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ノロウイルスによる食中毒事例―愛媛県

(IASR Vol. 34 p. 265-266: 2013年9月号)

 

2013年5月に愛媛県内の飲食店においてノロウイルス(NoV)GIIによる食中毒事例が発生したので、その概要を報告する。

5月27日、医療機関から「下痢、嘔吐、発熱等を呈する患者5名を診察した」と八幡浜保健所に連絡があった。同保健所で感染症および食中毒の両面から調査したところ、管内のビジネスホテル内飲食店で会食した7グループ132人のうち5グループ63人、同飲食店が調理した弁当を喫食した1グループ46人のうち25人および同ホテル宿泊客44人のうち22人が、25日から下痢、嘔吐、発熱等の食中毒様症状を呈し、うち58人が医療機関を受診し、1人が入院した。潜伏時間は17.5~118時間で、36~48時間をピークとする患者発生パターンを示した。当所に搬入された、患者糞便19件、調理従事者等糞便21件について、リアルタイムPCR法によるNoVの遺伝子検出を実施した結果、患者糞便16件(84.2%)、調理従事者等糞便8件(38.1%)からNoV GIIが検出された。

今回の事例では、患者に共通する食事は当該飲食店が提供した食事のみであること、患者および調理従事者の糞便からNoVが検出され、患者の症状、潜伏時間等の疫学調査結果と同ウイルスによる食中毒の特徴が一致することから、本事例を同飲食店が提供した食事を介して発生したNoVによる食中毒と断定した。

NoVが検出された患者および調理従事者等の検体について、カプシドN/S領域を増幅するプライマーを用いてPCR増幅後、ダイレクトシークエンス法により塩基配列を決定し、系統樹解析を実施した。その結果、実施した検体はすべてNoV GII/4に型別され、塩基配列は100%一致していた(図1)。さらに、ポリメラーゼ(Pol) 領域からカプシドN/S領域およびカプシドP1/P2領域を増幅し遺伝子解析を行った結果(図2図3)、用いた株は、すべて既知のGII/4変異株とは異なる新しいクラスターに分類され、Pol領域(699bp)、カプシドP1/P2領域(624bp)とも100%一致し、Sydney/NSW0514/2012/AU(JX459908)とPol領域で98.9%、カプシドN/S領域で100%、カプシドP1/P2領域で98.1%の高い相同性を示した。また、これらの株は、Pol領域ではOsaka1/2007/JP 2007aに最も近縁(相同性94.3%)であり、カプシド領域ではApeldoorn317/2007/NL 2008aに最も近縁(相同性N/S領域97.2%、P1/P2領域94.2%)であったことから、Pol領域とカプシド領域の間で遺伝子組換えを起こしたウイルスであると考えられた。2012年10月以降に県内で検出されたGII/4の新しい変異株と本事例から検出されたGII/4株は極めて近縁(相同性98.4~100%)であった。

今回、消化器症状がみられない調理従事者からノロウイルスが検出されたことから、不顕性感染者の存在にも留意が必要であることを改めて認識した。

 

愛媛県立衛生環境研究所   
     青木里美 菅 美樹 山下育孝 服部昌志 大倉敏裕 四宮博人  
八幡浜保健所   
     徳永貢一郎 福田裕子 河瀬 曜 垣内恭子 望月昌三 堀内道生 武方誠二

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<資料> チフス菌・パラチフスA菌のファージ型別成績
(2013年6月21日~2013年8月20日受理分)
(Vol. 34 p. 145: 2013年9月号)
国立感染症研究所細菌第一部第二室

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The Topic of This Month Vol.34 No.9(No.403)

HIV/AIDS 2012年

(IASR Vol. 34 p. 251-252: 2013年9月号)

 

