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A群溶血性レンサ球菌(Streptococcus pyogenes )の薬剤感受性、2007~2010年

(IASR Vol. 33 p. 214-215: 2012年8月号)

 

A群溶血性レンサ球菌(S. pyogenes )は、小児の咽頭炎や皮膚炎の原因菌であり、高齢者に多く見られ致死率の高い劇症型溶血性レンサ球菌感染症の原因菌としても知られている。治療薬としては、咽頭炎にはペニシリンやセフェム系抗菌薬が、β-ラクタム系抗菌薬にアレルギーのある患者や劇症型レンサ球菌感染症患者には、マクロライド系やリンコマイシン系抗菌薬が使用されている。これまでに実施してきたS. pyogenes の薬剤感受性に関する調査では、1980年頃に分離された菌株の30~40%はマクロライド系やリンコマイシン系抗菌薬に耐性であり,その50~70%はT12型であった。1990年頃には薬剤耐性株はほとんど見られず1,2) 、1990年代後期からはマクロライド系抗菌薬であるエリスロマイシン(EM)の耐性株が再びみられるようになった3) 。

2007~2010年に14都道府県(北海道・富山県・秋田県・岩手県・福島県・東京都・大阪府・高知県・香川県・愛媛県・鳥取県・山口県・大分県・佐賀県)の医療機関で分離されたS. pyogenes  1,272株について、9種類の抗菌薬に対する薬剤感受性試験を実施した。その結果、β-ラクタム系抗菌薬のMIC90はそれぞれアンピシリン(ABPC)0.03μg/ml、セファレキシン(CEX) 0.5μg/ml、セフジトレン(CDTR) 0.008μg/mlおよびセフジニル(CFDN) 0.015μg/mlであり、すべての株が感受性であった。一方、β-ラクタム系抗菌薬以外の5薬剤では、すべての薬剤に耐性株が認められた。テトラサイクリン(TC)耐性株は271株(21%)、クロラムフェニコール(CP)耐性株は4株(0.3%)、EM耐性株は577株(45%)()、クラリスロマイシン(CAM)耐性株は574株(45%)、リンコマイシン系抗菌薬であるクリンダマイシン(CLDM)耐性株は157株(12%)であった()。

耐性パターンとT血清型の関連性をみると()、TC単独耐性株は129株で、そのうち86株(67%)がT4型であった。EMおよびCAMの2剤耐性株は405株で、そのうちT1型が162株(40%)と最も多く、次いでT25型が121株(30%)、T12型が60株(15%)、T4型が51株(13%)の順であった。また、TC・EM・CAM・CLDMの4剤耐性株は122株であり、そのうちの98株(80%)がT12型であった。さらに、β-ラクタム系抗菌薬以外の5薬剤すべてに耐性であった株は2株(T12型とT28型)で、いずれも2010年に分離されていた。

また、EM耐性株でMIC値が>64μg/mlの高度耐性株は153株あり、これらはすべてCAMに高度耐性株であり、このうち152株(99%)はCLDM耐性株であった。これらの株のT血清型は101株(66%)がT12型、30株(20%)がT28型であった。さらに、EM高度耐性株は2007年に10株、2008年に15株であったが、2009年には63株、2010年には65株分離されていた()。

咽頭炎の治療薬として用いられるβ-ラクタム系抗菌薬に対して耐性のS. pyogenes は、現在のところ検出されていない。しかし、マクロライド系やリンコマイシン系抗菌薬に耐性のT1型、T25型、T12型およびT4型など、咽頭炎や劇症型感染症で多く分離される株で近年耐性株が増加している。そのため溶血性レンサ球菌感染症の治療において、抗菌薬の選択には注意が必要と考えられる。

 

参考文献
1)近藤治美,他,感染症誌 58: 739-749, 1984
2)遠藤美代子,他,感染症誌 65: 919-927, 1991
3)Okuno R, et al ., XVIII Lancefield InternationalSymposium, 2011

 

東京都健康安全研究センター 奥野ルミ 貞升健志
大分県衛生環境研究センター 緒方喜久代
山口県環境保健センター 富永 潔
大阪府立公衆衛生研究所 勝川千尋
富山県衛生研究所 嶋 智子
福島県衛生研究所 千葉一樹
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大分県における臨床検体由来A群溶血性レンサ球菌の血清型動向、2002~2011年

(IASR Vol. 33 p. 215-216: 2012年8月号)

 

A群溶血性レンサ球菌は咽頭炎を主症状とした呼吸器系感染症の起因菌で、A群溶血性レンサ球菌咽頭炎は、「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」の定点把握疾患である。小児における同感染症の流行状況を把握する目的で、大分県内、とくに大分市内の小児科医療機関を中心に患者の咽頭ぬぐい液や菌株を収集し、分離された菌株について、その血清型別や薬剤感受性試験(一部菌株)を行い、その傾向について検討したので報告する。

材料および方法
2002年1月~2011年12月までの10年間に、大分県内の医療機関において採取された臨床検体(主として咽頭ぬぐい液)2,233件から分離されたA群溶血性レンサ球菌1,371株を対象とした。

