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はじめに
 
 1988年、米国カイロン社が輸血後非A非B 型肝炎の原因ウイルスとして、C型肝炎ウイルス(HCV)の遺伝子の一部を発見することに成功しました。その後、このウイルスに対する各種診断技術が開発 され、血液スクリーニングに導入されたため、輸血によるC型肝炎の発生はほとんど見られなくなりました。しかしながら、現在我が国には200-240万 人、全世界にも約1.7億人もの感染者が存在すると推定されております。さらに、C型肝炎感染者は肝硬変、肝癌と病気が進行する可能性もあり、HCVは公 衆衛生上最も重要な病原ウイルスの一つと考えられています。本稿では、C型肝炎に関する最近の話題とそれの理解に必要な病気の特徴について述べたいと思い ます。

 

国立感染症研究所・ウイルス第二部 脇田隆字 
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HCV持続感染のメカニズム
 
 HCVは肝臓に持続感染する。細胞内にはRNAウイルス感染を感知するRIG-IおよびMDA-5という分子が存在し、IFN系へシグナルを伝えること により細胞を抗ウイルス状態にする(Yoneyama et al., 2004, Yoneyama et al., 2005)。HCVはどのようにしてこの監視をくぐり抜けているのだろうか?HCVがもつNS3/4AプロテアーゼがRIG-Iのシグナルを伝達する IPS-1/MAVS/VISAという分子を切断することによりこのシグナルを遮断していることがわかった(Meylan et al., 2005, Li et a., 2005, Loo et al., 2006)。従ってHCVが細胞内で増殖してもIFNシステムが効率よく活性化されない。興味深いことにA型肝炎ウイルス(HAV)でもウイルスの3Cプ ロテアーゼがIPS-1/MAVS/VISAを切断して同じシグナル経路を遮断している(Yang et al., 2007)。HAVは肝臓に感染するが、一過性の感染で持続感染はしない。従って、RIG-Iのシグナルを遮断することは持続感染に十分な条件ではないか もしれない。  
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HCVの生活環
 
 推定されているHCVの生活環を図5に示す。HCVがレセプターを介して肝細胞に感染(吸着Attachment、侵入Entry)し、粒子よりウイル スRNAが放出され(脱核Cytoplasmic release)、これがメッセンジャーRNAとして働き、このRNAの5'非翻訳領域に存在するIRESから翻訳(Translation)が開始され 大きな前駆体蛋白が合成される。この前駆体蛋白は、細胞のシグナラーゼによってウイルス粒子を形成する構造蛋白であるコア蛋白と2つのエンベロープ蛋白 E1, E2がプロセス(Processing)される。また、ウイルス自身がコードするプロテアーゼによって、プロテアーゼ、へリカーゼ、RNA依存性RNAポ リメラーゼ(RdRp)などウイルスの複製に必須な非構造蛋白がプロセスされる。ウイルスにコードされた酵素や宿主因子によってゲノムRNAからマイナス 鎖RNAが転写され、複製複合体が形成される。これを基にしてプラス鎖RNAが合成され(複製Replication)、ウイルスRNAやmRNAとして 働く。ウイルスRNAがコア蛋白と結合してヌクレオカプシドを形成し、さらにエンベロープ蛋白が邂逅してERでウイルス粒子が成熟し(出芽 Assembly)、トランスゴルジを通り細胞膜に達して細胞外へ放出(Release)されるものと考えられている。以上のようなHCV生活環のうち多 くのステップでウイルスは細胞の小胞体(ER), ゴルジ体, 形質膜といった生体膜を使っていると推定されている。


(1)吸着と侵入
 ウイルスの細胞表面への吸着および侵入はウイルス感染の最も初めのステップである。ウイルスは宿主細胞に侵入するため、ウイルスは細胞表面に存在する受 容体に結合しなければならない。宿主細胞の受容体とウイルス粒子表面の蛋白の特異性結合はウイルスの組織特異性や宿主域を決定する。  HCVは細胞表面に存在するヘパリンやヘパラン硫酸などの硫酸多糖類に捕捉されて濃縮された後、エンベロープ蛋白質を介して親和性の高い蛋白質性受容体 に結合し、エンドサイトーシスによってエンドソームに取り込まれる。HCVの感染受容体候補分子として、現在までにHeparansulphate proteoglycan (HSPG)、C型レクチン (DC-SIGN、L-SIGN)、low-density lipoprotein (LDL)受容体、CD81、ヒトスカベンジャー受容体クラスB-1型 (SR-BI)、Claudin-1、などが知られている。

1) HSPG
 HSPGはデングウイルスの初期レセプターとして作用することが知られている。HCVもデングウイルスと同様に肝細胞表面のHSPGに補足され、その後CD81に結合して細胞内へ進入する。

2)DC-SIGN、L-SIGN
 CD81およびSR-BIいずれも発現しているにもかかわらす、HCVppが感染できない細胞が複数見つかったことから、他にもHCV侵入に必要な細胞 表面発現蛋白の存在が示唆された(Bartosch et al., 2003, Bartosch et al., 2003, Zhang et al., 2004)。HCVエンベロープ蛋白に結合する蛋白として、DC-SIGN、L-SIGN などのC型レクチンやアシアロ糖鎖蛋白などがHCV受容体候補として挙げられた(Gardner et al., 2003, Lozach et al., 2003, Pohlmann et al., 2003, Saunier et al., 2003)。DC-SIGN、L-SIGNはHCVを捉え、肝細胞に渡す役割があると考えられている(Cormier et al., 2004, Lozach et al., 2004)。

2) LDL受容体
 血中でHCV粒子がリポ蛋白と結合しており、その感染性がリポ蛋白との結合に依存していることから、LDL受容体もHCVの受容体の候補に挙げられてい る。LDLはウイルス粒子と結合し、細胞表面のLDL受容体と結合することでHCV感染に寄与しているものと想定されている(Agnello et al., 1999)。

3) CD81
 当初、CD81は可溶性E2蛋白と結合する細胞表面の蛋白として同定された(Pileri et al., 1998)。CD81は多くの細胞で発現している25kDaの細胞表面蛋白で、テトラスパニンの仲間の蛋白で、細胞の付着性、運動性、細胞活性、シグナル 伝達などに関与している(Levy et al., 1998)。CD81は大小2つの細胞外ループ構造を持っており、ここでE2蛋白と結合することが知られている(Pileri et al., 1998, Petracca et al., 2000)。HCVccやHCVppを用いた感染実験で、CD81がHCVの侵入に重要な役割を担っていることが確認された(Bartosch et al., 2003, Hsu et al., 2003, Bartosch et al., 2003, Cormier et al., 2004, Zhang et al., 2004)。HepG2細胞はその細胞表面にCD81を発現しておらずHCVppの感染は成立しないが、CD81を強制発現することでHCVppは感染可 能になった(Bartosch et al., 2003, Zhang et al., 2004, McKeating et al., 2004, Lavillette et al., 2005)。HCVppを用いた感染実験では、CD81陰性細胞では一切感染が成立しなかったものの、CD81陽性細胞の全てが感染可能なわけではなく (Hsu et al., 2003, Cormier et al., 2004,  Bartosch et al., 2003)、HCVpp感染にはCD81だけでは不十分であることがわかった。HCVccの感染実験では、ターゲット細胞でのCD81発現はHCVccの 感染でも必須であった。さらに、CD81蛋白やCD81抗体による感染阻害効果が認められた(Wakita et al., 2005, Zhong et al., 2005, Lindenbach et al., 2005)。現在、感染実験に使用可能な培養細胞はヒト肝細胞癌由来のHuh7細胞だが、この細胞におけるCD81の発現は比較的不安定であり、CD81 発現の異なる亜細胞株の集団であることがわかった(Akazawa et al., 2007)。CD81の発現の有無が感染感受性を規定しており、さらにCD81発現の程度によりにより感染感受性が制御されている(Akazawa et al., 2007, Koutsoudakis et al., 2007)。JFH-1株による感染実験系でもCD81抗体により感染が阻止されるわけだが、標的となる細胞を4℃に保ち、ウイルスを接種するとウイルス 粒子は細胞表面に結合するが、細胞内への進入はおこらない。37℃に温度をシフトすると細胞内への進入が始まる。ウイルス粒子を細胞表面に結合した後に抗 CD81抗体で細胞を処理しても感染が阻止できる。このため、CD81はpost attachmentに作用すると考えられている(Koutsoudakis et al., 2006, Morikawa et al., 2007)。すなわち、CD81は吸着後の侵入過程に重要な受容体と考えられ、ウイルスが結合後、次の受容体へ受け渡す役割があると考えられた。

4) SR-BI
 SR-BIは82kDaの蛋白で、細胞の脂質代謝に関わる大きな細胞外部位を中央に有し、N末とC末に細胞質部位を持っている。多くの哺乳動物の組織や 細胞で発現しているが(Bartosch et al., 2003, Rhainds et al., 2004, Yamada et al., 2005)、特に肝細胞で発現が高い(Acton et al., 1996, Landschulz et al., 1996, Rhainds et al., 2004)。SR-BIは可溶性のE2蛋白の超可変領域1と結合することが示された(Bartosch et al., 2003, Barth et al., 2005)。SR-BIポリクローナル抗体がHCVppの感染を用量依存的に阻止したことから、SR-BIがHCVの侵入に必須であることが確認された (Bartosch et al., 2003)。最近では、SR-BIと結合するhigh-density lipoprotein (HDL)がHCVpp感染性を増強することが示された。このことからも、SR-BIがHCV侵入に影響を与えていることが示唆された (Lavillette et al., 2005, Bartosch et al., 2005, Lavillette et al., 2005, Meunier et al., 2005, Voisset et al., 2005)。SR-BIもCD81と同様のタイミングで、post attachmentに作用すると考えられているが(Zeisel et al., 2007)、この2つの分子の機能分担はよくわかっていない。

