国立感染症研究所

中東呼吸器症候群(MERS)のリスクアセスメント(2019年10月29日現在)

国立感染症研究所

1. 事例の概要と日本での経緯

 2012 年 9 月以降、世界では、中東地域に居住または渡航歴のある者を中心に中東呼吸器症候群(MERS)の患者が報告されている。2019 年 10月 29日現在、日本での報告例はない。ヒトコブラクダが MERS-CoV の主宿主であり、ヒトへの感染源となっているが、限定的なヒト-ヒト感染が、感染対策が不十分な医療施設や家族内を中心に確認されている。2015 年、韓国では中東で感染した 1 人の MERS 患者を発端として、主に医療機関で感染が拡大し、計186 名の確定患者が報告された。サウジアラビアでも院内感染による患者の報告が断続的に報告されている。

 わが国では、中東呼吸器症候群(MERS)は 2015 年 1 月 21 日付けで、感染症法上の 2 類感染症に追加された。また、平成 27 年 (2015 年)9 月 18 日健感発 0918 第 6 号により、MERS に罹患した疑いのある患者が発生した場合の情報提供を求めてきた。2015 年 9 月19 日以降これまでに、渡航歴、接触歴、症状などから MERS の検査を実施した事例があった。これら全ての患者に、アラビア半島またはその周辺の国への渡航歴があり、接触歴については、ヒトコブラクダの騎乗や生乳摂取、MERS 患者との接触の疑い等であったが、結果は全て陰性であった。

 2019年9月30日現在、WHOへ報告されたMERSの確定患者は計2468例であるが、そのうち84%(2077例)はサウジアラビア王国(以下、サウジアラビア)から報告されている。同国はこれまで観光ビザを発給していなかったが、2019年9月28日から日本を含む49か国へ観光ビザの発給を開始したことから、今後、同国への邦人の渡航者数が増加する可能性がある。また、無症候のMERS-CoV感染に関する知見が蓄積されてきた。これらをうけ、日本におけるMERS発生に関するリスク評価を更新した。

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中東呼吸器症候群(MERS)のリスクアセスメント(2019年10月29日現在)

中東呼吸器症候群(MERS)のリスクアセスメント(2017年6月16日現在)

国立感染症研究所

1. 事例の概要と日本での経緯

 2012年9月以降、世界では、中東地域に居住または渡航歴のある者を中心に中東呼吸器症候群(MERS)の患者が報告されている。2017年6月16日現在、日本での報告例はない。ヒトコブラクダがMERS-CoVの主宿主であり、ヒトへの感染源となっているが、限定的なヒト-ヒト感染が、感染対策が不十分な医療施設や家族内を中心に確認されている。2015年、韓国では中東で感染した1人のMERS患者を発端として、主に医療機関で感染が拡大し、計186名の確定患者が報告された。サウジアラビアでも院内感染による患者の報告が断続的に報告されている。わが国では、中東呼吸器症候群(MERS)は2015年1月21日付けで、感染症法上の2類感染症に追加された。

 また、平成27年9月18日健感発0918第6号(以 下「平成27年9月18日通知」)により、MERSに罹患した疑いのある患者が発生した場合の情報提供を求めてきた。2015年9月19日以降これまでに、渡航歴、接触歴、症状などからMERSの検査を実施した事例があったが、結果は全て陰性であった。全ての患者にアラビア半島またはその周辺の国への渡航歴があった。接触歴については、ラクダの騎乗、ヒトコブラクダの騎乗と生乳摂取、MERS患者との接触の疑い等であった。これらの所見から、これまでのMERS疑似症の定義では、蓋然性が低い患者もMERS疑似症として取り扱われていたことが推察される。

続きはPDF版をご覧ください。

中東呼吸器症候群(MERS)のリスクアセスメント(2017年6月16日現在)

MERSは2012年に中東へ渡航歴のある症例から発見された新種のコロナウイルスによる感染症である。2013年7月23日現在、アラビア半島およびヨーロッパ、チュニジアにおいて合計90人からウイルスが検出され、うち45人が死亡している。ヨーロッパとチュニジアからの報告例は、いずれもアラビア半島へ滞在した者あるいはその接触者であった。感染すると2〜15日の潜伏期を経て、重症の肺炎、下痢、腎障害等を引き起こす。感染者は50歳代前後で多く、60歳以上での致死率は高い。死亡例のほとんどは糖尿病や心肺疾患などの他の慢性疾患を患っていた。このウイルスに対抗するための特別な治療薬やワクチンは無く、集中治療室管理などの対症療法となる。ヒトからヒトへの感染は限定的で、家族や病院での濃厚接触による感染報告はあるものの、市中において肺炎患者から肺炎患者を連続的に生じさせるような「持続的なヒトからヒトへの感染」は起こっていない。今のところ地域流行に留まっていると言えるが、一方でウイルスが検出されたにもかかわらず全く症状を示さない不顕性感染も報告されており、病原体の広がりは定かでない。世界保健機関(WHO)は関係国と情報のやり取りを行い、リスク評価を行なっているが、今のところ国際的な緊急事態には至っていないと判断し、渡航制限などにつながる警戒水準の引き上げはおこなっていない。

 

2014年6月9日

国立感染症研究所

 

〇事例の概要

2012年9月22日に英国よりWHOに対し、中東へ渡航歴のある重症肺炎患者から後にMiddle East Respiratory Syndrome Coronavirus(MERSコロナウイルス)と命名される新種のコロナウイルス(以下、MERS-CoV)が分離されたとの報告があって以来、中東地域に居住または渡航歴のある者、あるいはMERS患者との接触歴のある者において、このウイルスによる中東呼吸器症候群(MERS)の症例が継続的に報告され、医療施設や家族内等において限定的なヒト-ヒト感染が確認されている。

〇疫学的所見

  • 2014年6月9日までに、ヒト感染の確定症例681名(死亡204名:致命率30%)がWHOに報告された。報告地域(国)は中東地域(ヨルダン、クウェート、オマーン、カタール、サウジアラビア、アラブ首長国連邦、イエメン)、アフリカ(エジプト、チュニジア)、ヨーロッパ(フランス、ドイツ、ギリシャ、イタリア、英国、オランダ)、アジア(マレーシア、フィリピン)、北アメリカ(米国)の計18カ国である。中東地域以外の国からの報告例は、すべて中東地域への渡航歴のあるもの、もしくはその接触者であった。
  • 2014年5月9日までに報告されたヒト感染の確定症例536名については、男性が65.6%を占め、年齢は中央値49歳(範囲:9か月~94歳)であった。
  • 2014年3月27日以降5月9日までの報告症例数は330名(死亡59名)であり、サウジアラビアから290名、アラブ首長国連邦37名などであった。サウジアラビアの290名のうち128名はジェッダの14医療機関で治療をうけており、発症日は2014年2月17日から4月26日であった。この約3割は初発例であるが、約6割(医療従事者39名を含む)は医療施設での二次感染が推定された。医療従事者の症例は、確定症例の全体像と比較してより若く、また女性の割合が多く、軽症や無症状が多かった。アラブ首長国連邦から報告された37名の3分の2以上が救急車のスタッフを含む医療従事者であった。ただし、重症例は1名のみで、他は軽症または無症状であった。
    http://www.who.int/csr/disease/coronavirus_infections/MERS_CoV_Update_09_May_2014.pdf
  • 米国CDCは、同国で初めてのMERS輸入症例患者の接触者調査に関連し、3例目のMERS患者を発表した。この患者には最近の海外渡航歴がなく、サウジアラビアから渡航した1例目がMERS検査陽性と判明する5月2日の直前に1例目と2度の短い接触(40分以内のビジネス・ミーティング)があった。
    http://www.cdc.gov/media/releases/2014/p0517-mers.html
  • 米国CDCは、MERS輸入症例患者の接触者調査に関連し、3例目のMERS患者をWHOに報告したが、同症例は後に詳細な検査によりMERS-CoVの感染が否定された。
  • 一部の症例の感染原因としてラクダへの曝露(ラクダ乳の喫食を含む)が示唆されている。

〇臨床所見

  • 2012年9月から2013年10月までにWHOに報告された161例(検査確定例144例と可能性例17例)の臨床像の解析では、軽症例から急性呼吸促迫症候群(ARDS)を来たす重症例まである。典型的病像は、発熱、咳嗽等から始まり、急速に肺炎を発症し、しばしば呼吸管理が必要となる。全症例の63.4%が重症化し、44.1%が肺炎を発症した。また、ARDSの合併は12.4%に認められた。少なくとも3分の1の患者は嘔吐、下痢などの消化器症状を呈した[1]。

〇学術論文情報

1. 疫学情報
  • 2013年4月1日から5月23日の間に、サウジアラビアのAl-Ahsaにおいて23例の確定例(それ以外に11例の可能性例も存在)の報告があったが、これは4つの医療施設が関与したアウトブレイクであった。確定例23例のうち21例が、透析室、集中治療室、入院病棟においておこり、その中にはヒト—ヒト感染が確認された例もあったが、その感染様式は特定することができなかった。潜伏期間は中央値5.2日(95%信頼区間: 1.9-14.7日)、世代間隔(感染源の発症から二次感染者の発症までの期間)は、中央値7.6日(95%信頼区間:2.5-23.1日)と推定されている。病院スタッフに対する調査から、MERS症例との接点がない看護師補助員がMERSと確定診断されたが、MERS症例との接点がある他のスタッフ(2日間の発熱のみで呼吸器症状なし、特異的検査未実施)との接点以外に疑わしい曝露源がなかった[2]。
  • 2013年9月25日までの133例の症例情報によると、感染経路の情報のある129例のうち33例(26%)は院内感染の可能性があり、医療従事者の感染は全体で23例(17%)であった。2013年3~5月と6~9月の期間における致命率はそれぞれ63%(25/40)、33%(25/77)と低下傾向にある。また、18例(14%)の無症候あるいは軽症例が報告されている[3]。2013年2月、サウジアラビアのリヤドで呼吸器症状を呈した診断未確定の入院患者と接触した2名がMERSと診断された。この2例は、MERSと診断されていない患者からの院内感染が疑われた。[4]
  • サウジアラビアで2012年10-11月に発生した家族内集積事例の報告では、同居家族のうち男性のみに感染伝播が起こり(確定例2名、可能性例1名)、入院前のみに濃厚接触があったこれらの症例の配偶者は感染していないことから、病初期においては感染性が低い可能性が推察されている[5]。英国において2013年2月に発生した二次感染者2名の家族集積例における潜伏期間は1-9日と推定されている[6]。フランスではドバイから帰国して発症した1例とこの患者から院内感染した1例の計2例が報告された。本事例では、下気道検体のウイルス量は高濃度であったのに対し、上気道検体ではウイルスはほとんど検出できなかったことから、ウイルス検出のためには下気道からの検体が必要であることが指摘され、また潜伏期間は9-12日と推定されている[7]。
  • 2013年8月現在までに報告された症例情報等を用いた推計によると、940例(95%信頼区間: 290-2200例)の有症状例が存在している可能性があり、少なくとも62%の症例は探知されていないという結果となった。また、対策がなされていれば、ヒトーヒト感染は持続的とならないといえるが、対策がなされない場合のR0は0.8-1.3と推定された[8]。
  • 2013年6月21日までの64症例から計算された基本再生産数(R0)は、低めの推計値(集団発生内に複数の初感染例を仮定)で0.60 (95%信頼区間: 0.42–0.80)、高めの推計値(集団発生ごとに一つの初感染例を仮定)で0.69 (0.50–0.92)といずれも1.00を下回った。2003年のSARSのR0が0.80 (95%信頼区間: 0.54–1.13)であり、パンデミックには至らなかったが、MERSのR0はSARSのR0よりさらに低いことから、パンデミックは起こしがたいと推察されている[9]。
2. ウイルス学的情報
【感染源となる可能性がある動物に関する検討】
  • サウジアラビアのヒトコブラクダの鼻腔からMERS-CoVが分離され、ヒトから分離されたウイルスの配列と同じであった。また、ヒトコブラクダは同時に複数のMERS-CoVに感染するという所見も得られている[10]。
    http://mbio.asm.org/content/5/3/e01146-14.full
  • サウジアラビアのAl-Hasaにおいて、ヒトコブラクダの群れの出産時期に前向きの調査を行い、MERS-CoVの感染が幼獣と成獣どちらにも認められることを確認した。ここで分離されたウイルスは、ヒトから分離されたもの(Clade B)と99.9%同一であった[11]。
    http://wwwnc.cdc.gov/eid/article/20/7/14-0571_article.htm
  • 2013年11月にサウジアラビアにおいて、MERS-CoVに感染したヒトコブラクダとの濃厚な接触(ラクダの世話や未殺菌のラクダ乳の喫食など)後に発症した1症例が報告された。患者とラクダの遺伝子配列解析から、種を超えたウイルス伝播が示唆された[12]。
  • 2014年2月にカタールのヒトコブラクダから分離されたウイルスは、2012年に同国でヒトから分離されたウイルスと99.9%の相同性のある遺伝子を持ち、受容体の結合に重要なほとんどのアミノ酸配列に変異はなかった [13]。
    http://wwwnc.cdc.gov/eid/article/20/8/14-0663_article.htm
  • アラブ首長国連邦におけるヒトコブラクダの血清調査(2003年の151サンプル、2013年の500サンプル)において、計651サンプルのうち381サンプル(59.8%)がMERS-CoVの中和抗体(>1280倍)を持っていた[14]。
  • オマーンのヒトコブラクダにおいてはMERS-CoVのスパイクに対するタンパク特異的抗体、MERS-CoVに対する中和抗体価はいずれも100%(50/50)陽性であった[15]。この結果から、ラクダにMERS-CoVあるいは類縁のウイルスが感染していると考えられた。
【ヒトからの分離ウイルスについての検討】
  • サウジアラビアで2013年の5〜9月に得られた32のウイルス株のゲノム解析を行ったところ、4つのクレードに分類されることがわかった。そのうち3つのクレードに属するウイルスは、すでに患者において見つからなくなっており、この消失は、感度のよいサーベイランスと隔離が疾病のコントロールに有効であること、R0が1未満であることと関連している可能性がある。ただし、一つのクレードは継続して発生しており、診断されていない無症状者が感染を拡大させている可能性がある[16]。
  • 21例のヒトMERS症例についてのフルゲノム解析の結果, リヤドにおいては、1つのクレードの中でそれぞれ3種類の異なるゲノムタイプのウイルスが感染していた。持続的なヒトーヒト感染によって広がっている感染ではなく、それぞれが独立した動物由来の感染であることが考えられる。また、Al-Ahsaのクラスターにおける解析の結果、病院におけるアウトブイレクにおいても、2種類以上のウイルスが検出されており、それぞれが独立した動物に由来の感染である可能性が示唆されている[17]。

