鳥インフルエンザA(H7N9)ウイルスによる感染事例に関するリスクアセスメントと対応
平成30年6月14日現在
国立感染症研究所
背景
中国における2017-2018年シーズンの鳥インフルエンザA(H7N9)ウイルスの感染者数が過去のシーズンに比較し極めて少なく3例のみであった。2017-2018年シーズン後半にあたり、疫学情報及びリスクアセスメントをアップデートする。
疫学的所見
1)事例の概要
- 最初の鳥インフルエンザA(H7N9)ウイルス(以下、H7N9ウイルス)に感染した患者は、2013年3月に中国からWorld Health Organization (WHO)へ報告された。以後、2018年3月2日現在までに、中国本土からの報告例、もしくは中国本土に滞在歴があるか、中国本土から輸入した家禽との接触歴のある台湾・香港・マカオ・マレーシア・カナダからの患者を含め、計1567例が報告されており、うち少なくとも615例(39%)が死亡している。患者の発生は、中国での冬季にピークを示し、2013年から現在までで5つのピークを認めている1(図1参照)。
- 中国における第5波(2016-2017)までの具体的な患者報告数はEuropean Centre for Disease Prevention and Control(ECDC)が公開しており(2018年4月6日現在)、第1波(2013)は135例、第2波(2013-2014)は320例、第3波(2014-2015)は223例、第4波(2015-2016)は120例、第5波(2016-2017)は766例であった2。2017-2018年シーズンについては2018年4月6日現在3例のみの報告であり、2018年2月3日に発症した広東省の症例が最終報告例である1,2。
- 中国の研究グループによる第1~5波の計40クラスター(少なくとも2例以上のリンクのある患者)の特徴の解析によると、第5波と第1~4波のクラスターの数及び規模やヒト-ヒト感染の割合は似た傾向を示した。このうち4つのクラスターでは家庭内曝露、10のクラスターでは院内感染(内3例が血縁関係あり)におけるリンクが確認されている。これまでに、3次感染例は認めていない3。
- World Health Organization Western Pacific Regional Office (WPRO)によると、2018年5月25日の時点で、第5波(2016-2017)において福建省、広東省、広西チワン族自治区、河北省、河南省、湖南省、陝西省、雲南省、台湾(広東省への旅行歴あり)から計32例の高病原性鳥インフルエンザH7N9ウイルスに感染した患者が報告されている4。
2)臨床情報
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これまでの報告から、潜伏期間は多くが3日~7日(最長10日)と推定されている5。
- 発熱、咳嗽、呼吸困難、頭痛、筋肉痛、全身倦怠感などの症状が出現し、患者の多くは、重症肺炎の病像を呈する6。一方で、軽症から中等度の病像を呈し、インフルエンザ様疾患に対する病院定点サーベイランスで探知された報告もある7。
- 死亡10例と生存30例を比較した疫学研究によると、死亡のリスク因子として高齢、慢性肺疾患、免疫不全状態、長期の投薬歴、オセルタミビル投与の遅延(生存例で発症から治療までの中央値で4.6日、死亡例で7.4日。両群ともオセルタミビル感受性あり)が報告されている8。
- H7N9ウイルス感染症に関して、リアルタイムRT-PCR法による呼吸器検体を用いた検査が推奨されている9。
3)感染源・感染経路
- 第5波(2016-2017)で、ヒト感染例の報告が急増した原因の一つとして、生鳥市場や生鳥に関連する環境からのサンプル中のH7N9ウイルス陽性率の増加が2016年の12月に認められ、以前の流行より相対的に早かったこと10、飼育鳥に関連する環境中のウイルス検出数が多く報告されていることなどが指摘された。(前回リスクアセスメント図3参照)。第5波でも調査可能であった患者の90%で鳥への接触歴があり、80%以上で生鳥市場への訪問歴があった11。
- 中国では、2017年7月に家きんに対するH7N9ワクチンの接種を行うため「全国HPAI予防接種計画」を策定した12。2018年5月23日現在28地域で91.26%の家きんが必要な免疫レベルを獲得している。2017-2018年シーズンの中国における鳥や環境からの鳥インフルエンザH7N9ウイルス陽性検体数は24検体と2017年の714検体に比べ極めて少ない状況であった13(図2参照)。直近の中国農業省からの報告では、2018年5月31日に遼寧省の農場における鳥インフルエンザH7N9ウイルスの家きんからの検出を確認している14。
ウイルス学的所見
米国Centers for Disease Control and Prevention(CDC)よりインフルエンザのパンデミック時に個々のウイルスの評価と優先順位の決定のためにInfluenza Risk Assessment Tool (IRAT)が提唱されている。これには、ヒト-ヒト感染持続の可能性とヒト-ヒト感染が持続した際の公衆衛生へのインパクトという2つの評価分野があり、それぞれについてリスク評価が行われる15。IRATにより、 現在、鳥インフルエンザH7N9ウイルスは評価対象となっている鳥インフルエンザのなかでは最も高い、中から高レベルのリスクに分類されている16。