わが国では、エイズ発生動向調査は1984年に開始され、1989年~1999年3月はエイズ予防法、1999年4月からは感染症法に基づき、診断した医師の全数届出が義務付けられている(届出基準はhttp://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/01.html)。本特集で記載するHIV感染者数*とAIDS患者数**は、厚生労働省エイズ動向委員会による平成24年エイズ発生動向年報に基づいている(同年報は厚生労働省疾病対策課より公表されている[http://api-net.jfap.or.jp/status/2012/12nenpo/nenpo_menu.htm])。

2007年以降、毎年、HIV感染者数とAIDS患者数を合わせた新規報告件数は1,500件前後で推移しており、累積報告件数は2012年には2万件を超えた(図1)。世界に目を向けると、2012年のUNAIDS(http://www.unaids.org/en/)の発表では、HIV感染者数は約3,400万、毎年約 250万人の方が新たに感染し、年間約170万人の方がエイズ関連で亡くなっていると推定されている。

そこで本特集では、以下に平成24年エイズ発生動向年報に基づく本邦のHIV感染動向を記載するとともに、特集関連記事(本号3~12ページ)において、国内のHIV診断検査、長期抗HIV薬治療下の非致死的病態、HIVの進化および予防ワクチンに関する最近の知見を紹介する。

1.1985~2012年のHIV/AIDS報告数の推移:2012年に新たに報告されたHIV感染者は1,002件(男性 954件、女性 48件)で、2008年(1,126件)をピークとして、2007年以降、年間 1,000件程度で推移している(図2)。AIDS患者は 447件(男性 418件、女性 29件)で、過去3位の報告数であった。1985~2012年の累積報告数(凝固因子製剤による感染例を除く)は、HIV感染者14,706件(男性12,518件、女性 2,188件)、 AIDS患者 6,719件(男性 6,022件、女性 697件)で、2012年10月1日人口10万対累積HIV感染者は11.507、同AIDS患者は 5.258となった。なお、この他に、「血液凝固異常症全国調査」(2012年5月31日現在)において血液凝固因子製剤によるHIV感染者が累計で1,439件(2008~2011年と同数:死亡者 682件を含む)報告されている。

国籍・性別:2012年は、全HIV感染者のうち日本国籍男性が89%(889/1,002)(2011年 923/1,056)、全AIDS患者のうち日本国籍男性が87%(387/447)を占めた。

感染経路・年齢群別:2012年の日本国籍男性HIV感染者においては、同性間の性的接触によるものが77%(683/889)と最も多くを占める状況にかわりはなく(図3参考)、20~40代が多くを占めた(図4)。日本国籍女性HIV感染者の感染経路は84%(26/31)が異性間性的接触であった。母子感染の報告はなかった。なお、静脈薬物使用によるものは、HIV感染者・AIDS患者あわせて8件(日本国籍者7件、外国国籍者1件)(2011年5件)で、これ以外に静脈薬物使用と他の感染経路との重複として「その他」の感染経路として分類されているものが17件(2011年7件)であった。

推定感染地域:感染地は、1994年までは海外感染が主であったが、それ以降は国内感染が大部分である。2012年においても、HIV 感染者の推定感染地域は、国内感染が全HIV感染者の86%(864/1,002)で、日本国籍例では90%(829/920)を占めていた。

報告地(医師により届出のあった地):報告地の地域別では、HIV感染者・AIDS患者ともに、関東・甲信越、近畿、東海地域の件数が多くを占めた(表1)。 

2.献血者のHIV 抗体陽性率:2012年には、献血件数 5,271,103中68件(男性62件、女性6件)の陽性者がみられ、献血10万件当たり 1.290(男 1.701、女 0.369)で2011年(1.695)を下回った(図5)。

