国立感染症研究所
2021年4月5日時点
1.背景
従来株に比べて感染・伝播性や獲得免疫の効果に影響があるとされる新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の新規変異株が相次いで報告され、国際的な流行が懸念されている。これらの新規変異株はいずれも感染・伝播性に影響があるとされるN501Y変異を有する。2020年11月に英国南東部地域でSARS-CoV-2の新規変異株VOC-202012/01(lineage B.1.1.7)が報告されて以降、同株症例は同国内で急速に増加し、その後世界的に感染拡大を起こした。VOC-202012/01は従来株に比較して実効再生産数が43-90%高く[1,2]、また死亡リスクを55%上昇させるという報告がある[3]。しかし新規変異株症例の疫学的特性についてはまだ十分に解明されているとは言えない。英国ではVOC-202012/01が報告された当初に従来株に比べて小児の感染リスクが高い可能性が指摘され[4]、その後、英国公衆衛生庁の解析ではどの年代でもおしなべて2次感染率が上昇していることが報告された[5]。また南アフリカから最初に報告された501Y.V2株、日本においてブラジル渡航者から検出された501Y.V3株は、N501Y変異に加えて免疫逃避との関連が指摘されているE484K変異を有しており、ワクチンの効果が減弱する可能性が指摘されている。
日本では2020年12月25日に空港検疫で英国からの帰国者からVOC-202012/01が初めて検出された。さらに同年12月28日に南アフリカ共和国からの帰国者から501Y.V2が、2021年1月6日にブラジルから到着した渡航者4名から501Y.V3が検出された。その後、国内では主にVOC-202012/01症例のクラスターが確認されており、新規症例数が増加しつつある[6]。今後、新規変異株の流行拡大が想定されるなかで、その疫学的特性を明らかにすることは制御戦略を設計するうえで重要である。
本報告の目的は2021年4月5日までに日本国内で確認された新規変異株症例の特性を記述し、特に新規変異株症例の主体であるVOC-202012/01症例の感染・伝播性と感染リスクについて評価することである。
2.方法
本報告では、2021年4月5日までに新型コロナウイルス感染者等情報把握・管理システム(HER-SYS)に登録された新規変異株症例(ウイルスゲノム解析結果で確定したものと501Y-PCR検査陽性のみの症例を含む)を対象として分析を行った。本報告は国内での感染・伝播性と感染リスクを評価することを目的としていることから、同期間に検疫で探知された症例は解析対象に含めなかった。
最初に新規変異株のタイプ別に症例の基本特性を記述した。次に発症日別、報告日別の新規症例数を図示した。続いて発症日別の症例数を用いてVOC-202012/01と従来株症例の実効再生産数を推定した。実効再生産数はCori A et al.の方法[7]を用いて推定した。世代間隔はNishiura H et al.の推定値を用いた[8]。そしてVOC-202012/01と従来株の実効再生産数の比を計算し対象期間の単純平均値を算出した。流行初期は新規変異株のサーベイランス感度が低かった可能性があり、また症例数が少なく実効再生産数の推定値の変動が大きいこと、直近の報告症例については501Y-PCR検査およびウイルスゲノム解析の結果が遅れて判明する可能性があることから解析対象から除外し、対象期間は2021年2月1日から3月22日(分析時点の14日前)までとした。
従来株とVOC-202012/01の年齢別感染リスクを評価するために、人口動態統計の年齢階級別人口を用いて年齢群別の累積報告率とその95%信頼区間をそれぞれについて算出した。累積報告率の対象期間は2020年12月1日から2021年4月5日までとした。続いてVOC-202012/01症例(501Y-PCR検査陽性だがウイルスゲノム解析結果が確定していない症例を含む)をケース群、従来株症例をコントロール群とする症例対照研究を実施し、両群の疫学的特性を比較した。症例の特性は大規模クラスターの発生を含む地域の流行状況により短期的、局所的に変化する可能性があることから、コントロール群はVOC-202012/01症例と報告週と保健所管区が一致する従来株症例を抽出した。条件付ロジスティック回帰モデルを用いてオッズ比と95%信頼区間を推定した。特に年齢群分布については2021年2月10以前と以降および東日本と西日本でそれぞれ層別化して解析した。
