=bc2d4e89b154059b&nowtreeid=EE0A2987CFBA3222&tid=B2E73D60C5C43433
4)http://www.cdc.gov.tw/english/info.aspx?treeid=bc2d4e89b154059b&nowtreeid=EE0A2987CFBA3222&tid=B683846D89977643
国立感染症研究所獣医科学部第1室 今岡浩一 鈴木道雄
台湾行政院衛生署疾病管制局研究検験中心
腸道及新感染症細菌実験室 慕蓉蓉
(IASR Vol. 33 p. 192-193: 2012年7月号)
中国のヒトのブルセラ症は、SARSの流行が始まった2002年頃から急に報告数が増加し、その趨勢は今も変わらない(図1)。2010年に中国CDCがまとめた「2009年全国ブルセラサーベイランスデータ解析」(疾病監測 Dec. 30, 2010, Vol. 25, 944-946)によると、2009年には35,816名の患者が報告されており、全国報告発生率(人口10万対)は2.7である。流行は5月をピークに3~7月までに多く、羊の分娩期が大きく影響していると思われる。サーベイランス地域における家畜の感染率は、羊は1.49%、牛は1.36%となっている。患者の年齢別では就労年齢である20~60歳が多く、特に40~45歳が最も多い。男女比は2.8:1と男性に多い。発生率(人口10万対)の高い省は内蒙古68.6、山西14、吉林12.6、黒竜江12.3の中国東北部の各省で、河北4.6、寧夏2.6を加えると、この6省で中国全体のブルセラ症の92%を占めることとなる。分離株は、ほとんどが、Brucella melitensis (1、2、3型で3型が多い)であるが、まれにB. abortus (3、6型)も分離されている。
最近では、2011年の黒竜江省からの報告(疾病監測 Nov. 30, 2011, Vol. 26, 861-863)がある。1956年に発生率6.87と大発生があった後、しばらく大きな流行は認めなかったが、2000年以降、患者が年々増加し2005年と2009年に大流行があり、それぞれ4,040件(発生率10.77)、4,795件(発生率12.59)の患者を出した。患者はほとんど(86%)が農夫である。かつては省内の内陸地域(西部)に多かったが、2000年以降は東部地域にも拡大してきている。このような流行は、羊の移動に伴い他省にも及び、省間の検疫の無いことが流行を広げているという。その例として、浙江省では北方から羊を買い入れた養羊業者22名、その他13名を加え35人が曝露を受け7人が罹患している(疾病監測 Jan. 30, 2012, Vol. 27, 57-58)。
ブルセラ症は中国で流行が年々増加し続ける感染症の1つである。旅行者などは未殺菌羊乳あるいは牛乳を飲むことは避けるべきである。
国立感染症研究所国際協力室
IASR Vol. 33, No.7 (No. 389) July 2012
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発生動向総覧 〈第26週コメント〉 7月4日集計分 ◆全数報告の感染症 注意:これは当該週に診断された報告症例の集計です。しかし、迅速に情報還元するために期日を決めて集計を行いますので、当該週に診断された症例の報告が集計の期日以降に届くこともあります。それらについては一部を除いて発生動向総覧では扱いませんが、翌週あるいはそれ以降に、巻末の表の累積数に加えられることになります。 *感染経路、感染原因、感染地域については、確定あるいは推定として記載されていたものを示します。
全国の指定された医療機関(定点)から報告され、疾患により小児科定点(約3,000 カ所)、インフルエンザ(小児科・内科)定点(約5,000 カ所)、眼科定点(約600 カ所)、基幹定点(約500 カ所)に分かれています。また、定点当たり報告数は、報告数/定点医療機関数です。 インフルエンザ: 定点当たり報告数は増加した。都道府県別では沖縄県(7.88)、鹿児島県(1.65)、愛媛県(0.44)、宮崎県(0.36)が多い。 小児科定点報告疾患:RSウイルス感染症の報告数は348例と2週連続で増加した。年齢別では1歳以下の報告数が全体の約81%を占めている。咽頭結膜熱の定点当たり報告数は増加した。都道府県別では佐賀県(1.22)、石川県(1.10)、北海道(1.07)が多い。A群溶血性レンサ球菌咽頭炎の定点当たり報告数は2週連続で減少したが、過去5年間の同時期(前週、当該週、後週)と比較してやや多い。都道府県別では山梨県(4.04)、山形県(4.00)、大分県(3.75)が多い。感染性胃腸炎の定点当たり報告数は第22週以降減少が続いているが、過去5年間の同時期と比較してかなり多い。都道府県別では山形県(13.7)、宮城県(11.4)、大分県(8.3)が多い。水痘の定点当たり報告数は3週連続で減少した。都道府県別では山形県(2.57)、福島県(1.83)、長野県(1.78)が多い。手足口病の定点当たり報告数は第19週以降増加が続いている。都道府県別では青森県(4.29)、新潟県(4.05)、福井県(3.73)が多い。;伝染性紅斑の定点当たり報告数は2週連続で増加した。都道府県別では山形県(1.20)、鳥取県(0.79)、高知県(0.77)が多い。百日咳の定点当たり報告数は横ばいであった。都道府県別では高知県(0.37)、岩手県(0.25)、大分県(0.17)が多い。ヘルパンギーナの定点当たり報告数は第19週以降増加が続いている。都道府県別では宮崎県(7.92)、群馬県(7.28)、三重県(5.96)、山口県(5.38)が多い。流行性耳下腺炎の定点当たり報告数は減少した。都道府県別では岩手県(1.38)、福岡県(0.98)、鹿児島県(0.95)が多い。 基幹定点報告疾患:マイコプラズマ肺炎の定点当たり報告数は減少したが、過去5年間の同時期と比較してかなり多い。都道府県別では沖縄県(3.00)、青森県(2.50)、群馬県(2.50)、埼玉県(2.11)が多い。 |