5) Claudin 1
 CD81発現の無い細胞に CD81を強制発現させると感染感受性となる細胞と、感受性にならない細胞があり、CD81陽性細胞でも感染非感受性の細胞 が存在することから、感染初期過程に関与する宿主因子がさらに存在することが想定された。Riceらのグループは新たな因子としてclaudin 1を報告した(Evans et al., 2007)。Huh7.5細胞は感染感受性が高い。一方293T細胞はCD81を発現しているが感染感受性がない。そこでHuh7.5細胞から調整した cDNAの発現ライブラリーを293Tに導入することにより感染感受性を付与する因子を同定した。その因子はタイトジャンクションを形成する分子の一つ、 Claudin1であった。HCVとClaudin1の直接結合があるかどうかは不明だが、Claudin1の細胞外ドメインが感染に重要であることが示 された。Claudin1が関与する感染過程はCD81の後であることも示された。つまり細胞表面でCD81に補足されたウイルス粒子はClaudin1 に渡され、クラスリン依存性のエンドサイトーシスで取り込まれ、pH依存性に構造変化をおこし脱殻すると考えられる。彼らはウイルス膜と細胞膜(エンド ソーム膜?)の融合にClaudin1が必要なことを示唆している。今後、HCVの表面蛋白の構造解析が進み、膜融合の詳細な解析が期待される。また、 HCVはCD81依存性に感染すると考えられているが、CD81の発現の無い細胞でもClaudin1依存的にcell to cellにHCVが感染することが明らかとなった(Timpe et al., 2008)。血流中のHCV粒子の感染とは異なる機構で、肝細胞から肝細胞へ、細胞の接触面を介して感染が広がることができる。このことは、慢性肝炎患者 の血液中に中和抗体活性があるもののウイルスが持続感染できる機構を説明しているかもしれない。さらに、前述したとおりClaudin1はタイトジャンク ションを形成する因子の一つである。肝細胞は隣接する細胞とタイトジャンクションにより接合して30−40個程度の細胞からなる肝細胞索を形成する。肝細 胞には極性があり、類洞側がbasolateral側、毛細胆管側がapical 側である。HCVは血流内に存在するのでbasolateral側の細胞表面に結合してapical側まで運ばれて感染する可能性が示唆された(Mee et al., 2008)。この二つのレセプターが連携して感染するシステムは、コクサッキーBウイルスがやはり二つのレセプターを介してタイトジャンクションから感染 するモデルと類似している(Coyne et al., 2007)。HCVの場合、ウイルス粒子がbasolateral側でCD81と結合することが引き金となり、RhoGTPaseファミリーを活性化し、 アクチンの再編成によってウイルス/CD81複合体をタイトジャンクションに速やかに移動させてClaudin1依存的に感染が成立する (Brazzoli et al., 2008)。

(2) 翻訳
 キャップ構造を持つ細胞のmRNAはキャップ依存的にスキャンされ翻訳が行われる。一方、フラビウイルスやピコルナウイルスなどのウイルスRNAは キャップ構造を持たず、キャップ非依存的なIRESによる翻訳がおこなわれている。この際、リボゾームが直接翻訳開始地点に導かれ、ウイルス蛋白が産生さ れる(Tsukiyama-Kohara et al., 1992, Wang et al., 1993)。HCVでは、5’UTRのはじめの40塩基はドメインIと呼ばれ、ステムループ構造をとるが翻訳には関与しない。IRESは38-46番目か ら始まる(Honda et al., 1996, Rijnbrand et al., 1995, Yoo et al., 1992)。ドメインIIは一つのステム構造と複数のループ構造からなり、ドメインIIIはIRES活性の中心で、小さなステムループ構造IIIa、 IIIb、IIIc、IIIdにわかれる。ドメインIIIからpseudoknot、ドメインIVにかけては、342番目にAUG開始コドンが存在する。 さらに、開始コドンから12-40番目はIRES活性に重要ということもわかっている(Reynolds et al., 1995, Lu et al., 1996, Hellen et al., 1999)。  5’UTRのほぼ全長とCoreコード領域の一部からなるHCV IRESによる蛋白質合成過程は、40SリボゾームサブユニットがIRESに直接結合するところから始まる(Spahn et al., 2001)。40Sリボゾームサブユニットはステム、ループ、pseudoknot、開始コドンの複数の箇所でHCV RNAと結合する。ここに、eukaryotic initiation factor (eIF) 3などの翻訳開始因子が結合する(Otto et al., 2004)。IRESに結合する他の宿主因子としては、La蛋白質(Ali et al., 1997, Isoyama et al., 1999, Ali et al., 2000)、heterogeneous ribonucleoprotein L (Hahm et al., 1998)、poly-C binding protein (Fukushi et al., 2001)、pyrimidine tract-binding protein (PTB) (Anwar et al., 2000)が知られており、IRES活性の調節に関与している。HCV翻訳効率は様々なウイルス蛋白や宿主蛋白がIRESに結合することにより、制御され ていると考えられている。  Shimoikeらは、コア蛋白自体がステムループIIId領域に結合することが、HCVの翻訳を低下させることを示した(Shimoike et al., 1999, Tanaka et al., 2000, Shimoike et al., 2006)。すなわち、コア蛋白がIRESに結合することで、40SリボゾームサブユニットがIRESに結合するのを競合的に抑制し、翻訳活性を抑えると 報告している。一方、コア蛋白の発現によりIRES活性が亢進するという全く逆の報告も多く存在する(Zhang et al., 2002, Li et al., 2003)。コア蛋白自身でなく、コア遺伝子がHCV IRES機能に影響を与えているという報告もある(Wang et al., 2000)。  また、HCVゲノムのコア領域は弱いながら16-17kDaの蛋白を発現しているという報告もある(Walewski et al., 2001, Xu et al., 2001, Varaklioti et al., 2002)。これはF蛋白と言われ、HCVポリプロテイン翻訳時にフレームシフトが起こるためと考えられている。

(3) ポリプロテインのプロセッシング
 HCVゲノムの翻訳産物であるポリプロテインは、細胞およびウイルス由来のプロテアーゼにより切断され、成熟した構造および非構造蛋白になる(図1)。 各構造蛋白質間及びp7/NS2間の切断は宿主細胞小胞体のシグナルペプチダーゼによって行われる。コア蛋白のC端側はアルファヘリックス構造を有し、 174-191番目のアミノ酸は特に疎水性が強く、特徴的なシグナルペプチターゼの塩基配列を有す。そのため、コア蛋白はシグナルペプチダーゼによる切断 後、シグナルペプチドペプチダーゼによりさらに切断を受け、C末端側の疎水性領域の一部が除かれ、E1のシグナル配列が除去される(Hussy et al., 1996, McLauchlan et al., 2002, Lemberg et al., 2002, Okamoto et al., 2004)。プロセスを受け成熟化したCoreは主に小胞体や脂肪滴、一部はミトコンドリアや核に局在する。  各NS蛋白質間の切断のうち、NS2/NS3間の切断はNS2/NS3金属要求性プロテアーゼにより早期に起こる。一方、NS3からNS5Bの切断は NS3セリンプロテアーゼによる。NS3からNS5B間の切断には順番があり、まずNS3が前駆体ポリペプチドから切り離される。次にNS5A/NS5B 間が切断されてNS5Bがこの前駆体から切り離される。残ったNS4A/NS4B/NS5Aからなる中間体から次にNS4Aが切り離され、最後にNS4B /NS5A間が切断される(Bartenschlager et al., 1994, Failla et al., 1995, Lin et al., 1994, Tanji et al., 1994)。

(4) ゲノム複製
1) 複製複合体の観察
 筆者らは細胞内で複製しているHCV遺伝子を観察したいと考え、レプリコン細胞を用いて、アクチノマイシンD処理して細胞内のDNA依存性RNAポリメ ラーゼを抑えた上で、5-bromouridine 5’-triphosphate (BrUTP)を細胞に導入し、免疫組織染色で観察した(Shi et al., 2003)。BrUTPが取り込まれた新規に合成されたHCV RNAはレプリコン細胞の核周辺の細胞質に斑点状の構造物として認められ、これらはNSタンパク質と共局在した。レプリコン細胞を電子顕微鏡で観察すると 「membranous web」と呼ばれる小胞様構造物が認められることが報告されているが(Egger et al., 2002)、ここがHCV複製の場と想定されている。HCVの全ての構造、非構造蛋白を強制発現させると同様の膜変化が生じることが知られている。このよ うな変化は、HCVが感染したチンパンジーの肝細胞の電顕観察でスポンジ状の形態変化として報告されている(Pfeifer et al., 1980)。以上のことから、HCVの複製複合体は感染細胞のmembranous webに存在しているものと思われる。