3.自治体が実施したHIV抗体検査と相談:自治体が実施する保健所等におけるHIV抗体検査実施件数は、2012年には131,235件(2011年 131,243件)で、2008年をピークとしてほぼ横ばいであった(図6)。陽性件数は 469件(2011年 453件)、陽性率は0.36%(2011年0.35%)であった。このうち保健所での検査陽性率は0.29%(294/102,512)であるのに対し、自治体が実施する保健所以外での検査陽性率は0.61%(175/28,723)と、昨年までと同様に利便性の高い保健所以外での検査の陽性率が高かった。また、2012年の相談件数は153,583 件(2011年163,006件)と、4年連続で減少した。

まとめ:本邦では、2007年以降、HIV感染者数とAIDS患者数を合わせた年間の新規報告件数は1,500件前後で推移しており、2012年には累積報告件数が2万件を超えた。新たな報告件数の30%あまりがAIDSと診断されてHIV感染が判明したものであることは、報告件数以上のHIV感染者の存在を意味しており、HIV感染の早期診断に至っていないことを示している。また、自治体が実施しているHIV検査件数も、2008年をピークとして減少した後、横ばいとなっている。

国および各自治体においては、感染者・患者発生の特徴を把握し、予防や早期発見の啓発とそれを推進する効果的な対策を立案・実施し、感染拡大の抑制・早期治療の促進を図る必要がある。対策が重要な男性同性愛者、青少年、性風俗産業従事者およびその利用者などが受けやすい時間帯や場所での検査・相談の提供(本号ページ)、受診しやすい環境整備における工夫が引き続き望まれる。なお、対策を講ずる際には、人権への配慮や、必要な関係者(企業、NGO、医療関係者、教育関係者等)と協力して実行することが重要である。

本邦のHIV感染症克服に向けては、グローバルなHIV感染拡大抑制に結びつく取り組みに加え、国内の感染動向の把握、予防啓発、早期診断・治療に向けた取り組みが必要となる。一方、HIV感染者においては、抗HIV薬治療の導入によりAIDS発症抑制が可能となったが、治癒にはいたらず長期の抗HIV薬治療継続が必要であり、薬剤耐性株出現を含め、長期服薬に伴う諸問題が生じている。特に近年、抗HIV薬治療下のHIV潜伏感染に伴う様々な非致死的病態が問題となってきている。今後は、このような長期治療のもたらす新たな問題に対処していくことが重要となる。

* HIV感染者:感染症法に基づく届出基準に従い後天性免疫不全症候群と診断されたもののうち、AIDS指標疾患(届出基準参照)を発症していないもの

**AIDS患者:初回報告時にAIDS指標疾患が認められ、AIDSと診断されたもの(既にHIV感染者として報告されている症例がAIDSと診断された場合は除く)
 

特集関連情報

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おにぎりを原因食品とするA群溶血性レンサ球菌による集団食中毒事例―愛媛県

(IASR Vol. 34 p. 266-267: 2013年9月号)

 

2012年8月、愛媛県内の1保健所管内で食中毒を疑う事案が発生し、疫学調査および病因物質の検査を実施したところ、A群溶血性レンサ球菌による集団食中毒であることが判明したので、その概要を報告する。

事例概要:2012年8月18日、管内の医療機関から西条保健所へ「8月13~18日の間、発熱、咽頭痛等の症状を呈している15名の患者を診察した。」との届出があった。患者は8月12日に行われた自治会主催の夏祭りで提供された食品を喫食しており、保健所は集団食中毒または感染症の発生を疑い、疫学調査等を実施した。

調査の結果、喫食者89名のうち発症者は46名(男性17名、女性29名)で、発症者の年齢は7~70歳であった。症状別発症者数を表1に示した。主症状は、発熱、咽頭痛、悪寒であり、腹痛、吐き気などの消化器症状を訴えた患者は少なかった。潜伏時間は、6.5~112時間であり、流行曲線は24~36時間を中心とするほぼ一峰性の患者発生パターンを示した。発症者全員に共通する食品は飲食店が調理し、夏祭りで販売されたおにぎりのみであり、当該事案はこのおにぎりを原因食品とする集団食中毒であると断定された。