分離は5%ウマ血液寒天培地(自家製)を用いて、36℃24時間培養した。同寒天培地上でβ溶血を示した菌株について、ストレプトLA(デンカ生研)を用いて群別を行った。T蛋白による型別は、市販のT型別用免疫血清(デンカ生研)を用いてスライド凝集反応により実施した。血清凝集反応で型別不能となった菌株については、ピロリドニルアリルアミダーゼ活性試験(PYR試験)やPCR法にてA群溶血性レンサ球菌の確認を行った。

薬剤感受性試験は、東京都健康安全研究センター・奥野ルミ先生のご協力のもと、ドライプレート(栄研化学)を用いた微量液体希釈法により実施した。供試薬剤は、アンピシリン(ABPC)、セフジニル(CFDN)、セファレキシン(CEX)、セフジトレン(CDTR)、テトラサイクリン(TC)、クロラムフェニコール(CP)、エリスロマイシン(EM)、クラリスロマイシン(CAM)、クリンダマイシン(CLDM)、リンコマイシン(LCM)の10剤であった。

結果および考察
臨床検体からのA群溶血性レンサ球菌の分離率は61%であった。年により検体数に大きなばらつきが認められ、多い年で360検体、少ない年で78検体であった。この傾向は、A群溶血性レンサ球菌咽頭炎患者発生数の動向と連動していた。

大分県におけるA群溶血性レンサ球菌のT型別年次推移を表1図1に示した。1,371株のうち12型が481株(35%)と最も多く、次いで4型が356株(26%)、1型が223株(16%)、28型が73株(5.3%)の順であった。年ごとで主流となる菌型に変動がみられるものの、これらの型は、毎年連続して分離されている。また、当研究センターは、溶血性レンサ球菌レファレンス九州支部センターとして、佐賀県、沖縄県の協力を得て、当該菌に関するレファレンス活動を行っているが、その中で、佐賀県は大分県と同じような菌型推移を示したものの、沖縄県においては、B3264型が18%、1型が17%、12型が13%、28型が12%、4型が7.0%、22型が6.3%の順に多く分離され、特徴的なT型の流行が見られた。

2009年、2010年の分離株について薬剤感受性試験を実施した結果、β‐ラクタム系薬剤であるABPC、CFDN、CEX、CDTRの4剤およびCPについては、いずれも良好な抗菌力を示した。一方、その他の5薬剤では耐性株がみられ、その耐性パターンはTC(≧8μg/ml)の単独耐性が27株(20%)、EM(≧1μg/ml)の単独耐性が1株(0.7%)、EM(≧1μg/ml)およびCAM(≧1μg/ml)の2剤耐性が23株(17%)、TC・EMおよびCAMの3剤耐性が8株(5.8%)、EM・CAM・CLDM(≧1μg/ml)の3剤耐性が1株(0.7%)、TC・EM・CAM・CLDMの4剤耐性が1株(0.7%)、TC・EM・CAM・CLDMおよびLCMの5剤耐性が最も多く、44株(32%)であった。このうち、EM>64μg/mlの高度耐性株はEM耐性株78株中45株(58%)で、全国平均の21%に比べて高い値を示した。これは、分離株中にT12型の占める割合が高いためと考えられた。

また、昨年以降、九州地区において隣接する福岡県、熊本県を中心に、劇症型溶血性レンサ球菌感染症の患者報告数が激増傾向にある。現在、大分県においては、同感染症の患者報告数は少ないものの、A群溶血性レンサ球菌咽頭炎の患者報告数が増加傾向にあること、劇症型溶血性レンサ球菌感染症患者からよく分離されるT1型が増加傾向にあることから、その動向に注視する必要があると考える。

謝辞:検体採取に御協力頂きました医療機関の先生方、並びに検査関係者の皆様に深謝いたします。

 

大分県衛生環境研究センター
緒方喜久代 大島由香利 佐々木麻里 成松浩志 

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タイにおける豚レンサ球菌感染症

(IASR Vol. 33 p. 217-218: 2012年8月号)

 

豚レンサ球菌(Streptococcus suis )感染症は、グラム陽性・通性嫌気性菌である豚レンサ球菌が人に感染し惹起される。本菌は豚の扁桃腺を中心とした上気道や消化管に常在し、時に豚自身にも病気を惹起する人獣共通感染菌である。本菌は羊血液寒天培地ではα溶血を示すが、馬血液寒天培地上ではβ溶血を示す。人臨床分離株の血清型としては血清型2が世界的に主要であるが、血清型14もタイにおいては多く分離される1) 。感染経路としては、生豚肉製品や不十分な加熱処理を行った豚肉の摂食による経口感染と、豚との接触を機に皮膚創傷から感染する創傷感染が考えられている。本感染症の主要な感染病態は敗血症と髄膜炎である。特に髄膜炎の発症率は比較的高く、ベトナムでは成人の髄膜炎の最も頻度の高い原因菌として報告され、特徴的な所見である半永久的な難聴が後遺症として問題となっている。本感染症が注目を集め始めたきっかけは、2005年に中国の四川省で発生した集団感染事例である。これ以降、症例報告件数がアジア・東南アジアを中心に年々増加しているが、その増加の要因は医療従事者の認知度が高くなったことにあると考えられている。