2) 複製複合体と脂質ラフト
 次に、生化学的手法を用いて、複製活性を維持したままのHCV複製複合体を粗精製し解析することを目指した(Aizaki et al., 2004)。細胞を低浸透圧液に溶解し、ホモジナイズを行った後、核画分を除き、ショ糖密度勾配法で膜とその他の細胞質成分に分画した。それぞれの画分に ついて、多糖体でできたダイアフロー限外濾過膜を用いて限外濾過を行い、低分子量のタンパク質は除去した。HCV RNAとNSタンパク質は膜画分に検出された。lysateをNonidet P-40 (NP-40)やTriton X-100 (TX-100)などの非イオン性界面活性剤で処理した後、同様に分画したところ、HCV RNAとNSタンパク質の大部分は界面活性剤不溶性画分(DRM)に残った。それぞれの画分に標識化合物(CTP)を加え、この取り込みを指標にした HCV RNA複製活性測定を行ったところ、活性はDRMにのみ検出された。以上のことから、このDRMに複製活性を保持したHCV複製複合体が存在することが判 明した。界面活性剤可溶性画分(DSM)にもNSタンパク質は認められたが、限外濾過を行ったところ、検出されなくなったことから、このNSタンパク質は HCV複製複合体を形成していないと考えられた。以上のように、HCV複製複合体がDRMに検出されたことから、HCV複製複合体が脂質ラフトと結合して いる可能性が示唆された。そこでこのことを確かめるために、脂質ラフトの構成成分であるコレステロールを除去する働きのあるサポニン (pore-forming agent)で処理したところ、NSタンパク質は脂質ラフトのマーカーであるカベオリン2と共にDRMからDSMへと移行した。更に、HMG-CoAレダ クターゼ阻害剤のロバスタチンでレプリコン細胞内のコレステロール合成を抑制するとHCV RNA複製効率も落ちることから、脂質ラフトがHCV複製複合体と結合し、HCV複製において重要な役割を果たしている可能性が示唆された(Aizaki et al., 2004, Waris et al., 2004)。最近、NS蛋白が脂質ラフトに結合するのを抑制することで、各種スフィンゴ脂質合成阻害剤がウイルス複製を抑えるという報告があり、脂質ラフ トの存在する膜上で複製が起こるという仮説が支持された(Sakamoto et al., 2005, Umehara et al., 2006)。  以上のように、HCVは細胞の生体膜上の小胞内で複製複合体を形成し、複製するものと考えられている(Ali et al., 2002, Lai et al., 2003, Miyanari et al., 2003, Hardy et al., 2003, Aizaki et al., 2004)。サブゲノムレプリコン細胞では全てのNS蛋白はERに存在しており、membranous webもER膜に近接して観察されることが多いことから、感染細胞のmembranous webはER膜が変化したものと推定されている(Pietschmann et al., 2001, Mottola et al., 2002)。一方、脂質ラフトはERには存在せず、ゴルジ体などの膜組織に存在すると考えられており(Simons et al., 1997)、矛盾する。そこで、ショ糖密度勾配法でERとゴルジ体の分離を試みると、NSタンパク質はERからゴルジ体に広く分布していたが、ウイルス複 製活性はゴルジ体を中心に検出された(Aizaki et al., 2004)。このことは、レプリコン細胞を免疫組織染色で観察したところ、細胞内で新規に合成されたHCV RNAは必ずしもERに局在しないことも支持している(Shi et al ., 2003)。  脂質ラフトは細胞膜上にスフィンゴ脂質とコレステロールに富んだ微小領域を示す。この脂質ラフトは、膜表面上をイカダのように漂いながら、ラフト同士が 結合して島状のものになったり、小胞を形成したりと、ダイナミックに変化しながら、ラフトに結合するタンパク質の濃縮や細胞内輸送、シグナルトランスダク ション、脂質代謝を担っていると考えられる(Simons et al., 1997)。また、脂質ラフトはインフルエンザウイルスの集合・出芽(Scheiffele et al., 1999, Takeda et al., 2003, Zhang et al., 2000)、ヒト免疫不全ウイルスの集合・出芽(Lindwasseret al., 2001, Nguyen et al., 2000, Ono et al., 2001)や侵入(Manes et al., 2000, Popik et al., 2002)、エボラウイルスの集合(Bavari et al., 2002, Panchal et al., 2003)、コクサッキーウイルスA9の侵入(Triantafilou et al., 2003)、HTLV-1の膜融合(Niyogi et al., 2001)や集合(Feng et al., 2003)、マウス白血病ウイルスの侵入(Lu et al., 2000)、麻疹ウイルスの集合(Manie et al., 2000, Vincent et al., 2000)、センダイウイルスの集合(Ali et al., 2000)、RSウイルスの集合(Brown et al., 2002, Henderson et al., 2002)、マーブルグウイルス(Bavari et al., 2002)、ロタウイルスの集合(Sapin et al., 2002)、ヒト単純ヘルペスウイルスの集合(Lee et al., 2003)や侵入(Briggset al., 2003)、エコーウイルス11 の侵入(Stuart et al., 2002)、などの多くのウイルスの侵入や粒子形成に重要な役割を果たしていることが報告されている。しかしながら、ウイルスゲノムの複製に影響を与える ことはHCV研究で初めて示された(Aizaki et al., 2004)。

3) HCV複製複合体の形成
 図6にHCV複製複合体形成モデルを示す。HCVNS蛋白はERで合成され、NS4Bは膜に、NS5Aはその5末端で、NS5Bはその3末端で膜にアン カーしている(A)。HCVNS蛋白はゴルジ体に輸送され、HCVNS蛋白同士で結合する。また、細胞内膜タンパク質の一つで、細胞内膜輸送に関わってい ると考えられているthe human homologue of the 33-kDa vesicle-associated membrane protein-associated protein (VAP-A)はそのN末端でNS5Bと、中央部のコイルドコイル領域でNS5Aと結合する。NS5Aは脂質ラフトと弱く結合し、NS4Bは強く結合す る。以上から、NS4Bが中心となって、hVAP-33やNS5Aと供に、他のNS蛋白を脂質ラフト上に誘導・固定する役割を担っているものと思われる (B)。一般的に、脂質ラフトは自由に膜上を移動し、集散を繰り返しているものと考えられている。しかしながら、NS4Bの様に互いに結合する蛋白が乗っ ている場合、一度結合した脂質ラフト同士は安定化し、島状に次第に大きくなり、その過程で特定の蛋白を集積させる性格がある (C)。さらに、膜上の蛋白同士が結合するエネルギーにより、膜は小胞を形成するようになる(D)。既に、NS4B蛋白単独でもこの小胞構造を取ることが 報告されている。ここにHCVRNAが取り込まれることにより、複製複合体を作り、複製が始まるものと考えられる(E)。以上のように、脂質ラフトはNS 蛋白を集積させ、結合体を形成させるだけでなく、小胞構造をとり、膜に包まれたHCV複製の場を提供する役割があるものと想定されている。


4) HCV複製複合体の構造
 筆者らはレプリコン細胞株からHCV複製複合体を含む画分を上記の方法で複製活性を維持したまま抽出しその構造を解析した(Aizaki et al., 2004)。鎖特異的PCRを用い、複製複合体中のプラス、マイナス鎖RNAのコピー数について調べたところ、マイナス鎖RNA 1に対してプラス鎖RNA10であった。分画を1% NP-40、4℃で処理後、RNA分解酵素やプロテアーゼで処理してもHCV RNAやNSタンパク質は分解されなかったが、脂質ラフトが破壊されるような強い条件(1% TX-100、37℃)で処理したところ、HCV RNAやNSタンパク質はRNA分解酵素やプロテアーゼ感受性に変化した。このことから、HCV複製複合体は脂質ラフトを含む膜小胞構造内に存在し、内部 に存在するHCV RNAやNSタンパク質は外部からのRNA分解酵素やプロテアーゼに対して保護されているものと考えられた。最近の知見では、HCV複製複合体は膜小胞構 造内に保護されており、外部から投与したHCV RNAは複製複合体に到達できず、既に内部に取り込まれているHCV RNAがテンプレートとなってマイナス鎖RNAが合成され、それをもとに複数のプラス鎖RNAが合成される。複製に必要なNSタンパク質は継続的に供給さ れる必要はなく、一度HCV複製複合体を形成し、RNA複製が開始されると継続的にRNAが産生されるものと推定できる。膜小胞内にはHCVゲノムの量に 対してNSタンパク質の量は1000倍以上と大量に存在しているものの、実際複製に関わっているのはほんのわずかに過ぎず、NSタンパク質の大部分は膜小 胞形成の役割を果たしているものと思われる。この膜小胞構造は内部のHCV RNAやNSタンパク質の保護に有効なだけでなく、宿主の自然免疫応答から逃れるため二重鎖RNAを隠す役割もあるのかもしれない(Quinkert et al., 2005) 。

