IASR Vol. 44, No.12
(No. 526) December 2023
梅毒は有効な治療方法が確立しているにもかかわらず, 世界的な流行を繰り返し, 2012年頃から拡大中の再流行には現在歯止めがかかっていない。このことは, 梅毒の制御には個々の症例の治療以上に, サーベイランスを通じた感染ルートの科学的根拠を持った推定, それによるリスク集団の特定と, それへの介入が重要であることを示している。これ以上の細分化はできないという意味での究極形としてのゲノム解析を含む分子型別は, その結果を元に感染ルート推定, リスク集団特定を行ううえで必須の段階であり, 推定結果に客観的根拠を付与する点で重要な意義を持つ。これを実効的に遂行するには, この解析による病原体のプロファイルデータの集積を継続的に行っておくことも重要である。
梅毒は, 複雑な進行形態をとる慢性感染症である。感染から発症までの期間は様々で, 後述する第1期の皮膚粘膜症状(Treponema pallidum: T. pallidumの侵入局所に生じるもの)を呈さずに第2期顕症梅毒の皮膚粘膜症状(全身性に生じるもの)を呈するものや, 第1期と第2期の症状を同時に呈する症例などに遭遇することもある。また, 第1期から中枢神経浸潤, 眼病変を呈する症例(神経梅毒)や, 臨床症状を呈さずに, 潜伏梅毒に移行する例があることも念頭におく必要がある。
典型的な臨床経過は, 顕症期と潜伏期を繰り返しながら進行する。症状がないものの治療が必要な梅毒は, 病期にかかわらず潜伏期梅毒という。治癒状態の梅毒は, 陳旧性梅毒と呼ばれる。さらに母子感染による先天梅毒は別に扱われるが, 近年でも年間20例程度の報告がある。
以下に病期ごとの典型例に関して記載するが, 前述通りバリエーションが多いことを念頭においていただきたい。
感染後平均3週間程度の症状を全く呈さない潜伏期(第1期潜伏: 曝露後10~90日)の後, T. pallidum侵入部位に軟骨様硬度の硬結(初期硬結)を呈する。主に外性器や肛門に生じるが, 口唇や手指に症状を呈することもある。初期硬結の段階で医療機関を受診する症例は少なく, 多くは中心部が潰瘍化した硬性下疳(図1)の状態で受診することが多い。さらに所属リンパ節腫脹, 性器の感染であれば主に鼠径リンパ節の腫脹をきたす。一連の症状は一見派手だが, 強い痛みを訴えることは少ない。初期硬結が下疳に至らず消退することもあるが, 下疳に至っても2~3週間程度で消退し, 2期疹を呈するまで無症状となる(第2期潜伏: 下疳出現後4~10週間)。
感染後3カ月程度経過すると, T. pallidumが血行性に全身に移行し, バラ疹, 丘疹性梅毒, 梅毒性乾癬, 扁平コンジローマ(図2), 色素性梅毒, 梅毒性白斑, 膿疱性梅毒, 梅毒性爪囲炎といった皮疹や, 梅毒性アンギーナ, 乳白斑のような粘膜疹, さらには, まばらに毛が抜ける梅毒性脱毛といった様々な症状を呈する。全身症状としては, 発熱や倦怠感, 頭痛, 関節痛などを呈することもある。手掌, 足底に生じる典型的な梅毒性乾癬やバラ疹(図3)は比較的特異で診断価値が高いが, 梅毒は多彩な臨床症状を呈し, 鑑別に苦慮することも多い。第2期梅毒は感染から1年程度, 潜伏期と発症を繰り返すことがある。
感染から年余を経ると深部の筋, 骨に感染し結節性梅毒やゴム種が出現し, 潰瘍化, 瘢痕治癒して変形を残す。梅毒の感染力は時間経過とともに衰え, 感染性はなくなるとされる。大動脈炎, 大動脈瘤, 脊髄癆, 進行麻痺など多彩な症状を呈する。
梅毒はTreponema pallidum(T. pallidum)を病原体とする慢性の感染症で, 第1期はT. pallidumの感染部位に, 第2期は全身に多彩な皮膚病変を生じることで知られる。一方, 糸球体腎炎・虹彩炎・関節炎など皮膚以外にもあらゆる臓器に病変を生じる可能性もあり, なかには口腔・咽頭の症状で発症する症例も存在する。
梅毒は, Treponema pallidum subspecies pallidum(T. pallidum, 以下, Tp)による, 慢性の全身感染症であり, 主に性行為により感染が成立する。多彩な症状を呈する複数の臨床病期を有し, 無症状の時期(潜伏梅毒)を挟みながら進行する。梅毒の初期病変はHIV感染のリスクを上昇させるほか, 近年ではエムポックスとの鑑別が時に重要となる。
感染機会があり, 典型的な所見が認められ, 梅毒抗体検査の値との組み合わせにより梅毒と診断することで, 治療を開始する。ただし, 典型的な所見を認めない場合も少なからずあることから, 所見自体を認めない無症候例であっても, 問診と梅毒抗体検査などの結果を総合的に判断して治療を開始する場合もある。臨床所見と検査結果に乖離がある場合には, 梅毒抗体検査を2~4週間後に再検することも1つの選択肢である。