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岡山県における馬刺しによるザルコシスティス食中毒事例

(IASR Vol. 33 p. 158-159: 2012年6月号)

 

2011(平成23)年9月9日、備中保健所管内の住民から、「熊本市内で購入した馬刺しを食べて複数名が嘔吐下痢を呈している」旨の連絡が備中保健所井笠支所にあり、備中保健所が調査したところ、馬刺しの残品から住肉胞子虫が検出されたため、馬刺しを原因食品とし、住肉胞子虫を病因物質とする食中毒であることが判明した。馬刺しを販売した店は、厚生労働省が通知した冷凍処理を実施していなかった。

概 要
摂食者数:13名(男性8名、女性5名)
患者数:7名(男性4名、女性3名)※入院者なし
症状:下痢、倦怠感等
潜伏時間:5~19時間
原因食品:熊本市内の食肉販売店において販売された馬刺し
検体:馬刺し残品(ブロック状)1検体(当センターでSarcocystis fayeri の検査を実施)、患者便2検体(当センターはノロウイルス、備前保健所検査課は食中毒菌の検査を実施)

検査結果:馬刺し残品から住肉胞子虫(S. fayeri )が検出され、患者便からは食中毒菌およびノロウイルスは検出されなかった

検査方法および結果
Sarcocystis fayeri 検査
2011(平成23)年8月23日付け食安監発0823第1号「Sarcocystis fayeri の検査法について(暫定版)」(厚生労働省医薬食品局食品安全部監視安全課長通知)に従い、定性PCR検査法でスクリーニングを行い、顕微鏡検査法により、S. fayeri の三日月状のブラディゾイトを確認した。

定性PCR検査
ブロック状の馬刺し検体の3カ所から、メスを用いて筋繊維と垂直に厚さ約5mm、面積1cm×1cm程度の小片を切り出し、ミンチ状に細切後、0.3g分を2.0ml遠心チューブに入れ、TEバッファーで1mlにメスアップして30秒間激しく攪拌し、この遠心上清をTE上清液とした。QIAamp DNA Mini Kitを用い、手順書に従ってTE上清液 200μlからDNAを抽出精製してテンプレートDNAとし、PCRを実施した(図1)。

PCR産物を2.0%アガロースゲルで電気泳動した結果、陽性対照と同サイズおよび同強度の約1,100bpのDNAの増幅が認められたため、定性PCR陽性と判断した(図2)。

顕微鏡検査の方法および結果
ブロック状の馬刺し検体から5.39gの肉片を切り出してストマッカー袋にとり、等量のPBSを加えて2分間手で激しく揉み、上清1.6mlを2mlマイクロチューブに移して3,000rpm、10分間遠心し、その沈渣を200μlのPBSで懸濁し、400倍の光学顕微鏡下で鏡検した。その結果、三日月状のブラディゾイトが確認されたため、顕微鏡検査陽性と判断した(図3)。

また、今回は、馬刺し検体から肉眼で白い糸状のシストを切り出し、スライドグラス上でPBS1滴と混和し、400倍の光学顕微鏡下でシストから遊出しているブラディゾイトを観察する方法も試みたところ、三日月状のブラディゾイトを確認することができた。

以上の定性PCR検査法および顕微鏡検査法の結果から、馬刺し検体はS. fayeri 陽性と判定し、食中毒の原因物質と判断した。

 

岡山県環境保健センター
大畠律子 石井 学 木田浩司 中嶋 洋 岸本壽男
備前保健所 畑 ますみ 福井みどり 為房園実
国立感染症研究所寄生動物部 八木田健司

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糞便からのザルコシスティス検出法の開発

(IASR Vol. 33 p. 159-160: 2012年6月号)

 

馬肉生食によるザルコシスティス食中毒の検査は、現在馬肉(残品)を検体とする検査法が通知されている状況であり、馬肉内の同寄生虫を証明することがその目的となっている。一方、多くの他の病原体による食中毒事例をみても、残品が必ずしも検体として入手できるわけではなく、患者検体(便、吐物)からの病原体検出が必要となる場合が多い。本食中毒事例においても今後同様の対応が求められることを想定して、実験的に便検体からザルコシスティスを検出する方法を考案した。

方 法
ザルコシスティス食中毒事例とは無関係の下痢便試料に、通知法の遺伝子検査で使用するスタンダードDNAをスパイクし実験的に便を汚染し、DNA抽出精製、PCRによる遺伝子増幅を行った。