5) 複製に関与する宿主因子
 レプリコン細胞の実験で、ウイルスRNAの複製は細胞の対数増殖期に最大となり、細胞がコンフレントになると複製効率も激減することから、ウイルスの翻 訳や複製は宿主細胞の代謝に強く依存していることがわかる(Pietschmann et al., 2001)。IFN治療でレプリコンRNAを除去した”Cured”細胞は複製効率が良いものが選択されていることが知られている。以上のことからも、特 定の細胞の環境とウイルスRNAの適応変異が協調することがウイルス複製に重要だと考えられる。特定の細胞の環境として複製に関わる宿主因子が関与してい る可能性がある。  これまでHCVRNA複製に関与する宿主蛋白としては、(i) HCVRNAに結合する蛋白; PTB、(ii) HCVNS蛋白に結合する蛋白;VAP-A, -B (Gao et al., 2004, Hamamoto et al., 2005)、FKBP8 (Okamoto et al., 2006)、FBL2 (Ye et al., 2003, Kapadia et al., 2005)、growth factor receptor-bound protein 2 adaptor protein (Tan et al., 1999)、SRCAP (Ghosh et al., 2000)、karyophein b3 (Chung et al., 2000)、Raf-1 kinase (Burckstummer et al., 2006)、cyclophilin B (Watashi et al., 2005)、p68 (Goh et al., 2004)、nucleolin Hirano et al., 2003, Shimakami et al., 2006)、hnRNP A1 (Kim et al., 2007)などが報告されている。  VAP-A, -BおよびSNARE様蛋白はERとゴルジ体に存在し、NS5Aと5Bの両者に結合し、ウイルス複製に重要ということが知られている。VAP-Aと VAP-Bは膜貫通部位で互いに結合し、NS蛋白を膜に引き寄せ、脂質ラフトの散在する膜上でHCV複製複合体を形成する役割があると考えられている。 「適応性変異」によりレプリコンゲノムが複製しやすくなる現象が報告されているが、NS5A遺伝子のリン酸化部位に変異が起こり、それによってNS5Aと VAP-Aが結合しやすくなることから複製効率が上がることが証明されている。FK506結合蛋白の仲間のFKBP8はHsp90とともにNS5Aと複合 体を作り、ウイルス複製に寄与している。スタチンの一つであるロバスタチンがHCV複製を阻害することがテキサス大学のGaleらにより報告されている が、さらに彼らはFBL2という蛋白質が、メバロン酸代謝経路でゲラニルゲラニル化されることによりNS5Aと結合してウイルスゲノム複製に関与している ことが明らかにした(Kapadia et al., 2006)。蛋白の脂質による修飾作用の一つにゲラニルゲラニル化があるが、ゲラニルゲラニル化はタンパク質を膜上に集め、タンパク質間の相互作用や情報 伝達効率を調整する制御因子として知られている。RNAヘリケースのp68は本来核に存在する蛋白だが、細胞質に移動し、NS5Bと結合し、HCVRNA 複製に寄与している。核のマーカーであるNucleolinはNS5Bと2カ所で結合し、ウイルス複製に寄与している。核に存在し、RNAと結合する性質 のある蛋白のribonucleoproteinの一種hnRNP A1はseptin6とともにHCV RNAの5’UTRと3’UTRの両者に結合し、複製に重要な役割を果たしている。さらに、PTBはHCV ゲノムの複数の部位に結合し、IRES活性に影響を与えるだけでなく(Ali et al., 1995, Ito et al., 1997, Tsuchihara et al., 1997, Ito et al., 1999, Murakami et al., 2001)、複製複合体に含まれて、ウイルスRNA合成に寄与する可能性が示されている(Aizaki et al., 2007)。  Shimotohnoらは抗HCV薬のスクリーニングから同定した物質をもとにウイルスの生活環を解析するアプローチから免疫抑制剤のサイクロスポリン に抗HCV作用があることを見いだした。サイクロスポリンの抗HCV作用はサイクロフィリンBを介することが判明した。サイクロフィリンBはNS5Bに結 合して、NS5BのRNA結合能を増強することによりウイルスゲノム複製に関与している(Watashi et al., 2005)。しかし、サイクロスポリンの抗HCV作用は遺伝子型1よりも遺伝子型2のウイルスで弱く、遺伝子型2ではサイクロフィリンBに依存しないこと が明らかとなった(Ishii et al., 2006)。Sakamotoらもサイクロスポリンの抗HCV作用がサイクロフィリンによることを報告している(Nakagawa et al., 2005)。サイクロスポリンの抗HCV効果について以前から臨床での有効性を主張している。Inoueらもサイクロスポリンの誘導体で免疫抑制作用のな いDEBIO-025がレプリコン細胞およびヒト肝細胞移植キメラマウスで抗HCV作用があることを報告した(Inoue et al., 2007)。 さまざまな宿主蛋白がHCVゲノムや蛋白と結合して複製に関与していることが明らかにされてきている。今後の研究においてこれらの宿主因子がHCVゲノム や蛋白とどのように関わっているか、その相互関係と機能分担が解明されて行くものと期待でき、さらに多くの宿主因子が抗ウイルス療法の標的となりうる。  最近、HCV複製に関与する宿主因子として、蛋白でなくマイクロRNA(miRNA)の関与が明らかになった。miRNAは通常細胞内のメッセンジャー RNAの3’端に結合してRNAの安定性を低下させ遺伝子発現を調整する。人工的に合成したshort interference RNA(siRNA)を細胞に導入して、特定の遺伝子発現を低下させる技術をRNA干渉と呼び、細胞生物学および分子生物学領域で広く使われている手法で ある。ヒトのゲノムからも多くのmiRNAが転写され遺伝子発現調節に関わっている。しかし、詳細はまだよくわかっていない。miR-122という miRNAが肝細胞でよく発現していることが知られている。肝細胞で特定の遺伝子発現を調節していると考えられる。驚くべきことにこのmiR-122は HCVの5’UTRに結合してウイルスの複製を増強させていることがSarnowらにより報告された(Jopling et al., 2005)。感染細胞内ではHCVがmiR-122をハイジャックするために、miR-122の本来の機能も損なわれている可能性がある。また、miR- 122も単独で機能していると考えにくく、さらに宿主因子と結合しているはずである。そのmiR-122結合宿主因子をHCVが利用しているかもしれな い。

(5)粒子形成、分泌
1) これまでのHCV粒子形成の研究
 これまで感染性ウイルス粒子産生系が無かったため、HCV粒子形成のメカニズムや粒子自体の研究は進んでいなかった。他のウイルスと同様にHCVも成熟 したウイルス粒子は脂質膜からなる外被に包まれたヌクレオカプシドとエンベロープ蛋白からなる。これまで患者血清からさまざまなHCV粒子が報告されてお り、(1)フリーな状態の成熟粒子、(2)low-density lipoprotein (LDL)やvery-low-density lipoprotein (VLDL )と結合したウイルス粒子、(3)イムノグロブリンと結合したウイルス粒子、(4)エンベロープを被っていないヌクレオカプシド、などが認められている (Kaito et al., 1994, Shimizu et al., 1996, Maillard et al., 2001, Andre et al., 2002)。  哺乳動物細胞、昆虫細胞、酵母、細菌、網状赤血球での発現や精製発現蛋白などのさまざまな実験系がHCVのカプシドの研究に用いられてきた (Baumert et al., 1998, Kunkel et al., 2001, Lorenzo et al., 2001, Acosta-Rivero et al., 2001, Blanchard et al., 2003, Majeau et al., 2004, Klein et al., 2004, Matsuo et al., 2006)。これらの研究からHCVのヌクレオカプシドは30-80nmの様々な大きさであった。コア蛋白のN末側半分がヌクレオカプシド形成に重要で (Kunkel et al., 2001, Majeau et al., 2004, Klein et al., 2004)、特にC末端のシグナルペプチドの切断が必須ということが明らかになった(Matsumoto et al., 1996)。  ヌクレオカプシドの形成はカプシド蛋白のオリゴメライゼイションとゲノムRNAがカプシドで包まれる過程からなる。この過程はコア蛋白とウイルスRNA の結合から始まり、このコアーRNA結合はウイルス複製過程から粒子形成過程に移る転換点として重要であると考えられている。実際、コア蛋白は HCVRNAのプラス鎖とステムループドメインI, IIIと24-41番目のヌクレオチド結合することが報告されている(Tanaka et al., 2000)。Two-hybrid システムを用いて、コア蛋白のN末(アミノ酸1-115または1-122番目)、特にアミノ酸82-102番目が重要ということが示された (Matsumoto et al., 1996, Nolandt et al., 1997)。精製HCVコア蛋白を用いた実験では、C末を欠損されたコア蛋白(アミノ酸1-124番目)はHCVRNAと結合し、ヌクレオカプシドを形成 し、形の整った粒子を形成した。一方、C末端アミノ酸174番目まで含むコア蛋白の場合では、形が不整の粒子になったことから、コア蛋白のC末端が粒子形 成に重要ということが示された(Yan et al., 1998)。また、コア蛋白の自己オリゴメライゼイションにはアミノ酸72-91番目のコア蛋白が重要ということも判明している(Nakai et al., 2006)。  細胞質でHCVのヌクレオカプシドが形成されたのちに、生体膜上でエンベロープを被ることになる。コア蛋白とE1、E2蛋白の結合はウイルス粒子形成に 重要である。組替ウイルスを用いて構造蛋白を発現することで、本来のHCV粒子に類似した性質を持つウイルス様粒子産生に成功している。これらのウイルス 様粒子の形成はERで起こっていることが報告されている(Baumert et al., 1998, Ezelle et al., 2002, Murakami et al., 2006)。コア蛋白とE1蛋白の結合について、コア蛋白の結合部位について調べたところ、コア蛋白のC末端が重要ということがわかった(Lo et al., 1996, Ma et al., 2002)。この領域の塩基配列はHCVの株間でホモロジーが低いことから、コア蛋白とE1の結合はコア蛋白のC末端の特異的な塩基配列よりその疎水性が 必要だと考えられた。一方、コア蛋白とE1の結合に重要なE1蛋白の部位はその細胞質側のループ領域であった(Nakai et al., 2006)。  HCV粒子は細胞の分泌系を通って細胞から放出されると考えられている。HCV構造蛋白はERとゴルジ体に認められている(Serafino et al., 2003)。患者血清中のHCV粒子の表面糖鎖はゴルジ体で修飾を受けるcomplex N-linked 糖鎖であることが報告されている(Sato et al., 1993)。

2) HCV粒子形成における脂肪滴の役割
 HCV粒子の形成、分泌過程の解析もウイルス培養系の開発により可能となり、最近、脂肪滴の役割が注目されている。慢性C型肝炎は脂肪肝を合併すること が多いが、脂肪肝の発症にはコア蛋白質が関与していることが報告され、肝発癌にも重要である。筆者らは培養細胞にコア蛋白質を発現させると細胞核周囲の脂 肪滴上にコア蛋白質が集積することを見いだした(Moradpour et al., 1996)。脂肪滴はERの脂質二重膜の二葉間に脂質が蓄積して成長する。従って成熟した脂肪滴は1枚の膜構造をもつ。コア蛋白質とE1の間はまず signal peptidaseで切断される。コア蛋白質C末端の膜貫通領域はER膜に貫通しているが、さらに膜貫通領域がER膜内でsignal peptide peptidaseに切断されて成熟コア蛋白質になると考えられている(McLauchlan et al., 2002)。膜貫通領域がこの切断により短くなり脂肪滴の1枚の膜上に自由に移動できる。さらにコア蛋白質の疎水性領域が脂質に親和性があり脂肪滴上に蓄 積する。興味深いことに脂肪滴へのコア蛋白質の蓄積は脂肪肝および肝臓癌の発症に関与しているだけではなくウイルス粒子形成に重要な役割があることが明ら かにされた(Miyanari et al., 2007)。Shimotohonoらはウイルス感染細胞内で脂肪滴をコア蛋白質が被い、さらにそのコア蛋白質をNS蛋白質が被っていることを発見した。 NS蛋白質はER膜上の複製複合体由来と考えられ、脂肪滴上のコア蛋白質と、脂肪滴に近接するER膜上のNS蛋白質が結合していた。HCVのリバースジェ ネティクス実験系により、コアとNS蛋白質が結合できない変異をウイルスゲノムに導入すると、感染性ウイルス粒子の形成がなくなる。つまり、感染性ウイル ス粒子の形成には脂肪滴上でのコア蛋白質とNS蛋白質の結合が重要である。この実験結果から、脂肪滴がウイルスゲノム複製とウイルス粒子形成をつなげる足 場として利用されていることが示された。前述したとおりHCV粒子の感染性にはコレステロールなどの脂質およびリポ蛋白が重要である。脂肪細胞で脂肪は蓄 積されるが、肝臓も脂質代謝の中心であり、栄養過剰状態やウイルス性肝炎において脂肪肝を発症する。脂質とHCVの関わりが、肝臓を増殖の場としている理 由を示唆しているかもしれない。

