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麻疹 2022年7月現在

(IASR Vol. 43 p201-203: 2022年9月号)

 

 麻疹は麻疹ウイルス感染により引き起こされる急性感染症であり, 主な症状は発熱, 発疹, カタル症状である。麻疹ウイルスの感染力は極めて強い。感染経路としては, 飛沫感染, 接触感染のみならず空気感染も成立する。また麻疹ウイルスは免疫細胞にも感染するため, ウイルスは感染者の免疫機能を抑制し, 様々な臓器に合併症を引き起こす。呼吸器(肺炎, 中耳炎, 喉頭気管気管支炎), 消化器(下痢, 口内炎)における合併症の頻度が高い。神経系合併症は, 頻度は低いが重篤であり, 感染から約2週間以内に発症する急性散在性脳脊髄炎, 約6~12カ月に発症する麻疹封入体脳炎, 数年~十数年後に発症する予後不良の亜急性硬化性全脳炎(SSPE)が知られている。世界保健機関(WHO)は2018年には麻疹により14万人以上が死亡し, そのほとんどが5歳未満の子どもであると報告している(https://www.who.int/news-room/fact-sheets/detail/measles)。

 一方麻疹は, 安全で有効なワクチンが利用可能なこと, 不顕性感染が少なく正確な診断法が利用できること, 自然宿主がヒトのみであること等から, 排除が可能な感染症と考えられており, WHOでは麻疹の排除を目指している。日本が所属するWHO西太平洋地域(WPR)の地域委員会ではWPRから麻疹を排除することを2005年に決議した(本号13ページ)。これを受け日本では, 2006年から麻しん含有ワクチンの2回接種(第1期, 第2期)を導入, さらに2007年12月に厚生労働省は「麻しんに関する特定感染症予防指針」(2019年4月最終改正, 以下指針)を告示し, 当時の国内流行の中心であった10代の免疫を強化するため, 中学1年生(第3期), 高校3年生相当年齢者(第4期)を対象に, 5年間(2008~2012年度)の補足的ワクチン接種を予防接種法に基づく定期接種として実施するなど, 麻疹排除に向けた対策を強化した。これらの対策により2009年以降, 国内麻疹患者数は大幅に減少し, 2015年にはWPR麻疹排除認証委員会より日本は麻疹排除状態であると認定された。排除状態の維持は2020年までは確認, 認定されており, 2021年の状況については, 同委員会による検証が行われている。

 感染症発生動向調査:麻疹は感染症法上の5類感染症である(届出基準・病型はhttps://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/01-05-14-03.html)。麻疹が全数届出になった2008年の年間届出数は11,013例であった。それ以後2019年までは35-744例で推移し, 特に2019年は2009年以降で最多となる744例が届出された。翌2020年は10例と大きく減少し, 2021年には全数届出導入以降最少の6例となった(図1および図2)。

 2021年に届出された患者(n=6)の病型別でみると, 修飾麻疹(発熱, 発疹, カタル症状の3主徴のうち1ないし2症状のみの非典型例かつ検査陽性例)が6例中2例(33%), 検査診断が実施されず臨床診断のみでの届出が1例であった。推定感染地域は5例が国内, 1例はパキスタンであった。患者の年齢群別にみると, 1~4歳の患者が4例, 20歳以上の患者が2例であった(図2)。予防接種歴は1回接種が4例, 2回接種が1例, 接種歴不明が1例であり, 定期接種対象年齢に達していない1歳未満の症例の届出はなかった()。

 検査診断の状況:指針では, 原則, すべての麻疹疑い症例に対してIgM抗体検査とウイルス遺伝子検査を実施することを求めている。IgM抗体検査用検体は医療機関から民間検査機関に, 遺伝子検査用検体は医療機関から主に地方衛生研究所(地衛研)に送られ検査が行われている。2021年は全6例のうち5例が検査診断例として届出されたが, 遺伝子検査で陽性となったのは1例のみであった(本号4ページ)。ウイルス遺伝子検査はreal-time RT-PCR法で遺伝子の検出を試み, 陽性であった検体は麻疹ウイルスN遺伝子上の遺伝子型決定部位450塩基の解析をすることを指針で推奨している。得られた塩基配列情報は遺伝子型の確認のみでなく, ワクチン株との鑑別, 集団発生時のリンクの確認や輸入例かどうかの鑑別のためにも利用されている(本号5ページ)。