1.糞便検体へのDNA添加とDNA抽出
50mgの糞便を1.5mlエッペンドルフチューブに取り、TE溶液300μlを加え、ヴォルテックスでよく攪拌し、卓上遠心機で10秒間遠心分離した上清200μlをDNA抽出用試料とする。ここで通知法の遺伝子検査法で使用するスタンダードDNAを添加し10倍希釈系列を作製した。市販のQIAGEN-QIAamp DNA Mini Kitを用いて手順書に従いDNA抽出し、AEバッファー100μlに溶出した。

2.PCRによるSarcocystis  DNAの増幅
糞便中に含まれるSarcocystis  DNAは極微量であると想定されることから、本試験では感度を上げるためNested-PCRを適用した。

1)1st-PCR 
プライマーはザルコシスト暫定試験通知法に記載されている18SF1: 5'-GGATAACCGTGGTAATTCTATGならびに18SR11: 5'-TCCTATGTCTGGACCTGGTGAGを用いた。DNAポリメラーゼとしてTAKARAのEx Taq HotStart ver.を用い、上記テンプレートDNAは1μl加え反応液量は25μlとした。温度反応条件は、95℃・5分間の熱変性後、95℃・30秒間、56℃・30秒間、72℃・1分間を1サイクルとし、これを40サイクル繰り返した。

2)Nested(2nd)-PCR
プライマーはHRS1F:5'-GATACAGAACCAATAGGGACATCACならびにHRS3R: 5'-ACTACCGTCGAAAGCTGATAGGを用いた。本プライマーは馬肉より検出されるSarcocystis fayeri の18S rRNA遺伝子解析より設計されたもので、S. fayeri 特異的なDNA増幅(およそ140bp)を行うプライマーである。PCR反応液の調整は用いるプライマーを変更したのみで、必要な試薬類の量は1st-PCRの場合と同様である。テンプレートDNAには1st-PCRの産物を1μl用いた。温度反応条件は、95℃・5分間の熱変性後、95℃・10秒間、60℃・30秒間、72℃・10秒間を1サイクルとし、これを40サイクル繰り返した2%アガロース/TBEバッファーで産物を電気泳動し、エチジウムブロマイド染色によりDNAバンドの確認を行った。

結果と考察
上記の方法から、1st-PCRでは106コピー/200μlが検出限界であったが、nested-PCRでは103コピー/200μlの条件でDNA増幅が確認できた(図1)。添加試験の感度として103コピー/200μlが得られたが、これまでの研究よりブラディゾイト1個当たり10~20コピーの18S rDNAが存在すると算定されるので、50~100ブラディゾイト分のDNAが200μl中に存在した場合、それをDNAとして検出できることになる。実際の食中毒事例検体中の原虫量に関してはデータがない状態なので、検体入手が可能な事例において本試験法の実用性を検証していきたい。

 

国立感染症研究所寄生動物部 八木田健司 村上裕子

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岐阜県における牛の住肉胞子虫侵淫度調査

(IASR Vol. 33 p. 160-161: 2012年6月号)

 

はじめに
2011(平成23)年6月の厚生労働省通知により馬肉の住肉胞子虫Sarcocystis fayeri が寄生虫性食中毒として扱われることとなった。この食中毒は、筋肉に寄生する住肉胞子虫シスト中のブラディゾイトに含まれる毒性タンパク質によって喫食後数時間で嘔吐や下痢が引き起こされるものである1) 。住肉胞子虫は様々な動物の筋肉に寄生しており、感染筋肉の生食による嘔吐や下痢についても報告されてはいたが2,3) 、これまで食肉衛生上あまり問題視されてはこなかった。本邦の牛に寄生するSarcocystis cruzi のシストにおいても以前より毒性タンパク質の存在が報告されているため4) 、岐阜県で食肉処理される牛の住肉胞子虫について調査を行った。なお、S. cruzi の終宿主はイヌ科動物であり、牛は感染犬の糞便内に排出されるスポロシストに汚染された飼料や水を摂食することで感染するとされている2,3) 。