3) HCV粒子形成における非構造蛋白NS5Aの役割
 HCVゲノム複製を可視化する目的で、NS5A蛋白のC末端領域(domain III)にIn-frameでGFPを挿入することにより、ゲノム複製細胞が簡便にモニターできることがレプリコンシステムで示された (Moradpour et al., 2004, Appel et al., 2005)。全長ゲノム発現系で同様の解析を行い、確かにこのような変異体からウイルスの産生は観察されるものの、その産生効率は野生型に比べ明らかに低 下していた(Schaller et al., 2007)。そこで、NS5A蛋白、特にそのC末端領域はHCV粒子形成になんらかの役割を担っているのではないかと考えた。  NS5Aはリン酸化蛋白で、低リン酸化型(56 kDa)と超リン酸化型(58 kDa)が存在し、HCVゲノム複製に必須であることが示されている。3種類のドメイン構造を有し、N末端側のdomain Iは立体構造が解かれRNA結合能を有する。Domain IIにはインターフェロン感受性に関係するISDR (Interferon sensitivity determining region)が含まれているが、domain II、IIIとも構造、機能について十分に解析されていない。NS5A domain IIIには、リン酸化に関与するセリン残基のクラスターが二ヶ所(cluster 3-A, 3-B)存在し、これらはHCVクローン間でよく保存されている。我々はdomain IIIのリン酸化がウイルス産生に及ぼす影響を調べるため、種々の部分欠損または置換変異体を構築し、ゲノム複製、粒子産生能を解析した。その結果、 cluster 3-Bの3セリン残基のうち、任意の2残基または3残基をアラニンへ置換することにより、ゲノム複製は野生型と同等であるものの、産生されるウイルス量が 顕著に低下することを見出した。また、このような変異に伴ってNS5A蛋白のリン酸化レベルが低下することも確認した(Masaki et al., 2008)。  NS5A domain IIIの変異がHCV生活環のどのステップに影響を及ぼすのかを調べることによって、粒子形成機構におけるNS5A蛋白の機能解明につながるものと思われ る。NS5A蛋白とCore蛋白は脂肪滴周辺領域での近接して存在することが観察されていることから、NS5A蛋白はCore蛋白と結合しうるのではない かを考えた。そして実際にNS5AはCore蛋白と相互作用すること、ウイルス産生が低下するcluster 3-B変異体ではCore蛋白と結合できなくなること、またこの変異によってNS5A蛋白は脂肪滴周辺膜に局在できなくなること、を見出した (Masaki et al., 2008)。  NS5A蛋白はゲノム複製複合体を構成し、RNA結合能を有している(Tellinghuisen et al., 2005, Huang et al., 2007)。そこで、NS5A蛋白が粒子形成に関与する分子機構として、複製複合体で新生されたウイルスゲノムがNS5A蛋白に捕捉され、さらに NS5A-Core蛋白相互作用によってゲノムRNAがヌクレオキャプシドの場へリクルートされる、という作業仮説を考えた。これを検証するため、HCV ゲノム発現細胞のライセートを抗Core抗体で免疫沈降しさらにこの沈降物中のHCV RNAをlong RT-PCR法で検出した。その結果、野生型ゲノムの場合Core蛋白に結合したHCV RNAが検出されたのに対し、cluster 3-B変異ゲノムでは検出されなかった(Masaki et al., 2008)。この結果は、NS5A蛋白のcluster 3-Bの変異によってCore-HCV RNAの会合が影響を受けることを示しており、NS5A-HCV RNA複合体がCore蛋白と会合することがCore蛋白によるゲノムパッケージングの引き金になることを示唆している(図7)。  HCV NS5A蛋白のdomain IIIが粒子形成にとって重要であるという知見は、最近、米国とドイツのグループからも報告された(Appel et al., 2008, Tellinghuisen et al., 2008)。粒子形成を左右するセリン残基(の一つ)がcasein kinase IIでリン酸化される可能性が示されているが、今後、NS5A蛋白のリン酸化制御とウイルス粒子形成との関連を明らかにしていくことが重要になると思われ る。また、NS5A-Core相互作用様式の詳細を解明することによって、HCV粒子形成を選択的に阻害する新たな治療薬の開発へ道が拓かれるものと期待 される。


4) HCV粒子構造、感染性における粒子脂質成分の役割
 エンベロープウイルスは小胞体、ゴルジ体、形質膜などの細胞の生体膜を被って出芽するため、細胞の膜脂質はウイルス粒子形成に重要な役割を果たしている ものと考えられる。さらに、ウイルス粒子の膜脂質が宿主細胞への感染過程に関与する例も報告されている(Chazal et al., 2003)。しかし、HCV粒子に含まれる脂質成分については解析が進んでおらず、その生理学的役割も不明であった。そこで我々は、培養細胞で産生させた HCV JFH-1粒子を、培養上清から、限外濾過、ショ糖密度勾配超遠心、ヘパリンアフィニティクロマトグラフィを組み合わせて、濃縮、粗精製し、このHCV粒 子に含まれる脂質を生化学的に解析した。その結果、コレステロール/リン脂質モル比が細胞の膜分画に比べて有意に高値を示したことから、コレステロールに 富んだ生体膜からの出芽、または粒子形成、分泌過程でのコレステロールとの会合の可能性が考えられた(Aizaki et al., 2008)。  次にこのHCV粒子上の膜脂質がどのような役割を果たしているかを調べるため、HCV粒子表面をmethyl-B-cyclodextrin (B-CD)で処理してコレステロールを除去した後感染させたところ、B-CDの容量依存的に感染性が低下し、B-CD処理した粒子にコレステロールを添 加したところその感染性は回復した(Aizaki et al., 2008)。また、コレステロールと親和性が高いスフィンゴ脂質の主要分子スフィンゴミエリンを加水分解するsphingomyelinase (SMase)でHCV粒子を処理することにより感染性の低下を観察した(Aizaki et al., 2008)。これらのことはHCV genotype 1bのエンベロープを持つシュードタイプウイルスやキメラウイルスでも確認できた。以上から、ウイルス粒子表面のコレステロールとスフィンゴ脂質はウイル スの遺伝子型によらず感染に重要な役割を果たしていることが示された。  次に、HCV粒子上のコレステロールが粒子の物性に与える影響を調べた。HCV産生細胞の培養上清をショ糖密度勾配遠心分画するとCore蛋白及び HCV RNAのピークは1.17 g/ml分画、感染性のピークは1.13 g/ml分画となる。このように、感染性のピークがウイルス遺伝子のそれに比べ低密度側に存在することは培養細胞系で作製したHCVの特徴の一つである が、濃縮したこの培養上清をB-CD処理しコレステロール除去後に同様に遠心分画を行うと、Core蛋白のピークは1.20 g/ml分画に移行し、感染性はいずれの分画も検出限界以下であった。さらに、B-CD処理後の培養上清にコレステロールを添加するとCore蛋白のピー クは低密度側へシフトし感染性も回復した(Aizaki et al., 2008)。このようなコレステロールの除去&添加によるloss- and gain-of-functionは5 mg/ml B-CD処理で観察されるが、B-CD濃度を10 mg/mlへ上げた場合はコレステロール添加によって感染性の回復は見られない。これらのことから、HCV粒子表面のコレステロールは粒子構造の維持に役 立っており、コレステロールを完全に除去してしまうと粒子構造は致命的なダメージを受ける、これに対し、部分的に除去した場合の構造変化は感染性を低下さ せるものの、その変化は再生可能なレベルである、と考えられた。  次に、HCV粒子上のコレステロールまたスフィンゴ脂質が感染過程のどのステップに関与するのかを解析した。あらかじめコレステロール除去または SMase処理を行ったHCV粒子の宿主細胞への吸着性は未処理ウイルスと同等であったのに対し、吸着後の細胞内への取り込みは、これらの前処理を施した HCVで顕著な低下が認められた(Aizaki et al., 2008)。レセプター蛋白分子とともに標的細胞内へウイルスが侵入する過程に粒子コレステロール、スフィンゴ脂質が関与する可能性が示された。  HCVゲノムは、脂質ラフトの特徴である界面活性剤不溶性の膜分画で複製することが示され(Shi et al., 2003, Aizaki et al., 2004)、HCV genotype 1のゲノム複製細胞またHCVが増殖するヒト肝細胞キメラマウスに脂質ラフト構成成分であるスフィンゴミエリンの合成阻害剤myriocin/ISP-1 を添加、投与することによって、HCV複製効率は顕著に低下することが報告されている(Sakamoto et al., 2005, Umehara et al., 2006)。このmyriocin/ISP-1またはセラミド輸送阻害剤HPA-12をHCV N株(genotype 1b)またJFH-1株のサブゲノムレプリコン細胞に加えることによって、N株ではHCVゲノム複製は阻害されるものの、JFH-1株では予想に反して複 製の低下はほとんど認められなかった。しかしながら、興味深いことに、JFH-1のウイルス産生系では両薬剤の用量依存的にHCV産生は抑制された (Aizaki et al., 2008)。スフィンゴ脂質合成阻害剤の抗HCV効果の作用機序としてHCVゲノム複製阻害だけでなく粒子形成あるいは感染過程へも介入しうることが示唆 された。  図8に脂質ラフトを利用したHCV粒子形成モデルを示す。HCV構造蛋白はERで合成され、E1およびE2蛋白はその3末端で膜にアンカーしている (A)。HCV構造蛋白はそれぞれ生体膜のうち脂質ラフトと結合する。さらに、コア蛋白とE1蛋白、E1とE2蛋白はそれぞれ結合する(B)。一般的に、 脂質ラフトは自由に膜上を移動し、集散を繰り返しているものと考えられている。しかしながら、コア蛋白同士の様に互いに結合する蛋白が乗っている場合、一 度結合した脂質ラフト同士は安定化し、島状に次第に大きくなり、その過程で特定の蛋白を集積させる性格がある (C)。さらに、膜上のコア蛋白同士が結合するエネルギーにより、膜は小胞を形成するようになる(D)。ここにコア蛋白と結合することでHCVRNAが取 り込まれることにより、HCV粒子を形成すると考えられる(E)。ウイルス粒子のコレステロールやスフィンゴ脂質を除くと感染性がなくなり、そこにコレス テロールを加えると感染性が復活することから、ウイルス粒子膜上の脂質ラフトはウイルス粒子の感染性にも重要な役割を果たしているものと思われる。

