(IASR Vol. 37 p. 57-58: 2016年3月号)
2015年1月、歩行困難な程の両肩・両膝・両足関節痛を主訴とした40代男性が当院外来を受診、入院となった。入院後、原因不明の発疹が全身的に出現した。また、来院時の血液培養より、Capnocytophaga canimorsus が分離された。本菌は犬・猫の口腔内常在菌1)であり、稀にヒトに感染症を引き起こす1,2)。今回、本邦では記載されていない多発関節痛・全身性発疹という症状を呈したので報告する。
症例:40代男性
主訴:高熱と多発関節痛による歩行困難
既往歴:B型肝炎キャリアー
現病歴:2014年12月末、飼い犬に示指を咬まれ、そのまま放置。翌日(第1病日)、39.4℃の発熱。第2病日、40℃の発熱、両肩・両膝・両足関節痛が出現。第3、4病日、市販の解熱鎮痛薬を服用したが、関節痛がひどく、歩行、立位、座位ともに困難。第5病日、当院外来を受診、入院。入院時の体温は37.7℃。右示指に黒色痂皮、両足底のびまん性発疹(図1)、両下肢全体的にまだらに発赤あり。問診では、第1病日頃から出現したとのこと。
初診時の検査結果
入院時の主な検査データ:WBC 12,990/μl、CRP 25.1 mg/dl、血小板1.8万/μl、AST 320 IU/l、ALT 772 IU/l、FDP 166.6 μg/ml、PIC 9.7μg/ml、TAT 3.8 ng /ml、Dダイマー>30.0 μg/ml、プレセプシン399 pg/ml。インフルエンザ(-)、ASLO(-)、ASK(-)、リウマチ因子RAHA(-)、トキソプラズマIgM(-)、EB EA-IgG(-)、EB VCA-IgM(-)、サイトメガロウイルスIgM(-)。肝炎については、HBs抗原2,000.0以上、Hbe抗体99.5%、HBV-DNA定量(PCR)<2.1(+)、HCV抗体(-)。以上より、重症細菌感染症、肝障害、播種性血管内凝固症候群(DIC)の併発と考え、初診の入院時(第5病日)に血液培養2セット採取。
臨床経過
発疹は、第7病日右季肋部・左上腹部(図2)・両大腿部・左大腿部・両下腿前面・両足内側側縁にも出現し、第8病日には新たに前胸部から心窩部(図3)にかけて、かなり多数出現した。一方、下半身の紅斑・足底の発赤は改善傾向にあった。第9病日には両足内側側縁以外の発疹は消失し、両足内側側縁の発疹も第17病日には消失した。右示指の咬傷後の痂皮も、第17病日にはほとんど消失した。
関節のエコー・肩関節MRIでは、関節軟骨の破壊や骨びらんはなく、非特異的な軽度の浮腫の所見のみであった。両膝関節には、液貯留が認められた。関節痛は、次第に軽快し、第15病日にはほとんど消失した。
破傷風トキソイド接種、イミペネム/シラスタチン投与(第5病日~第18病日:0.5 g×2、第19病日:0.5 g×1)、血小板輸血10単位および低分子ヘパリン5,000単位の皮下接種(第5~第9病日)で治療を行った。
細菌学的検査
血液培養分析装置は、BACT/ALERT 3D (Sysmex)、血液培養ボトルは好気・嫌気それぞれ、BACT/ALERT FAとFNを使用した。入院時に2セット採取した血液培養が、翌日、好気・嫌気両ボトル4本とも陽性となった。グラム染色では、染色性の弱い、先端が尖ったグラム陰性桿菌を検出した。サブカルチャーを好気培養で行ったが、2日間培養しても発育が認められなかったため、検出を岡山大学病院に依頼した。
岡山大学病院では、塗抹検査で得られた所見から、HACEK群を疑い、5%炭酸ガス培養と嫌気培養を実施し、培養1日目に5%炭酸ガス培養を施した血液寒天培地(極東製薬)で、発育を認めた。オキシダーゼ(+)、カタラーゼ(+)、溶血性(-)、スォーミング(-)、色素産生(-)、チョコレート寒天培地(極東製薬)(-)であった。また、培養2日目に嫌気培養下のブルセラHK-RS寒天培地(極東製薬)でも発育を認めた。以上から、Capnocytophaga spp.を疑い、蛋白質量分析機MALDI Biotyper(Bruker)により、C. canimorsus(SV1.99)と同定された。さらなる精査のため、国立感染症研究所(感染研)獣医科学部第1室に検査を依頼した。
感染研で16S rRNA遺伝子とgyrB 遺伝子のシーケンス解析を実施した結果、それぞれC. canimorsus 基準株と98.9%および99.8%の一致率を示し、C. canimorsusであることが確認された。
考 察
イヌ咬傷による敗血症、DIC、肝障害を呈した症例を報告した。多発関節痛、全身性発疹もこれに関係するものと考えられるが、本邦の症例報告には記載されていない1)。C. canimorsus 感染症は、犬・猫の咬掻傷や犬・猫が人の皮膚の傷などをなめることにより、まれに感染・発症し、健康な人にも突然に、発熱を伴う重度の敗血症、DIC、低血圧、多臓器不全、精神状態変化などをもたらす1-4)。一方、発疹については、敗血症時の電撃性紫斑病から壊疽4)や、斑状の発疹、斑状紫斑もみられるという報告5,6)もあることから、敗血症に伴う発疹を認めた場合にも本感染症に注意する必要がある。すなわち、敗血症を疑った時点で、直ちに血液培養を実施し、染色性の弱い先端の尖ったグラム陰性桿菌を認めた場合は、本感染症も念頭に置いた治療を行うべきである。
結 語
今回、我々が経験した症例は、多発関節痛と全身性発疹を呈した点が特徴である。多発関節痛と発疹を主訴とする場合、本病態へ早期に結びつけることは困難である。しかし、本感染症は敗血症を呈した場合の致命率が約30%と高いことから、このような非特異的な症状を呈した場合でも、特に、犬・猫の咬掻傷歴がある場合は、C. canimorsus 感染症も臨床的に考慮が必要である。
社会医療法人 岡村一心堂病院
医療技術部検査室 渡辺美絵
内 科 岡村一博
岡山大学病院医療技術部検査部 能勢資子
国立感染症研究所獣医科学部 鈴木道雄