国立感染症研究所

国立感染症研究所
2021年1月10日

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要約

  • 感染性の増加が懸念される変異株と共通する変異を一部に有する新たな変異株が、ブラジルからの帰国者から検出された。
  • 当該変異株については遺伝子の配列に関する情報に限られており、感染性や病原性、検査法やワクチンへの影響等は現時点では判断が困難。
  • 当該変異株の感染者は個室での管理下におき、感染源、濃厚接触者の追跡と管理、臨床経過等を含めた積極的疫学調査を行うことが望ましい。
  • 変異株であっても、個人の基本的な感染予防策は、従来と同様に、3密の回避、マスクの着用、手洗いなどが推奨される。

本文

  • 2021年1月6日、国立感染症研究所は、1月2日にブラジルから到着した渡航者4名から新型コロナウイルスの新規変異株を検出した。
  • 当該新規変異株は、B.1.1.248系統*1に属し、スパイクタンパク*2に12箇所の変異を認める。感染性の増加が懸念される変異株のVOC-202012/01や501Y.V2と同様に、スパイクタンパクの受容体結合部位*3にN501Y変異を認めるほか、501Y.V2と同様にE484K変異を認める。
  • E484の変異は、SARS-CoV-2を中和するモノクローナル抗体*4からの逃避変異*5として報告されていた(1,2)。さらに、E484K変異が、回復者血漿からの逃避変異株*6で見られるという実験データ (3)とE484が変異すると回復者血漿でのシュードタイプウイルス*7の中和抗体価が10倍程度低下する(COVID-19回復者の血清中に誘導された抗SARS-CoV-2抗体の存在下でも、in vitro(試験管内)でウイルスの細胞感染を抑制しにくい)という実験データ (4)が報告されている。すなわち、これまでのウイルスに対する免疫は、E484変異を持つウイルスに対して効果が減弱する可能性が懸念されている。
  • ブラジルでは、B.1.1.248 系統のE484K 変異を認める変異株による再感染症例の報告がある (2021/01/06) (5)が、当該新規変異株と同一ではない。 covid19 33 fig
  • 当該変異株については、遺伝子の配列に関する情報に限られている。ヒトにおける感染性や病原性、検査法への影響、ワクチンへの影響等については、現時点での判断は困難であり、引き続き調査が必要である。
  • 当該変異株の感染者は、個室での管理下におき、感染源、濃厚接触者の追跡と管理、臨床経過等を含めた積極的疫学調査を行うことが望ましい。
  • 変異株であっても、個人の基本的な感染予防策は、従来と同様に、3密の回避、マスクの着用、手洗いなどが推奨される。

*1 B.1.1.248系統:

新型コロナウイルスに関して用いられている分類方法であるPangolin (COVID-19 Lineage Assigner Phylogenetic Assignment of Named Global Outbreak LINeages,https://cov-lineages.org/lineages.html) による分子系統 IDによる分類系統名。イギリス VOC 202012/01 はB.1.1.7、南アフリカ 501Y.V2 はB.1.351 に該当する。ブラジル新規変異株は B.1.1.248 に分類され、ブラジルで拡散していたB.1.1.28 の系譜の一部(下流にある系譜)である。

*2 スパイクタンパク:

コロナウイルスを構成するタンパク質の一つ。ウイルス表面に存在し、細胞に感染する際のヒトの受容体と結合する部分であり、この変異が感染しやすさに影響を与えうる。

*3 受容体結合部位:

スパイクタンパクにある、ウイルスがヒトの細胞に感染する際にその細胞表面にある受容体と結合する部分。

*4 SARS-CoV-2を中和するモノクローナル抗体:

新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の感染を抑制する機能を持った単一種類の抗体。新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)に感染した場合、体内で複数の免疫細胞から様々な種類の抗体が作られるが、一つの免疫細胞からは通常一種類の抗体が作られる。中でも新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)表面に結合し細胞への感染を抑止する抗体を産生する細胞を選び出し、その細胞だけを増殖して、この細胞から得られた抗体のこと。治療などで利用されている。

*5 逃避変異:

抗体など、ウイルスの細胞への感染や増殖を阻害する要因が効きにくくなる遺伝子変異をいう。そのような変異を持つウイルス変異株を逃避変異株と呼ぶ。

*6 回復者血漿からの逃避変異株:

新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染への免疫応答として回復者で認める抗体に耐性を持つ変異株。同抗体の存在下でウイルスをin vitro(試験管内)で培養することで、抗体に耐性を持つ変異を誘導・選択する方法で優勢となった変異株である。

*7 シュードタイプウイルス:

実験・抗体検査を目的に人工的に作られる、別のウイルス粒子の表面にSARS-CoV-2のスパイクタンパクを発現させたウイルス。

 

参考文献(1以外は査読前のプレプリント論文である)

  1. Weisblum, Y. et al. Escape from neutralizing antibodies by SARS-CoV-2 spike protein variants. Elife 9, doi:10.7554/eLife.61312 (2020).
  2. Christian Gaebler, Zijun Wang, Julio C. C. Lorenzi, Frauke Muecksch, Shlomo Finkin, Minami Tokuyama, Mark Ladinsky, Alice Cho, Mila Jankovic, Dennis Schaefer-Babajew, Thiago Y. Oliveira, Melissa Cipolla, Charlotte Viant, Christopher O. Barnes, Arlene Hurley, Martina Turroja, Kristie Gordon, Katrina G. Millard, Victor Ramos, Fabian Schmidt, Yiska Weisblum, Divya Jha, Michael Tankelevich, Jim Yee, Irina Shimeliovich, Davide F. Robbiani, Zhen Zhao, Anna Gazumyan, Theodora Hatziioannou, Pamela J. Bjorkman, Saurabh Mehandru, Paul D. Bieniasz, Marina Caskey, Michel C. Nussenzweig. Evolution of Antibody Immunity to SARS-CoV-2. bioRxiv 2020.11.03.367391v2; doi: https://doi.org/10.1101/2020.11.03.367391
  3. Emanuele Andreano, Giulia Piccini, Danilo Licastro, Lorenzo Casalino, Nicole V. Johnson, Ida Paciello, Simeone Dal Monego, Elisa Pantano, Noemi Manganaro, Alessandro Manenti, Rachele Manna, Elisa Casa, Inesa Hyseni, Linda Benincasa, Emanuele Montomoli, Rommie E. Amaro, Jason S. McLellan, Rino Rappuoli. SARS-CoV-2 escape in vitro from a highly neutralizing COVID-19 convalescent plasma. bioRxiv 2020.12.28.424451; doi: https://doi.org/10.1101/2020.12.28.424451
  4. Allison J. Greaney, Andrea N. Loes, Katharine H.D. Crawford, Tyler N. Starr, Keara D. Malone, Helen Y. Chu, Jesse D. Bloom. Comprehensive mapping of mutations to the SARS-CoV-2 receptor-binding domain that affect recognition by polyclonal human serum antibodies. bioRxiv 2020.12.31.425021; doi: https://doi.org/10.1101/2020.12.31.425021
  5. Vasques Nonaka, C.K.; Miranda Franco, M.; Gräf, T.; Almeida Mendes, A.V.; Santana de Aguiar, R.; Giovanetti, M.; Solano de Freitas Souza, B. Genomic Evidence of a Sars-Cov-2 Reinfection Case With E484K Spike Mutation in Brazil. Preprints 2021, 2021010132 (doi: 10.20944/preprints202101.0132.v1).

 

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