国立感染症研究所

鳥インフルエンザA(H7N9)ウイルスによる感染事例に関するリスクアセスメントと対応 (2013年8月30日現在)

鳥インフルエンザA(H7N9)ウイルスによる感染事例に関するリスクアセスメントと対応

平成25年8月30日現在
国立感染症研究所

 

背景

 以下のリスクアセスメントは、現時点で得られている情報に基づいており、事態の展開があれば、リスクアセスメントを更新していく予定である。

 

疫学的所見

1)事例の概要

  • WHOの発表では、8月11日現在、中国および台湾から135例の症例が報告されており、うち44例が死亡、4例が入院中で、87例が退院している。年齢・性別が判明した129例では年齢中央値は61歳(4歳~91歳)、性別は女性が31.0%(40人)であった。
  • 現在報告されている初発例の発症日は2月19日であり、3月中旬までは散発的に、3月下旬から4月中旬までは継続して症例が報告された。4月下旬からは症例の報告が減少し、5月21日以降しばらく発症はなかったが、7月入って新たに2例の発症があった。最終症例の発症日は7月27日である。
  • 症例は上海市から1例目が報告された後、3月には浙江省、江蘇省、安徽省、4月には河南省、北京市、台湾、湖南省、山東省、福建省、江西省からそれぞれ報告され、7月に入って新たに河北省と広東省で1例ずつ発症があった。現時点で報告地域は中国2市10省及び台湾となっている。なお、台湾からの症例は、江蘇省に滞在し上海を経て帰国した後3日目に発症した。

2)臨床情報

  • 最も多くの症例数(111例)をまとめた論文によるまとめは以下のとおり1
    • 76.6%の症例がICUに入室し27.0%が死亡の転帰をとった。
    • 症例の年齢中央値は61歳、42.3%の症例が65歳以上、31.5%が女性であった。
    • 61.3%の症例が少なくとも一つの併存症を持っていた。
    • 発熱と咳が最もよく認められた症状であり、入院時には97.3%の症例で肺炎を認め、両側性のすりガラス状陰影と浸潤影が最もよくみられた所見であった。
    • 71.2%の症例が急性呼吸促迫症候群(ARDS)を発症しており、多変量解析では併存症があることがARDSの独立したリスク因子であった。
    • 97.3%の症例が抗ウイルス剤の投与を受けており、発症後7日目(中央値)に開始されていた。
    • 抗ウイルス薬治療を受けた41例のReal-time RT PCRによるウイルス動態の解析では、発症日あるいは抗ウイルス剤開始からウイルス陰性結果が得られるまでの期間の中央値はそれぞれ11日(四分位範囲9-16日)、6日(四分位範囲4-7日)であった。
  • 中国本土からの症例報告の経緯を調査した論文によると、5月27日時点で報告されていた130例のうち、5例(4%)がインフルエンザ様疾患に対する病院定点サーベイランスにおいて探知された。うち2例が入院加療を受けたが、これら5例は全て軽症から中等症であったことは、報告された症例は相当数の軽症例が潜在している可能性を示唆している3
  • 上海の1医療機関における14例の入院加療経験をまとめた論文から、11例の治癒症例においては、抗ウイルス剤による治療が咽頭でのウイルス量低下に関連があったと結論している。一方、抗ウイルス薬に反応が悪くECMO導入となった3例のうち2例については、ザナミビルとオセルタミビルへの耐性を示す遺伝子変異が確認されている4
  • 浙江省からの12例の検討によると、髄液・尿・血液からはRT-PCRではウイルスは検出されなかったが、呼吸器系検体以外に一部の症例の便からはウイルスが検出された。また、ウイルスの検出は下気道検体からのほうが、鼻咽頭スワブより感度が良いことが指摘されている5
  • 上気道検体に対する迅速診断キットの有効性に関しては、現在のところ信頼できる情報はない。