〇WHO MERSに関する緊急委員会の開催

  • WHOは、国際保健規則(IHR)に基づく対応として、これまでにMERSに関する緊急委員会を計5回開催している(第1回2013年7月9日、第2回7月17日、第3回9月25日、第4回12月4日、第5回2014年5月13日)。
  • 直近の第5回緊急委員会では、持続的なヒト-ヒト感染を示す証拠はなく、現状は「国際的に懸念される公衆の保健上の緊急事態(PHEIC)」には至っていないが、最近の患者数の急増や、重要な情報の不足など、公衆衛生への懸念は高まっているとして、全ての加盟国に対して、院内感染対策の強化、包括的な調査の実施(接触者調査を含む)、IHRに基づく通告の徹底を改めて要請した。
    http://www.who.int/mediacentre/news/statements/2014/mers-20140514/en/
〇国内対応
  • 感染研ウイルス第三部より検査試薬(PCR用プライマー・プローブ、陽性対照等)が各地方衛生研究所および政令指定都市の保健所(計72か所)、空港検疫所(16か所)、計88箇所に配布された。
  • 2012年9月26日付で、MERSが疑われる事例について厚生労働省への情報提供を依頼する通知が出されている。その後、数度にわたり、自治体等への情報提供が行われており、2014年5月16日付で、改めて通知を発出し、情報提供を求める症例定義について、軽症例を含めるなどの変更を行ったほか、院内感染対策の徹底を求めた。
〇リスクアセスメント
  • 2014年1月に報告数は一旦減少したが、2月以降に急増した。4月は過去最大の月別報告数を記録し、初発例と院内感染症例の増加が示唆されている。医療従事者における感染事例の多くは接触者調査で判明している。
  • 過去数週間のサウジアラビアからの報告から判断すると、感染が市中へ急速に拡大している状況にはなく、これまでの疫学的所見に変化はない。また、家族内感染の報告件数は少なく、規模も大きくないことから、ヒト-ヒト感染は限定的と考えられている。また、院内においてMERSと診断されていないもの、または、無症状のものからのMERS感染を疑わせる事例が報告されている。
  • 2012年9月に本疾患が初めて報告されて以来、世界各国においてサーベイランスが強化されてきたところである。現時点で、中東外では帰国者(輸入例)と一部においてその接触者での感染が少数確認されており、接触者調査の重要性が示唆される。
  • 一部の症例の感染原因としてラクダへの曝露が示唆されており、流行地域におけるラクダへの曝露はリスクと考えるべきである。
  • 日本においても、今後、中東からの輸入例が発生する可能性がある。これら患者は、軽症である可能性があることに留意し、厚生労働省の通知に従って症例の探知を適切に行うことが重要である。
  • 高齢者や基礎疾患のある者に感染した場合、重症化する恐れもあることから、症例に対する適切な医療の提供が重要である。
  • 限定的ではあるがヒト-ヒト感染があることに留意し、症例について接触者調査を実施し、感染拡大を防止することが重要である。
  • 医療従事者は、医療機関内での二次感染の発生を確実に防止するため、患者の診療に当たる際はMERSが疑われる段階から標準予防策及び飛沫予防策を徹底する必要がある。

以上のリスクアセスメントは、現時点で得られている情報に基づいており、症例情報は、基本的に世界保健機関(WHO)からの公式情報(http://www.who.int/csr/disease/coronavirus_infections/MERS_CoV_Update_09_May_2014.pdf)を参照してまとめている。なお、事態の展開にあわせて、リスクアセスメントを更新していく予定である。

参考文献

  1. The WHO MERS-CoV Research Group, State of knowledge and data gaps of Middle East Respiratory Syndrome Coronavirus (MERS-CoV) in humans. PLoS Curr. 2013 November 12; 5.
  2. Assiri A, McGeer A, Perl TM et al; the KSA MERS-CoV Investigation Team. Hospital Outbreak of Middle East Respiratory Syndrome Coronavirus. N Engl J Med. 2013 Jun 19. [Epub ahead of print]
  3. Penttinen PM, Kaasik-Aaslav K, Friaux A, et al, Taking stock of the first 133 MERS coronavirus cases globally – Is the epidemic changing? . Eurosurveill. 2013;18(39):pii=20596.
  4. Omrani AS, Matin MA, Haddad Q et al; A family cluster of Middle East Respiratory Syndrome Coronavirus infections related to a likely unrecognized asymptomatic or mild case. Int J Infect Dis. 2013 Sep;17(9):e668-672.
  5. Memish ZA, Zumla AI, Al-Hakeem RF et al; Family cluster of Middle East respiratory syndrome coronavirus infections. N Engl J Med. 2013 Jun 27;368 (26):2487-94.
  6. Health Protection Agency (HPA) UK Novel Coronavirus Investigation team, Evidence of person-to-person transmission within a family cluster of novel coronavirus infections, United Kingdom, February 2013. Eurosurveill. 2013 Mar 14;18(11):20427.
  7. Guery B, Poissy J, El Mansouf L et al; the MERS-CoV study group. Clinical features and viral diagnosis of two cases of infection with Middle East Respiratory Syndrome coronavirus: a report of nosocomial transmission. Lancet 2013 Jun 29;381 (9885):2265-72
  8. Cauchemez S, Fraser C, Van Kerkhove MD et al, Middle East respiratory syndrome coronavirus: quantification of the extent of the epidemic, surveillance biases, and transmissibility. Lancet Infect Dis 2014 Jan;14(1):50-56.
  9. Breban R, Riou J, Fontanet A; Interhuman transmissibility of Middle East respiratory syndrome coronavirus: estimation of pandemic risk. Lancet 2013 Aug 24; 382 (9893): 694 – 9
  10. Briese T, Mishra N, Jain K, et al, Middle East Respiratory Syndrome Coronavirus Quasispecies That Include Homologues of Human Isolates Revealed through Whole-Genome Analysis and Virus Cultured from Dromedary Camels in Saudi Arabia. mBio 2014 5: e011146
  11. Hemida MG, Chu DKW, Poon LLM, et al, MERS Coronavirus in dromedary camel head Saudi Arabia. Emerg Infect Dis 2014 20(7) (http://wwwnc.cdc.gov/eid/article/20/7/14-0571_article.htm)
  12. Memish ZA, Cotton M, Meyer B, et al, Human infection with MERS coronavirus after exposure to infected camels, Saudi Arabia,2013. Emerg Infect Dis 2014 20: 1012-5.
  13. Raj VS, Farag EABA, Reusken CBEM et al, Isolation of MERS coronavirus from a dromedary camel, Qatar, 2014. Emerg Infect Dis 2014 Aug;20(8).
  14. Meyer B, Müller MA, Corman VM et al; Antibodies against MERS Coronavirus in Dromedary Camels, United Arab Emirates, 2003 and 2013. Emerg Infect Dis 2014 Apr;20(4):552-9.
  15. Reusken CBEM, Haagmans BL, Muller MA et al; Middle East respiratory syndrome coronavirus neutralizing serum antibodies in dromedary camels: a comparative serological study. Lancet 2013 Oct;13(10):859-66.
  16. Cotten M, Watson SJ, Zumla AI et al; Spread, circulation, and evolution of the Middle East respiratory syndrome coronavirus. MBio. 2014 Feb 18;5(1). pii: e01062-13.
  17. Cotten M, Watson SJ, Kellam P et al; Transmission and evolution of the Middle East respiratory syndrome coronavirus in Saudi Arabia: a descriptive genomic study. Lancet 2013 Sep 19. doi:pii: S0140-6736(13)61887-5.

 

WHOの対応

【ハイライト】
【検査】
【感染管理】
【症例定義】
【サーベイランス】
  • 院内感染事例における医療従事者の感染リスクの解析方法(2014年1月27日)
    http://www.who.int/csr/disease/coronavirus_infections/Healthcare_MERS_Seroepi_Investigation_27Jan2014.pdf
    前方視的または後方視的に診断されたMERS-CoV感染者に曝露した可能性のある医療従事者についての包括的な調査方法を示している。これは、医療従事者の感染リスク因子とウイルス伝播様式について理解し感染管理と国内および国際的な公衆衛生対応に繋げることを目指している。
  • 接触者サーベイランスの方法(2013年11月19日)
    http://www.who.int/csr/disease/coronavirus_infections/WHO_Contact_Protocol_MERSCoV_19_November_2013.pdf
    MERS確定例と可能性例の全ての接触者(同居者、家族、社会活動、職場、医療関連)についての包括的な評価を目的としたコホート研究は、疾患の重症度や感染のリスク因子を特定し、ウイルス伝播を予防するために必要である。このガイダンスは、接触者を発見し検査を行う方法と、感染リスク因子の評価方法を示している。
  • サーベイランスガイダンスの改訂(2013年6月27日)
    http://www.who.int/csr/disease/coronavirus_infections/InterimRevisedSurveillanceRecommendations_nCoVinfection_27Jun13.pdf
    6月27日に発出されたサーベイランスガイダンスの改訂版では、診断のためには、下気道からの検体採取が勧められること、また潜伏期については多くの事例は1週間未満であると考えられるが、潜伏期が9-12日という事例があるため、確定例の接触者や中東への渡航歴があるものについては、14日間の健康観察が勧められている。
【臨床】
【研究・調査】

(2014年7月25日)

国立感染症研究所感染症疫学センター
国立国際医療研究センター病院国際感染症センター

 

はじめに

本稿では、中東呼吸器症候群(MERS)(以下「MERS」という。)・鳥インフルエンザ(H7N9)(以下「H7N9」という。)の疑似症患者と患者(確定例)に対して行う院内感染対策の概要について、これまでに明らかになっている情報に基づいて記載する1)2)3)。これらは現時点での暫定的な推奨であり、今後得られる情報に応じて適宜改訂していくものである。

なお、MERS・H7N9の疑似症患者と患者(確定例)の届出基準は以下のホームページを参照されたい。

厚生労働省「感染症法に基づく医師の届出のお願い」
   ・中東呼吸器症候群(MERS)
   ・鳥インフルエンザ(H7N9)

 

MERS・H7N9の疑似症患者、患者(確定例)に対して推奨される院内感染対策

  • 外来では呼吸器衛生/咳エチケットを含む標準予防策を徹底し、飛沫感染予防策を行うことが最も重要と考えられる。入院患者については、湿性生体物質への曝露があるため、接触感染予防策を追加し、さらにエアロゾル発生の可能性が考えられる場合(患者の気道吸引、気管内挿管の処置等)には、空気感染予防策を追加する*。
    *具体的には、手指衛生を確実に行うとともに、N95マスク、手袋、眼の防護具(フェイスシールドやゴーグル)、ガウン(適宜エプロン追加)を着用する。
  • 入院に際しては、陰圧管理できる病室もしくは換気の良好な個室を使用する。個室が確保できず複数の患者がいる場合は、同じ病室に集めて管理することを検討する。
  • 患者の移動は医学的に必要な目的に限定し、移動させる場合には可能な限り患者にサージカルマスクを装着させる。
  • 目に見える環境汚染に対して清拭・消毒する。手が頻繁に触れる部位については、目に見える汚染がなくても清拭・消毒を行う。使用する消毒剤は、消毒用エタノール、70v/v%イソプロパノール、0.05 ~0.5w/v% (500~5,000ppm) 次亜塩素酸ナトリウム等。なお、次亜塩素酸ナトリウムを使用する際は、換気や金属部分の劣化に注意して使用する。
  • 衣類やリネンの洗濯は通常の感染性リネンの取り扱いに準ずる。
  • MERS・H7N9の疑似症患者または患者(確定例)と必要な感染防護策なしで接触した医療従事者は、健康観察の対象となるため、保健所の調査に協力する。MERSの健康観察期間は最終曝露から14日間、H7N9の健康観察期間は最終曝露から10日間である。なお、H7N9に関しては、必要な感染防護策なく接触した医療従事者には抗インフルエンザ薬の予防投与を考慮し、投与期間は最後の接触機会から10日間とする。