3.結果
新規変異株陽性例の基本特性
2021年4月5日までに1997例の国内感染例が報告された。うちVOC-202012/01が803例、501Y.V2が16例、501Y.V3が55例、501Y-PCR検査陽性だがウイルスゲノム確定していない症例が1123例であった。報告日および発症日毎の新規症例数の推移を図1に示す。現時点で判明している最初の国内症例は、2020年12月第4週に報告されたVOC-202012/01症例であった。その後、VOC-202012/01症例の持続的な増加がみられたが、501Y.V2、501Y.V3症例の発生は限定的であった。直近では501Y-PCR検査陽性症例が主体となっており、これらについてはウイルスゲノム解析がすすめられているところであるが、大半はVOC-202012/01であると考えられる。
表1に新規変異株症例の株別の特性を示す。VOC-202012/01症例のうち男性が49.7%、18歳未満が17.6%、65歳以上が22.4%であった。無症状の割合は21.5%であった。VOC-202012/01症例に比べて501Y.V2症例では18歳未満が占める割合が低く、501Y.V3症例では高いが、いずれも症例数が少なく特定のクラスターの特性を反映している可能性がある。501Y-PCR検査陽性だがウイルスゲノム確定していない症例はVOC-202012/01症例に比べて18-39歳が占める割合が高かった。
表1.新規変異株陽性例の基本特性
図1.新規変異株症例の流行曲線
実効再生産数
解析対象期間(2021年2月1日から3月22日までの50日間)のVOC-202012/01と従来株症例の平均実効再生産数はそれぞれ1.23 (95%信頼区間 1.18-1.28)と0.94 (95%信頼区間 0.90-0.97)であった。全期間でVOC-202012/01の実効再生産数の期待値は従来株のそれを上回った。単純平均を計算するとVOC-202012/01の実効再生産数の期待値は従来株の1.32倍(95%信頼区間1.28-1.37)であった。
年齢群別累積報告率
図2に5歳階級別の累積報告率を示す。従来株症例は小児において相対的に報告率が低く、20歳代に高いピークを認めた後、30-70歳代でやや低下、80歳代以上で再度の上昇を認めた。VOC-202012/01症例についても15-29歳の報告率が高かったが、小児と30歳代以上の報告率には大きな差を認めなかった。
図2.年齢群別累積報告率(5歳階級別)(2020年12月1日から2021年4月5日の期間) 上図.従来株症例、下図.VOC-202012/01症例
疫学的特性
VOC-202012/01症例と従来株症例の疫学的特性を比較するために症例対照研究を実施した。VOC-202012/01症例1889例(ケース群)と報告週と保健所管区が一致する従来株症例35216症例(コントロール群)を比較した。両群で男女比に差はなかった。年齢群分布について両群で比較した結果、VOC-202012/01群で0-5歳と6-17歳の割合(オッズ)が高く、65歳以上の割合が低かった。VOC-202012/01群と従来株群の年齢群比較について、2021年2月10日以前と以降で層別解析を実施したところ、ともに0-5歳と6-17歳の割合が高く、前者においてその傾向は強かった(test for interaction, p=0.06)(図3.)。これは、新規変異株の流行発生初期に児童関連施設で発生したクラスターの影響が反映されている可能性がある。地域別の層別解析では両群で差を認めなかった。
表2.VOC-202012/01症例と従来株症例の臨床疫学的特性の比較:症例対照研究
図3. VOC-202012/01症例と従来株症例の年齢群分布の比較:症例対照研究 左=2021年2月10日以前と以降の層別解析、右=東日本と西日本の層別解析。40-64歳を参照項とした。
