国立感染症研究所

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エンテロウイルスD68型が検出された小児4症例―東京都

(掲載日 2015/10/1)  (IASR Vol. 36 p. 193-195: 2015年10月号)

エンテロウイルスD68型(EV-D68)は1962年に発見された呼吸器感染症を呈するウイルスである。日本では2010年と2013年に100例以上の報告があり、2014年に広島県でEV-D68による弛緩性麻痺の報告があった1)。海外では、2014年8月に米国ミズーリ州とイリノイ州でEV-D68による呼吸器疾患のアウトブレイクが発生し、2015年1月までに全米から1,153名の検査陽性患者が報告され、因果関係は確定していないが、14名の死亡例から同ウイルスが検出されている。また、米国コロラド州ではEV-D68による呼吸器疾患のアウトブレイクに関連した12名の弛緩性麻痺あるいは脳神経機能異常を呈した小児患者が報告されている2,3)。 2015年9月、東京都立小児総合医療センターへ気管支喘息様症状による呼吸障害で入院する患者が著しく増加した。これらの喘息様症状を呈した患者で通常の呼吸器ウイルスがPCRで検出されなかったため、EV-D68アウトブレイクを疑い検体を採取した5名のうち4名からEV-D68が検出された。その詳細を報告する。

症例1:11歳1か月齢の女児。気管支喘息の既往なし。2015年9月3日朝から咳嗽を認めた。夜に38℃発熱あり。翌4日未明に呼吸苦を主訴に救急外来を受診した。来院時の呼吸回数24回/分、経皮的酸素飽和度87%であった。呼吸困難と低酸素のため、気管挿管を施行され小児集中治療室(以下PICU)へ入院となった。気管支拡張薬吸入への反応が良好であったため、気管支喘息の治療を行った。全身性ステロイド薬、マグネシウム薬、β刺激薬を持続静注で投与した。気管挿管期間は8日間、入院期間は18日間であった。RSウイルス(以下RSV)A型、同B型、ヒトメタニューモウイルス(以下hMPV)、アデノウイルス、コロナウイルス、ボカウイルス、パラインフルエンザウイルス3型、インフルエンザウイルスA型、同B型に関して気管内分泌物を用いてPCR検査、マイコプラズマに関してLAMP法検査を施行したが、すべて検出感度未満であった。同検体を用いて東京都健康安全研究センター(以下健安研)で行ったPCRでEV-D68が陽性となった。

症例2:7歳1か月齢の男児。幼児期以前に気管支喘息の診断がなされていたが、近年、喘息のコントロールが良好で治療薬の投与なし。2015年9月6日に咳嗽、鼻汁で休日診療所を受診し、気管支喘息発作と診断された。翌7日未明に呼吸困難が強く就眠できず救急外来を受診した。来院時の呼吸回数36回/分、経皮的酸素飽和度92%、陥没呼吸を認め気管支喘息発作の診断で入院となった。入院時RSVおよびhMPV抗原迅速検査は陰性であった。気管支拡張薬吸入、全身性ステロイド薬投与の治療を行い、6日間の入院加療で退院となった。健安研にて鼻咽頭ぬぐい液を用いてPCR検査を行いEV-D68が陽性となった。

症例3:5歳3か月齢の男児。気管支喘息の既往なし。2015年9月7日夕方から38℃の発熱、腹痛、嘔吐を認めた。夜間の呼吸は苦しそうであった。翌8日に腹痛が持続するため近医小児科に受診し、胃腸炎の診断がなされた。同日夜に症状が持続するため救急外来を受診した。来院時の呼吸回数60回/分、経皮的酸素飽和度96%、陥没呼吸があり、診察で喘鳴が聴取された。胸部単純レントゲン写真では右側下肺野に透過性低下を認め、気管支拡張薬の吸入を行い呼吸状態が改善したため一旦帰宅となった。翌9日には夜間呼吸困難で救急外来を再受診し、ウイルス性肺炎および気管支喘息発作の診断で入院となった。RSV、hMPV迅速検査は陰性であった。入院し、気管支拡張薬吸入、全身性ステロイド薬投与の治療を行い、1日で退院となった。鼻咽頭ぬぐい液を用いて健安研で行ったPCRでEV-D68が陽性となった。

症例4:2歳8か月齢の男児。気管支喘息の既往があり、発作時に吸入薬を使用してきた。2015年9月6日に咳嗽を認め、翌7日未明、呼吸困難が強く救急外来に受診した。来院時の呼吸回数60回/分以上で経皮的酸素飽和度85%、著しい陥没呼吸を認めた。気管支喘息発作の診断でPICUにて人工呼吸管理となった。気管支拡張薬吸入、全身性ステロイド薬、マグネシウム薬、β刺激薬持続静注を行った。気管挿管期間は5日間、入院期間は13日間であった。RSV A型、同B型、hMPV、アデノウイルス、コロナウイルス、ボカウイルス、パラインフルエンザウイルス3型、インフルエンザウイルスA型、同B型に関して気管内分泌物を用いてPCR検査、他にマイコプラズマに関してLAMP法検査を施行したが、すべて検出感度未満であった。同検体を用いて健安研で行ったPCRでEV-D68が陽性となった。

EV-D68同定方法および株の系統樹解析
EV-D68の検出には、VP1領域を対象にしたCODEHOP PCR法4,5)を用いた。試料(咽頭ぬぐい液、気管洗浄液等)からRNAを抽出した後、RT-seminested PCRによりVP1遺伝子を増幅し、PCR-ダイレクトシーケンスに次いでBLAST解析を行った。この結果、4症例すべてからEV-D68が検出された。得られた塩基配列についてMEGA5を用いた分子系統樹解析(MCLモデルによるNJ法)を行った()。その結果、検出されたEV-D68はすべてLineage2に帰属した上で、T98AとM148Vのアミノ酸変異が認められるサブクラスターに含まれた6,7)。さらに、2株(1500809/1500810)は2013年のフィリピン株を中心に形成されるクラスターに含まれ、残りの2株(1500812/1500813)は2014年の中国株を中心に形成されるクラスターに含まれた。なお、ウイルスの分離試験については、現在、継続中である。

最後に
今回経験したEV-D68の4症例は、気管支喘息の既往の有無にかかわらず閉塞性呼吸障害を来している。東京都立小児総合医療センターを受診した事例の中では、弛緩性麻痺や脳神経異常を呈した症例の報告はないものの、今後の動向に注意する必要がある。

 

参考文献

  1. 島津幸恵, 久恒有里, 池田周平, 他, エンテロウイルスD-68型が検出された小児・乳児の4症例-広島県, 病原微生物検出情報(IASR)2014; 35: 295-296
  2. Midgley CM, Jackson MA, Selvarangan R, et al., Severe respiratory illness associated with enterovirus D68 - Missouri and Illinois, 2014, MMWR Morb Mortal Wkly Rep 63: 798-799, 2014
  3. Messacar K, Shreiner TL, Maloney JA, et al., Lancet 385: 1662-1671, 2015
  4. Nix WA, et al., J Clin Microbiol 44: 2698-2704, 2006
  5. IASR 30: 12-13, 2009
  6. Imamura T, et al., Rev Med Virol 25: 102-114, 2015
  7. Furuse Y, et al., J Clin Microbiol 53: 1015-1018, 2015

 

東京都立小児総合医療センター
 感染症科 伊藤健太 堀越裕歩
 総合診療科 舟越 優 寺川敏郎
 集中治療科 清水直樹
東京都健康安全研究センター
 鈴木 愛 千葉隆司 秋場哲哉 岩下裕子 貞升健志
 

 

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