<文献>

  1. 中東呼吸器症候群(MERS)のリスクアセスメント (2014年6月9日現在)(国立感染症研究所)
  2. 鳥インフルエンザA(H7N9)ウイルスによる感染事例に関するリスクアセスメントと対応 (2014年3月28日現在)(国立感染症研究所)
  3. WHO Infection prevention and control of epidemic-and pandemic prone acute respiratory infections in health care April 2014

(2014年7月25日)

国立感染症研究所感染症疫学センター
国立国際医療研究センター病院国際感染症センター

 

目的

中東呼吸器症候群(MERS)・鳥インフルエンザ(H7N9)患者(疑似症患者を含む)は感染症指定医療機関へ搬送されることが想定される。一般医療機関において、中東呼吸器症候群(MERS)・鳥インフルエンザ(H7N9)患者が発生した場合、又はそのような医療機関に患者が直接来院した場合等には、車両等による患者搬送が行われる。患者搬送においては、感染源への曝露に関する搬送従事者の安全確保と、搬送患者の人権尊重や不安の解消の両面に立った感染対策を行うことが重要である。

基本的な考え方は、搬送従事者が、標準予防策・ 接触感染予防策・飛沫感染予防策・空気感染予防策を必要に応じて適切に実施し、患者に対して過度な隔離対策をとらないように適切に判断することである。

1)中東呼吸器症候群(MERS)・鳥インフルエンザ(H7N9)患者(疑似症患者を含む)
  • 気管内挿管されていたり酸素マスクを装着している場合を除き、患者にサージカルマスクを着用させる。
  • 呼吸管理を行っている患者に対しては、感染対策に十分な知識と経験のある医師が付き添う。
  • 自力歩行可能な患者に対しては歩行を許可し、そうでない場合は車いす、ストレッチャーを適宜使用して車両等による搬送を行う。
  • 搬送に使用する車両等の内部に触れないよう患者に指示をする。
2)搬送従事者
  • 搬送従事者は、全員サージカルマスクを着用する。
  • 搬送車両等における患者収容部で患者の観察や医療にあたる者は、湿性生体物質への曝露があるため、眼の防御具(フェイスシールドまたはゴーグル)、手袋、ガウン等の防護具を着用する。 気管内挿管や気道吸引の処置などエアロゾル発生の可能性が考えられる場合には、空気感染予防策として N95マスク(もしくは同等以上のレスピレーター)を着用する。
  • 搬送中は適宜換気を行う。
  • 搬送中は周囲の環境を汚染しないように配慮し、特に汚れやすい手袋に関しては、汚染したらすぐに新しいものと交換する。手袋交換の際は、手指消毒を行う。
  • 使用した防護具の処理を適切に行う。 特に脱いだマスク、手袋、ガウン等は、感染性廃棄物として処理する。この際、汚染面を内側にして、他へ触れないよう注意する。
3)搬送に使用する車両等(船舶や航空機も含む)
  • 搬送従事者、患者のそれぞれが、必要とされる感染対策を確実に実施すれば、患者搬送にアイソレーターを用いる必要はない。
  • 患者収容部分と車両等の運転者・乗員の部位は仕切られている必要性はないが、可能な限り、患者収容部分を独立した空間とする。
  • 患者収容部分の構造は、搬送後の清掃・消毒を容易にするため、できるだけ単純で平坦な形状であることが望ましい。ビニール等の非透水性資材を用いて患者収容部分を一時的に囲うことも考慮する。車両内には器材は極力置かず、器材が既に固定してある場合には、それらの汚染を防ぐため防水性の不織布等で覆う。
  • 患者搬送後の車両等については、目に見える汚染に対して清拭・消毒する。手が頻繁に触れる部位については、目に見える汚染がなくても清拭・消毒を行う。使用する消毒剤は、消毒用エタノール、70v/v%イソプロパノール、0.05 ~0.5w/v% (500~5,000ppm) 次亜塩素酸ナトリウム等。なお、次亜塩素酸ナトリウムを使用する際は、換気や金属部分の劣化に注意して使用する。
4)その他
  • 自動車による搬送の場合、原則として、患者家族等は搬送に使用する車両に同乗させない。船舶や航空機等の場合は、ケースに応じて適宜判断する。
  • 搬送する患者が中東呼吸器症候群(MERS)・鳥インフルエンザ(H7N9)患者であることを搬送先の医療機関にあらかじめ伝え、必要な感染対策を患者到着前に行うことができるようにする。
  • 搬送の距離と時間が最短となるように、あらかじめ手順や搬送ルートを検討しておく。
  • 搬送する段階では中東呼吸器症候群(MERS)・鳥インフルエンザ(H7N9)罹患を想定せずに搬送を終了し、のちに患者が中東呼吸器症候群(MERS)・鳥インフルエンザ(H7N9)患者であると判明した場合は、感染対策が十分であったか確認をする。搬送における感染対策が不十分であったと考えられた場合は、最寄りの保健所に連絡のうえ、搬送従事者は「積極的疫学調査ガイドライン」等に従った健康管理を受けることとなる。
  • 搬送時に準備する器材の一覧表については、付表1を参照のこと。

謝辞)本稿作成にあたっては、東北大学大学院医学系研究科 感染制御・検査診断学分野にご協力をいただいた。

 

付表1 患者搬送に必要な器材(注1)


サージカルマスク 適宜(搬送従事者用、搬送患者用)
N95マスク 搬送従事者の数 ×2 (注2)
手袋 1箱
フェイスシールド(またはゴーグル)、ガウン 搬送従事者数 ×2 (注2)
手指消毒用アルコール製剤 1個
清拭用資材・環境用の消毒剤 タオル、ガーゼ等で使い捨てできるものを用意
感染性廃棄物処理容器
その他、ビニールシート等

注1: ただし、本付表は、車両による搬送を想定したものであり、船舶や航空機等を使用する場合は適宜修正して用いる必要がある。

注2:N95マスク、フェイスシールド(またはゴーグル)、ガウンは、予備も含め搬送従事者あたり2つずつ準備する。

 

2013年11月5日

国立感染症研究所

 

背景

 以下のリスクアセスメントは、現時点で得られている情報に基づいており、新たな情報により内容を更新していかなければならない。事態の展開にあわせてリスクアセスメントを更新していく予定である。なお、症例情報は、基本的には世界保健機関(WHO)からの公式情報を使用してまとめた。

事例の概要

 2012年9月22日に英国よりWHOに対し、中東へ渡航歴のある重症肺炎患者から後にMiddle East Respiratory Syndrome Coronavirus(MERSコロナウイルス)と命名される新種のコロナウイルス(以下、MERS-CoV)が分離されたとの報告があって以来、中東地域に居住ないし渡航歴・接触歴のある者において、このウイルスによる重症呼吸器疾患の症例が継続的に報告され、限定的なヒト-ヒト感染も確認されている。

疫学的所見

  • 2013年11月4日までに、ヒト感染の確定症例150名(死亡64名:致命率43%)がWHOに報告された。中東地域からの報告症例数は139名であり、サウジアラビアの125名が大多数を占め、他にヨルダン、カタール、アラブ首長国連邦、オマーンにて症例が認められた。中東地域以外では欧州(英国、フランス、ドイツ、イタリア)および地中海沿岸部(チュニジア)にて症例が認められたが、すべて中東地域への渡航歴のあるもの、もしくはその接触者であった。
  • 一部の症例でヒト-ヒト人感染が疑われている以外は、感染源や感染経路は判明していない。
  • 性別は男性が60%(性別の報告された140名中87名)、年齢は2歳から94歳(年齢の報告された137例の情報、中央値54歳)であった。情報が得られた範囲では、症例の54%(81例)が併存症(糖尿病、がん、慢性心肺疾患・腎疾患など)を持っていた。
  • 臨床症状に関して、呼吸器症状は軽症から重症なものまで多様であり、急性呼吸促迫症候群(ARDS)を来たす症例もある。下痢を伴うことが多く、腎不全や播種性血管内凝固症候群(DIC)などの合併例も報告されている。
  • 2012年3月にヨルダンの医療機関で集団発生事例が発生していたことも明らかになっている(確定症例2名と疑い症例11名、うち10名は医療従事者)。
※ 学術論文から得られた疫学情報
  • 2013年4月1日から5月23日の間に、サウジアラビアのAl-Ahsaにおいて23例の確定例(それ以外に11例の可能性例も存在)の報告があったが、これは4つの医療施設が関与したアウトブレイクであった。確定例23例のうち21例が、透析室、集中治療室、入院病棟においておこり、その中にはヒト—ヒト感染が確認された例もあったが、その感染様式は特定することができなかった。潜伏期間は中央値5.2日(95%信頼区間:1.9-14.7日)、世代間隔(感染源の発症から二次感染者の発症までの期間)は、中央値7.6日(95%信頼区間:2.5-23.1日)と推定されている[1]。
  • イギリスにおいて2013年2月に発生した二次感染者2名の家族集積例における潜伏期間は1-9日と推定されている[2]。
  • サウジアラビアで2012年10-11月に発生した家族内集積事例の報告では、同居家族のうち男性のみに感染伝播が起こり(確定例2名、可能性例1名)、入院前のみに濃厚接触があったこれらの症例の配偶者は感染していないことから、病初期においては感染性が低い可能性が推察されている[3]。
  • フランスではドバイから帰国して発症した1例とこの患者から院内感染した1例の計2例が報告された。本事例では、ウイルス検出のためには下気道からの検体が必要であることが指摘され、また潜伏期間は9-12日と推定されている[4]。
  • 6月21日までの64症例から計算された基本再生産数(R0)は、低めの推計値(集団発生内に複数の初感染例を仮定)で0.60 (95% CI 0.42–0.80)、高めの推計値(集団発生ごとに一つの初感染例を仮定)で0.69 (0.50–0.92)といずれも1.00を下回った。2003年のSARSのR0が0.80 (0.54–1.13)であり、MERSのR0はこれより低く、パンデミックは起こしがたいと推察されている[5]。

9月25日までの133例の症例情報によると、感染経路の情報のある129例のうち33例(26%)は院内感染の可能性があり、医療従事者の感染は全体で23例(17%)であった。2013年3~5月と6~9月の期間における致命率はそれぞれ63%(25/40)、33%(25/77)と低下傾向にある。また、18例(14%)の無症候あるいは軽症例が報告されている[6]。

 
※ 学術論文から得られたウイルス学的情報

感染源となる可能性がある動物に関する検討

  • サウジアラビアにおけるコウモリの調査で、コウモリからのMERS-CoV検出率は低かったが、一個体のコウモリから検出されたウイルスの塩基配列が、サウジアラビアの初発例由来のウイルス遺伝子と100%相同であった[7]。
  • オマーンのヒトコブラクダにおいてはMERS-CoVのスパイクに対するタンパク特異的抗体、MERS-CoVに対する中和抗体価はいずれも100%(50/50)陽性であった[8]。この結果から、ラクダにMERS-CoVあるいは類縁のウイルスが感染していると考えられる。

ヒトからの分離ウイルスについての検討

  • 21例のヒトMERS症例についてのフルゲノム解析の結果, Ryadhにおいては、3つの明確に区分されるゲノムタイプが存在しており、持続的なヒトーヒト感染が起こっている状況ではないと考えられる。また、Al-Ahsaのクラスターにおける解析の結果、病院におけるアウトブイレクは、2つ以上のウイルスが入ってきていることがわかった[9]。
  • MERS-CoVの細胞表面のレセプターは、dipeptidyl peptidase 4(DPP4, CD 26)であり、哺乳類におけるこのレセプターの分布は、肺と腎に病原性があるというこのウイルス感染症の特徴に合致したものであった [10]。

WHOによる対応

国内対応

  • 感染研ウイルス第三部より検査試薬(PCR用プライマー・プローブ、陽性対照等)が各地方衛生研究所および政令指定都市の保健所、さらに成田・関西の両国際空港の検疫所、計74箇所に配布された。
  • 2012年9月26日付で、MERSが疑われる事例について厚生労働省への情報提供をするようにとの通知が出されている。その後2012年11月30日付で症例定義が、発症前10日以内にアラビア半島またはその周辺国に渡航または居住していた者と変更されている。2013年5月24日には、MERS-CoVによる感染症疑い患者が発生した場合の標準的対応フローが厚生労働省から自治体等に向けて発出された。
  • 感染研はWHO等からの情報の翻訳をし、ウェブサイトを通じて情報提供している。