2013年に中国で初めてヒト感染事例を引き起こした低病原性鳥インフルエンザH7N9(LPAI-H7N9)ウイルスは少なくとも3種類の異なる鳥インフルエンザウイルスの遺伝子再集合体であると考えられ、家禽に対して低病原性を示し、ヒトに感染すると重篤な症状を来し得ることが報告されている。第4波までに分離されたウイルスは全て家禽に対して病原性が低い低病原性ウイルスであったが、第5波では患者および生鳥市場の鶏や環境から高病原性鳥インフルエンザH7N9(HPAI-H7N9)ウイルスが分離されている。HPAI-H7N9ウイルスも含め、鳥インフルエンザH7N9ウイルスは、継続的にヒト-ヒト間で感染伝播するような能力は獲得していない10,17-19。LPAI-H7N9ウイルスの主な遺伝子解析所見については、2014年のリスクアセスメントに記載している。また、最近になって、動物実験(マウス、フェレット、カニクイザル)において、ヒトおよびニワトリから分離されたHPAI-H7N9ウイルスが、インフルエンザ感染のモデル動物であるフェレットにおいてLPAI-H7N9ウイルスと同様に効率は良くないが飛沫感染で感染伝播すること、さらに一部のウイルスでフェレットに対して致死感染伝播を示す場合があることが報告された20,21。さらに、哺乳動物に馴化した変異(PB2-627Kや701N)を獲得したHPAI-H7N9では、飛沫感染伝播の効率がさらに高まることが報告された21。
米国CDCの報告によると、Global Initiative on Sharing All Influenza Data(GISAID)に登録された第5波のヒト感染例および生鳥市場環境から集められた74株のH7N9ウイルスのHA遺伝子の塩基配列解析から、遺伝子系統樹では大きく2つのクラスターに分かれ(Pearl River Delta群とYangtze River Delta群)、そのうち93%(69株)はYangtze River Delta群に属することを明らかにしている22。
WHOインフルエンザ協力センター(米国CDC, 米国St Jude小児研究病院)で実施された抗原解析の結果、Pearl River Delta群に属するウイルスはWHOが推奨する2013年のワクチン候補ウイルスと抗原的に類似しているが、流行の主流となっているYangtze River Delta群に属するウイルスはワクチン候補ウイルスから抗原性が変化しており高病原性鳥インフルエンザH7N9ウイルスもこの群に含まれる。この群から新たに高病原性鳥インフルエンザウイルスを含む2株のワクチン候補株(A/Guangdong/17SF003/2016-like virus, A/Hunan/2650/2016-like virus)が作製されることになった23。
日本国内の対応
2013年4月26日、「鳥インフルエンザ(H7N9)を指定感染症として定める等の政令」(2013年政令第129号)、「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律施行令の一部を改正する政令」(2013年政令第130号)、「検疫法施行令の一部を改正する政令」(2013年政令第131号)等が公布され、鳥インフルエンザA(H7N9)は指定感染症に定められた。それに伴い、2013年5月2日付の厚生労働省通知により、38℃以上の発熱及び急性呼吸器症状があり、症状や所見、渡航歴、接触歴等から鳥インフルエンザA(H7N9)が疑われると判断した場合、保健所への情報提供を行い、保健所との相談の上、検体採取(喀痰、咽頭拭い液等)を行うこととなった。2015年1月21日、「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律第 12 条第1項及び第 14 条第2項に基づく届出の基準等について」(2006 年3月8日健感発第0308001 号厚生労働省健康局結核感染症課長通知)の別紙「医師及び指定届出機関の管理者が都道府県知事に届け出る基準」の一部が改正され、鳥インフルエンザA(H7N9)を指定感染症として定める等の政令が廃止された。現在、鳥インフルエンザA(H7N9)は二類感染症に定められている。二類感染症に追加後の対応に関しては、鳥インフルエンザA(H7N9)に感染した疑いのある患者が発生した場合における標準的な対応において変更はない。
リスクアセスメントと今後の対応
前述のように、鳥インフルエンザH7N9ウイルスはIRATによる評価で現在、中から高レベルのリスクに分類されており、引き続きトリ及びヒトにおける発生状況を注視していく必要がある。
【日本人渡航者が感染するリスク】
- 鳥やヒトの鳥インフルエンザH7N9ウイルス感染の発生が確認されている地域へ渡航する際には、生鳥市場への訪問や病鳥との接触を控えるなどの注意喚起は継続すべきである。
- 発生地域において鳥との接触があり、渡航後に発熱を認めるなどの体調の変化があった場合には、医療機関の受診時に渡航歴を伝えることの啓発が必要である。
【鳥インフルエンザH7N9ウイルスが持続的なヒト-ヒト感染を起こすリスク】
- 限定的なヒト-ヒト感染は確認されているが、先に記した疫学的・ウイルス学的所見から、ヒトへの感染が確認されているH7N9ウイルスは、ヒト-ヒト間で容易に感染伝播するような能力は獲得しておらず、持続的なヒト-ヒト感染の可能性は低いと考えられる。
