ダイヤモンドプリンセス号環境検査に関する報告
要旨
2020年2月に3711人の乗員乗客を乗せたダイヤモンドプリンセス号内で新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の集団発生が発生し、合計712人の患者が確認された。患者周囲の環境汚染の程度を確認し、感染伝播について推測するため、船内の環境調査を実施した。
船内の共有部分97か所と乗員乗客の49部屋490か所について、環境表面をスワブで拭い、検体を採取し、国立感染症研究所でrRT-PCRにてSARS-CoV-2 RNAを検出した。乗員乗客の部屋は、患者が使用していた33部屋、患者が使用していた16部屋から各10か所(ライトスウィッチ、ドアノブ、トイレボタン、トイレ便座、浴室内トイレ床、椅子手すり、TVリモコン、電話機、机、枕)の計490か所に加え、空気検体を7部屋14か所から採取した。RNAが検出された検体については、一度凍結したのち、ウイルス分離を試みた。更にSARS-CoV-2 RNAが検出された7部屋の環境18か所について、検体を再度採取したのち、凍結させずにウイルス分離を試みた。
合計601か所(共有部分97か所、部屋490か所、空気14か所)から検体採取が行われ、58検体でSARS-CoV-2 RNAが検出された。共有部分では廊下排気口1か所のみから、患者の部屋では21部屋(64%)からの57検体(17%)で検出された。有症状患者が使用していた19部屋では10部屋(53%)から28検体(15%)、無症状患者しか使用していなかった13部屋では10部屋(77%)から28検体(21%)で検出され、症状の有無とSARS-CoV-2 RNA検出に有意な差は認められなかった。各部屋での検出頻度は、浴室内トイレ床13か所(39%)、枕11か所(34%)、電話機8か所(24%)、机8か所(24%)、TVリモコン7か所(21%)などであった。退室からRNA検出検体採取までの日数は、最長で17日であった。患者が入っていなかった部屋からは検出されなかった。また、空気検体からはRNA検出を認めなかった。SARS-CoV-2 RNAが検出された58検体全てでSARS-CoV-2は分離されず、再度採取した18検体についてもSARS-CoV-2は分離されなかった。
COVID-19アウトブレイクが起きたダイヤモンドプリンセス号における環境調査から、患者が生活する空間で周囲環境がSARS-CoV-2にどの程度汚染されるかが判明した。患者周囲では、トイレ周辺、机、電話機、TVリモコン等から高頻度にSARS-CoV-2 RNAが検出された。接触伝播の可能性を考慮すると、これらの物品は適切に清掃・消毒・洗濯すべきであると考えられた。また、患者周囲では症状の有無に関わらず環境が汚染されており、日常的な手指衛生が極めて重要であることが再確認された。空気伝播を示唆する証拠は得られなかったが、廊下天井排気口からSARS-CoV-2 RNAが検出されており、特殊な環境でウイルスが遠方まで浮遊する可能性について更なる検討が必要である。
背景
2020年2月に3711人の乗員乗客を乗せたダイヤモンドプリンセス号内で新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の集団発生が発生し、合計712人の患者が確認された。船内で感染が確認された乗員乗客は下船し、彼らが利用した部屋は清掃が行われていない状況であった。ダイヤモンドプリンセス号船内の環境汚染の程度を確認し、感染伝播経路を推測するため、船内の環境調査を実施した。
方法
2月21-23日、及び2月27日に共有部分、乗員乗客の部屋について、環境表面をスワブで拭い、検体を採取した。
共有部分は5階の対策本部内の環境から24検体、メディカルセンターの環境から20検体、5-6階踊り場や受付、廊下などから53検体を採取した(下記Box参照)。乗員乗客の部屋は、患者が使用していた33部屋、患者が使用していなかった16部屋から採取した。患者が使用していた部屋のうち3部屋は下船後にCOVID-19と診断された人の部屋であった。患者使用部屋は症状の有無、窓の有無を考慮したうえでランダムに選別した。なお、2月14-15日に5%加速化過酸化水素の噴霧が行われており、検体採取の対象になった患者使用部屋のうち8部屋が該当していた。患者が使用していなかった部屋は、患者部屋との距離(隣部屋又は3部屋離れた部屋)、排水との関係(患者部屋の直下)、窓の有無、利用後の日数を考慮した上で、ランダムに選別した。患者の入室が確認されていなかった部屋は船員により5%加速化過酸化水素を使用したふき取りによる清掃が定期的に実施されていた。各部屋では計10か所(①ライトスウィッチ、②ドアノブ、③トイレボタン、④トイレ便座、⑤浴室内トイレ床、⑥椅子手すり、⑦TVリモコン、⑧電話機、⑨机、⑩枕)を採取した。更に空気検体を7部屋14か所から採取した。具体的には部屋内外の大気をエアサンプラー(エアポート MD8、ザルトリウス、50L/minで20分)により回収した。回収機器は、屋内は扉を閉めた状態で外引き扉のドアノブ側から約1.5m離れた箇所に設置した。回収は専用のゼラチンフィルター(タイプ175、ザルトリウス、T1ファージ補足率:99.99%、有効濾過面積 38.5cm2)を通じて行った。