リスクアセスメントと今後の対応

  • 現時点で、医療機関内や家族間などにおいて、限定的なウイルス伝播が確認されている。医療従事者における感染事例が確認されているが、感染様式については明らかになっていない。
  • 感染が市中へ急速に拡大しているという疫学的所見はなく、ヒト-ヒト感染は限定的と考えられている。また、ヒトから分離されたウイルスのゲノム解析の所見もこれを示唆する所見である。
  • 一部のクラスターはあるものの、中東の比較的広い地域において散発的に患者が発生しており、その感染源は依然として不明である。コロナウイルスの特性から、自然宿主とは別にヒトに感染を起こしている中間宿主が存在する可能性が指摘されている。ヒトから検出されているMERS-CoVはコウモリと共通の祖先を持つウイルスである可能性も示唆されているが、確定的な所見はない。ラクダにおける抗体陽性の所見も、直接的なMERS-CoVの感染を証明するものではない。
  • 報告された症例の約半数が死亡の転帰をとっているが、新たな感染症が出現した際には最も重症な症例から発見される傾向にあり、不顕性感染者や軽症例がつかめていない可能性がある。症例との接触歴から探知された症例の解析をすることにより、MERSの真の病態像や重症度に近づいてくる可能性もあるが、現時点では、依然限定的な情報が得られているのみである。
  • 昨年9月に本疾患が初めて報告されて以来、世界各国においてサーベイランスが強化されてきたところであるが、現時点では、中東外ではヨーロッパとチュニジアにおいて帰国者(輸入例)とその接触者感染が少数確認されているのみである。
  • 日本においても、今後、中東からの輸入例が探知される可能性はありうると考え、関係機関は海外での発生状況などの情報に注意し、国内において輸入例が発見された際には院内感染対策等に細心の注意を払う必要がある。

参考文献

  1. Assiri A, McGeer A, Perl TM et al; the KSA MERS-CoV Investigation Team. Hospital Outbreak of Middle East Respiratory Syndrome Coronavirus. N Engl J Med. 2013 Jun 19. [Epub ahead of print]
  2. Health Protection Agency (HPA) UK Novel Coronavirus Investigation team; Evidence of person-to-person transmission within a family cluster of novel coronavirus infections, United Kingdom, February 2013. Euro Surveill. 2013 Mar 14;18(11):20427.
  3. Memish ZA, Zumla AI, Al-Hakeem RF et al; Family cluster of Middle East respiratory syndrome coronavirus infections. N Engl J Med. 2013 Jun 27;368 (26):2487-94.
  4. Guery B, Poissy J, El Mansouf L et al; the MERS-CoV study group. Clinical features and viral diagnosis of two cases of infection with Middle East Respiratory Syndrome coronavirus: a report of nosocomial transmission. Lancet. 2013 Jun 29;381 (9885):2265-72
  5. Breban R, Riou J, Fontanet A; Interhuman transmissibility of Middle East respiratory syndrome coronavirus: estimation of pandemic risk. Lancet. 2013 Aug 24; 382 (9893): 694 – 9
  6. Penttinen PM, Kaasik-Aaslav K, Friaux A, Donachie A, Sudre B, Amato-Gauci AJ, Memish ZA, Coulombier D. Taking stock of the first 133 MERS coronavirus cases globally – Is the epidemic changing? . Euro Surveill. 2013;18(39):pii=20596.
  7. Memish ZA, Mishra N, Olival KJ et al; Middle East Respiratory Syndrome Coronavirus in Bats, Saudi Arabia. Emerg Infect Dis. DOI: 10.3201/eid1911.131172
  8. Reusken CBEM, Haagmans BL, Muller MA et al; Middle East respiratory syndrome coronavirus neutralizing serum antibodies in dromedary camels: a comparative serological study. Lancet 2013 Oct;13(10):859-66.
  9. Cotton M, Watson SJ, Kellam P et al; Transmission and evolution of the Middle East respiratory syndrome coronavirus in Saudi Arabia: a descriptive genomic study. Lancet 2013 Sep 19. doi:pii: S0140-6736(13)61887-5.
  10. Raj VS, Mou H, Smits SL et al; Depeptidyl peptidase 4 is a functional receptor for the emerging human coronavirus- EMC. Nature. 2013 March 14 495: 251-4

 

 

2015年6月4日

国立感染症研究所

 

〇事例の概要

2012年9月22日に英国よりWHOに対し、中東へ渡航歴のある重症肺炎患者から後にMiddle East Respiratory Syndrome Coronavirus(MERSコロナウイルス)と命名される新種のコロナウイルス(以下、MERS-CoV)が分離されたとの報告があって以来、中東地域に居住または渡航歴のある者、あるいはMERS患者との接触歴のある者において、このウイルスによる中東呼吸器症候群(MERS)の症例が継続的に報告され、医療施設や家族内等において限定的なヒト-ヒト感染が確認されている。

 

〇疫学的所見

  • 2015年6月3日までに、ヒト感染の確定症例1,179例(死亡442例:致命率38%)がWHOに報告された(WHO Disease Outbreak News http://www.who.int/csr/don/en/ に適宜更新情報掲載)。66%(1,165例)が男性、年齢中央値は49歳(範囲 9か月-99歳、1,172例にもとづく)。報告地域は中東地域(ヨルダン、クウェート、オマーン、カタール、サウジアラビア、アラブ首長国連邦、イエメン、イラン、レバノン)、アフリカ(エジプト、チュニジア、アルジェリア)、ヨーロッパ(フランス、ドイツ、ギリシャ、イタリア、英国、オランダ、オーストリア、トルコ)、アジア(マレーシア、フィリピン、韓国、中国)、北アメリカ(米国)の計25か国である。中東地域以外の国からの報告例は、すべて中東地域への渡航歴のあるもの、もしくはその接触者であった。
  • 中東以外の国で、輸入例を発端とした国内感染事例が報告されているのは、イギリス、フランス、チュニジア、韓国の4か国である。
  • 感染経路として、動物からの感染、医療機関や家族内におけるヒト-ヒト感染が報告されているが、曝露歴が不明なものも認められる。
  • 2015年1月1日以降、157例のMERS患者がサウジアラビアから報告され、患者の多くは20の病院におけるアウトブレイク事例と関連があったと報告されている。過去の事例と比較し、病院におけるアウトブレイクの増加を認めるものの、その規模は小さい。家族内での限定的なヒト-ヒト感染も認められている。
  • 韓国での発生状況
    (発生数の最新情報は厚生労働省検疫所HP http://www.forth.go.jp/topics/fragment1.html 参照):中東への渡航歴のある60代男性の確定例と、確定例から感染したと思われる2次感染例が29例、3次感染が疑われる症例が5例、総数35例が報告されている(2015年6月4日現在。2次感染例のうち1例は中国へ渡航した後に中国で確定診断され隔離中)。初発例は、発症から確定診断されるまでの10日間に4つの医療機関で加療を受けており、そのうち3つの医療機関において2次感染が発生し、さらに2次感染例が加療を受けた医療機関において3次感染が発生した。発端となった症例の曝露歴、基礎疾患、また2次・3次感染例の症状の有無、基礎疾患、院内感染がおこった状況などの詳細は現在のところ明らかではない。韓国・中国で確定例の接触者調査が現在進行中である((http://www.cdc.go.kr/CDC/notice/CdcKrIntro0201.jsp?menuIds=HOME001-MNU1154-MNU0005-MNU0011))。

〇臨床所見

2012年9月から2013年10月までにWHOに報告された161例(検査確定例144例と可能性例17例)の臨床像の解析では、軽症例から急性呼吸促迫症候群(ARDS)を来たす重症例まである。典型的病像は、発熱、咳嗽等から始まり、急速に肺炎を発症し、しばしば呼吸管理が必要となる。全症例の63.4%が重症化し、44.1%が肺炎を発症した。また、ARDSの合併は12.4%に認められた。少なくとも3分の1の患者は嘔吐、下痢などの消化器症状を呈した[1]。

 

〇学術論文情報

1. 疫学情報
  • 2012年12月1日から2013年12月1日にサウジアラビアにおいて、15歳以上の生来健康な成人を対象にした横断的な血清疫学調査が行われた。検査法はリコンビナントELISAでスクリーニング、抗体陽性の確認はリコンビナント免疫蛍光法とplaque reduction neutralization test によって行われた。対象となった10,009例中、抗MERS-CoV抗体が陽性だったのは15例(0.15%、95%信頼区間0.09-0.24)で、陽性例は13州のうち6州から検出された。年齢は平均43.5歳〔標準偏差(SD)17.3〕で、これまで確定例として報告されているもの(平均53.8歳、SD17.5)より若年であった。陽性例は、男性に多く(0.25% vs.0.05%、 p=0.028)、海岸地域よりも中央の地域(0.26% vs.0.02%、p=0.003)に多かった。また、一般人口と比較し、羊飼いで15倍(2.3%, p=0.0004)、と畜場での労働者で23倍(3.6%, p<0.0001)抗体陽性率が高かった。これまで報告された確定例のうち、明らかな感染源への曝露歴がない症例については、より軽症の感染例が感染源となっている可能性が考えられる[2]。
  • 2014年1月1日から5月16日の間にサウジアラビア保健省へ報告された確定例255例(real-time RT-PCRで診断。無症状例は、接触者調査や曝露後スクリーニングで実施された同検査で診断された)についての後方視的研究の報告によると、年齢中央値45歳、男性174例(68.2%)、医療従事者78例(31%)であった。死亡は93例(致命率36.5%)だった。255例のうち、有症状191例〔75%、うち医療従事者40例(21%)〕、無症状64例〔25.1%、うち医療従事者41例(64%)〕であった。ただし、無症状と報告された64例に対する追加調査では、インタビューが実施された33例中26例(79%)に、少なくとも一つ以上の呼吸器症状を認めた。255例の大半は医療機関および/または確定例との疫学的関連があり、当該事例における医療機関の果たした役割を浮き彫りにしている[3]。
  • 2013年4月1日から5月23日の間に、サウジアラビアのAl-Hasaにおいて23例の確定例(それ以外に11例の可能性例も存在)の報告があったが、これは4つの医療施設が関与したアウトブレイクであった。確定例23例のうち21例が、透析室、集中治療室、入院病棟においておこり、その中にはヒト—ヒト感染が確認された例もあったが、その感染様式は特定することができなかった。潜伏期間は中央値5.2日(95%信頼区間: 1.9-14.7日)、世代間隔(感染源の発症から二次感染者の発症までの期間)は、中央値7.6日(95%信頼区間:2.5-23.1日)と推定されている。病院スタッフに対する調査から、MERS症例との接点がない看護師補助員がMERSと確定診断されたが、MERS症例との接点がある他のスタッフ(2日間の発熱のみで呼吸器症状なし、特異的検査未実施)との接点以外に疑わしい曝露源がなかった[4]。
  • 2013年9月25日までの133例の症例情報によると、感染経路の情報のある129例のうち33例(26%)は院内感染の可能性があり、医療従事者の感染は全体で23例(17%)であった。2013年3~5月と6~9月の期間における致命率はそれぞれ63%(25/40)、33%(25/77)と低下傾向にある。また、18例(14%)の無症候あるいは軽症例が報告されている[5]。2013年2月、サウジアラビアのリヤドで呼吸器症状を呈した診断未確定の入院患者と接触した2名がMERSと診断された。この2例は、MERSと診断されていない患者からの院内感染が疑われた[6]。
  • サウジアラビアで2012年10-11月に発生した家族内集積事例の報告では、同居家族のうち男性のみに感染伝播が起こり(確定例2名、可能性例1名)、入院前のみに濃厚接触があったこれらの症例の配偶者は感染していないことから、病初期においては感染性が低い可能性が推察されている[7]。英国において2013年2月に発生した二次感染者2名の家族集積例における潜伏期間は19日と推定されている[8]。フランスではドバイから帰国して発症した1例とこの患者から院内感染した1例の計2例が報告された。本事例では、下気道検体のウイルス量は高濃度であったのに対し、上気道検体ではウイルスはほとんど検出できなかったことから、ウイルス検出のためには下気道からの検体が必要であることが指摘され、また潜伏期間は9-12日と推定されている[9]。
  • 2013年8月現在までに報告された症例情報等を用いた推計によると、940例(95%信頼区間:290-2200例)の有症状例が存在している可能性があり、少なくとも62%の症例は探知されていないという結果となった。また、対策がなされていれば、ヒトーヒト感染は持続的とならないといえるが、対策がなされない場合のR0は0.8-1.3と推定された[10]。
  • 2013年6月21日までの64症例から計算された基本再生産数(R0)は、低めの推計値(集団発生内に複数の初感染例を仮定)で0.60 (95%信頼区間: 0.42–0.80)、高めの推計値(集団発生ごとに一つの初感染例を仮定)で0.69 (0.50–0.92)といずれも1.00を下回った。MERSのR0は2003年のプレパンデミック段階としてのSARSコロナウイルスのR0 0.80 (95%信頼区間:0.54–1.13)よりさらに低いことから、現段階でMERSはパンデミックは起こしがたいと推察されている[11]。
2. ウイルス学的情報
【感染源となる可能性がある動物に関する検討】
  • 日本国内に棲息するヒトコブラクダは25頭前後と考えられるが、その内20頭についてMERSコロナウイルスの検査を行った。全ての個体について、糞や鼻腔拭い液中にウイルス遺伝子は検出されなかった。さらに5頭については血清中のウイルス中和抗体の検査をおこなったが、全て陰性であった。つまり日本のヒトコブラクダを調査した限りでは、MERSコロナウイルスを保有している個体は確認されていない[12]。
  • ラクダは、1歳で出荷されて人への接触の機会が多くなるが、この時期のラクダでは35.3%がMERSコロナウイルスの遺伝子陽性である。一方で2歳では2.9%にまで下がるので、出荷時期を遅らせれば、人への感染のリスクを下げることができると提案されている[13]。
  • サウジアラビアのヒトコブラクダの鼻腔からMERS-CoVが分離され、ヒトから分離されたウイルスの配列と同じであった。また、ヒトコブラクダは同時に複数のMERS-CoVに感染するという所見も得られている[14]。
  • サウジアラビアのAl-Hasaにおいて、ヒトコブラクダの群れの出産時期に前向きの調査を行い、MERS-CoVの感染が幼獣と成獣どちらにも認められることを確認した。ここで分離されたウイルスは、ヒトから分離されたもの(Clade B)と99.9%同一であった[15] 。
  • 2013年11月にサウジアラビアにおいて、MERS-CoVに感染したヒトコブラクダとの濃厚な接触(ラクダの世話や未殺菌のラクダ乳の喫食など)後に発症した1症例が報告された。患者とラクダの遺伝子配列解析から、種を超えたウイルス伝播が示唆された[16]。
  • 2014年2月にカタールのヒトコブラクダから分離されたウイルスは、2012年に同国でヒトから分離されたウイルスと99.9%の相同性のある遺伝子を持ち、受容体の結合に重要なほとんどのアミノ酸配列に変異はなかった [17]。
  • アラブ首長国連邦におけるヒトコブラクダの血清調査(2003年の151サンプル、2013年の500サンプル)において、計651サンプルのうち381サンプル(59.8%)がMERS-CoVの中和抗体(>1280倍)を持っていた[18]。オマーンのヒトコブラクダにおいてはMERS-CoVのスパイクに対するタンパク特異的抗体、MERS-CoVに対する中和抗体価はいずれも100%(50/50)陽性であった[19]。この結果から、ラクダにMERS-CoVあるいは類縁のウイルスが感染していると考えられた。
【ヒトからの分離ウイルスについての検討】
  • サウジアラビアで2013年の5-9月に得られた32のウイルス株のゲノム解析を行ったところ、4つのクレードに分類されることがわかった。そのうち3つのクレードに属するウイルスは、すでに患者において見つからなくなっており、この消失は、感度のよいサーベイランスと隔離が疾病のコントロールに有効であること、R0が1未満であることと関連している可能性がある。ただし、一つのクレードは継続して発生しており、診断されていない無症状者が感染を拡大させている可能性がある[20]。
  • 21例のヒトMERS症例についてのフルゲノム解析の結果, リヤドにおいては、1つのクレードの中でそれぞれ3種類の異なるゲノムタイプのウイルスが感染していた。持続的なヒトーヒト感染によって広がっている感染ではなく、それぞれが独立した動物由来の感染であることが考えられる。また、Al-Hasaのクラスターにおける解析の結果、病院におけるアウトブイレクにおいても、2種類以上のウイルスが検出されており、それぞれが独立した動物に由来の感染である可能性が示唆されている[21]。