3)感染源・感染経路

  • 浙江省湖州市の症例12例についての詳細な調査では、すべて発症前に家禽との接触歴があること、症例が訪れた市場の環境サンプルで鳥インフルエンザA(H7N9) ウイルス遺伝子が陽性であったことなどから、家禽が感染源となった可能性があると推察している6
  • 症例130例の検討では、75%の症例に発症日前14日以内の家禽との接触歴があり、また鳥への曝露から発症までの推定潜伏期の中央値は3.1日(95%信頼区間:2.6-3.6)であった7
  • 浙江省で2013年4~5月に実施された鳥インフルエンザA(H7N9)ウイルスに対する血清HI抗体価の調査において、一般の健常人ではほとんどが抗体陰性であったが、家禽市場で働く健常人の6%(25/396)に抗体陽性者が認められ、家禽市場の従業者で不顕性感染が起きていることが示唆されている8
  • 確定例に対する接触者調査からはいくつかの家族内クラスターにおいて、限定的なヒトーヒト感染が確認されており、その曝露から発症まで潜伏期は6-7日であった2,9

4)コミュニテイーにおける調査

  • インフルエンザ定点サーベイランスと受診行動のデータを利用して鳥インフルエンザA(H7N9)ウイルス感染症の重症度を検討した論文によると、有症状の鳥インフルエンザA(H7N9)患者における致命率は、100,000患者あたり160 (95%信頼区間:63-460) から2800(95%信頼区間:1000-9400)と推定された。データの精度、手法に関する課題などから数値に大きくばらつきがある結果となっている10

5)環境調査

  • 中国においては、5月22日現在、899,758検体が検査され、1市8省(上海市、安徽省、浙江省、江蘇省、河南省、山東省、広東省、江西省、福建省)の生鳥市場、南京市の野生の鳩、江蘇省の伝書鳩農場から採取された53検体で鳥インフルエンザA(H7N9)ウイルスが検出された(中国農業部公表)。

6)日本における調査

  • 日本のさまざまな年齢層の500人の血清検査では、A/Anhui/1/2013に対する特異抗体を保有していない11
  • 日本の環境省が4月下旬から5月上旬にかけて、シギ・チドリ類が飛来する国内の干潟、サギ類の集団繁殖地等において野鳥の調査を実施した結果、7か所から計338検体が採取されたが、鳥インフルエンザA(H7N9)ウイルスは確認されなかった。