検体は3重梱包した後に冷蔵で国立感染症研究所に搬送され、一時-80℃で保管されたのち、rRT-PCRによりSARS-CoV-2 RNAの有無を確認した。また、RNAが検出された検体ではウイルス分離を試みた。更に、2月27日にSARS-CoV-2 RNAが検出された7部屋の環境18か所について、再度検体を採取し、冷蔵で国立感染症研究所に搬送したのち、ウイルス分離を試みた(非凍結検体でのウイルス分離を試みた)。
解析はウイルスRNAが検出された場所と頻度について記述を行い、症状の有無による検出頻度の差をフィッシャー正確検定で比較した。有意水準は両側検定で0.05未満とし、多重比較に対しBonferroni補正を行った。計算はSTATA ver.14を用いた。本調査は公衆衛生上の対応の一環として実施された。また、国立感染症研究所の倫理審査の承認を得た上で実施した。
結果
合計601か所(共有部分97か所、部屋490か所、空気14か所)から検体採取が行われ、58検体でSARS-CoV-2 RNAが検出された(空気検体を除く587検体中10%、表1)。共有部分では廊下排気口1か所のみから検出された。部屋に関しては、患者の部屋では21部屋(64%)からの57検体(17%)で検出された。有症状患者が使用していた19部屋では10部屋(53%)から28検体(15%)、無症状患者しか使用していなかった13部屋では10部屋(77%)から28検体(21%)で検出されたが、これらに有意な差は認められなかった(検出部屋の割合: p=0.27、検出検体の割合: p=0.14)。また、5%加速化過酸化水素の噴霧の有無でも検出に差を認めなかった(同 p=1.00、0.13)。患者が使用していなかった部屋からは検出されなかった。空気検体からの検出も認めなかった。
各部屋での検出頻度は、浴室内トイレ床13か所(39%)、枕11か所(34%)、電話機8か所(24%)、机8か所(24%)、TVリモコン7か所(21%)などであった(表2)。
患者の症状の有無で、SARS-CoV-2 RNAが検出された物品の頻度に違いを認めなかった(表3)。電話機はp値が0.04であったが、Bonferroni補正を行うと有意な結果ではなかった。退室からRNA検出検体採取までの日数は、1日から17日までに及んでいた(表4)。
SARS-CoV-2 RNAが検出された58検体全てでウイルス分離を試みたがウイルスは分離されず、再度検体採取した18検体についても分離されなかった。
考察
ダイヤモンドプリンセス号でのCOVID-19アウトブレイクにおいて、患者使用部屋で、退室後1日-17日後までSARS-CoV-2 RNAが様々な物品から一定頻度で検出された。医療施設の環境中におけるSARS-CoV-2 RNA検出や分離に関しては報告があるが12、生活している場からの検出を検討した調査はこれが初めてである。
様々なコロナウイルスは最長で9日間環境表面感染性があるウイルスが検出されると報告されていたが3、今回の調査で、SARS-CoV-2 RNAは更に長期間環境中に存在していることが分かった。
SARS-CoV-2 RNAの検出は患者使用部屋以外からの検出は無く、船内の乗員が実施していた日々の清掃でウイルスは検出されなくなっており、日々の清掃は有効と考えられた。一方で、5%加速化過酸化水素の噴霧に関しては、SARS-CoV-2を失活させる効果があるかもしれないが3、本研究ではSARS-CoV-2 RNAは除去されていなかった。実社会において5%加速化過酸化水素を環境表面に噴霧した場合、SARS-CoV-2をどの程度失活させられるかが不明な現時点では、消毒剤噴霧の実施は慎重に判断すべきである。今回検出が多かったトイレ周辺、机、電話機、TVリモコンは患者周囲で汚染されやすい物品であると考えられ、清掃・消毒時に特に注意すべきであると考えられた。枕からの検出も多く、適切なクリーニングが重要であると考えられた。ドアノブからの検出は少なかったが、これは特に高頻度接触面として清掃を強調していたことや船内で推進していた手指衛生強化の影響を反映している可能性がある。
COVID-19患者の周囲環境はSARS-CoV-2により高頻度に汚染されており、これらの汚染された環境表面を介しての接触伝播が感染拡大の一員であると考えられた。今回はウイルスが分離されなかったが、SARS-CoV-2は環境表面に3日程度感染性を保ったまま存在することが報告されており4、特に患者が去った直後の空間では手指衛生や清掃・消毒が重要であると考えられた。本研究で、環境からのSARS-CoV-2 RNA検出は、症状の有無に関わらず、症例周囲では等しく環境が汚染されることわかった。症状が無い場合も感染者周囲環境が汚染されていることから、日常的な手指衛生が極めて重要であることが再確認された。