〇WHOの対応

WHOは、国際保健規則(IHR)に基づく対応として、これまでにMERSに関する緊急委員会を計8回開催している(第1回2013年7月9日、第2回7月17日、第3回9月25日、第4回12月4日、第5回2014年5月13日、第6回6月17日、第7回10月1日、第8回2015年2月4日)。直近の第8回緊急委員会では、感染経路についてはこれまで同様、持続的なヒト-ヒト感染を示す証拠はなく、現状は「国際的に懸念される公衆の保健上の緊急事態(PHEIC)」には至っていないが、依然として国際的な拡大が懸念されるとした。確定例が発生している国に対して、MERS-CoVに変異の有無の監視、ヒトと動物におけるサーベイランス、基本的な感染症予防策の実施、医療従事者に対する教育、リスクコミュニケーションによる市民・医療従事者・政策決定者への啓発、ヒトと動物分野の保健当局の協力の強化、IHRに基づく通告の徹底を要請している。 http://www.who.int/mediacentre/news/statements/2015/8th-mers-emergency-committee/en/ 

 
〇国内対応
〇リスクアセスメント
  • 2015年における中東でのMERS患者発生の疫学的特徴は、以前と同様に動物からヒトへの伝播事例と主に医療現場、および家族内での2次感染事例であるが、感染原因が不明な事例も一定程度報告されている。しかし市中における継続的な感染伝播は確認されていない。
  • 2015年5月の、韓国における中東地域からの帰国者を発端としたMERSの集団発生事例は、医療機関における渡航歴確認の重要性と、医療機関と公衆衛生当局との連携、必要時の迅速な診断、確定例に対する迅速な積極的疫学調査、医療機関での適切な感染予防策の実施が改めて重要と考えられた。
  • 日本においても、今後、現在症例が発生している地域からの輸入例が発生する可能性がある。これら患者は、確定例またはラクダとの接触歴は明確でない場合や軽症である可能性があることに留意し、感染症法に基づく届出基準に従って症例の探知と報告を適切に行うことが重要である(前述http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou19/dl/20150602_01.pdf 参照) 。
  • 高齢者や基礎疾患のある者に感染した場合、重症化する恐れもあることから、症例に対する適切な医療の提供が重要である。
  • 確定患者の接触者においてヒト-ヒト感染があることに留意し、迅速に接触者調査を実施し、感染拡大を防止することが重要である。
  • 医療従事者は、医療機関内での感染伝播を確実に防止するため、患者の診療に当たる際はMERSが疑われる段階から患者への感染拡大防止に関する指導、医療の実施に当たっては標準予防策及び飛沫予防策を徹底する必要がある。
  • 今後も中東地域と韓国、中国における輸入例およびそれに疫学的関連のある症例の発生状況を注意深く監視していくことが重要である。

以上のリスクアセスメントは、現時点で得られている情報に基づいており、症例情報は、基本的に世界保健機関(WHO)からの公式情報 DON http://www.who.int/csr/don/en/)および(Weekly Epidemiological Report WER http://www.who.int/wer/2015/wer9020.pdf)、Middle East respiratory syndrome coronavirus (MERS-CoV) in the Republic of Korea (http://www.who.int/mediacentre/news/situation-assessments/2-june-2015-south-korea/en/ )を参照してまとめている。なお、事態の展開にあわせて、リスクアセスメントを更新していく予定である。

 

参考文献

  1. The WHO MERS-CoV Research Group, State of knowledge and data gaps of Middle East Respiratory Syndrome Coronavirus (MERS-CoV) in humans. PLoS Curr. 2013 November 12; 5.
  2. Marcel A Müller, Benjamin Meyer, Victor M Corman et al; Presence of Middle East respiratory syndrome coronavirus antibodies in Saudi Arabia: a nationwide, cross-sectional, serological study. Lancet Infect Dis. 2015 May;15(5), p559–564.
  3. Ikwo K. Oboho, Sara M. Tomczyk, Ahmad M. Al-Asmari et al; 2014 MERS-CoV Outbreak in Jeddah — A Link to Health Care Facilities. N Engl J Med. 2015 Feb 26; 372:846-854, DOI: 10.1056/NEJMoa1408636
  4. Assiri A, McGeer A, Perl TM et al; the KSA MERS-CoV Investigation Team. Hospital Outbreak of Middle East Respiratory Syndrome Coronavirus. N Engl J Med. 2013 Jun 19. [Epub ahead of print]
  5. Penttinen PM, KaasikAaslav K, Friaux A, et al, Taking stock of the first 133 MERS coronavirus cases globally – Is the epidemic changing? . Eurosurveill. 2013;18(39):pii=20596.
  6. Omrani AS, Matin MA, Haddad Q et al; A family cluster of Middle East Respiratory Syndrome Coronavirus infections related to a likely unrecognized asymptomatic or mild case. Int J Infect Dis. 2013 Sep;17(9):e668672.
  7. Memish ZA, Zumla AI, AlHakeem RF et al; Family cluster of Middle East respiratory syndrome coronavirus infections. N Engl J Med. 2013 Jun 27;368 (26):248794.
  8. Health Protection Agency (HPA) UK Novel Coronavirus Investigation team, Evidence of persontoperson transmission within a family cluster of novel coronavirus infections, United Kingdom, February 2013. Eurosurveill. 2013 Mar 14;18(11):20427.
  9. Guery B, Poissy J, El Mansouf L et al; the MERS-CoV study group. Clinical features and viral diagnosis of two cases of infection with Middle East Respiratory Syndrome coronavirus: a report of nosocomial transmission. Lancet. 2013 Jun 29;381 (9885):226572
  10. Cauchemez S, Fraser C, Van Kerkhove MD et al, Middle East respiratory syndrome coronavirus: quantification of the extent of the epidemic, surveillance biases, and transmissibility. Lancet Infect Dis. 2014 Jan;14(1):5056.
  11. Breban R, Riou J, Fontanet A; Interhuman transmissibility of Middle East respiratory syndrome coronavirus: estimation of pandemic risk. Lancet 2013 Aug 24; 382 (9893): 694 – 9
  12. Shirato K, Azumano A, Hagihara D et al. Middle East respiratory syndrome coronavirus infection not found in camels in Japan. Jpn J Infect Dis. 2015;68(3):256-8
  13. Wernery U, Corman VM, Wong EYM, et al. Acute Middle East respiratory syndrome coronavirus infection in livestock dromedaries, Dubai, 2014. Emerg Infect Dis. 2015 Jun [date cited 2015/06/03]. http://dx.doi.org/10.3201/eid2106.150038 DOI: 10.3201/eid2106.150038
  14. Briese T, Mishra N, Jain K, et al, Middle East Respiratory Syndrome Coronavirus Quasispecies That Include Homologues of Human Isolates Revealed through WholeGenome Analysis and Virus Cultured from Dromedary Camels in Saudi Arabia. mBio 2014 5: e011146  http://mbio.asm.org/content/5/3/e0114614.full
  15. Hemida MG, Chu DKW, Poon LLM, et al, MERS Coronavirus in dromedary camel head Saudi Arabia. Emerg Infect Dis 2014 20(7)  http://wwwnc.cdc.gov/eid/article/20/7/140571_article.htm
  16. Memish ZA, Cotton M, Meyer B, et al, Human infection with MERS coronavirus after exposure to infected camels, Saudi Arabia,2013. Emerg Infect Dis 2014 20: 10125.
  17. Raj VS, Farag EABA, Reusken CBEM et al, Isolation of MERS coronavirus from a dromedary camel, atar, 2014. Emerg Infect Dis 2014 Aug;20(8). http://wwwnc.cdc.gov/eid/article/20/8/140663_article.htm
  18. Meyer B, Müller MA, Corman VM et al; Antibodies against MERS Coronavirus in Dromedary Camels, United Arab Emirates, 2003 and 2013. Emerg Infect Dis 2014 Apr;20(4):5529.
  19. Reusken CBEM, Haagmans BL, Muller MA et al; Middle East respiratory syndrome coronavirus neutralizing serum antibodies in dromedary camels: a comparative serological study. Lancet 2013 Oct;13(10):85966.
  20. Cotten M, Watson SJ, Zumla AI et al; Spread, circulation, and evolution of the Middle East respiratory syndrome coronavirus. MBio. 2014 Feb 18;5(1). pii: e0106213.
  21. Cotten M, Watson SJ, Kellam P et al; Transmission and evolution of the Middle East respiratory syndrome coronavirus in Saudi Arabia: a descriptive genomic study. Lancet 2013 Sep 19. doi:pii: 01406736 (13)618875.