ウイルス学的所見

  • 当該ウイルスは少なくとも3種類の異なる鳥インフルエンザウイルスの遺伝子交雑体であると考えられる12,13
  • ヒト分離ウイルス15株は遺伝子系統樹解析の結果から互いに非常に類似していた。しかし、そのうちの1株(A/Shanghai/1/2013)は、塩基配列上では他の14株とは区別され、共通の祖先から分岐した別系統の近縁ウイルスが同時期に伝播していたことが示された。
  • 上海市、江蘇省、浙江省のハト、ニワトリおよび環境からの分離ウイルス7株の遺伝子系統樹解析の結果からは、上記ヒト分離ウイルスのうちの上記14株と類似性が高く、同系統のウイルスと考えられる。しかし、鳥とヒトのウイルス株の間には明らかに異なる塩基配列もあり、今回報告された鳥分離ウイルスが今回報告された患者に直接に感染したものであるとは考えにくい。
  • ヒト分離ウイルス15株の全てのHA遺伝子は、ヒト型のレセプターへの結合能を上昇させる変異を有しており、このことはin vitroのレセプター結合実験でも確認された11,14,15。しかし、これら分離株は、トリ型レセプターへの結合能も併せて保持しているため11,14,15、まだ継続的にヒトーヒト間で感染伝播するまでにはヒト型に馴化していないと判断される。しかし、追加の変異によってその能力を獲得する可能性があるので、パンデミックを起こす可能性については、H5N1鳥インフルエンザウイルスよりも高いと推定される。
  • PB2遺伝子を解析したヒト分離ウイルス11株のすべてに、RNAポリメラーゼの至適温度を鳥の体温(41℃)から哺乳類の上気道温度(34℃)に低下させる変異が観察された。ヒト気管支上皮細胞を用いたウイルス増殖実験から、ヒト分離H7N9ウイルスは鳥H7ウイルスより33℃での増殖性が高く11、これらの株については、ヒト上気道に感染しやすく、また増殖しやすいように変化していることが確認された。
  • 鳥、環境からの分離ウイルス7株のHA遺伝子の解析では、1株を除きヒト型のレセプターへの結合能が上昇していたが、PB2遺伝子配列が公開されたウイルス5株のすべてについてはRNAポリメラーゼの至適温度を低下させる変異は観察されなかった18
  • ヒト分離ウイルス15株および鳥、環境からの分離ウイルス7株、合計22株の遺伝子解析の結果からは、鳥に対して高病原性を示す遺伝的マーカーの変異は見られず、ニワトリやウズラなど家禽への感染実験でも低病原性であることが確認された11。またブタへの感染実験においても不顕性感染であることが確認され11、この系統のウイルスがこれらの哺乳動物の間で症状を示さずに伝播され、ヒトへの感染源になる可能性が示唆された。
  • NA遺伝子の塩基配列からは、ヒト分離株のうちの1株A/Shanghai/1/2013が、抗インフルエンザ薬のオセルタミビル、ペラミビルおよびザナミビルに対する耐性変異(R292K)をもつことが指摘されていたが13、詳細な遺伝子解析やクローニング実験から耐性株と感受性野生株との混合ウイルスであることが確認された11,16。酵素活性測定結果では、この混合ウイルスは野生株が30-40%含まれていたためにオセルタミビル、ザナミビルには感受性を示したが11,16、純化した耐性変異株はこれら抗ウイルス薬に強い耐性を示すことが確認された。臨床分離株では混合ウイルスとして回収される場合が多く、耐性株が見落とされる可能性がある。
  • 台湾のヒト分離ウイルスも耐性変異株と感受性野生株の混合ウイルスで、オセルタミビルに感受性が低下していた。
  • M遺伝子については、解析した全てのウイルスが、アマンタジン、リマンタジンに対して耐性であると判断された13
  • ヒト由来株のA/Anhui/1/2013(以下Anhui/1), A/Shanghai/1/2013のウイルス学的解析において、Anhui/1株はフェレットでの気道飛沫による感染伝播が3匹中1匹に確認された11。飛沫による感染伝播効率は季節性インフルエンザウイルスほどは高くないが17,18、追加の変異によって効率よく伝播するように変化する可能性があり、注意を要する。
  • マウス感染実験では、H7、H9亜型トリ由来インフルエンザウイルスよりもある程度病原性が強いことが確認された11,17

 

[補足] 鳥インフルエンザA(H7N9)ウイルスにおける複数のアミノ酸の特徴

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左の表は、中国で2013年2~4月にかけて検出された新種の鳥インフルエンザA(H7N9)ウイルスのウイルスタンパク質におけるアミノ酸の特徴である。全長ゲノム配列が同定されたヒト由来の15株とトリ・環境由来の7株について、PB1, PB2, HA, NA,M1, M2, NS1 の7種類のタンパク質で判明している宿主適合性・受容体結合性・病原性・抗ウイルス剤感受性に関わるアミノ酸変異を示した。表中のアミノ酸は一文字表記、特に注目すべき変異については太字で記すとともに赤線で囲い、表下部にその置換パターンを明記した。提供:国立感染症研究所インフルエンザウイルス研究センター (図をクリックするとPDFファイルがダウンロードできます)

 

日本国内の対応

  • 指定感染症:「鳥インフルエンザ(H7N9)を指定感染症として定める等の政令」(平成25年政令第129号)、「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律施行令の一部を改正する政令」(平成25年政令第130号)、「検疫法施行令の一部を改正する政令」(平成25年政令第131号)等が4月26日に公布された。それに伴い、5月2日付の厚生労働省通知により、38℃以上の発熱及び急性呼吸器症状があり、症状や所見、渡航歴、接触歴等から鳥インフルエンザA(H7N9)が疑われると判断した場合、保健所への情報提供を行い、保健所との相談の上、検体採取(喀痰、咽頭拭い液等)を行うこととなった。