タイにおける本感染症の現状
タイにおいても1987年に初めて症例報告がなされ、2007年5月には北タイのパヤオ県にて29例の確定症例を含めた100人規模の集団感染事例が発生した。このように大きな社会問題となっているにもかかわらず、同国における本感染症の疫学的特徴および臨床病態は不明であったため、我々は2009年からその解明を目的として実地疫学調査を開始した。我々はタイNational Institute of Healthの協力のもと、2006~2008年の間の臨床分離株について本菌の同定を行い、同定症例の疫学および臨床情報を後ろ向きに収集し解析した。結果、179症例が同定され、そのうち92%が血清型2による症例であり、血清型14による症例が6.7%と、他国と比較し多い結果であった。さらに未報告の血清型5や24による症例も同定され2) 、タイにおける臨床分離株の特徴が明らかとなった。症例発生の月別変動と地理的分布をみてみると、発生のピークを6~8月の雨季に認めるとともに、多くの症例が散発例で北タイ由来であった3) 。

北タイパヤオ県における本感染症の現状
これらの事実を踏まえ、より詳細な情報の収集と解析を目的とし2010年に北タイのパヤオ県にて地域住民を対象とした前向き疫学調査を実施した(図1A)。同県は人口約50万人の県で9つの地区からなっている。上述した2007年の集団感染事例は同県のPhu Sang地区で発生しており、後ろ向き疫学調査の結果を考慮しても本感染症の蔓延地域であると推察された。そこで同県の2つの中核病院と5つの地域病院、そして同県公衆衛生局の協力のもとに本感染症サーベイランスネットワークを構築した。その上で血液および髄液から菌が検出された侵襲性感染症例を調査対象とし、臨床および疫学情報を回収した。結果、同年には31症例が同定され(図1B)、同県の一般人口における本感染症罹患率は10万人に対して6.2人と算出された。この値は他国からの報告(10万人に対して、香港では0.09人、オランダでは0.002人)と比較しても非常に高い結果であった。また死亡例は5例認められ、致死率は16.1%と高い結果であった。危険因子としては71%にあたる22例において生豚肉製品の摂食歴があり、推測される潜伏期間は2日と非常に短期間であった。このことから同地域では経口感染が主要な感染経路となっていることが判明した。摂食場所としては自宅だけでなく幾つかのレストランが挙げられ、公共の場における食事にも感染の危険性があった。豚肉は地域の市場から購入されており、共通の汚染源であると推察された。さらに臨床疫学的情報と分離菌の分子疫学的手法を用いた解析から症例発生様式を検討した結果、3例が同じPulso type A2由来のクラスター症例であったが、他の28例はすべて散発例であった4) 。

北タイパヤオ県における公衆衛生学的介入とその効果
罹患率を考慮すると、北タイ全体では年間700症例が発生していると推察され、地域住民の大きな健康被害となっていることから公衆衛生学的介入が必要であった。そこで2011年からタイ厚生省の協力のもと、パヤオ県にて食の安全キャンペーンを開始した。生豚肉製品摂食の危険性と豚肉を扱う際のグローブの着用を地域住民に伝えることがキャンペーンの内容であった。同県には同県公衆衛生局を起点として地方公衆衛生局、地域ヘルスボランティア、地域住民と扇状に広がる情報ネットワークが存在し、これを活用することで口頭もしくはパンフレットによる知識の普及を行った他、病院や街中にキャンペーンの内容を記したポスターを掲げてキャンペーンを促進した。結果、2010年に31例あった同定症例が2011年には13例へと減少し、死亡例も1例のみとなった(図1B)。感染経路は依然として経口感染が主であるが、摂食場所からレストランが消えて自宅での曝露のみとなり、感染様式にも変化が確認された。本年度も継続して調査を行っているが、症例数のさらなる減少が期待されており、順調にキャンペーンが機能していると考えられた。

おわりに
本感染症は近年注目を集めている疾患であり、地域によっては主要な感染症起因菌となっているが、その疫学的特徴や臨床病態はまだ不明な点が多く、今後のさらなる解明が期待される。

 

参考文献
1) Kerdsin A, et al., J Med Microbiol 58: 1508-1513, 2009
2) Kerdsin A, et al., Lancet 378: 960, 2011
3) Kerdsin A, et al., Emerg Infect Dis 17: 835-842, 2011
4) Takeuchi D, et al., PLoS ONE 7: e31265, 2012

 

大阪大学微生物病研究所感染症国際研究センター 竹内 壇
国立感染症研究所感染症情報センター 大石和徳

※PDF版よりピックアップして掲載しています。

 

2012年第31週(第31号) 

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(7月30日~8月5日)発生動向総覧/注目すべき感染症(風しん)/病原体情報(麻疹ウイルス2012年)/速報(チクングニア熱の輸入症例-千葉市)/海外感染症情報(ウガンダでエボラ出血熱が発生しています・インドネシアで鳥イ ンフルエンザの患者が発生しました・米国で発見された変異型のインフルエンザA型(H3N2)ウイルス)  〔2012年8月17日発行〕

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