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富山県内新型コロナウイルス感染症患者からのウイルス分離解析―富山県衛生研究所

(IASR Vol. 42 p84-86: 2021年4月号)

 
はじめに

 富山県では2020年3月30日~5月18日の期間に, 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)227例が報告された。当所では, そのうち193例について遺伝子検査を実施し, 再検査分を含め406検体(鼻腔ぬぐい液:405検体, 喀痰:1検体)で陽性と判定した。また, ゲノム確定できた145検体については国立感染症研究所病原体ゲノム解析研究センターとの共同研究で塩基変異を基にしたゲノムネットワーク解析を行い, 遺伝子配列からみた富山県内の同時期の感染拡大状況について報告している1)。ただ, 遺伝子検査で陽性であっても, 検体中の新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の感染性の有無は判断できない。そこで, 当所の遺伝子検査で陽性となった検体を用いて, 培養細胞におけるウイルス分離検査を行い, 分離培養成績と陽性確定からの検体採取日数およびリアルタイムPCR法におけるCt値との相関について解析を行い, 感染性の有無について評価した。

方 法

 ウイルスの分離検査には, SARS-CoV-2の感染効率が高いと考えられている, TMPRSS2を過剰発現しているVeroE6(VeroE6/TMPRSS2)細胞を, JCRB細胞バンクより入手して用いた2)。24穴プレートに1日前に播種したVeroE6/TMPRSS2にそれぞれPCR検査陽性検体の鼻腔ぬぐい液50μLを加え, 37℃で5日間培養し, 顕微鏡下での目視観察により細胞変性効果(CPE)を確認した。CPEが確認されなかった細胞はトリプシン処理を施したのち, 新たに24穴プレートに継代してさらに5日間培養を続け, 最終的な判定とした。

 ウイルス分離された細胞のCPEがSARS-CoV-2の感染によるものなのかを確認するために, 細胞培養上清を回収し, ゲノムRNAを抽出後, リアルタイムPCRを行った。

 リアルタイムPCR法におけるCt値とウイルス分離との関連については, Ct値に基づいて5群(20未満, 20以上25未満, 25以上30未満, 30以上35未満, 35以上)に分け, 各群のウイルス分離率と95%信頼区間を求めた。ウイルス分離率の傾向について, Mantel-Haenszel検定を行った。2群間の比較はχ2検定を行い, Bonnferoni法による補正を行った。すべての統計検定はIBM SPSS Statistics 24.0を用いて行い, p<0.05を有意とした。

結果および考察

 培養細胞に添加した406検体のうち, 最初の培養において79検体(19.5%)で細胞変性効果(CPE)が確認された。CPEが確認されなかった327検体を添加した細胞は, 継代してさらに5日間培養を続けたが, ウイルスが分離されるものは確認できなかった。我々がウイルス分離に用いた対象検体には, 同一患者の2回目以降のPCR陰性化確認用の検体も多く含まれており, 対象患者の1回目のみに限定した場合は, 176検体中ウイルスが分離できたものは73で陽性率41.5%であった。

 次にリアルタイムPCR法で既知の陽性検体のCt値とウイルス分離成績の相関について解析した。初回陽性検体採取日を横軸にウイルス分離率を縦軸として, 結果を図1に示した。初回陽性から7日以内に採取された検体でウイルスが分離され, 8日以降の検体ではCt値および初回陽性時有症者〔図1(A)〕, 初回陽性時無症候者〔図1(B)〕にかかわらず, 1検体を除いて, 残りの検体からウイルスは分離されなかった。また, おおよそCt値30未満の検体からウイルスが分離されることがわかった(図1, 図2)。Ct値とウイルス分離陽性率を解析すると, Ct値の増加に伴い, ウイルス分離率は低下傾向が認められた(図2; p for trend<0.001)。Ct値25未満では86%以上と高頻度でウイルスが分離できることがわかった。本研究では, 臨床検体50μLを細胞に接種しており, 陽性コントロールRNAから算出したCt値30のゲノムコピー数は約1×104コピーと考えられる。他のグループからの報告3)にもあるように, 感染性のウイルス粒子がゲノム量の1/100-1/1,000と推測すると, 細胞への接種検体中に10-100個程度の感染性ウイルス粒子が存在すれば, 今回の培養細胞系ではウイルス分離が可能で, 数百個(Ct値25未満)のウイルス数では十分ウイルスが分離できると考えられる。

 CPEが確認された細胞の培養上清をリアルタイムPCR法で確認した結果, CPEが確認された79検体中, 78検体はSARS-CoV-2遺伝子陽性であることが確認された。残りの1検体(検査時のCt値35)はSARS-CoV-2遺伝子陰性であり, 可能性のあるウイルス種に対してPCRおよびシークエンス解析を行った結果, 単純ヘルペスウイルス1型〔herpes simplex virus type 1 (HSV-1)〕遺伝子が検出された。この培養上清は対象患者の2回目の鼻腔ぬぐい液から分離したものであったため, 1回目のものと合わせて鼻腔ぬぐい液検体中のHSV-1の有無をPCR検査で確認したところ, 1回目の検体からはHSV-1は検出されず, 2回目の検体からのみHSV-1が検出された。この結果から, 患者由来検体のPCR検査ではSARS-CoV-2遺伝子が検出されたが, 検体のウイルス培養ではHSV-1がCPEを示したと考えられ, 本症例ではSARS-CoV-2感染後にもともと潜伏感染していたHSV-1の再活性化もしくは重複感染が示唆された。ウイルス分離培養試験において, 例外的なウイルス分離陽性例がみられた場合には, 目的のウイルスが分離されているのか否かの確認検査が必要になると考えられる。COVID-19感染患者からのウイルス分離解析は感染拡大, 予防および治療法の確立にとって重要であり, 今後も調査, 研究を継続していく必要がある。

 

参考文献
  1. 板持雅恵ら, IASR 41: 188-190, 2020
  2. Matsuyama S, et al., Proc Natl Acad Sci USA 117: 7001-7003, 2020
  3. 勝見正道ら, IASR 42: 22-24, 2021

  
富山県衛生研究所           
 五十嵐笑子 田村恒介 板持雅恵 稲崎倫子 佐賀由美子 嶌田嵩久
 川尻千賀子 谷 英樹 大石和徳              
富山県COVID-19疫学研究グループ   
 彼谷裕康 山本善裕 野村 智 竹田慎一 廣田幸次郎 伊藤博行
 市川智巳 浦風雅春 島多勝夫 栂 博久 明石拓也 野田八嗣
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協力機関・施設            
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