検査結果:食中毒の病因物質特定のため、患者(便検体19件、咽頭ぬぐい液5件)、調理従事者(便検体、咽頭ぬぐい液、手指のふき取り検体各2件)、調理施設・調理器具(ふき取り検体13件)を対象に、A群溶血性レンサ球菌の他、サルモネラ属菌、セレウス菌等の食中毒菌10菌種およびノロウイルスについて検査を実施した。

その結果、患者の咽頭ぬぐい液3件、調理従事者の咽頭ぬぐい液・手指のふき取り検体各1件、調理器具のふき取り検体1件から、A群溶血性レンサ球菌(TB3264型)が分離された。黄色ブドウ球菌は、調理従事者便・手指のふき取り検体各1件、施設のふき取り検体1件から分離された。

以上の検査結果と患者の症状、潜伏時間などの疫学調査の結果から、当該食中毒の病因物質は、A群溶血性レンサ球菌と断定された。

分離されたA群溶血性レンサ球菌について、細菌学的検討を行った。分離株6株はすべて、speBspeCspeFの発赤毒素遺伝子を保有しており、emm遺伝子型は89型であった。パルスフィールド・ゲル電気泳動(PFGE)解析は、制限酵素Sma IおよびSfi Iを用い、DNA切断パターンの比較を行った。今回の食中毒事例株の他に、県内の感染症発生動向調査で分離されたA群溶血性レンサ球菌5株(以下、感染症由来株)を併せて、PFGE解析を実施した。解析結果は図1に示した。食中毒事例株6株は、制限酵素Sma I およびSfi I によるPFGEパターンがそれぞれ一致し、同一由来株であることが考えられた。また、他の感染症由来株とは異なるグループに分けられた。

原因食品については、残品がなく、検査が実施できなかったが、調理従事者の咽頭ぬぐい液、手指のふき取り検体からA群溶血性レンサ球菌が分離されていることから、調理従事者により汚染された食品を喫食したことが原因と推察された。

考 察
原因食品であるおにぎりの調理工程や取り扱いについて調査した結果、咽頭ぬぐい液と手指のふき取り検体からA群溶血性レンサ球菌が分離された調理従事者は、手指に化膿創があるにもかかわらず、使い捨て手袋の着用等食品の汚染防止対策を講じていなかったこと、午前中に調理後、提供される夕方までの保管温度が不適切であったことが判明した。今回の事例では、冷房による温度管理が不十分な部屋で汚染されたおにぎりを長時間放置したことにより、菌が増殖したと考えられた。分離されたA群溶血性レンサ球菌の細菌学的検討の結果は、疫学調査を裏付ける結果であった。

食中毒防止のため、施設の清掃・消毒などの基本的な衛生管理の指導の他、調理従事者の健康管理の重要性についても十分に周知することが必要であると考えられた。

 

愛媛県立衛生環境研究所
         林 恵子 松本純子 山下育孝 烏谷竜哉 服部昌志  大倉敏裕  四宮博人
愛媛県西条保健所   
         伊藤樹里 大内かずさ 山内宏美 大西利恵   豊嶋千俊 山本真司 井上 智 越智幸枝    
         吉江里美 岡本哲也 上満祐子 伊藤弘子   川村直美 青木紀子 佐伯裕子 桑原広子   
         新山徹二 
(平成24年度の所属による)

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<速報>本邦初報告となるロスリバーウイルス感染症の輸入症例

(掲載日 2013/9/20)

 

ロスリバーウイルス(Ross River virus: RRV)感染症は主にオーストラリアを中心としたオセアニアでみられる、RRVによって引き起こされる感染症である。これまで日本国内において確定診断された症例はなく、今回本邦初の症例を経験したため報告する。