材料および方法
本邦の牛で一般的なS. cruzi のシストは心筋にもっとも多く分布するという報告に基づき5) 、心筋を材料として用いた。平成23年6月より管内と畜場で処理された乳廃用牛:ホルスタイン種53頭、肥育牛:黒毛和種56頭および交雑種62頭、計171頭の心筋(中隔付近、約5×5×1cm)を採材し、斉藤らの方法6) に従い、実体顕微鏡落射照明下でシストを検出した。同サンプルの一部から2×2.5cmの組織切片を作製し、HE染色した後、切片当たりのすべてのシストを数えた。実体鏡下で直接、あるいは切片上でシストを確認したものを陽性と判定した。得られたシストはエタノールで固定し、この中からホルスタイン種2個体、黒毛和種、交雑種各1個体より得られたシストについてPCRおよびダイレクトシークエンスを行った。また、埼玉県食肉衛生センター斉藤守弘先生より分与を受けたS. fayeri の15kDaの毒性タンパク質に対するウサギ免疫血清を用い、牛筋肉中シストの免疫染色を行った。品種による陽性率の比較にはオッズ比を、平均値の比較にはT検定を用いた。

結 果
各群の陽性率は表1に示すように乳廃用牛ホルスタイン種で94.3%ともっとも高く、オッズ比はホルスタイン種では黒毛和種に対し14.4(95%信頼区間:2.69-77.46)、交雑種に対し35(4.02-51.84)、黒毛和種は交雑種に対し2.4(1.15-5.12)であった。平均月齢は、ホルスタイン種は他の2品種に対し、黒毛和種は交雑種に対し有意に高かった(いずれもP<0.01)。検出シスト数は各群で有意な差は見られず、個体によって高いシスト数を示すものもあった(表1)。また、シスト数と月齢には相関は認められなかった。検出されたシストはシスト壁が薄く、S. cruzi の形態的特徴に一致していた。また、シークエンスの結果からもいずれのシストもS. cruzi であることが確認された(DDBJ/EMBL/GenBankデータベース登録番号:AB682779-AB682782)。免疫染色の結果から馬肉で問題となっている毒性タンパク質がS. cruzi においても証明された(図1)。

考 察
住肉胞子虫の感染率は年齢とともに上昇するといわれており6) 、本調査でも他2品種に比べ月齢の高い乳廃用牛ホルスタイン種は94.3%と高いシスト陽性率を示した。この高い陽性率から感染源であるスポロシストに汚染された環境で繰り返し曝露されながら長期間飼育されている可能性が推察される。しかしながら、わが国の現状から農家で飼育されている犬や野生のイヌ科動物が頻繁に牛肉を口にできるとは考えにくい。輸入飼料のスポロシスト汚染やこれまで確認されてはいないが、出産後排出される牛の胎盤を介した犬への感染の可能性など、牛肉中のブラディゾイトを含むシストから犬への感染環以外の経路についても今後検討する必要があろう。また、肥育牛でも32.3~53.6%の割合でシストが検出され、個体によっては1切片あたり10個以上のシストを有しており、S. fayeri と同じ毒性タンパク質が存在することから牛肉の生食でも寄生虫性食中毒が起こり得ると考えられる。馬肉においては冷凍により毒性が失活することが知られているため、牛肉でも安全のため同様の処理が望まれるが、細菌性食中毒に対して定められた牛肉の生食に関する新規格基準では加工に使用する肉塊は凍結させていないものとされ、対応に課題が残る。

 

参考文献
1)鎌田洋一, 食品衛生研究 11: 21-27, 2011
2) Fayer R, Clin Microbiol Rev 17: 894-902, 2004
3)斉藤守弘, 日獣会誌 42: 383-388, 1989
4) Saito M, et al ., J Vet Med Sci 57: 1049-1051, 1995
5)斉藤守弘, 他, 日獣会誌 51: 453-455, 1998
6)斉藤守弘, 他, 日獣会誌 37: 158-162, 1984

岐阜県食肉衛生検査所 松尾加代子
山口大学農学部獣医学科獣医寄生虫病学研究室 佐藤 宏

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IASR Vol. 33, No.6 (No. 388)  June 2012


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2012年第22週(第22号) 

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(5月28日~6月3日)発生動向総覧 /病原体情報(ロタウイルス)/速報(パラチフス 2011年/海外感染症情報(香港で鳥インフルエンザの患者が発生しました・エジプトで鳥インフルエンザの患者が発生しました・インフルエンザ〔2012年6月15日発行〕

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