- 第5波(2016-2017)では高病原性鳥インフルエンザH7N9ウイルスが生鳥市場の環境や家禽から分離され、このウイルスに罹患した患者も報告された。これまでのところ、高病原性鳥インフルエンザH7N9ウイルスの出現でヒトに対する疫学的パターンに変化がみられた証拠はなく、低病原性ウイルスから高病原性ウイルスへの変異により、ヒトでの病原性や感染力に影響を及ぼすという科学的な根拠は認められていない24。今後も、高病原性鳥インフルエンザH7N9ウイルスに関する情報を収集し、適宜リスクアセスメントを実施する必要がある。
感染研は 「鳥インフルエンザA(H7N9)ウイルス感染症に関する臨床情報のまとめ:臨床像・検査診断・治療・予防投薬」を2013年4月26日に、「鳥インフルエンザA(H7N9)ウイルス感染症に対する院内感染対策」を2013年5月17日に、「鳥インフルエンザA(H7N9) 患者搬送における感染対策」を2014年7月16日に、感染研ホームページに掲載しているところであるが、今後もWHO、中国等からの情報に基づき、正確な情報を提供していく。
参考文献
- World Health Organization. Influenza at the human-animal interface. Summary and assessment, 26 January to 2 March 2018
- ECDC. Communicable Disease Threats Report, 7 April 2018.
- Zhou L, Chen E, Bao C, et al. Clusters of Human Infection and Human-to-Human Transmission of Avian Influenza A(H7N9) Virus, 2013–2017 , Emerg Infect Dis. 2018;24(2)
- WPRO. Avian Influenza Weekly Update Number 638, 25 May 2018.
- Li Q, Zhou L, Zhou M, et al. Epidemiology of human infections with avian influenza A (H7N9) virus in China. N Engl J Med. 2014;370:520.
- Ke Y, Wang Y, Liu S, et al. High severity and fatality of human infections with avian influenza A(H7N9) infection in China. Clin Infect Dis. 2013;57:1506.
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- Liu S, Sun J, Cai J, et al. Epidemiological, clinical and viral characteristics of fatal cases of human avian influenza A(H7N9) virus in Zhejiang Province, China. J Infect. 2013;67(6):595-605.
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- Zhou L, Tan Y, Kang M, et al. Preliminary Epidemiology of Human Infections with Highly Pathogenic Avian Influenza A(H7N9)Virus, China, 2017. Emerg Infect Dis. 2017;23(8):1355-1359.
- Zhou L, Ren R, Yang L, et al. Sudden increase in human infection with avian influenza A(H7N9) virus in China, September–December 2016. Western Pac Surveill Response J. 2017;18;8(1):6-14.
- 農林水産省, 中国の鳥インフルエンザに関する情報,平成30年3月30日
- Food and Agriculture Organization of the United Nations (FAO). H7N9 situation update, 23 May 2018.
- China Ministry of Agriculture and Rural Affairs of the People’s Republic of China.
- IASR 2015: 36(11):221-223
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- World Health Organization. Analysis of recent scientific information on avian influenza A(H7N9) virus. 10 February 2017
図1.鳥インフルエンザA(H7N9)ウイルスのヒトへの感染例 n=1567(3月2日現在, 文献1から引用)
図2.中国本土の鳥と環境における鳥インフルエンザA(H7N9)の検出地域別陽性検体数 2013年2月~2018年5月23日(文献6から引用)