4.考察
2021年4月現在、日本国内における最初のVOC-202012/01症例の発生は2020年12月下旬にさかのぼる。以降、国内感染例は増加傾向にある。一方、501Y.V2、501Y.V3の国内感染は散発的に確認されている。本報告の解析では、VOC-202012/01と従来株症例の実効再生産数は平均でそれぞれ1.23 (95%信頼区間 1.18-1.28)と0.94 (95%信頼区間 0.90-0.97)であった。VOC-202012/01の実効再生産数は従来株に比べて一貫して高く、平均で1.32倍であった。本報告の分析ではSARS-CoV-2陽性例に対する501Y-PCR検査の実施率の上昇傾向を考慮しておらず、この値は必ずしもVOC-202012/01の感染・伝播性の増加分を正確に表すものではないことに注意が必要である。しかし、解析対象期間中は首都圏を含む大都市圏が緊急事態宣言下にあり、この期間中の従来株症例の実効再生産数が1未満であったにもかかわらずVOC-202012/01症例の実効再生産数が1を上回っていたことは、当該株の感染力が強く、従来の感染対策だけでは十分に制御することが困難である可能性を示唆する。3月21日の緊急事態宣言解除後はさらに症例数が増加し、VOC-202012/01が従来株に置き換わっていく可能性が考えられる。
VOC-202012/01症例の累積発生率は15-29歳で高いが、他の世代で大きく変わらなかった。これは従来株症例では小児の累積発生率が比較的低いのとは異なる傾向である。その結果、VOC-202012/01症例は従来株に比べて18歳未満が占める割合が高く、この傾向は時期別、地域別の層別解析においても一貫してみられた。英国の報告においてもVOC-202012/01の20歳未満の感染リスクが従来株よりも高いことが示唆されており[2,9]、VOC-202012/01の年代別の感染リスクは従来株と異なる可能性がある。ただし流行の時期によって傾向に差がみられることから、今後さらなる研究が必要である。VOC-202012/01症例に占める診断時における有症状の割合はコントロール群と差がなかった。新規変異株症例については従来株症例に比べてより広範囲に濃厚接触者を特定し検査が行われていることから、診断時における無症状の割合が過大評価となる可能性がある。また本報告で解析に用いたデータには診断時に無症状であった症例のその後の発症に関する情報はないことにも注意が必要である。
本報告の分析にはいくつかの限界がある。まず、2021年初頭の段階ではSARS-CoV-2陽性例に対するゲノム解析の実施状況は5-10%程度であり、また実施率は地域によって差があった。従来株として分類されているものの中に一定数の新規変異株症例が含まれる可能性がある。この誤分類の影響により本報告で示された新規変異株症例と従来株症例の特性の差は過小評価である可能性がある。また新規変異株症例が探知された場合にはその濃厚接触者や関係者について従来よりも積極的に検査が実施されており、そこから発見される症例の特性は従来株症例のそれと異なるかもしれない。本報告の分析では、VOC-202012/01症例の実効再生産数の推定に際して501Y-PCR検査の実施率の変化を考慮しておらず、値の解釈には注意が必要である。新規変異株の感染・伝播性を正確に評価するためには、別途SARS-CoV-2陽性例から偏りなく抽出されたサンプルのスクリーニング結果に基づく分析が求められる。本報告の対象となった新規変異株の症例数は英国の先行報告に比べて少ない。特に501Y.V2と501Y.V3については十分な検討ができなかった。現在、国内の新規変異株の検査体制は急速に拡充されつつあり、サーベイランスの感度が向上しつつあることから、今後、解析対象となる症例数が増えた段階でより詳細な分析を行う予定である。最後に、本分析で用いた情報は基本的に医師が診断し届け出た時点のものであり、臨床経過や濃厚接触者の情報は含まれていない。新規変異株と従来株の重症化や死亡のリスク、2次感染率に関する比較検討のためには別に研究を行う必要がある。
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