空気検体からの検出はなく、空気伝播を示唆する証拠は得られなかった。廊下天井排気口1か所からのRNA検出は、ウイルスが1mを超えて飛散する可能性があることを示唆している。SARS-CoV-2は空気中で3時間は感染性を保っている可能性が示唆されており4、1m以上離れた場所での感染性に関しては更なる検討が必要である。
本研究の制約として、ウイルス分離に理想的な状況での検体採取ができなかったため、感染性のあるウイルスを確認できなかった可能性がある点が挙げられる。検体採取から検査場所まで3時間かかり、最初の検体は-80℃で凍結したが、採取直後に分離の作業に取り掛かれば結果が変わっていた可能性がある。ただし、検出されたSARS-CoV-2 RNAはどの検体でもCq値が高く、検体中のウイルス量が少なかったことも影響していたと考えられる。もう一つの制約として、船内の温度と湿度を直接測定できていないことがあげられる。SARS-CoV-2は高温多湿では生存しにくくなることが報告されているが5、窓に面した船室では換気を推奨しており、比較的外気と近い状況であったと考えられた。
ダイヤモンドプリンセス号での環境調査により、COVID-19患者周囲の環境は、症状の有無に関わらず、17日間にわたり一定頻度SARS-CoV-2に汚染されていることが分かり、手指衛生の重要さが再確認された。いずれの検体からもウイルスは分離されなかったが、数日は環境表面に感染性のあるSARS-CoV-2がいる可能性がある。接触伝播予防のため、患者周囲の環境は適切に清掃・消毒・洗濯を行うことが重要である。空気感染や下水配管を通じて感染が広がった証拠は得られなかった。空気感染の可能性については更なる研究が必要である。
参考文献
- Ong SWX, Tan YK, Chia PY, et al. Air, Surface Environmental, and Personal Protective Equipment Contamination by Severe Acute Respiratory Syndrome Coronavirus 2 (SARS-CoV-2) From a Symptomatic Patient. JAMA 2020; published online March 4. DOI:10.1001/jama.2020.3227.
- Guo Z-D, Wang Z-Y, Zhang S-F, et al. Aerosol and Surface Distribution of Severe Acute Respiratory Syndrome Coronavirus 2 in Hospital Wards, Wuhan, China, 2020. Emerg Infect Dis 2020; 26. DOI:10.3201/eid2607.200885.
- Kampf G, Todt D, Pfaender S, Steinmann E. Persistence of coronaviruses on inanimate surfaces and its inactivation with biocidal agents. J Hosp Infect 2020; 104: 246–51.
- van Doremalen N, Bushmaker T, Morris DH, et al. Aerosol and Surface Stability of SARS-CoV-2 as Compared with SARS-CoV-1. N Engl J Med 2020; published online March 17. DOI:10.1056/NEJMc2004973.
- Yeo C, Kaushal S, Yeo D. Enteric involvement of coronaviruses: is faecal-oral transmission of SARS-CoV-2 possible? lancet Gastroenterol Hepatol 2020; 1253: 2019–20.
謝辞
本調査にご協力いただいた各地の検疫官をはじめとする厚生労働省の皆様、またプリンセスクルーズ社の皆様、検体搬送・検査業務等に関わっていただいた国立感染症研究職員の皆様、仙台医療センター西村秀一先生に感謝致します。最後に、デザインについてご助言いただいた米国CDCのDr. Mateusz M Plucinskiに感謝申し上げます。
研究担当者
国立感染症研究所 山岸拓也、神谷元、柿本健作、岡本貴世子、鈴木基、竹田誠、松山州徳、白戸憲也、直亨則、長谷川秀樹、影山努、高山郁代、齊藤慎二、大西真、脇田隆字
国立国際医療研究センター 大曲貴夫、具芳明、松永展明、高谷紗帆、坂口みきよ、田島太一
国際医療福祉大学 和田耕治、藤田烈
聖マリアンナ医科大学横浜市西部病院 齋藤浩輝
国立がんセンター東病院 冲中敬二
World Health Organization, Western Pacific Regional Office, Philippines Matthew Griffith, Amy Elizabeth Parry
Princess Cruises, USA Brenda Barnetson, James Leonard