患者は31歳の女性で、主訴は関節痛であった。2013年1月13日からワーキングホリデーを利用して、オーストラリアに渡航していた。2月28日~3月6日までタスマニアへ旅行した以外はメルボルンに滞在していた。3月14日の起床時に左足背の疼痛と腫脹、右膝の疼痛を自覚し、歩くのも困難なほどであった。翌日には疼痛が悪化し関節可動域制限も出現したため、現地で家庭医を受診した。血液検査を施行されたところ、WBC 4,600/μl、Hb 13.9g/dl、Plt 180,000/μl、ESR 7mm/hr、AST 20IU/l、 ALT 14IU/l、CRP 0.03mg/dl、その他検査でも特記異常なく、原因ははっきりしないとのことで消炎鎮痛薬処方となった。その後も症状は軽快、悪化を繰り返しながら持続したため、4月中旬に現地の整形外科を受診した。血液検査を施行され、WBC 3,800/μl、Hb 12.3g/dl、Plt 180,000/μl、ESR 5mm/hr、その他の検査でも特記すべき異常はみられなかった。RRV、バーマ森林ウイルスといったウイルス疾患も考慮され、ウイルス抗体検査に提に出され、消炎鎮痛薬にて経過をみることとなった。5月初旬から疼痛は徐々に改善し、またこの頃RRVの抗体検査が陽性であったことが判明した(現地検査の結果:RRV serology; IgG antibody: low positive、IgM antibody: positive 2013/4/19、IgG antibody: positive、IgM antibody: positive 2013/5/9)。症状が続くため5月12日に帰国し、関西空港検疫所からの紹介で5月15日に当院受診となった。経過中、発熱、皮疹など関節痛以外の症状はなかった。

初診時、意識清明で血圧109/59mmHg、脈拍76回/分、体温37.4℃であった。左足関節、足背に自発痛・圧痛あるが腫脹熱感発赤なく、右膝に自発痛・圧痛あるが腫脹熱感可動域制限といった関節炎所見はなかった。その他特記すべき身体所見はみられなかった。当院初診時の血液検査においても炎症反応の上昇はなく、特記すべき異常値を認めなかった。

オーストラリアで発症した関節炎を主体とした症状、現地での検査結果より、RRV感染症を疑い、国立感染症研究所に検査を依頼した。初診時の血液検査にて、RRV IgG ELISA(panbio)陽性、IgG absorbed IgM ELISA(panbio)陽性、IgM capture ELISA(in house)陽性であり、RRVの急性感染と考えられた。その後初診時から2週間後に再度検査を行ったが、やはりRRV IgGは陽性であり、IgMはcapture ELISAにおいて、1:1,600から1:400と抗体価の低下を認め、RRVの急性感染として矛盾しない所見であった。そのためRRV感染症と診断した。

RRVは蚊によって媒介されるアルボウイルスの一種であり、トガウイルス科、アルファウイルス属に分類される。オーストラリアでは毎年約4,000人の患者が発生しており、主に北部、西部を中心に、雨期(12月~2月頃)に流行する。オーストラリア以外でも、パプアニューギニア、ニューカレドニア、フィジー、サモア、クック諸島といった近隣の国で発生が報告されている1)

RRV感染症の潜伏期間は通常7~9日であるが、3~21日におよぶこともある2)。関節炎・関節痛、皮疹や倦怠感、筋肉痛、発熱、リンパ節腫脹といった全身症状が主な症状である。関節炎・関節痛はほぼすべての患者に生じ、主として小関節、多発性で、手関節、膝関節、足関節、指関節、肘関節などが対称性に侵される。関節痛が長期間続くことが特徴で、通常3~6カ月、ないしそれ以上続く場合もある。皮疹は1~5mmの紅色斑状丘疹がおよそ50%の患者にみられる。倦怠感は50%以上、筋肉痛は58%、発熱は33~50%の患者でみられる1)。全身症状は通常1週間程度で軽快する。 