 ウイルス検出状況:2021年に地衛研でウイルス遺伝子が検出され, 感染症サーベイランスシステム(NESID)の病原体検出情報に報告されたものは, ワクチン株を除くと, 1件(全麻疹症例数6例)であった(図3)。報告されたウイルス遺伝子型はB3に分類された。

 ワクチン接種率:2006年度より開始された麻しん風しん混合ワクチンを用いた第1期, 第2期の2回接種が予防接種法に基づく定期接種として導入され, 現在も継続中である。2020年度の麻しんワクチン接種率(麻しん単抗原ワクチン接種を含む)は, 第1期98.5%, 第2期は94.7%であった(https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou21/dl/211203-01.pdf)。第1期は目標とする95%を全体で上回ったものの, 1県では90%以上95%未満の接種率にとどまった。第2期は13年連続で90%を超え過去5年間で最高の接種率であったものの, 95%にはわずかに達しなかった。また全都道府県で90%以上の接種率であったが, 95%の接種率を上回ったのは27県であった。

 抗体保有状況:2021年度の感染症流行予測調査において, 19都道府県の地衛研で, 麻疹のゼラチン粒子凝集(PA)抗体価の測定が行われた(本号6ページ)。採血は原則として2021年7~9月にかけて行われた。麻疹のPA抗体価1:16以上の2歳以上の抗体保有率は全体で98.5%であった。2020年度の調査で69.8%と低下していた1歳児の抗体保有率は75.5%と5.7ポイント上昇した(図4)。

 今後の対策:2019年には世界で541,247例報告されていた麻疹症例は2020年以降減少し, 2021年は59,168例と大きく減少している。これは2020年以降の世界的な新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の流行による人の往来の減少や基本的な衛生対策が, 少なからず麻疹の流行抑制に寄与していると考えられる。しかしながらアフリカ地域を中心としていまだに多くの国で麻疹は流行している(本号89ページ)。

 日本においては2019年に約3,200万人を数えた訪日客数が, 2020年, 2021年にはそれぞれ約411万人, 約25万人と大きく減少した(https://www.jnto.go.jp/jpn/statistics/since2003_visitor_arrivals.pdf)。2020年以降, 訪日客による麻疹の持ち込みリスクが低下していると考えられた。近年の麻疹の発生は輸入症例を端とするものでもあり(本号4ページ), その届出数は2019年の744例から2020年10例, 2021年6例と, 大きく減少している。一方で2022年6月に訪日客の受け入れが再開され, 今後, 海外からの麻疹持ち込みリスクが上昇するものと考えられる。海外からの麻疹ウイルスの持ち込みを未然に防ぐことは困難であることから, ウイルスが持ち込まれた場合でも感染が拡大しない環境を, 平時から整えておくことが求められる。そのためには指針に示されるように, 1)2回の定期接種の接種率を95%以上に維持し, 抗体保有率を高くすること, 2)早期に患者を発見して適切な感染拡大阻止策が行えるように, 迅速かつ確実な検査法に基づくサーベイランス体制を維持すること, 3)感染するリスクの高い医療関係者, 空港等不特定多数と接する機会の多い職場や, ウイルスが持ち込まれた場合に多数の患者が発生することが懸念される児童福祉施設, 学校などで働く人等に対して, 必要に応じたワクチン接種を勧奨すること, 等が求められる。また効率的なサーベイランス活動に資するために, ウイルス遺伝子の詳細な解析も重要である。ウイルス遺伝子解析はこれまでN遺伝子上450塩基の配列を基に疫学リンクの確認等に用いてきたが, 近年, 現在の遺伝子型決定部位では同じ配列を有するウイルスが増加し, 世界的に本領域の遺伝子の解析だけでは疫学的関連性を十分に証明できない事例が増加する傾向にある。今後, サーベイランス活動において, より詳細な遺伝子解析法の検討も重要である(本号5ページ)。さらに効率的なサーベイランス実施のために, 医療機関と自治体や自治体間での情報共有(本号1011ページ)や国際協力の推進も必要となる。

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