 

WHOの対応

【ハイライト】
【検査】
【感染管理】
【症例定義】
【サーベイランス】
【臨床】
【研究・調査】

2014年5月26日

国立感染症研究所

 

〇事例の概要

2012年9月22日に英国よりWHOに対し、中東へ渡航歴のある重症肺炎患者から後にMiddle East Respiratory Syndrome Coronavirus(MERSコロナウイルス)と命名される新種のコロナウイルス(以下、MERS-CoV)が分離されたとの報告があって以来、中東地域に居住または渡航歴のある者、あるいはMERS患者との接触歴のある者において、このウイルスによる中東呼吸器症候群(MERS)の症例が継続的に報告され、医療施設や家族内等において限定的なヒト-ヒト感染が確認されている。

〇疫学的所見

  • 2014年5月26日までに、ヒト感染の確定症例635名(死亡193名:致命率30%)がWHOに報告された。報告地域(国)は中東地域(ヨルダン、クウェート、オマーン、カタール、サウジアラビア、アラブ首長国連邦、イエメン)、アフリカ(エジプト、チュニジア)、ヨーロッパ(フランス、ドイツ、ギリシャ、イタリア、英国、オランダ)、アジア(マレーシア、フィリピン)、北アメリカ(米国)の計18カ国である。中東地域以外の国からの報告例は、すべて中東地域への渡航歴のあるもの、もしくはその接触者であった。
  • 2014年5月9日までに報告されたヒト感染の確定症例536名については、男性が65.6%を占め、年齢は中央値49歳(範囲:9か月~94歳)であった。
  • 2014年3月27日以降の報告症例数は330名(死亡59名)であり、サウジアラビアから290名、アラブ首長国連邦37名などであった。サウジアラビアの290名のうち128名はジェッダの14医療機関で治療をうけており、発症日は2014年2月17日から4月26日であった。この約3割は初発例であるが、約6割(医療従事者39名を含む)は医療施設での二次感染が推定された。医療従事者の症例は、確定症例の全体像と比較してより若く、また女性の割合が多く、軽症や無症状が多かった。アラブ首長国連邦から報告された37名の3分の2以上が救急車のスタッフを含む医療従事者であった。ただし、重症例は1名のみで、他は軽症または無症状であった。
  • 米国CDCは、同国で初めてのMERS輸入症例患者の接触者調査に関連し、3例目のMERS患者を発表した。この患者には最近の海外渡航歴がなく、サウジアラビアから渡航した1例目がMERS検査陽性と判明する5月2日の直前に1例目と2度の短い接触(40分以内のビジネス・ミーティング)があった。
    http://www.cdc.gov/media/releases/2014/p0517-mers.html
  • 一部の症例の感染原因としてラクダへの曝露(ラクダ乳の喫食を含む)が示唆されている。

〇臨床所見

  • 2012年9月から2013年10月までにWHOに報告された161例(検査確定例144例と可能性例17例)の臨床像の解析では、軽症例から急性呼吸促迫症候群(ARDS)を来たす重症例まである。典型的病像は、発熱、咳嗽等から始まり、急速に肺炎を発症し、しばしば呼吸管理が必要となる。全症例の63.4%が重症化し、44.1%が肺炎を発症した。また、ARDSの合併は12.4%に認められた。少なくとも3分の1の患者は嘔吐、下痢などの消化器症状を呈した[1]。

〇学術論文情報

1. 疫学情報
  • 2013年4月1日から5月23日の間に、サウジアラビアのAl-Ahsaにおいて23例の確定例(それ以外に11例の可能性例も存在)の報告があったが、これは4つの医療施設が関与したアウトブレイクであった。確定例23例のうち21例が、透析室、集中治療室、入院病棟においておこり、その中にはヒト—ヒト感染が確認された例もあったが、その感染様式は特定することができなかった。潜伏期間は中央値5.2日(95%信頼区間: 1.9-14.7日)、世代間隔(感染源の発症から二次感染者の発症までの期間)は、中央値7.6日(95%信頼区間:2.5-23.1日)と推定されている。病院スタッフに対する調査から、MERS症例との接点がない看護師補助員がMERSと確定診断されたが、MERS症例との接点がある他のスタッフ(2日間の発熱のみで呼吸器症状なし、特異的検査未実施)との接点以外に疑わしい曝露源がなかった[2]。
  • 2013年9月25日までの133例の症例情報によると、感染経路の情報のある129例のうち33例(26%)は院内感染の可能性があり、医療従事者の感染は全体で23例(17%)であった。2013年3~5月と6~9月の期間における致命率はそれぞれ63%(25/40)、33%(25/77)と低下傾向にある。また、18例(14%)の無症候あるいは軽症例が報告されている[3]。2013年2月、サウジアラビアのリヤドで呼吸器症状を呈した診断未確定の入院患者と接触した2名がMERSと診断された。この2例は、MERSと診断されていない患者からの院内感染が疑われた。[4]
  • サウジアラビアで2012年10-11月に発生した家族内集積事例の報告では、同居家族のうち男性のみに感染伝播が起こり(確定例2名、可能性例1名)、入院前のみに濃厚接触があったこれらの症例の配偶者は感染していないことから、病初期においては感染性が低い可能性が推察されている[5]。英国において2013年2月に発生した二次感染者2名の家族集積例における潜伏期間は1-9日と推定されている[6]。フランスではドバイから帰国して発症した1例とこの患者から院内感染した1例の計2例が報告された。本事例では、下気道検体のウイルス量は高濃度であったのに対し、上気道検体ではウイルスはほとんど検出できなかったことから、ウイルス検出のためには下気道からの検体が必要であることが指摘され、また潜伏期間は9-12日と推定されている[7]。
  • 2013年8月現在までに報告された症例情報等を用いた推計によると、940例(95%信頼区間: 290-2200例)の有症状例が存在している可能性があり、少なくとも62%の症例は探知されていないという結果となった。また、対策がなされていれば、ヒトーヒト感染は持続的とならないといえるが、対策がなされない場合のR0は0.8-1.3と推定された[8]。
  • 2013年6月21日までの64症例から計算された基本再生産数(R0)は、低めの推計値(集団発生内に複数の初感染例を仮定)で0.60 (95%信頼区間: 0.42–0.80)、高めの推計値(集団発生ごとに一つの初感染例を仮定)で0.69 (0.50–0.92)といずれも1.00を下回った。2003年のSARSのR0が0.80 (95%信頼区間: 0.54–1.13)であり、パンデミックには至らなかったが、MERSのR0はSARSのR0よりさらに低いことから、パンデミックは起こしがたいと推察されている[9]。
2. ウイルス学的情報
【感染源となる可能性がある動物に関する検討】
  • サウジアラビアのヒトコブラクダの鼻腔からMERS-CoVが分離され、ヒトから分離されたウイルスの配列と同じであった。また、ヒトコブラクダは同時に複数のMERS-CoVに感染するという所見も得られている[10]。
    http://mbio.asm.org/content/5/3/e01146-14.full
  • サウジアラビアのAl-Hasaにおいて、ヒトコブラクダの群れの出産時期に前向きの調査を行い、MERS-CoVの感染が幼獣と成獣どちらにも認められることを確認した。ここで分離されたウイルスは、ヒトから分離されたもの(Clade B)と99.9%同一であった[11]。
    http://wwwnc.cdc.gov/eid/article/20/7/14-0571_article.htm
  • 2013年11月にサウジアラビアにおいて、MERS-CoVに感染したヒトコブラクダとの濃厚な接触(ラクダの世話や未殺菌のラクダ乳の喫食など)後に発症した1症例が報告された。患者とラクダの遺伝子配列解析から、種を超えたウイルス伝播が示唆された[12]。
  • 2014年2月にカタールのヒトコブラクダから分離されたウイルスは、2012年に同国でヒトから分離されたウイルスと99.9%の相同性のある遺伝子を持ち、受容体の結合に重要なほとんどのアミノ酸配列に変異はなかった [13]。
    http://wwwnc.cdc.gov/eid/article/20/8/14-0663_article.htm
  • アラブ首長国連邦におけるヒトコブラクダの血清調査(2003年の151サンプル、2013年の500サンプル)において、計651サンプルのうち381サンプル(59.8%)がMERS-CoVの中和抗体(>1280倍)を持っていた[14]。
  • オマーンのヒトコブラクダにおいてはMERS-CoVのスパイクに対するタンパク特異的抗体、MERS-CoVに対する中和抗体価はいずれも100%(50/50)陽性であった[15]。この結果から、ラクダにMERS-CoVあるいは類縁のウイルスが感染していると考えられた。
【ヒトからの分離ウイルスについての検討】
  • サウジアラビアで2013年の5〜9月に得られた32のウイルス株のゲノム解析を行ったところ、4つのクレードに分類されることがわかった。そのうち3つのクレードに属するウイルスは、すでに患者において見つからなくなっており、この消失は、感度のよいサーベイランスと隔離が疾病のコントロールに有効であること、R0が1未満であることと関連している可能性がある。ただし、一つのクレードは継続して発生しており、診断されていない無症状者が感染を拡大させている可能性がある[16]。
  • 21例のヒトMERS症例についてのフルゲノム解析の結果, リヤドにおいては、1つのクレードの中でそれぞれ3種類の異なるゲノムタイプのウイルスが感染していた。持続的なヒトーヒト感染によって広がっている感染ではなく、それぞれが独立した動物由来の感染であることが考えられる。また、Al-Ahsaのクラスターにおける解析の結果、病院におけるアウトブイレクにおいても、2種類以上のウイルスが検出されており、それぞれが独立した動物に由来の感染である可能性が示唆されている[17]。

〇WHO MERSに関する緊急委員会の開催

  • WHOは、国際保健規則(IHR)に基づく対応として、これまでにMERSに関する緊急委員会を計5回開催している(第1回2013年7月9日、第2回7月17日、第3回9月25日、第4回12月4日、第5回2014年5月13日)。
  • 直近の第5回緊急委員会では、持続的なヒト-ヒト感染を示す証拠はなく、現状は「国際的に懸念される公衆の保健上の緊急事態(PHEIC)」には至っていないが、最近の患者数の急増や、重要な情報の不足など、公衆衛生への懸念は高まっているとして、全ての加盟国に対して、院内感染対策の強化、包括的な調査の実施(接触者調査を含む)、IHRに基づく通告の徹底を改めて要請した。
    http://www.who.int/mediacentre/news/statements/2014/mers-20140514/en/
〇国内対応
  • 感染研ウイルス第三部より検査試薬(PCR用プライマー・プローブ、陽性対照等)が各地方衛生研究所および政令指定都市の保健所(計72か所)、空港検疫所(16か所)、計88箇所に配布された。
  • 2012年9月26日付で、MERSが疑われる事例について厚生労働省への情報提供を依頼する通知が出されている。その後、数度にわたり、自治体等への情報提供が行われており、2014年5月16日付で、改めて通知を発出し、情報提供を求める症例定義について、軽症例を含めるなどの変更を行ったほか、院内感染対策の徹底を求めた。
〇リスクアセスメント
  • 2014年1月に報告数は一旦減少したが、2月以降に急増した。4月は過去最大の月別報告数を記録し、初発例と院内感染症例の増加が示唆されている。医療従事者における感染事例の多くは接触者調査で判明している。
  • 過去数週間のサウジアラビアからの報告から判断すると、感染が市中へ急速に拡大している状況にはなく、これまでの疫学的所見に変化はない。また、家族内感染の報告件数は少なく、規模も大きくないことから、ヒト-ヒト感染は限定的と考えられている。また、院内においてMERSと診断されていないもの、または、無症状のものからのMERS感染を疑わせる事例が報告されている。
  • 2012年9月に本疾患が初めて報告されて以来、世界各国においてサーベイランスが強化されてきたところである。現時点で、中東外では帰国者(輸入例)と一部においてその接触者での感染が少数確認されている。米国では、輸入症例患者との軽度な接触による二次感染患者(抗MERS-CoV抗体陽性者)が接触者調査でみつかっており、接触者調査の重要性が示唆されている。
  • 一部の症例の感染原因としてラクダへの曝露が示唆されており、流行地域におけるラクダへの曝露はリスクと考えるべきである。
  • 日本においても、今後、中東からの輸入例が発生する可能性がある。これら患者は、軽症である可能性があることに留意し、厚生労働省の通知に従って症例の探知を適切に行うことが重要である。
  • 高齢者や基礎疾患のある者に感染した場合、重症化する恐れもあることから、症例に対する適切な医療の提供が重要である。
  • 限定的ではあるがヒト-ヒト感染があることに留意し、症例について接触者調査を実施し、感染拡大を防止することが重要である。
  • 医療従事者は、医療機関内での二次感染の発生を確実に防止するため、患者の診療に当たる際はMERSが疑われる段階から標準予防策及び飛沫予防策を徹底する必要がある。 以上のリスクアセスメントは、現時点で得られている情報に基づいており、症例情報は、基本的に世界保健機関(WHO)からの公式情報(http://www.who.int/csr/disease/coronavirus_infections/MERS_CoV_Update_09_May_2014.pdf)を参照してまとめている。なお、事態の展開にあわせて、リスクアセスメントを更新していく予定である。

