エンテロウイルスD68(EV-D68)感染症とは

(2015年10月22日掲載)  EV-D68はエンテロウイルス属のウイルスの一つである。エンテロウイルス属には、ポリオウイルスや、無菌性髄膜炎の原因となるエコーウイルスや手足口病の原因となりうるエンテロウイルス(EV)71型などが含まれる。エンテロウイルス属はさらに分子系統解析によりEnterovirus A~JおよびRhinovirus A〜C (species)に分類され、EV-D68はEnterovirus Dに属する...

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喘鳴を認めた患者の増加とエンテロウイルスD68型が検出された急性弛緩性麻痺の1例―東京都

(速報掲載日 2022/11/29) (IASR Vol. 43 p290-291: 2022年12月号)
 

 エンテロウイルスD68型(EV-D68)は1962年に発見されたウイルスで, 気管支喘息の既往歴の有無にかかわらず咳嗽や喘鳴を引き起こし, 急性弛緩性麻痺(AFP)との関連性も報告されている1,2)。2022年9月下旬以降, 気管支喘息様の呼吸器症状で東京都立小児総合医療センター(以下, 当院)の救急外来を受診する患者が急増した。また, 東京都立神経病院にAFPの診断で入院した患者からEV-D68が検出された。気道検体でのEV-D68検出状況とAFP患者の経過を報告する。

当院での気道検体におけるEV-D68の検出状況

 当院の総合診療科に2022年9月に入院した患者の中で, 主病名が喘息である割合は9月1日~10日で6.3% (4/63人), 11日~20日で5.8%(5/86人), 21日~30日で16.7%(15/90人)と上昇傾向にあった。2020年より当院では気道症状の有無にかかわらず緊急入院時に, 入院中の患者では新規気道症状出現時に気道検体(鼻咽頭ぬぐい液, または吸引痰)を採取し, ウイルス・細菌核酸多項目同時検出(FilmArray®呼吸器パネル2.1)を用いて21種類の呼吸器病原体3)を網羅的に検索している。EV-D68の流行状況を調査するためにHuman Rhinovirus/Enterovirus(FilmArray®呼吸器パネル2.1ではHuman RhinovirusとEnterovirusの判別はできず, EV-D68検出時にはこの項目として表示される)が検出された気道検体を対象として, EV-D68特異的プライマー4)を用いてPCR検査を行った。ただし新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)陽性の検体は研究室の安全性の観点から除外した。

 2022年9月1日~10月13日までに197検体からHuman Rhinovirus/Enterovirusが検出された。SARS-CoV-2が陽性の21検体を除外した176検体を対象とした。その中で25人(14%)からEV-D68が検出された。検体採取日と陽性者数の関係を図1にまとめた。入院患者における喘息患者の増加とEV-D68陽性者の増加は同様の傾向を示した。

 EV-D68が検出された25人の年齢は中央値4歳(四分位範囲: 3-5歳), 男児が14人(56%)であった。いずれも入院時の気道検体であり, 気道症状は22人(88%), 喘鳴は19人(76%)でみられた。喘鳴をともなう19人に対して全例で気管支拡張薬吸入やステロイド全身投与, 酸素投与が行われ, 3人(16%)が小児集中治療室に入室となり, 経鼻ハイフロー酸素療法が行われた。気管支喘息発作の治療を受けた19人のうち, 過去に気管支喘息の指摘がなかったものは9人(47%)であり, 年齢の中央値3歳(四分位範囲: 3-5歳), 男児が7人であった。後述のAFP症例を除き, EV-D68が検出された25例中, AFPや脳神経異常を呈した症例はなかった。なお本検討では文献3)で示されたプライマーによりEV-D68を検出しており, ウイルスの塩基配列の変異が生じていた場合は検出できていない可能性がある。本研究は, 当院の公衆衛生上の公表の重要性により緊急倫理承認を得た。

AFP症例

 早産・超低出生体重児の周産期歴がある6歳女児。2022年9月中旬より咳嗽, 微熱が出現し, 発症2日後から後頚部の痛みと左手の筋力低下が出現した。発症3日後に39℃の発熱, 発症4日後の朝から左上肢の弛緩性麻痺を認めた。当院の救急外来を受診し, 髄液検査では髄液細胞数の増多を認め(380/3mm3)、満床のため東京都立神経病院に入院となった。造影頚椎MRI検査では第5~第7頚髄を中心にT2強調像で高信号を認め、軽度の脊髄浮腫と判断した。MRI検査の水平断では左優位に灰白質に信号異常が分布し(図2)、症状と一致する所見と判断した。AFPと診断しγグロブリン療法を実施した。入院時に採取した鼻咽頭ぬぐい液のPCR検査でEV-D68が検出されたが, 髄液, 血液, 便検体からEVは検出されなかった。発症22日後時点で左上肢の弛緩性麻痺と右三角筋の筋力低下の残存を認めている。保護者より症例の報告の同意は得た。

最後に

 今回の調査で25人の入院患者でEV-D68が検出され, EV-D68陽性例の多くに気管支喘息様症状を認め, AFPも1例みられた。同様の症状を呈する患者が今後も発生する可能性があり, EV-D68感染症の流行に注意する必要がある。

 

参考文献
  1. Holm-Hansen CC, et al., Lancet Infect Dis 16: e64-75, 2016
  2. Sejvar JJ, et al., Clin Infect Dis 63: 737-745, 2016
  3. ビオメリュー・ジャパン株式会社, 製造販売承認番号30200EZX00032000 FilmArray呼吸器パネル2.1 2022年4月改訂(第5版)
    https://www.info.pmda.go.jp/tgo/pack/30200EZX00032000_A_04_01/
  4. Wylie TN, et al., J Clin Microbiol 53: 2641-2647, 2015

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