診断には流行地への渡航歴と、蚊への曝露を問診することが重要となる。検査所見の異常は少なく、時にわずかな白血球の上昇、赤沈の亢進がみられる。CRPは正常なことが多い。血清学的診断として、ELISAによる抗体検査が流行地であるオーストラリアでは利用できる2) 。日本の一般検査会社は抗体検査を実施していないが、国立感染症研究所ウイルス第一部第2室に依頼できる。ウイルス血症は感染後数日しか持続せず、その時期にPCRでRNAを検出できることもあるが、感度は高くない。IgMは感染後数カ月持続するので、IgMの検出は最近の感染を示している。またIgGのペア血清を測定し、陽転あるいは有意な上昇がみられれば最近の感染と考える。

治療はNSAIDs(非ステロイド性抗炎症薬)による対症療法を行う。ワクチンはなく、防蚊対策が予防には重要である。

これまで日本で確定診断されたRRV患者の報告はない。しかし、ドイツ、シンガポール、イスラエルでは既に渡航者におけるRRV感染症が報告されており3-5)、日本からオーストラリアへの渡航者の多さを考えると、今後日本でも輸入症例の診断が増加するものと思われる。

原因不明の関節痛、発熱、皮疹の患者を診る際には、RRV感染症も念頭において、流行地への渡航歴を確認する必要がある。

 

参考文献
1) Harley D, Sleigh A, Ritchie S, Ross River virus transmission, infection, and disease: a cross-disciplinary review, Clin Microbiol Rev 14: 909-932, 2001
2) Harley D, Suhrbier A, Ross River Virus Disease, In: Magill AJ, Ryan ET, Hill DR, Solomon T, editors, Hunter’s tropical medicine and emerging infectious diseases (Ninth edition), Elsevier inc p315-317, 2013
3) Tappe D, Schmidt-Chanasit J, Ries A, Ziegler U, Muller A, Stich A, Ross River virus infection in a traveller returning from northern Australia, Med Microbiol Immunol 198: 271-273, 2009
4) Hossain I, Tambyah PA, Wilder-Smith A, Ross River virus disease in a traveler to Australia, J Travel Med 16: 420-423, 2009
5) Kivity S, Eyal M, Hanna B, Eli S, Protracted Rheumatic Manifestations in Travelers, J Clin Rheumatol 17(2): 55-58, 2011

 