 

リスクアセスメントと今後の対応 

  • 中国からは7月27日発症の症例を最後に新規患者の報告がないが、引き続き中国における患者発生状況および国内への患者の流入の可能性を注視する必要がある。
  • 鳥インフルエンザA(H7N9) ウイルス感染症の病態については、軽症例が潜在している可能性も示唆されており、今後の中国における調査研究の進展に注意を払うべきである。
  • 家禽が主な感染源であるというエビデンスがいくつか報告されているが、結論は得られていない。
  • 限定的なヒト-ヒト感染が起こっていると指摘されていることから、国内に入国した感染者から家族内などで二次感染が起こりえることを考慮する。
  • 国内の医療機関で鳥インフルエンザA(H7N9)疑い患者が発生した場合には、保健所は医療機関と密接に連携し、その標準的対応フローに従い、疑い患者から採取した検体を地方衛生研究所へ搬入する。 その際、臨床症状に応じて下気道からの検体採取を考慮する。
  • 感染研は 「鳥インフルエンザA(H7N9)ウイルス感染症に関する臨床情報のまとめ:臨床像・検査診断・治療・予防投薬」を4月26日に「鳥インフルエンザA(H7N9)ウイルス感染症に対する院内感染対策」を5月17日に,「鳥インフルエンザA(H7N9) 患者搬送における感染対策」を7月16日に、感染研ホームページに掲載しているところであるが、今後もWHO、中国等からの情報に基づき、正確な情報を提供していく。
  • 鳥インフルエンザA(H7N9)ウイルスのノイラミニダーゼ阻害剤への感受性は、マウス感染実験では、Anhui/1株はpandemic H1N1 2009ウイルスと比較して、ノイラミニダーゼ阻害剤治療に対する感受性が劣るという結果も得られている11。今後も中国から出される情報を注視していくとともに、日本で症例が出た場合に備えて有効な治療法に関する情報を集めていく。
  • 現時点で、効率的なヒト-ヒト感染は確認できていないが、Anhui/1株が、フェレット伝播モデルにおいてある程度の飛沫感染伝播が起こることが確認され、またヒト型レセプターへの結合能およびヒト上気道の温度で効率よく増殖することが確認されたことから、本ウイルスが哺乳類への適応性を高めていることが示めされている。従って、残り数カ所の遺伝子変異が生じるとパンデミックを起こす可能性は否定できない。厚労省・感染研は適時のリスク評価にもとづいて、パンデミックへの対応強化を行っていく。 

 

参考文献

  1. Gao H-N, Lu H-Z, Cao B, et al. Clinical Findings in 111 Cases of Influenza A (H7N9) Virus Infection. N Engl J Med 2013; 368: 130522140047004.
  2. Li Q, Zhou L, Zhou M, et al. Preliminary Report: Epidemiology of the Avian Influenza A (H7N9) Outbreak in China. N Engl J Med  2013. doi:10.1056/NEJMoa1304617.
  3. Ip DKM, Liao Q, Wu P, et al. Detection of mild to moderate influenza A/H7N9 infection by China’s national sentinel surveillance system for influenza-like illness: case series. BMJ 2013; 346: f3693.
  4. Hu Y, Lu S, Song Z, et al. Association between adverse clinical outcome in human disease caused by novel influenza A H7N9 virus and sustained viral shedding and emergence of antiviral resistance. Lancet 2013. doi:10.1016/S0140-6736(13)61125-3.
  5. Yu L, Wang Z, Chen Y, et al. Clinical, virological, and histopathological manifestations of fatal human infections by avian influenza A(H7N9) virus. Clin Infect Dis 2013. doi:10.1093/cid/cit541.
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Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

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