参考文献

  1. The WHO MERS-CoV Research Group, State of knowledge and data gaps of Middle East Respiratory Syndrome Coronavirus (MERS-CoV) in humans. PLoS Curr. 2013 November 12; 5.
  2. Assiri A, McGeer A, Perl TM et al; the KSA MERS-CoV Investigation Team. Hospital Outbreak of Middle East Respiratory Syndrome Coronavirus. N Engl J Med. 2013 Jun 19. [Epub ahead of print]
  3. Penttinen PM, Kaasik-Aaslav K, Friaux A, et al, Taking stock of the first 133 MERS coronavirus cases globally – Is the epidemic changing? . Eurosurveill. 2013;18(39):pii=20596.
  4. Omrani AS, Matin MA, Haddad Q et al; A family cluster of Middle East Respiratory Syndrome Coronavirus infections related to a likely unrecognized asymptomatic or mild case. Int J Infect Dis. 2013 Sep;17(9):e668-672.
  5. Memish ZA, Zumla AI, Al-Hakeem RF et al; Family cluster of Middle East respiratory syndrome coronavirus infections. N Engl J Med. 2013 Jun 27;368 (26):2487-94.
  6. Health Protection Agency (HPA) UK Novel Coronavirus Investigation team, Evidence of person-to-person transmission within a family cluster of novel coronavirus infections, United Kingdom, February 2013. Eurosurveill. 2013 Mar 14;18(11):20427.
  7. Guery B, Poissy J, El Mansouf L et al; the MERS-CoV study group. Clinical features and viral diagnosis of two cases of infection with Middle East Respiratory Syndrome coronavirus: a report of nosocomial transmission. Lancet 2013 Jun 29;381 (9885):2265-72
  8. Cauchemez S, Fraser C, Van Kerkhove MD et al, Middle East respiratory syndrome coronavirus: quantification of the extent of the epidemic, surveillance biases, and transmissibility. Lancet Infect Dis 2014 Jan;14(1):50-56.
  9. Breban R, Riou J, Fontanet A; Interhuman transmissibility of Middle East respiratory syndrome coronavirus: estimation of pandemic risk. Lancet 2013 Aug 24; 382 (9893): 694 – 9
  10. Briese T, Mishra N, Jain K, et al, Middle East Respiratory Syndrome Coronavirus Quasispecies That Include Homologues of Human Isolates Revealed through Whole-Genome Analysis and Virus Cultured from Dromedary Camels in Saudi Arabia. mBio 2014 5: e011146
  11. Hemida MG, Chu DKW, Poon LLM, et al, MERS Coronavirus in dromedary camel head Saudi Arabia. Emerg Infect Dis 2014 20(7) (http://wwwnc.cdc.gov/eid/article/20/7/14-0571_article.htm)
  12. Memish ZA, Cotton M, Meyer B, et al, Human infection with MERS coronavirus after exposure to infected camels, Saudi Arabia,2013. Emerg Infect Dis 2014 20: 1012-5.
  13. Raj VS, Farag EABA, Reusken CBEM et al, Isolation of MERS coronavirus from a dromedary camel, Qatar, 2014. Emerg Infect Dis 2014 Aug;20(8).
  14. Meyer B, Müller MA, Corman VM et al; Antibodies against MERS Coronavirus in Dromedary Camels, United Arab Emirates, 2003 and 2013. Emerg Infect Dis 2014 Apr;20(4):552-9.
  15. Reusken CBEM, Haagmans BL, Muller MA et al; Middle East respiratory syndrome coronavirus neutralizing serum antibodies in dromedary camels: a comparative serological study. Lancet 2013 Oct;13(10):859-66.
  16. Cotten M, Watson SJ, Zumla AI et al; Spread, circulation, and evolution of the Middle East respiratory syndrome coronavirus. MBio. 2014 Feb 18;5(1). pii: e01062-13.
  17. Cotten M, Watson SJ, Kellam P et al; Transmission and evolution of the Middle East respiratory syndrome coronavirus in Saudi Arabia: a descriptive genomic study. Lancet 2013 Sep 19. doi:pii: S0140-6736(13)61887-5.

 

WHOの対応

【ハイライト】
【検査】
【感染管理】
【症例定義】
【サーベイランス】
  • 院内感染事例における医療従事者の感染リスクの解析方法(2014年1月27日)
    http://www.who.int/csr/disease/coronavirus_infections/Healthcare_MERS_Seroepi_Investigation_27Jan2014.pdf
    前方視的または後方視的に診断されたMERS-CoV感染者に曝露した可能性のある医療従事者についての包括的な調査方法を示している。これは、医療従事者の感染リスク因子とウイルス伝播様式について理解し感染管理と国内および国際的な公衆衛生対応に繋げることを目指している。
  • 接触者サーベイランスの方法(2013年11月19日)
    http://www.who.int/csr/disease/coronavirus_infections/WHO_Contact_Protocol_MERSCoV_19_November_2013.pdf
    MERS確定例と可能性例の全ての接触者(同居者、家族、社会活動、職場、医療関連)についての包括的な評価を目的としたコホート研究は、疾患の重症度や感染のリスク因子を特定し、ウイルス伝播を予防するために必要である。このガイダンスは、接触者を発見し検査を行う方法と、感染リスク因子の評価方法を示している。
  • サーベイランスガイダンスの改訂(2013年6月27日)
    http://www.who.int/csr/disease/coronavirus_infections/InterimRevisedSurveillanceRecommendations_nCoVinfection_27Jun13.pdf
    6月27日に発出されたサーベイランスガイダンスの改訂版では、診断のためには、下気道からの検体採取が勧められること、また潜伏期については多くの事例は1週間未満であると考えられるが、潜伏期が9-12日という事例があるため、確定例の接触者や中東への渡航歴があるものについては、14日間の健康観察が勧められている。
【臨床】
【研究・調査】

2015年7月17日

国立感染症研究所

 

〇事例の概要

2012年9月22日に英国よりWHOに対し、後にMiddle East Respiratory Syndrome Coronavirus(MERSコロナウイルス)と命名される新種のコロナウイルス(以下、MERS-CoV)が中東へ渡航歴のある重症肺炎患者から分離されたと報告された。その後、中東地域に居住または渡航歴のある者、あるいはMERS患者との接触歴のある者において、MERS-CoV感染による中東呼吸器症候群(MERS)の症例が継続的に報告され、医療施設や家族内等において限定的なヒト-ヒト感染が確認されている。

〇疫学的所見(WHOの公表情報より要約)

  • 2015年7月14日までにWHOに報告された確定症例は1,368例(死亡489例:致命率35.7%)、男性が65%を占め、年齢は中央値50歳(範囲:9か月~99歳)であった(WHO Disease Outbreak News http://www.who.int/csr/don/en/ に適宜更新情報掲載)。報告地域は中東地域(ヨルダン、クウェート、オマーン、カタール、サウジアラビア、アラブ首長国連邦、イエメン、イラン、レバノン)、アフリカ(エジプト、チュニジア、アルジェリア)、ヨーロッパ(フランス、ドイツ、ギリシャ、イタリア、英国、オランダ、オーストリア、トルコ)、アジア(マレーシア、フィリピン、韓国、中国、タイ)、北アメリカ(米国)の計26か国である。中東地域以外の国からの報告例は、すべて中東地域への渡航歴のあるもの、もしくはその接触者であった。
  • 中東以外の国で、輸入例を発端とした国内感染事例が報告されているのは、イギリス、フランス、チュニジア、韓国の4か国である。
  • 2015年1月1日以降、217例のMERS患者がサウジアラビアから報告された。そのうち少なくとも44例はHofufから報告されており、これらの患者はHofufの13の医療機関と関連があった。過去の事例と比較し、病院におけるアウトブレイクの増加を認め、家族内での限定的なヒト-ヒト感染も報告されているものの、市中での継続した感染拡大は認めない。
韓国での発生状況
(発生数の最新情報は厚生労働省検疫所HP http://www.forth.go.jp/topics/fragment1.html 参照)
  • 2015年5月20日、韓国では初となるMERSの輸入例がWHOへ報告されたが、その後当該輸入例に関連した症例が2015年7月15日現在までに186例が報告された。年齢中央値は55歳(範囲:16歳~87歳)、男性が111例(59.7%)、死亡は36例(致命率19.3%)で、うち33例(91.7%)は基礎疾患(悪性腫瘍、心疾患、呼吸器疾患、腎疾患、糖尿病、免疫不全等)を有する、もしくは高齢者であった。複数の医療機関において限局したアウトブレイクが発生し、医療従事者の感染例も計39例(21%)となったが、市中での継続的な感染拡大は認めていない。6月2日以降、継続的な公衆衛生対策(接触者追跡、隔離、検疫、サーベイランス)により新規感染者数は減少傾向となり、7月3日以降は新規の発症例はない。 (2015年7月14日現在の以下の情報より:韓国保健省HP http://www.mw.go.kr/front_new/al/sal0301vw.jsp?PAR_MENU_ID=04&MENU_ID=0403&page=1&CONT_SEQ=324214, WHO.Disease outbreak news 14 July 2015 http://www.who.int/csr/don/14-july-2015-mers-korea/en/
  • 韓国と中国ではMERS-CoVの全ゲノム配列の解析が実施された。暫定的な所見では、韓国で得られたMERS-CoVの配列は中東で分離されたもの配列と類似していた。より正確に類似性、感染性の変化、感染源、感染伝播について評価するには引き続き解析が必要である。 (WHO. MERS-CoV joint mission findings discussion. 15 June 2015. http://www.who.int/mediacentre/news/mers/briefing-notes/update-15-06-2015/en/、 WHO. Preliminary data from sequencing of viruses in the Republic of Korea and the People’s Republic of China. MERS-CoV. 9 June 2015. http://www.who.int/csr/disease/coronavirus_infections/risk-assessment-9june2015/en/)
韓国事例へのWHOの対応
  • WHOは2015年6月16日に、国際保健規則(IHR)に基づく対応として、MERSに関する第9回緊急委員会を開催した(第1回2013年7月9日、第2回7月17日、第3回9月25日、第4回12月4日、第5回2014年5月13日、第6回6月17日、第7回10月1日、第8回2015年2月4日)。当委員会では、韓国とWHOによるJoint missionの指摘をうけ韓国におけるMERS-CoVの感染拡大の原因について韓国独自の習慣や文化の影響を含め、以下の点を言及した。
    1. 医療従事者および一般社会におけるMERSに関する認識の欠如
    2. 不十分な院内感染予防策
    3. 混雑した救急外来や多病床の病室でのMERS患者との密接で持続的な接触
    4. 複数の医療機関を訪れる行為(ドクターショッピング)
    5. 接触者の間で感染拡大を助長するような、多くの見舞客や患者家族が病室内で感染者と滞在する習慣
    また委員会は、韓国および中国で分離されたMERS-CoVは中東での分離株の遺伝子配列と比較し著しい変異は認められず、感染経路についてもこれまで同様、持続的なヒト-ヒト感染を示す証拠はなく「国際的に懸念される公衆の保健上の緊急事態(PHEIC)」には至らないと結論付けた。 加えて委員会は、流動性が著しい現代社会においては、全ての国は他の重大な感染症も含め、このような予期しないアウトブレイクに対して常に準備しておくべきであると表明し、医療機関と航空業界との連携を強化する必要性を強調した。 (WHO. MERS-CoV joint mission findings discussion. 15 June2015. http://www.who.int/mediacentre/news/mers/briefing-notes/update-15-06-2015/en/ , WHO. Emergency Committee – 9th meeting summary http://www.who.int/mediacentre/news/mers/briefing-notes/update-22-june-2015/en/)

〇臨床所見

  • 2012年9月から2013年10月までにWHOに報告された161例(検査確定例144例と可能性例17例)の臨床像の解析では、軽症例から急性呼吸促迫症候群(ARDS)を来たす重症例まである。典型的病像は、発熱、咳嗽等から始まり、急速に肺炎を発症し、しばしば呼吸管理が必要となる。全症例の63.4%が重症化し、44.1%が肺炎を発症した。また、ARDSの合併は12.4%に認められた。少なくとも3分の1の患者は嘔吐、下痢などの消化器症状を呈した[1]。