京都市立病院感染症科 
     杤谷健太郎 篠原 浩 土戸康弘 清水恒広
国立感染症研究所ウイルス第一部第2室 
     モイメンリン 高崎智彦

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ブタの日本脳炎抗体保有状況 -2013年速報第10報-


(2013年9月20日現在)
 日本脳炎は,日本脳炎ウイルスに感染したヒトのうち数百人に一人が発症すると考えられている重篤な脳炎である1)。ヒトへの感染は,日本脳炎ウイルスを媒介する蚊(日本では主にコガタアカイエカ)が日本脳炎ウイルスに感染したブタを吸血し,その後ヒトを刺すことにより起こる。
 1960年代までは毎年夏から秋にかけて多数の日本脳炎患者が発生しており2),3),ブタの感染状況から日本脳炎ウイルスが蔓延している地域に多くの患者発生がみられた。当時,Konnoらは調査したブタの半数以上が日本脳炎ウイルスに感染していると,約2週間後からその地域に日本脳炎患者が発生してくると報告している4)。現在では,日本脳炎ワクチン接種の普及や生活環境の変化等により,ブタの感染状況と患者発生は必ずしも一致しておらず,近年における日本脳炎患者報告数は毎年数名程度である。しかし,ブタの抗体保有状況から日本脳炎ウイルスが蔓延あるいは活動していると推測される地域では,ヒトへの感染の危険性が高くなっていることが考えられる。
 感染症流行予測調査事業では,全国各地のブタ血清中の日本脳炎ウイルスに対する抗体を赤血球凝集抑制法(HI法)により測定することで,日本脳炎ウイルスの蔓延状況および活動状況を調査している。前年の秋以降に生まれたブタが日本脳炎ウイルスに対する抗体を保有し,さらに2-メルカプトエタノール(2-ME)感受性抗体(IgM抗体)を保有している場合,そのブタは最近日本脳炎ウイルスに感染したと考えられる。下表は本年度の調査期間中におけるブタの抗体保有状況について都道府県別に示しており,日本脳炎ウイルスの最近の感染が認められた地域を青色,それに加えて調査したブタの50%以上に抗体保有が認められた地域を黄色,調査したブタの80%以上に抗体保有が認められた地域を赤色で示している。
 本速報は日本脳炎ウイルスの感染に対する注意を喚起するものである。また,それぞれの居住地域における日本脳炎に関する情報にも注意し,日本脳炎ウイルスが蔓延あるいは活動していると推測される地域においては,予防接種を受けていない者,乳幼児,高齢者は蚊に刺されないようにするなど注意が必要である。
 本年度の日本脳炎定期予防接種は,第1期(3回)については標準的な接種年齢である3~4歳および第1期接種が完了していない小学1~4年生(年度内に7~10歳:2003~2006年度生まれ),第2期(1回)については高校3年生相当年齢(年度内に18歳:1995年度生まれ)に積極的勧奨が行われているが,それ以外でも日本脳炎ウイルスの活動が活発な地域に居住し,接種回数が不十分な者は日本脳炎ワクチンの接種が望まれる。なお,日本脳炎の予防接種に関する情報については以下のサイトから閲覧可能である。
国立感染症研究所HP厚生労働省HP

抗体保有状況
(地図情報)
2013-10map


抗体保有状況
(月別推移)
2013-10tab
HI抗体 2-ME
感受性
抗体
都道府県 採血
月日
HI抗体
陽性率
※1
2-ME感受性
抗体陽性率
※2
コメント

5/27

6/24
沖縄県 9/3 10%
(2/20)
50%
(1/2)
HI抗体陽性例はすべて抗体価1:40以上であり、そのうち1頭から2-ME感受性抗体が検出された。

8/5

8/5
鹿児島県 9/9 55%
(11/20)
40%
(4/10)
HI抗体陽性例のうち10頭は抗体価1:40以上であり、そのうち4頭から2-ME感受性抗体が検出された。

7/8

7/8
宮崎県 9/9 27%
(3/11)
0%
(0/3)
HI抗体陽性例はすべて抗体価1:40以上であったが、2-ME感受性抗体は検出されなかった。

8/12

8/23
大分県 9/13 100%
(10/10)
0%
(0/10)
HI抗体陽性例はすべて抗体価1:40以上であったが、2-ME感受性抗体は検出されなかった。

8/6

8/6
熊本県 9/10 100%
(20/20)
10%
(2/20)
HI抗体陽性例はすべて抗体価1:40以上であり、そのうち2頭から2-ME感受性抗体が検出された。

7/2
 
 
長崎県 7/23 100%
(10/10)
0%
(0/1)
HI抗体陽性例のうち1頭は抗体価1:40以上であったが、2-ME感受性抗体は検出されなかった。

8/7

8/7
佐賀県 9/11 100%
(10/10)
10%
(1/10)
HI抗体陽性例はすべて抗体価1:40以上であり、そのうち1頭から2-ME感受性抗体が検出された。

7/23

7/23
福岡県 9/3 100%
(10/10)
0%
(0/10)
HI抗体陽性例はすべて抗体価1:40以上であったが、2-ME感受性抗体は検出されなかった。

6/25

6/25
高知県 8/27 100%
(10/10)
0%
(0/10)
HI抗体陽性例はすべて抗体価1:40以上であったが、2-ME感受性抗体は検出されなかった。

7/9

7/23
愛媛県 8/27 60%
(6/10)
50%
(2/4)
HI抗体陽性例のうち4頭は抗体価1:40以上であり、そのうち2頭から2-ME感受性抗体が検出された。