 以上のように、「ウイルス非構造蛋白」「脂質」はHCVの粒子形成制御に関する代表的なキーワードとなった。NS5A蛋白が粒子形成過程にどのように働 くかを紹介したが、最近、別の非構造蛋白で前駆体蛋白のプロセシングを担っているNS2がやはり粒子形成にも関与することが報告された(Jones et al., 2007, Ishii et al., 2008, Jirasko et al., 2008, Steinmann et al., 2008)。しかしながらその分子機構は現在まったくと言ってよいほど不明である。一方、脂質成分、脂質代謝とHCV生活環の関連についての興味深い知見 として、ウイルス産生におけるアポリポ蛋白、VLDL/LDLの重要性が示されている(Chang et al., 2007, Gastaminza et al., 2007, Huang et al., 2007, Meunier et al., 2008)。脂肪滴周辺膜構造を起点とするHCVの粒子形成過程に介在する宿主蛋白の輸送・分泌経路 (おそらく脂質関連分子が含まれる)を明らかにすることは、HCVのアセンブリー、出芽から細胞外への放出までの過程を制御する分子機構の解明に直結する ものと思われる。 
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HCVの感染増殖系
 
(1) ウイルス研究におけるウイルス増殖細胞系の重要性
 なぜ、ウイルス研究ではウイルスを培養することが必要であろうか?1983年に発見された人免疫不全ウイルス(HIV)は、1985年にAZTが抗 HIV効果を持つことがわかり、1987年には臨床で用いられた。その後、様々な薬効の抗HIV薬が開発され、現在ではHAART療法として多剤を併用す ることにより、HIV感染患者の予後が著しく改善した。これはHIVが発見当初から培養細胞でのウイルス増殖が可能で、ウイルス培養系を用いた抗ウイルス 薬のスクリーニングが可能であったことが大きな要因である。

(2) 感染性クローン
 1989年にHCV遺伝子がクローニングされてから、C型肝炎患者血清中のHCVを培養細胞に感染させウイルス増殖細胞系を作製する方法の確立はHCV 研究の最大のテーマであった。生体内での標的細胞である肝細胞を由来とする細胞株、またリンパ球系細胞で数多く感染、複製が調べられたが、観察できるウイ ルスはPCR法でようやく検出できる程度であり、詳細なウイルス研究への応用は難しい状況であった。一方、実験動物では、チンパンジーのみに感染が可能で あった。1997年、Riceらは、クローニングした多くのcDNA からコンセンサス部分を抜き出すことによってチンパンジーに急性肝炎を発症させることが可能な感染性クローンの構築に成功した(Kolykhalov et al., 1997)。これにより、感染性クローン遺伝子の一部を改変することでその遺伝子および蛋白の機能を調べるリバースジェネテイックスの手法がHCV研究に おいても可能になったわけであるが、この感染性クローンはチンパンジーでのみ増殖が可能だが、培養細胞に感染できるウイルスは得られなかった。倫理的な問 題やコストの面からチンパンジーの利用は進まず、研究面での貢献は厳しかった。

(3) 三次元化細胞培養システムを用いたHCV感染実験系構築の試み
 HCVはチンパンジーでの患者血清感染実験、およびRNA導入実験が成立するにも関わらず、培養細胞では感染が成立しない状況から、単層培養細胞では失 われているが個体では保持している何らかの細胞機能がHCV粒子の複製および細胞外への放出に関与していることが推測された。培養細胞と個体との違いは細 胞集団の均一性、免疫システムの有無等数多く存在する。細胞そのものに着目した場合に大きな違いとなるのは、個体において細胞は三次元的に構築されるのに 対し、通常の単層培養では二次元的である点である。  筆者らの研究室では、ラジアルフロー型バイオリアクター(RFB)で細胞を培養すると通常の二次元培養で失われてしまった種々の細胞機能が回復すること に着目し、HCV感染増殖系への応用を試みた(Aizaki et al., 2003)。このシステムは人工肝補助装置として開発された。培地のpH等を調整する調整槽と細胞が定着するための担体が充填されたカラムから構成されて いる(図2A)。培地はポンプによりカラムへと送られ、カラム内では図2Bに示したように担体の外側部から円中心軸に向かい、放射状(ラジアル)に流れ る。このため三次元構造を有する担体中で培養している細胞への栄養や酸素の供給が均一になる。

 このカラム中で培養した肝細胞は、通常の単層培養に比べ、遥かに本来のヒト肝臓に近い機能、形態を示すことが知られている。高分化型ヒト肝癌細胞株をこ のRFBで培養することにより、細胞あたりのアルブミン産生・分泌能や肝特異的薬物代謝酵素群の発現が亢進すること、また、組織学的解析から球形、方形の 形態を維持し、極性細胞に特徴的な細胞間ジャンクション構造を有することなどが報告されている(Kawada et al., 1998, Matsuura et al., 1998, Iwahori et al., 2003)。そこで、ヒト肝細胞癌由来細胞FLC4をRFB内で培養し、HCVゲノムRNAを導入した。RFBより流出する培養液をサンプリングして HCV-RNA量をRT-PCR法にて検出したところ、感染開始後1-2日は陽性であったものの、一旦陰性となり、16日目から50日目まで持続して陽性 であるという結果が得られた(図3A)。この結果より、感染したウイルスがRFB内で複製し、上清中に放出されたと考えられる。また、ウイルス粒子構成蛋 白のひとつであるcore蛋白も培養上清から検出され、さらに電子顕微鏡により上清中のHCV粒子の存在が確認された(図3B)。以上、RFBシステムを 利用した実験から、三次元培養によって組織学的、生理学的に肝臓に近い環境を作ることで、HCVの粒子形成過程が効率よくプロセスされる可能性が示され た。HCV構造蛋白及びゲノムRNAのアセンブリーに関わる宿主因子(群)を同定し、それらの相互作用解析が進めば、より実用的なHCV実験系の開発につ ながるものと期待される。そのためには、ヒト肝細胞の二次元培養系と三次元培養系との細胞生物学的な比較検討も重要になるかもしれない。しかしながら、依 然としてそのHCV増殖レベルは必ずしも効率が良いものでなく、よりウイルス生産効率にすぐれ、汎用性の高い培養系の登場が期待されていた。


(4) HCVレプリコンの開発
 ポリオウイルスやフラビウイルスなどのプラス鎖RNAウイルスの研究から、HCV複製は、HCVゲノムと非構造(NS)蛋白が細胞質内の膜構造におい て、宿主蛋白と共に複製複合体を形成することから始まると考えられている。HCVゲノムは、5'UTRの塩基配列が最も保存されており、ウイルスの複製に 非常に重要である。さらに、リボゾームが5'UTRの途中に結合し蛋白合成を開始できる IRESが存在し、ウイルス蛋白翻訳においても重要な働きをしている。また、HCVの3'UTRはvariable region、poly(U)配列、3'Xと呼ばれる3つの領域から構成されており、いずれもHCVの複製に重要な役割を果たしている。HCVNS蛋白に ついては、NS5B遺伝子のコードする RdRpが複製において中心的な役割を担っているものと推定されている。しかしながら、強制発現させたRdRp を精製し解析したところ、その活性は鋳型特異性がなく、複製産物の長さは鋳型と異なった。一般的に、鋳型特異的なRNA合成には細胞因子や他のNS蛋白が 必要と考えられている(Lai M.M., 1998)。以上のことから、HCV複製の研究にはNS5Bだけでなく、他のNS蛋白や宿主因子が結合した複製複合体を維持した上での解析が重要というこ とが考えられる。従って、HCVレプリコンシステムはHCVゲノムの複製機構を解析する上で非常に有効と期待された。  1999年、Bartenschlagerらは、本来HCVゲノムの中でウイルス粒子を形成する構造タンパク質領域を薬剤耐性遺伝子に置き換え、その下 流に、より強力にHCVゲノムの内部から翻訳させる働きを有するencepharomyocarditis virus (EMCV)のIRESを挿入したRNA レプリコンを作成した(Lohmann et al., 1999)(図4)。このRNAをトランスフェクトした細胞を薬剤存在下で培養することで、自律複製するHCV遺伝子配列を獲得したHCVゲノムと、更に このHCV遺伝子が複製しうる細胞を選択することを目指した。そして、このような HCV のRNA レプリコンの複製を許容できる細胞がトランスフェクトしたヒト肝細胞癌由来Huh7細胞の一部(わずか1/106)から得られ、これによりHCVで初めて タンパク質レベルでウイルスの複製・増殖を解析できる系が確立された。  その後、この系についての多くの報告がなされている。それらによると、レプリコンには細胞障害性は全くなく、レプリコンの複製と翻訳効率は細胞の増殖と 相関している。さらにレプリコンゲノムが細胞に適応し、数百倍も複製効率が良いものへと変異しうる (adaptive mutation)ことがわかった。これらの変異はNS3からNS5Bに至る非構造タンパク質遺伝子で広範囲に認められたものの、これらの変異を感染性ク ローンに導入し、チンパンジーで感染実験を行っても、その複製効率の変化はレプリコンの結果と一致しないことから、これらの変異は培養細胞系に特徴的なも のと考えられた。以上のように、レプリコンが細胞内で増殖するためには、特定の条件を備えた細胞と特定の変異を持ったウイルス遺伝子の相性が合う必要があ ることがわかった。