〇学術論文情報

 
1. 疫学情報
  • 2015年6月19日までに韓国から公式に発表された166症例の情報を基に推定された潜伏期間の平均は6.7日(95%信頼区間:6.1-7.3)であった。また著者らは発症前の感染性に関して数理モデリングを用いて検討したが、発症前に感染性を有するとする証拠はないと結論づけた[2]。
  • これまでに報告された36の輸入例関連事例(21か国で発生した36事例、うち27事例は2次感染の発生なし)を用いて、症例数と感染世代の期待値を数理モデリングにより推計したところ、MERSの輸入例1例を発端として少なくとも一つの2次感染事例が発生するリスクは22.7%(95%信頼区間:19.3-25.1)、3次感染、4次感染、5次感染のリスクはそれぞれ10.5%、6.1%、3.9%であった。事例全体の症例数が8以上となるリスクは10.9%(95%信頼区間:7.6-13.6)であった[3]。
  • 韓国の単施設内でのアウトブレイクに関連した37症例での検討では、潜伏期間は中央値6日(95%信頼区間:4‐7日)、発症から確定診断までの期間は6.5日(95%信頼区間:4-9日)であった[4]。
  • 2015年5月末、韓国で感染し、中国で確認されたMERS患者において、MERS-CoV RNAが血清から発熱8日後まで、咽喉スワブから発熱4日後まで検出された。発熱7日目に肺炎が確認されその際に採取された喀痰検体と発熱10日後および15日後に採取された便検体においてもMERS-CoV RNAが陽性であった。78名の濃厚接触者について14日間の監視と隔離が実施されたが、有症者は認められず、MERS-CoVの検査でもすべて陰性であった[5]。
  • 2012年12月1日から2013年12月1日にサウジアラビアにおいて、15歳以上の生来健康な成人を対象にした横断的な血清疫学調査が行われた。検査法はリコンビナントELISAでスクリーニング、抗体陽性の確認はリコンビナント免疫蛍光法とplaque reduction neutralization test によって行われた。対象となった10,009例中、抗MERS-CoV抗体が陽性だったのは15例(0.15%、95%信頼区間0.09-0.24)で、陽性例は13州のうち6州から検出された。年齢は平均43.5歳〔標準偏差(SD)17.3〕で、これまで確定例として報告されているもの(平均53.8歳、SD17.5)より若年であった。陽性例は、男性に多く(0.25% vs.0.05%、 p=0.028)、海岸地域よりも中央の地域(0.26% vs.0.02%、p=0.003)に多かった。また、一般人口と比較し、羊飼いで15倍(2.3%, p=0.0004)、と畜場での労働者で23倍(3.6%, p<0.0001)抗体陽性率が高かった。これまで報告された確定例のうち、明らかな感染源への曝露歴がない症例については、より軽症の感染例が感染源となっている可能性が考えられる[6]。
  • 2014年1月1日から5月16日の間にサウジアラビア保健省へ報告された確定例255例(real-time RT-PCRで診断。無症状例は、接触者調査や曝露後スクリーニングで実施された同検査で診断された)についての後方視的研究の報告によると、年齢中央値45歳、男性174例(68.2%)、医療従事者78例(31%)であった。死亡は93例(致命率36.5%)だった。255例のうち、有症状191例〔75%、うち医療従事者40例(21%)〕、無症状64例〔25.1%、うち医療従事者41例(64%)〕であった。ただし、無症状と報告された64例に対する追加調査では、インタビューが実施された33例中26例(79%)に、少なくとも一つ以上の呼吸器症状を認めた。255例の大半は医療機関および/または確定例との疫学的関連があり、当該事例における医療機関の果たした役割を浮き彫りにしている[7]。
  • 2013年4月1日から5月23日の間に、サウジアラビアのAl-Hasaにおいて23例の確定例(それ以外に11例の可能性例も存在)の報告があったが、これは4つの医療施設が関与したアウトブレイクであった。確定例23例のうち21例が、透析室、集中治療室、入院病棟においておこり、その中にはヒト—ヒト感染が確認された例もあったが、その感染様式は特定することができなかった。潜伏期間は中央値5.2日(95%信頼区間: 1.9-14.7日)、世代間隔(感染源の発症から二次感染者の発症までの期間)は、中央値7.6日(95%信頼区間:2.5-23.1日)と推定されている。病院スタッフに対する調査から、MERS症例との接点がない看護師補助員がMERSと確定診断されたが、MERS症例との接点がある他のスタッフ(2日間の発熱のみで呼吸器症状なし、特異的検査未実施)との接点以外に疑わしい曝露源がなかった[8]。
  • 2013年9月25日までの133例の症例情報によると、感染経路の情報のある129例のうち33例(26%)は院内感染の可能性があり、医療従事者の感染は全体で23例(17%)であった。2013年3~5月と6~9月の期間における致命率はそれぞれ63%(25/40)、33%(25/77)と低下傾向にある。また、18例(14%)の無症候あるいは軽症例が報告されている[9]。2013年2月、サウジアラビアのリヤドで呼吸器症状を呈した診断未確定の入院患者と接触した2名がMERSと診断された。この2例は、MERSと診断されていない患者からの院内感染が疑われた[10]。
  • サウジアラビアで2012年10-11月に発生した家族内集積事例の報告では、同居家族のうち男性のみに感染伝播が起こり(確定例2名、可能性例1名)、入院前のみに濃厚接触があったこれらの症例の配偶者は感染していないことから、病初期においては感染性が低い可能性が推察されている[11]。英国において2013年2月に発生した二次感染者2名の家族集積例における潜伏期間は19日と推定されている[12]。フランスではドバイから帰国して発症した1例とこの患者から院内感染した1例の計2例が報告された。本事例では、下気道検体のウイルス量は高濃度であったのに対し、上気道検体ではウイルスはほとんど検出できなかったことから、ウイルス検出のためには下気道からの検体が必要であることが指摘され、また潜伏期間は9-12日と推定されている[13]。
  • 2013年8月現在までに報告された症例情報等を用いた推計によると、940例(95%信頼区間:290-2200例)の有症状例が存在している可能性があり、少なくとも62%の症例は探知されていないという結果となった。また、対策がなされていれば、ヒトーヒト感染は持続的とならないといえるが、対策がなされない場合のR0は0.8-1.3と推定された[14]。
  • 2013年6月21日までの64症例から計算された基本再生産数(R0)は、低めの推計値(集団発生内に複数の初感染例を仮定)で0.60 (95%信頼区間: 0.42–0.80)、高めの推計値(集団発生ごとに一つの初感染例を仮定)で0.69 (0.50–0.92)といずれも1.00を下回った。2003年のSARSのR0が0.80 (95%信頼区間: 0.54–1.13)であり、パンデミックには至らなかったが、MERSのR0はSARSのR0よりさらに低いことから、パンデミックは起こしがたいと推察されている[15]。
2. ウイルス学的情報
【感染源となる可能性がある動物に関する検討】
  • 日本国内に棲息するヒトコブラクダは25頭前後と考えられるが、その内20頭についてMERSコロナウイルスの検査を行った。全ての個体について、糞や鼻腔拭い液中にウイルス遺伝子は検出されなかった。さらに5頭については血清中のウイルス中和抗体の検査をおこなったが、全て陰性であった。つまり日本のヒトコブラクダには、MERSコロナウイルスは感染していないと考えられる[16]。
  • ラクダは、1歳で出荷されて人への接触の機会が多くなるが、この時期のラクダでは35.3%がMERS陽性である。一方で2歳では2.9%にまで下がるので、出荷時期を遅らせれば、人への感染のリスクを下げることができると提案されている[17]。
  • サウジアラビアのヒトコブラクダの鼻腔からMERS-CoVが分離され、ヒトから分離されたウイルスの配列と同じであった。また、ヒトコブラクダは同時に複数のMERS-CoVに感染するという所見も得られている[18]。
  • サウジアラビアのAl-Hasaにおいて、ヒトコブラクダの群れの出産時期に前向きの調査を行い、MERS-CoVの感染が幼獣と成獣どちらにも認められることを確認した。ここで分離されたウイルスは、ヒトから分離されたもの(Clade B)と99.9%同一であった[19] 。
  • 2013年11月にサウジアラビアにおいて、MERS-CoVに感染したヒトコブラクダとの濃厚な接触(ラクダの世話や未殺菌のラクダ乳の喫食など)後に発症した1症例が報告された。患者とラクダの遺伝子配列解析から、種を超えたウイルス伝播が示唆された[20]。
  • 2014年2月にカタールのヒトコブラクダから分離されたウイルスは、2012年に同国でヒトから分離されたウイルスと99.9%の相同性のある遺伝子を持ち、受容体の結合に重要なほとんどのアミノ酸配列に変異はなかった [21]。
  • アラブ首長国連邦におけるヒトコブラクダの血清調査(2003年の151サンプル、2013年の500サンプル)において、計651サンプルのうち381サンプル(59.8%)がMERS-CoVの中和抗体(>1280倍)を持っていた[22]。オマーンのヒトコブラクダにおいてはMERS-CoVのスパイクに対するタンパク特異的抗体、MERS-CoVに対する中和抗体価はいずれも100%(50/50)陽性であった[23]。この結果から、ラクダにMERS-CoVあるいは類縁のウイルスが感染していると考えられた。
【ヒトからの分離ウイルスについての検討】
  • サウジアラビアで2013年の5~9月に得られた32のウイルス株のゲノム解析を行ったところ、4つのクレードに分類されることがわかった。そのうち3つのクレードに属するウイルスは、すでに患者において見つからなくなっており、この消失は、感度のよいサーベイランスと隔離が疾病のコントロールに有効であること、R0が1未満であることと関連している可能性がある。ただし、一つのクレードは継続して発生しており、診断されていない無症状者が感染を拡大させている可能性がある[24]。
  • 21例のヒトMERS症例についてのフルゲノム解析の結果, リヤドにおいては、1つのクレードの中でそれぞれ3種類の異なるゲノムタイプのウイルスが感染していた。持続的なヒトーヒト感染によって広がっている感染ではなく、それぞれが独立した動物由来の感染であることが考えられる。また、Al-Hasaのクラスターにおける解析の結果、病院におけるアウトブイレクにおいても、2種類以上のウイルスが検出されており、それぞれが独立した動物に由来の感染である可能性が示唆されている[25]。

〇WHOの対応

【ハイライト】
  • リスクアセスメント更新(2015年6月19日) http://www.who.int/csr/disease/coronavirus_infections/risk-assessment-19june2015/en/
  • サウジアラビアへの巡礼者向けの渡航時の助言(2014年6月3日)http://www.who.int/ith/updates/20140603/en/ WHOは入国時の特別なスクリーニングおよび渡航や貿易を制限することを推奨しない。各国に対し、巡礼者のみならず、輸送業者、地上職員など巡礼者の渡航に関連する人でのMERS感染のリスクを軽減するために、渡航時の助言や渡航者の自己申告に関する認識を向上するよう奨励する。また、各国は、IHRに従って、①機内や船内、あるいは入国時に探知された病気の渡航者を評価する決められた手続きが整備されていること、②病気の渡航者に関する情報を、機内や船内の担当者と入国担当者、入国担当者と国の保健当局との間で共有する手順や方法が整備されていること、③有症状者を病院や指定機関へ安全に搬送し臨床的な評価と診療が系統的に行えること、以上3点を確認すべきである。
【検査】
【感染管理】
【症例定義】
【サーベイランス】
  • サーベイランスガイダンスの改訂(2015年6月30日) http://apps.who.int/iris/bitstream/10665/177869/1/WHO_MERS_SUR_15.1_eng.pdf?ua=1 サーベイランスガイダンスの改訂版では、医療機関における大規模なMERSアウトブレイクの際、可能ならば確定症例と接触のある全ての接触者(症状の有無に関わらず)、特に医療関係者やMERS患者と同室・同病棟の入院患者についてMERSの検査をすることが推奨されている。
  • 院内感染事例における医療従事者の感染リスクの解析方法(2014年1月27日) http://www.who.int/csr/disease/coronavirus_infections/Healthcare_MERS_Seroepi_Investigation_27Jan2014.pdf 前方視的または後方視的に診断されたMERS-CoV感染者に曝露した可能性のある医療従事者についての包括的な調査方法を示している。これは、医療従事者の感染リスク因子とウイルス伝播様式について理解し感染管理と国内および国際的な公衆衛生対応に繋げることを目指している。
【臨床】
  • 治療に関するガイダンスの改訂(2015年7月2日) http://www.who.int/csr/disease/coronavirus_infections/case-management-ipc/en/  前回のガイダンスからの変更点として、小児や妊婦への対応についても言及されていること、具体的で客観的な情報(酸素投与法、呼吸器設定、薬剤の投与量など)の記載、試験的なウイルス治療法についての記載が追加されている。
【研究・調査】

〇国内対応

〇リスクアセスメント

  • 日本においても、今後、現在症例が発生している地域からの輸入例が発生する可能性がある。医療機関での渡航歴確認、医療機関と公衆衛生部局(保健所等)の連携、迅速な診断、医療機関での適切な感染予防策の実施が重要である。またMERS患者は、確定例またはラクダとの接触歴は明確でない場合や, 軽症である可能性があることに留意しつつ、感染症法に基づく届出基準に従って症例の探知と報告を適切に行うことが重要である(前項参照) http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou19/dl/20150610_01.pdf
  • 一般社会に対して、MERS流行国へ渡航する際の注意事項(感染リスクを高める行動、予防法、帰国に際しての注意事項など)に関する認識を向上させることが重要である。
  • 医療従事者は、医療機関内での感染伝播を確実に防止するため、患者の診療に当たる際はMERSが疑われる段階から患者への感染拡大防止に関する指導、医療の実施に当たっては標準予防策及び飛沫予防策を徹底する必要がある。
  • 高齢者や基礎疾患のある者に感染した場合、重症化する恐れもあることから、症例に対する適切な医療の提供が重要である。
  • 確定患者の接触者においてヒト-ヒト感染があることに留意し、迅速に接触者調査を行い、接触者に対しては健康監視・隔離や外出自粛要請などを適切に実施することが重要である。
  • 今後も中東地域と韓国おける輸入例およびそれに疫学的関連のある症例の発生状況を注意深く監視していくことが重要である。 

以上のリスクアセスメントは、現時点で得られている情報に基づいており、症例情報は、基本的に世界保健機関(WHO)からの公式情報 (Disease Outbreak News DON http://www.who.int/csr/don/en/ および Weekly Epidemiological Report WER http://www.who.int/wer/2015/wer9020.pdf)を参照してまとめている。なお、事態の展開にあわせて、リスクアセスメントを更新していく予定である。

 

 

参考文献

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