|
|
|
(1)完全長のHCVゲノムクローニング
HCVはフラビウイルス科のへパシウイルス属に分類される。フラビウイルスの仲間には日本脳炎ウイルス、黄熱病ウイルス、デングウイルスなどがあり、いずれもプラス鎖の10-11kb長の一本鎖RNAをゲノムに持つ。HCVの場合は、1989年に米国カイロン社の研究グループによりHCVゲノムの一部が発見されて以来、世界中のグループが完全長のゲノムのクローニングを目指した。同じ一本鎖RNAウイルスのポリオウイルスでは感染性cDNAクローンが樹立されており、ウイルスゲノムのcDNAあるいはcDNAを鋳型として合成したRNAを細胞に導入することにより、感染性ウイルスを産生することが可能になっていた。このようなリバースジェネテックスの技術はポリオウイルス研究を飛躍的に進歩させたことから、HCVでも同様な試みがなされてきた。この過程で第一に重要な発見はHCVの完全長のウイルスゲノムの分離である。従来のHCVのゲノムの3’末端はポリUまたはポリAで終わっていると考えられていたが、実は98塩基長の3’x領域が存在することが1995年Tanakaらによって報告された(Tanaka et al., 1995)。これによりHCVゲノムの完全長が明らかになった。
(2) HCVゲノムの構造と機能
HCVは約9600塩基長からなるプラス鎖の一本鎖RNAをゲノムとしている(Choo et al., 1989)。このRNAにコードされる約3000アミノ酸からなる一本のポリプロテインは、宿主及びウイルスのプロテアーゼによって切断を受け、ウイルス粒子を形成する構造蛋白質 (Core、E1、E2) とウイルス粒子に含まれない非構造 (NS) 蛋白質 (NS2、NS3、NS4A、NS4B、NS5A、NS5B) が産生される(図 1)。さらに、構造蛋白質のC末端側にはp7と呼ばれる小さな分子が存在するが、p7がウイルス粒子に含まれるかどうかは不明である。 一般的に、ヘパシウイルスは大きく6種類の遺伝子型に分けられ、それぞれは塩基で31-34%、アミノ酸レベルで30%程度の違いが認められている。他のRNAウイルスと同様にHCVでも、そのゲノムの特徴として多様性が上げられ、「クアシピーシス」と呼ばれている(Martell et al., 1992)。HCVで「クアシピーシス」が多いのは、NS5B遺伝子がコードするRNA依存性RNAポリメラーゼのエラー率が高いことによるものと考えられている。HCVの「クアシピーシス」はウイルス持続感染に貢献しているものと考えられている。実際、慢性肝炎の患者では自然治癒した患者に比べて「クアシピーシス」が大きいことが報告されている(Pawlotsky et al., 2006)。変異率はそのゲノムの領域によって大きく異なっており(Martell et al., 1992, Pawlotsky et al., 2006)、エンベロープ領域は最も変異率が高く、一方、ゲノムの末端の5’, 3’非翻訳領域(UTR)は最も変異率が低い。特にE2のN末端の27塩基長の超可変領域1に変異が集中している(Hijikata et al., 1991, Weiner et al., 1991, Kato et al., 1992)。
(3)HCVゲノムの非翻訳領域の構造と機能
HCVゲノムのRNA構造と機能に関して最も重要なのは両末端の非翻訳領域である。HCVの5’UTRは約341塩基からなり、その塩基配列はHCV株間でよく保存されている。この領域は多くのステムループ構造を持った4つの主なドメイン (domain I-IV) 及びpseudoknotと呼ばれる特徴的な二次構造からなり、5’末端キャップ構造非依存的な翻訳に関わるinternal ribosomal entry site (IRES) を有する(Bukh et al., 1992, Brown et al., 1992, Tsukiyama-Kohara et al., 1992, Wang et al., 1993, Honda et al., 1996,)。また、5’UTRはゲノム複製にも重要であることが報告されている。特に、IRESの上流の遺伝子配列はウイルス複製に、IRES領域の配列は複製の効率に関与し、特にIRESのステムループIIが複製に必須ということが判明している(Friebe et al., 2001)。最近、肝臓特異的マイクロRNA (miR-122) が5’UTRに結合し、HCV RNA複製調節に関与することが報告された(Jopling et al., 2005)。 3’UTRは短い可変領域、約80塩基長のpoly(U/UC) stretch、及び98塩基長の3’X領域から構成され、その長さは200-235塩基とウイルス株により大きく異なっている(Tanaka et al., 1995, Kolykhalov et al., 1997, Ito et al., 1999)。レプリコンシステムを用いた実験からpoly(U/UC) stretch及び3’X領域がゲノム複製に必須であることが示されている(Friebe et al., 2002, Yi et al., 2003)。
|
|||
1989年にHoughtonら米国カイロン社の研究グループにより感染チンパンジー血漿から C型肝炎ウイルス (HCV) の遺伝子断片が発見された(Choo et al., 1989, Kuo et al., 1989)。そして、それを基にしたスクリーニング系の導入により、輸血用血液の抗体スクリーニングが可能となり、我が国では輸血による新規感染は激減した。しかしながら、HCV感染者は日本で約200万人、世界中で1億7000万人にのぼるとされ、その多くが10-30年という長期間を経て慢性肝炎から肝硬変へと進行し、高率に肝細胞癌を発症する(Saito et al., 1990, Alteret al., 1995, Bisceglie et al., 1997, Grakoui et al., 2001, Lauer et al., 2001, Poynard et al ., 2003, Pawlotsky 2004)。現在、HCV感染症に対する主要な治療法はインターフェロンとリバビリンによる併用療法であるが、投与法や薬物の形態が工夫された結果、ようやく半数以上の患者に有効となったが、未だ十分でなく、強い副作用も問題となっている。より有効な治療法の開発が望まれているが、HCVには効率の良いウイルス培養系と実験用の感染小動物が存在しなかった。そのため、HCVの基礎研究はウイルス遺伝子の発現産物の機能解析を中心に進み、HCVのウイルス学的な解析はチンパンジーを用いた感染実験に頼るしか無いわけだが、倫理的な問題やコストの面からも安易にできる実験ではなかった。このような状況がHCVの基礎研究の妨げになり、抗ウイルス薬やワクチンの開発が遅れてきた。しかし、1999年に培養細胞で自律複製する構造領域を欠くサブゲノムレプリコンが開発され(Lohmann et al., 1999)、これを皮切りにHCVの複製に関する研究が精力的に進められてきた。また、レトロウイルスまたは水胞性口内炎ウイルスのエンベロープ蛋白を欠損させ、代わりにHCVのエンベロープ蛋白を持ったシュードタイプウイルスを感染モデルとして用いることで、HCVの感染に関する研究は大きく進歩した(Lagging et al., 1998, Matsuura et al., 2001, Bartosch et al., 2003, Hsu et al., 2003)。さらに、劇症肝炎患者から単離されたJFH-1株のゲノムRNAを肝癌細胞由来のHuh-7細胞に導入することにより、感染性ウイルス粒子を培養細胞で作製する技術が2005年に確立された(Wakita et al., 2005, Zhong et al ., 2005, Lindenbach et al ., 2005)。これは、レプリコンシステムやシュードタイプウイルスと異なりHCVの生活環 (感染、翻訳、複製、ウイルス粒子形成・放出) をすべて再現可能な実験系であり、HCV研究を急速に加速させた。
|
|||
国立感染症研究所・ウイルス第二部 脇田隆字
|