エンテロウイルスD68(EV-D68)感染症とは

(2015年10月22日掲載)  EV-D68はエンテロウイルス属のウイルスの一つである。エンテロウイルス属には、ポリオウイルスや、無菌性髄膜炎の原因となるエコーウイルスや手足口病の原因となりうるエンテロウイルス(EV)71型などが含まれる。エンテロウイルス属はさらに分子系統解析によりEnterovirus A~JおよびRhinovirus A〜C (species)に分類され、EV-D68はEnterovirus Dに属する...

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大阪府における急性弛緩性麻痺患者の検査状況とEV-D68が検出された患者の症例報告

(IASR Vol. 40 p31-32: 2019年2月号)

急性弛緩性麻痺は, 2018年5月1日より「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」(以下, 感染症法と略す)の5類全数把握疾患となった。全国的に第34週より届出数が増加し, 第47週までに118名が報告されている。大阪府内(政令市, 中核市含む)では5名の届出があったが(図1), 大阪健康安全基盤研究所森ノ宮センターでは届出数より多い7名に検査を実施した。これは, 感染症法上の届出の対象年齢外である15歳以上の患者に対しても検査を実施したためである。届出対象外となると, 一般的には行政検査対象となりにくく, このため流行の見逃しにつながるおそれがある。今回, 患者が受診した大阪府保健所管内の医療機関から搬入された3名分のうち2名の呼吸器由来検体からエンテロウイルスD68(EV-D68) が検出された。EV-D68は下気道炎をはじめとする呼吸器症状の原因ウイルスとして知られているが, 近年, 急性弛緩性麻痺との関連が疑われている。検査を実施した3名のうち2名については届出対象年齢外であり, 届出がなされていない。今回, 我々は, 大阪府保健所管内の医療機関で発生した3名の患者の情報とそのうち2名より検出されたEV-D68の近隣結合法による近縁系統樹解析を実施したので報告する。

症例1:16歳女性(届出対象外)

臨床経過:2018年8月X日より微熱および咽頭痛を自覚。第3病日より異状感覚と脱力感が出現。その後, 両上肢に麻痺を認める。第11病日に受診したが, 第28病日の時点で左上肢の麻痺の改善は認められなかった。

検査方法:EV 5’UTR-V2領域semi nested-RTPCR1), EV-D68特異的リアルタイムPCR2), ポリオウイルス (PV) 分離培養 (L-20B細胞およびRD-A細胞で3代継代)

検査結果:血液, 髄液, 咽頭ぬぐい液, 尿(第16病日採取), 便(第23および24病日採取)。すべての検体でEV〔ライノウイルス (RV)〕陰性, 便2検体でPV陰性。

症例2:6歳男性(届出済)

臨床経過:2018年9月X日に, 頭痛と発熱を自覚し, いったん回復した後, 第1病日の夜に再燃した。第2病日に救急搬送され, 入院加療開始した。入院時に溶連菌抗原陽性であったため, 抗菌薬治療開始。治療開始後, 解熱し症状改善した。しかし, 第5病日に, 左上肢しびれと肘関節から遠位の脱力を認めたため, ステロイドパルス療法を開始するも改善されず。第6病日に, 左上肢の麻痺および右上肢の運動障害を認める。第9病日の時点で麻痺の改善は認められなかった。

検査方法:EV 5’UTR-VP2領域semi nested-RT PCR1), PV分離培養(L-20B細胞およびRD-A細胞で3代継代), 塩基配列の決定(近隣結合法による近縁系統樹解析)

検体採取と検査結果:髄液(第6病日採取), 血液, 咽頭ぬぐい液, 尿(第7病日採取), 便 (第7および9病日採取)。咽頭ぬぐい液よりEV-D68を検出した。その他の検体ではEV(RV)陰性, 便検体でPV陰性。

症例3:15歳男性(届出対象外)

臨床経過:2018年10月X日より背部痛があり, 第1病日に38.5℃の発熱, 第3病日には右上肢麻痺が出現した。第5病日に解熱するも麻痺が持続するため受診し, ステロイドパルス療法を受けたが第6病日現在で麻痺の改善は認められなかった。

検査方法:EV 5’UTR-VP2領域semi nested- RT PCR1), EV-D68特異的リアルタイムPCR2), EV-D68特異的nested-RT PCR3), PV分離培養(L-20B細胞およびRD-A細胞で3代継代), 塩基配列の決定(近隣結合法による近縁系統樹解析)

検体採取と検査結果:血液, 髄液, 咽頭ぬぐい液, 鼻腔ぬぐい液(第5病日採取), 便, 尿(第6病日採取)。鼻腔ぬぐい液よりEV-D68を検出した。その他の検体でEV(RV)陰性, 便検体でPV陰性。

近縁系統樹解析の結果, 2名から得られた2株は, 解析に用いた369塩基の配列が100%一致していた。また, 2015年の国内流行株と同様にClade Bに分類されたが, bootstrap valueが974/1,000の単系統群を形成し, 過去の流行株とは異なる遺伝系統であることが示唆された(図2)。これは, 2018年の株は, 2015年とは異なる新たな遺伝的変異を獲得したものと考えられる(図2)。

今回, EV-D68が検出された検体は, 2症例ともに麻痺が出現した3日目に採取された呼吸器検体からのみであった。また, 症例3では麻痺から3日目の咽頭ぬぐい液では検出されず, 鼻腔ぬぐい液では検出, 型別が可能であった。しかし, この症例は15歳であったため届出対象とはならなかった。また, この症例では, EV遺伝子検査で汎用されるEV 5’UTR-VP2領域semi nested-RT PCR1)では, 十分にウイルス遺伝子が増幅できなかったが, EV-D68特異的リアルタイムPCR2), EV-D68特異的nested-RT PCR3)を用いた場合, 非常によく増幅された。

EV-D68と急性弛緩性麻痺の関係は現状ではまだ明確にはなっていないが, 2015年に実施された全国調査により, 関連性が疑われている4)。急性弛緩性麻痺が全数把握疾患に指定されたが, 原因病原体の検索としては患者便からのポリオウイルス分離を実施し, 陰性であることを証明するのみである。この方法では, EV-D68による急性弛緩性麻痺の発生頻度や流行を十分に把握することは困難である。また, 検査についても大阪府で実施しているように, 届出対象外となっても(i)臨床症状や流行状況から判断して調査対象とすることや(または届出対象年齢を広げる), さらに(ii)PV分離同定のみならず様々な検査手法を用いてEV検出を広く実施することが重要であると考えられた。PV感染症が国内で存在しないわが国では, 急性弛緩性麻痺の原因と特定のウイルス感染症との関連を証明するために, 科学的知見の集積が必要であると考えられる。

 

参考文献
  1. 石古博昭ら, 臨床とウイルス 27: 283-293, 1999
  2. Wylie TN, et al., J Clin Microbiol 53(8): 2641-2647, 2015
  3. 蕪木康郎ら, 感染症学雑誌 91(3): 376-385, 2017
  4. Chong PF, et al., Clin Infect Dis 66(5): 653-664, 2018

 

地方独立行政法人 大阪健康安全基盤研究所
 中田恵子 本村和嗣 生田和良 小林和夫 奥野良信
大阪府感染症情報センター
 本村和嗣

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