(5) シュードタイプウイルス
 前述のレプリコンは、HCVの生活環のうち、細胞内のウイルス複製に限局した実験系である。そこで、ウイルス感染初期過程においてウイルスと標的細胞の 結合を解析するために、代用実験系(サロゲートモデル)が開発されている。そのひとつは、HCVの全構造蛋白(コア、E1、E2、(p7))からなるウイ ルス様粒子(HCV-LP)である。組み換えバキュロウイルスを用いて高発現させることで、昆虫細胞内にHCV-LPを作成することができ、精製した HCV-LPを用いて細胞表面との結合様式の解析が可能である。しかしながら、このHCV-LPは感染性を持たないため、レセプターの機能的研究には必ず しも適さないという難点もあった。  次に、HCVレセプターの探索に有用なのは、シュードタイプウイルスを利用した実験系である。Matsuuraらは、水泡性口内炎ウイルス(VSV)の エンベロープ蛋白であるG蛋白の代わりに、HCVエンベロープを持つシュードタイプVSVを作製した(Matsuura et al., 2001)。このシュードタイプVSVの感染にはE1とE2両方のエンベロープ蛋白を持っていることが必要であること、種々の培養細胞株に対する感染性を 調べた結果、ヒト肝細胞癌由来HepG2が最も高い感受性を示したこと、この感染はVSVに対する抗体では中和されないこと、などが示された。HepG2 細胞をヘパリナーゼで処理することによって感染効率の著明な低下が観察された。これらの成績から、HCVのE1、E2蛋白を持ったシュードタイプVSVの 感染には細胞表面の蛋白分子及び硫酸多糖が重要な働きを演じていることが示された。Cossetらのグループ(Bartosch et al., 2003)とMcKeetingらのグループ(Hsu et al., 2003)が、相次いでE1、E2蛋白を持つシュードタイプレトロウイルスを作製した。このシュードウイルスの感染侵入にはCD81が細胞吸着因子として 働く可能性が示されると同時に、CD81のみでは不十分で、SR-B1および未同定の因子(肝細胞特異的コファクター)が必要であることも報告された。

(6) 感染性ウイルス粒子産生系の構築
 2005年、Wakitaらは東京慈恵会医科大学付属第三病院の劇症肝炎症例の急性期血清からHCV株Jikei Fluminant Hepatitis 1 (JFH1)を分離した。このクローンを用いてレプリコンを作製したところ、これまでに報告された他のHCV株よりも培養細胞における増殖効率が良いこと が明らかとなった(Kato et al., 2003)。さらに、全長のウイルスゲノムRNAをHuh7細胞に導入することにより、ウイルス粒子が産生された(Wakita et al., 2005)。このウイルス粒子は新たなHuh7細胞に感染性を示し、その感染はHCVのエンベロープに対する抗体やHCVの受容体と考えられている CD81に対する抗体で阻止された。また、培養細胞で作製したウイルスは短期間ながらチンパンジーにも感染した。この系により、ウイルスの感染から分泌ま での全ての過程が培養細胞内で解析可能になった。  さらに、米国のChisariらはレプリコン細胞をインターフェロンで治療し、レプリコンを除いた”Cured”細胞Huh7.5.1を開発した。この 細胞株にJFH1ウイルスRNAを導入したところ、先のHuh7細胞に比べて早く大量の感染性ウイルスを産生させることに成功した(Zhong et al., 2005)。Riceらは完全長のJFHゲノムのうち、構造領域を他の株由来の構造遺伝子と組み替えたキメラウイルスを作製し、さらに効率の良い感染性ウ イルス粒子産生系を構築した(Lindenbach et al., 2005)。  JFH-1株は遺伝子型2aに属するが、この株ほど培養細胞で効率よく複製するHCV株は他にない。なぜこの株は特殊なのだろうか?C型肝炎の病態はウ イルスと宿主の相互関係により規定される。まずウイルス遺伝子について他の慢性肝炎株と比較した。その結果、遺伝子の変異はNS5A領域に最も多いことが 判明した。さらに遺伝子領域の機能について解析するとJFH-1株のNS3ヘリカーゼ領域とNS5Bから3’X領域が、培養細胞における効率の良い複製増 殖に関わっていることが明らかとなった(Murayama et al., 2007)。さらに JFH-1株の生体での感染性をチンパンジーで解析した。培養細胞で作成したJFH-1ウイルスをチンパンジーへ接種すると一過性の 感染しか起こさず、血液中にウイルスを検出したのが2週間のみであった(Wakita et al., 2005)。抗HCV抗体は検出できず、肝組織像は正常であった。Riceらにより開発されたJ6CF株とJFH-1株のキメラウイルスでは106 TCID50のウイルスを接種することにより感染が接種後7週から17週目まで持続し、抗HCV抗体も検出された。しかし、肝障害は観察されなかった (Lindenbach et al., 2006)。JFH-1株は劇症肝炎患者から分離されたが、チンパンジーに対する感染性と病原性は低いと考えられた。チンパンジーでは人よりもHCV感染 による肝障害の程度が低いことが知られているが、それだけでは説明が難しい。やはりJFH-1株による劇症肝炎はウイルスの性質だけでなく感染時の患者の 状態にも依存していたと考えるべきである。JFH-1と似た性質のウイルスの分離やJFH-1が持続感染化した時のウイルスの性質の変化などを解析してい く必要がある。  JFH-1は培養細胞で効率よく複製し、感染性ウイルス粒子を産生する。JFH-1株は遺伝子型2a のHCV株であり、日本をはじめとする多くの国で主要なHCVが遺伝子型1aまたは1bであることから様々な試みがなされている。同じ遺伝子型2aや他の 遺伝子型のHCV株の構造領域遺伝子を持つキメラウイルスが作成された(Lindenbach et al., 2005, Pietschmann et al., 2006, Yi et al., 2007, Scheel et al., 2008)。自然感染においてもウイルス株間の組み換えがNS2領域で報告されているが、NS2の最初の膜貫通領域のC末端で組み換えると一番ウイルス産 生効率が良いことが示された(Pietschmann et al., 2006)。また、ウイルス産生効率の悪いキメラウイルスの場合も適合変異によりウイルス産生が向上することがある(Yi et al., 2007, Scheel et al., 2008, Sekine-Osajima et al., 2008)。キメラウイルス産生系によりすべての遺伝子型の抗原性を持つウイルス粒子を複製増殖させることが可能であり、交差中和活性の解析ができる。 
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HCV蛋白の構造と機能
 
(1) コア蛋白
 HCVポリプロテインのN末端に位置するコア蛋白は他のフラビウイルスのN末に位置する蛋白と同様にウイルス粒子の内部(ヌクレオキャプシド)を形成す る。他の領域に比べ、コア蛋白の遺伝子配列は異なる遺伝子型のウイルス間で高く保存されている。そのため、コア領域を標的とした抗体を用いた診断系は HCVキャリアーの発見に大変有用であった。コア蛋白はこれまで複数の大きさのコア蛋白が報告されており、191塩基長からなる前駆体蛋白の23kDaの コア蛋白、および最も量的に多い21kDaのコア蛋白などがある(Harada et al., 1991, Liu et al., 1997, Yasui et al., 1998, Suzuki et al., 2001)。コア遺伝子のN末端領域は塩基性に富み、一方C末端は疎水性である。細胞内コア蛋白の局在については、コア蛋白は小胞体(ER)、脂肪滴、ミ トコンドリアに結合する形で細胞質に存在していると、複数のグループが報告している(Harada et al., 1991, Selby et al., 1993, Suzuki et al., 1995, Moradpour et al., 1996, Barba et al., 1997, Moriya et al., 1998, Yasui et al., 1998, Hope et al., 2000, Okuda et al., 2002, Schwer et al., 2004, Suzuki et al., 2005)。また、核に存在するという報告もある。コア蛋白はウイルス複製、成熟、病原性発現などに重要な役割を果たす多機能蛋白と考えられている。すな わち、単にウイルス粒子形成だけでなく、細胞内情報伝達系、細胞やウイルス遺伝子発現、細胞のトランスフォーメーション、アポトーシス、脂質代謝などにも 影響を与えていることが報告されている(Suzuki et al., )。

(2)E1, E2エンベロープ蛋白
 E1およびE2蛋白は脂質膜とともにウイルス粒子の外被 (エンベロープ) を構成し、ウイルスのエントリーに重要な役割を果たしている。いずれも糖鎖蛋白で、その大きさは、E1はアミノ酸番号192-383の33-35kDa、 E2はアミノ酸番号384-746の70-72kDaの蛋白である(Beeck et al., 2001)。ポリプロテインの状態のE1およびE2のC末端膜貫通領域はヘアピン構造を形成し、ER膜を2度貫通しており、そのためER内腔に存在するシ グナルペプチダーゼで切断される(Cocquerel et al., 2002)。切断後、E1およびE2のC末端は細胞質側に移行し、成熟したE1およびE2の形をとる。さらに、E1およびE2の膜貫通領域にはER貯留シ グナルも存在するので、成熟したE1およびE2はERに固定され、互いに結合して複合体を形成しているものと思われる。

(3)p7蛋白
 p7蛋白は63アミノ酸の小さい疎水性の蛋白で2回膜を貫通している。この蛋白はin vivoで感染性のウイルス粒子産生に重要ということがわかっている(Sakai et al., 2003)。また、膜の透過性に関与するという報告やイオンチャンネルとして機能するという発表もある(Pavlovic et al., 2003, Griffin et al., 2003)。

(4)NS2蛋白
 NS2蛋白は21-23kDaの膜貫通型の蛋白で、N末端の96塩基長の疎水性領域の3−4個の膜貫通性のヘリケース構造を持ち、ER膜へと侵入してい る。NS2蛋白のC末端側はNS3のN末端領域とともに細胞質側に存在し、金属要求性プロテアーゼ活性を有している。NS2が欠失したレプリコンでも複製 することからNS2はウイルスRNA複製に関与していないものと思われる(Lohmann et al., 1999, Khromykh et al., 1997)。しかしながら、in vivoまたはin vitroいずれでもNS2はウイルス生活環に重要な役割を果たしている可能性が示されている(Kolyhalov et al., 2000, Pietschmann et al., 2006)。NS2のC端領域の結晶解析の結果、NS2の細胞質内に存在する部分は2量体のシステインプロテアーゼを形成していることが確認されている (Lorenz et al., 2006) 。