8/28

8/28
広島県 9/11 70%
(7/10)
71%
(5/7)
HI抗体陽性例はすべて抗体価1:40以上であり、そのうち5頭から2-ME感受性抗体が検出された。

8/2
 
 
島根県 8/30 10%
(1/10)
 
 
HI抗体陽性例は抗体価1:40未満であった。

7/3
 
 
鳥取県 8/13 100%
(10/10)
 
 
HI抗体陽性例はすべて抗体価1:40未満であった。

8/20

8/20
兵庫県 9/4 20%
(2/10)
100%
(2/2)
HI抗体陽性例はすべて抗体価1:40以上であり、2-ME感受性抗体も検出された。

8/5

8/5
三重県 9/10 60%
(6/10)
33%
(2/6)
HI抗体陽性例はすべて抗体価1:40以上であり、そのうち2頭から2-ME感受性抗体が検出された。

8/20

9/2
愛知県 9/17 50%
(5/10)
60%
(3/5)
HI抗体陽性例はすべて抗体価1:40以上であり、そのうち3頭から2-ME感受性抗体が検出された。
 
 
 
 
石川県 9/4 0%
(0/10)
 
 
 

7/16
 
 
富山県 8/26
-27
0%
(0/15)
 
 
 
 
 
 
 
新潟県 9/9 0%
(0/10)
 
 
 

7/30
 
 
神奈川県 8/27 0%
(0/20)
 
 
 
 
 
 
 
千葉県 8/29 0%
(0/10)
 
 
 

7/30
 
 
群馬県 9/6 0%
(0/10)
 
 
 
 
 
 
 
栃木県 9/17 0%
(0/14)
 
 
 
 
 
 
 
茨城県 9/2 0%
(0/10)
 
 
 

8/20

8/20
宮城県 9/10 0%
(0/14)
 
 
 
  調査期間中に調査したブタのHI抗体陽性率が80%を超えた地域
  調査期間中に調査したブタのHI抗体陽性率が50%を超え,かつ2-ME感受性抗体が検出された地域
  調査期間中に調査したブタから2-ME感受性抗体が検出された地域
調査期間中に調査したブタからHI抗体あるいは2-ME感受性抗体が検出されたことを示し、日付は今シーズンで初めて検出された採血月日を示す
※1 HI抗体は抗体価1:10以上を陽性と判定した。
※2 2-ME感受性抗体は抗体価1:40以上(北海道・東北地方は1:10以上)の検体について検査を行い,2-ME処理を行った血清の抗体価が未処理の血清と比較して,3管(8倍)以上低かった場合を陽性,2管(4倍)低かった場合を疑陽性,不変または1管(2倍)低かった場合を陰性と判定した。なお,2-ME未処理の抗体価が1:40(北海道・東北地方は1:10あるいは1:20も含む)で,2-ME処理後に1:10未満となった場合も陽性と判定した。
1. Southam, C. M., Serological studies of encephalitis in Japan. II. Inapparent infection by Japanese B encephalitis virus. Journal of Infectious diseases. 1956. 99: 163-169.
2. 松永泰子,矢部貞雄,谷口清州,中山幹男,倉根一郎. 日本における近年の日本脳炎患者発生状況-厚生省伝染病流行予測調査および日本脳炎確認患者個人票(1982~1996)に基づく解析-. 感染症学雑誌. 1999. 73: 97-103.
3. 新井 智,多屋馨子,岡部信彦,高崎智彦,倉根一郎. わが国における日本脳炎の疫学と今後の対策について. 臨床とウイルス. 2004. 32(1): 13-22.
4. Konno, J., Endo, K., Agatsuma, H. and Ishida, Nakao. Cyclic outbreaks of Japanese encephalitis among pigs and humans. American Journal of epidemiology. 1966. 84: 292-300.

国立感染症研究所 感染症疫学センター/ウイルス第一部

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan