(IASR Vol. 34 p. 55-56: 2013年3月号)
肺炎球菌はグラム陽性双球菌で、主要な呼吸器病原性菌である。その菌表層の莢膜ポリサッカライド(Capsular Polysaccharide; CPS)は最も重要な病原性因子であり、その血清型を決定する抗原でもある。現在までに少なくとも93の血清型の存在が知られている。また、肺炎球菌感染症に対する宿主側の主な防御機構は血清型特異的抗体によって誘導される補体依存的オプソニン活性である。
多くの小児は肺炎球菌を鼻咽頭に保菌し(本号3ページ)、しばしば中耳炎や肺炎を発症する(本号4ページ)。成人の市中肺炎の大半は菌血症を伴わない肺炎であり、その20~40%が肺炎球菌に起因する(本号5ページ)。一方、本菌は血液中に侵入し、主に小児や高齢者に侵襲性肺炎球菌感染症(invasive pneumococcal disease; IPD)を起こす(本号7&8ページ)。IPDとは通常無菌的であるべき検体から肺炎球菌が分離された疾患をさし、髄膜炎とそれ以外の菌血症を伴う肺炎や敗血症など(以下、非髄膜炎)がある。
ワクチンと血清型:わが国で承認されている肺炎球菌ワクチンには23価肺炎球菌莢膜ポリサッカライドワクチン(PPV23)と7価肺炎球菌結合型ワクチン(PCV7)がある。PPV23 に含有されるCPS はT細胞非依存性抗原であり、メモリーB細胞が誘導できないためにPPV23 の2回目以降の接種によるブースター効果は得られない。一方、PCV7ではCPS抗原に無毒性変異ジフテリア毒素CRM197を結合させることでT細胞依存性抗原とし、乳幼児における血清型特異IgG抗体産生の誘導を可能にした。
わが国ではPPV23が1988年に薬事承認された。これまでに、PPV23は「免疫不全のない高齢者において、ワクチン血清型によるIPDを予防する」とされている(Jackson LA, et al., Clin Infect Dis47: 1328-1338, 2008)。これに対し、最近のわが国の研究ではPPV23接種による高齢者における肺炎球菌性肺炎の予防効果や肺炎医療費の削減効果が報告されている(MaruyamaT, et al., BMJ 340: c1004, 2010, Kawakami K, et al., Vaccine 28: 7063-7069, 2010)。
一方、PCV7は2009年10月にわが国で承認され、2010年11月に「子宮頸がん等ワクチン接種促進事業」が始まり、5歳未満の小児に対するPCV7接種の公費助成が拡充された。2007年から始まった「ワクチンの有用性向上のためのエビデンスおよび方策に関する研究」(庵原・神谷班)において、5歳未満の人口10万人当たりのIPD罹患率は、公費助成前の2008~2010年は髄膜炎が2.8、非髄膜炎が22.2であった。これに対し、公費助成後の2012年には髄膜炎0.8、非髄膜炎10.6まで減少した。ワクチン公費助成前後を比較すると、髄膜炎で71%減少、非髄膜炎で52%減少した(本号8ページ)。
小児IPD症例から分離された肺炎球菌の約7割において血清型が同定されており、PCV7公費助成前後の比較では、PCV7含有血清型は絶対数が減少し、分離型別された菌に占める割合も78.3%から44.4%まで減少した。PCV7公費助成前の2010年度には6B、14、23F 、19Aの順に多かったが、PCV7公費助成後の2011年4月以降には、血清型の割合は19A 、6B、14、23F の順に多く、PCV7非含有血清型である19A 、15A、15B、15C、22F、6Cは頻度も絶対数も増加している(本号10ページ)。この結果はPCV7導入1年足らずでSerotype replacementが起こっていることを示唆している。
感染症法に基づく感染症発生動向調査:「肺炎球菌感染症」全体の国のサーベイランスは存在せず、肺炎球菌を含む細菌性髄膜炎が基幹定点から週単位で報告される5類感染症、ペニシリン耐性肺炎球菌(PRSP)感染症が基幹定点から月単位で報告される5類感染症に位置づけられている(届出基準はhttp://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/01.html)。
1)肺炎球菌による細菌性髄膜炎:2006~2012年の基幹定点からの患者報告数は年間40~60例であり、年齢は0歳~80歳以上まで広く分布する(図1)。2012年には2~3歳の患者が減少しているが、全体の報告数の減少はない。
2)PRSP感染症:2006~2011年の基幹定点からの患者報告数は年間 5,000例前後であったが、2012年には 3,500例程度まで減少した(図2)。患者の年齢は0歳~90歳以上まで広く分布している。特に、5歳未満の年齢で2012年の患者報告数の減少が認められている。また、各年の患者報告数の月別変動の評価からは、PRSP感染症の発生動向調査を開始した1999年以降、2011年までは毎年5月頃と12月頃にピークがあった(図3に2003年以降を示す)。しかし2012年には症例数が減少し、ピークが消失した。
実験室診断:肺炎球菌の同定は血液寒天培地上での溶血性(α溶血)、胆汁酸溶解試験、オプトヒン感受性試験等によって行われる。血清型の決定は莢膜膨化試験で行われるが、スクリーニングとしてMultiplex PCRによる血清型決定も有用である(本号13ページ)。また、肺炎球菌ワクチンの免疫誘導能や肺炎球菌感染症に罹患した患者の液性免疫の評価を目的としたELISA法による血清型特異IgG 濃度(μg/ml)とMultiplex opsonization assay(MOPA)による血清型特異的なオプソニン活性の測定が一部研究機関で可能である(本号12ページ)。
治療:ペニシリン系抗菌薬が第一選択薬であるがPRSPが増加している。1985年頃から肺炎球菌に占めるPRSPの割合が増加し、2009年には63%に達した。また、88%の肺炎球菌がマクロライド系抗菌薬に対しても耐性である。しかしながら、ペニシリン非感性株による市中肺炎、非髄膜炎症例に対しては高用量のペニシリンを含むβラクタム系抗菌薬の投与が有効である。ペニシリン耐性株による髄膜炎に対しては高用量のβラクタム系抗菌薬とバンコマイシンの併用が推奨される。
今後の対策:2013年3月にPCV7、インフルエンザ菌b型(Hib)、子宮頸がん(HPV)ワクチンを定期接種の対象とする予防接種法改正案が国会に提出された。ワクチン導入による発生動向の変化を把握するため、2013年4月1日から、「侵襲性肺炎球菌感染症」と「侵襲性インフルエンザ菌感染症」が5類全数把握疾患に追加される。なお、5類全数把握疾患の「髄膜炎菌性髄膜炎」も同じく「侵襲性髄膜炎菌感染症」として敗血症を含めて届出の対象が拡大される。医療機関、保健所、地方衛生研究所、および国立感染症研究所による血清型を含めた肺炎球菌の病原体サーベイランスを強化する必要がある。