(5) NS3-4A結合体
 NS3はNS4Aと結合して、ウイルス蛋白のプロセッシングとRNA複製に働く。NS3はやや疎水性の69kDaの蛋白で、N端三分の一がセリンプロテ アーゼ活性を持ち、補因子として54アミノ酸のNS4Aが結合する(Francesco et al ., 2005)。NS4Aの中央部分がNS3によるプロセッシングに重要である。NS4AのN末端は膜貫通性ヘリックス構造を取っており、NS3-4A複合体 はこのNS4AのN末端で膜に固定されていると考えられている(Wolk et al., 2000)。NS3/4A複合体の結晶解析の結果、 NS3プロテアーゼはトリプシンに構造的に近似しており、活性部位の裂け目と基質結合部位が認められている(Kim et al., 1996, Love et al., 1996, Yan et al., 1998) 。NS4Aはこの構造に潜り込み、NS3N端に結合している。こうしてNS3/4A複合体は浅い基質結合部位を形成し、ここに基質が結合するものと思われ る。  NS3のC末端から442アミノ酸はヘリケース、NTPase活性を有する部位であり、二本鎖のRNAを3末から5末へ解く作用がある(Kwong et al., 2000)。結晶解析の結果からも、NS3のC端にはNTPase部位とRNA結合部位が存在することが確認できている(Kim et al., 1998)。RNA複製時には、NS3ヘリケースはNTPの加水分解に伴うエネルギーを使い、蛋白の形を変えながら、核酸に沿って移動しているものと思わ れる(Serebrov et al., 2004, Levin et al., 2005, Dumont et al., 2006)。そのヘリケース活性はNS3プロテアーゼおよびNS4A蛋白によって亢進させられている(Frick et al., 2004)。

(6)NS4B蛋白
 NS4Bは27kDaの膜に埋まっている蛋白で、少なくとも4つの膜貫通部位を持ち、N末端ヘリックス構造が膜との固定に重要な役割を果たしていると考 えられている(Lundin et al., 2003,)。NS4Bは、ゲノム複製複合体が細胞内膜上で形成されるための特殊な膜構造、すなわちmembranous webと呼ばれる膜構造を作る可能性が考えられる(Egger et al., 2002, Gao et al ., 2004)。

(7) NS5A蛋白
 NS5Aは膜に結合するリン酸蛋白であり、56kDaの基礎リン酸化型と58kDa超リン酸化型の2つの形態をとっている。NS5Aはアミノ酸番号 1-213のドメイン1、アミノ酸番号250-342のドメイン2、アミノ酸番号356-447のドメイン3の3つに分けられる (Tellinghuisen et al., 2004)。ドメイン1は膜に固定するためのアルファヘリックス構造を持ち、膜やRNAだけでなく、ウイルスや宿主蛋白と結合しているものと思われる (Tellinghuisen et al., 2005)。  一方、その機能については十分に判明してないが、ウイルスRNA複製に重要な役割を果たしているものと考えられている。細胞培養において見られる適応性 変異はNS5A領域に集中しており、RNA複製に寄与しているものと思われる(Blight et al., 2000, Krieger et al., 2001, Lohmann et al., 2001)。これらの適応性変異はNS5Aの超リン酸化を起しており、NS5Aのリン酸化は複製効率に影響を与えているものと思われる。NS5Aは他の非 構造蛋白と結合することが知られており、いくつかの細胞由来蛋白が結合することから、NS5Aは複製複合体の形成に重要で、ウイルス複製を制御しているも のと考えられている(Shimakami et al., 2004, Shirota et al., 2002, Dimitrova et al., 2003)。

(8) NS5B蛋白
 NS5Bは68kDaの蛋白で、ゲノムRNAの複製に必須なRNA依存性RNAポリメラーゼとして機能し、その活性部位には既知のモチーフであるGDD 配列を有している。NS5BはそのC末端21アミノ酸にアルファヘリックス構造の膜貫通領域を持ち、この部位で膜に固定されている。そのC末端はポリメ ラーゼ活性には影響を与えないものの、翻訳後のNS5B蛋白がERの細胞質側へ結合するのに重要であることが知られている(Schmidt-Mende et al., 2001, Moradpour et al., 2004)。NS5Bの結晶解析の結果、NS5Bは他のひな形依存的ポリメラーゼと同様の、4指と手のひらと親指からなる右手様の構造をとっている (Ago et al., 1999, Lesburg et al., 1999, Bressanelli et al ., 2002) 。しかしながら、Klenow FragmentやHIV1の逆転写酵素など、他のひな形依存的DNAポリメラーゼのようなより開いた形態はとらず、HCV RdRpは4指と親指が向き合って“手のひらを閉じた”様な構造をとっている。HCV RdRpは活性部位に向かって伸びるような独特のヘアピンループ構造を持ち、RNA合成が始まるようにRNAテンプレートの3末端をさせ、テンプレート自 身の伸長反応を抑える働きがある(Butcher et al., 2001)。 
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HCVゲノムの構造と機能
 
(1)完全長のHCVゲノムクローニング
 HCVはフラビウイルス科のへパシウイルス属に分類される。フラビウイルスの仲間には日本脳炎ウイルス、黄熱病ウイルス、デングウイルスなどがあり、い ずれもプラス鎖の10-11kb長の一本鎖RNAをゲノムに持つ。HCVの場合は、1989年に米国カイロン社の研究グループによりHCVゲノムの一部が 発見されて以来、世界中のグループが完全長のゲノムのクローニングを目指した。同じ一本鎖RNAウイルスのポリオウイルスでは感染性cDNAクローンが樹 立されており、ウイルスゲノムのcDNAあるいはcDNAを鋳型として合成したRNAを細胞に導入することにより、感染性ウイルスを産生することが可能に なっていた。このようなリバースジェネテックスの技術はポリオウイルス研究を飛躍的に進歩させたことから、HCVでも同様な試みがなされてきた。この過程 で第一に重要な発見はHCVの完全長のウイルスゲノムの分離である。従来のHCVのゲノムの3’末端はポリUまたはポリAで終わっていると考えられていた が、実は98塩基長の3’x領域が存在することが1995年Tanakaらによって報告された(Tanaka et al., 1995)。これによりHCVゲノムの完全長が明らかになった。

(2) HCVゲノムの構造と機能
HCVは約9600塩基長からなるプラス鎖の一本鎖RNAをゲノムとしている(Choo et al., 1989)。このRNAにコードされる約3000アミノ酸からなる一本のポリプロテインは、宿主及びウイルスのプロテアーゼによって切断を受け、ウイルス 粒子を形成する構造蛋白質 (Core、E1、E2) とウイルス粒子に含まれない非構造 (NS) 蛋白質 (NS2、NS3、NS4A、NS4B、NS5A、NS5B) が産生される(図 1)。さらに、構造蛋白質のC末端側にはp7と呼ばれる小さな分子が存在するが、p7がウイルス粒子に含まれるかどうかは不明である。  一般的に、ヘパシウイルスは大きく6種類の遺伝子型に分けられ、それぞれは塩基で31-34%、アミノ酸レベルで30%程度の違いが認められている。他 のRNAウイルスと同様にHCVでも、そのゲノムの特徴として多様性が上げられ、「クアシピーシス」と呼ばれている(Martell et al., 1992)。HCVで「クアシピーシス」が多いのは、NS5B遺伝子がコードするRNA依存性RNAポリメラーゼのエラー率が高いことによるものと考えら れている。HCVの「クアシピーシス」はウイルス持続感染に貢献しているものと考えられている。実際、慢性肝炎の患者では自然治癒した患者に比べて「クア シピーシス」が大きいことが報告されている(Pawlotsky et al., 2006)。変異率はそのゲノムの領域によって大きく異なっており(Martell et al., 1992, Pawlotsky et al., 2006)、エンベロープ領域は最も変異率が高く、一方、ゲノムの末端の5’, 3’非翻訳領域(UTR)は最も変異率が低い。特にE2のN末端の27塩基長の超可変領域1に変異が集中している(Hijikata et al., 1991, Weiner et al., 1991, Kato et al., 1992)。


(3)HCVゲノムの非翻訳領域の構造と機能
 HCVゲノムのRNA構造と機能に関して最も重要なのは両末端の非翻訳領域である。HCVの5’UTRは約341塩基からなり、その塩基配列はHCV株 間でよく保存されている。この領域は多くのステムループ構造を持った4つの主なドメイン (domain I-IV) 及びpseudoknotと呼ばれる特徴的な二次構造からなり、5’末端キャップ構造非依存的な翻訳に関わるinternal ribosomal entry site (IRES) を有する(Bukh et al., 1992, Brown et al., 1992, Tsukiyama-Kohara et al., 1992, Wang et al., 1993, Honda et al., 1996,)。また、5’UTRはゲノム複製にも重要であることが報告されている。特に、IRESの上流の遺伝子配列はウイルス複製に、IRES領域の配 列は複製の効率に関与し、特にIRESのステムループIIが複製に必須ということが判明している(Friebe et al., 2001)。最近、肝臓特異的マイクロRNA (miR-122) が5’UTRに結合し、HCV RNA複製調節に関与することが報告された(Jopling et al., 2005)。  3’UTRは短い可変領域、約80塩基長のpoly(U/UC) stretch、及び98塩基長の3’X領域から構成され、その長さは200-235塩基とウイルス株により大きく異なっている(Tanaka et al., 1995, Kolykhalov et al., 1997, Ito et al., 1999)。レプリコンシステムを用いた実験からpoly(U/UC) stretch及び3’X領域がゲノム複製に必須であることが示されている(Friebe et al., 2002, Yi et al., 2003)。 

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan