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HCV蛋白の構造と機能
 
(1) コア蛋白
 HCVポリプロテインのN末端に位置するコア蛋白は他のフラビウイルスのN末に位置する蛋白と同様にウイルス粒子の内部(ヌクレオキャプシド)を形成する。他の領域に比べ、コア蛋白の遺伝子配列は異なる遺伝子型のウイルス間で高く保存されている。そのため、コア領域を標的とした抗体を用いた診断系はHCVキャリアーの発見に大変有用であった。コア蛋白はこれまで複数の大きさのコア蛋白が報告されており、191塩基長からなる前駆体蛋白の23kDaのコア蛋白、および最も量的に多い21kDaのコア蛋白などがある(Harada et al., 1991, Liu et al., 1997, Yasui et al., 1998, Suzuki et al., 2001)。コア遺伝子のN末端領域は塩基性に富み、一方C末端は疎水性である。細胞内コア蛋白の局在については、コア蛋白は小胞体(ER)、脂肪滴、ミトコンドリアに結合する形で細胞質に存在していると、複数のグループが報告している(Harada et al., 1991, Selby et al., 1993, Suzuki et al., 1995, Moradpour et al., 1996, Barba et al., 1997, Moriya et al., 1998, Yasui et al., 1998, Hope et al., 2000, Okuda et al., 2002, Schwer et al., 2004, Suzuki et al., 2005)。また、核に存在するという報告もある。コア蛋白はウイルス複製、成熟、病原性発現などに重要な役割を果たす多機能蛋白と考えられている。すなわち、単にウイルス粒子形成だけでなく、細胞内情報伝達系、細胞やウイルス遺伝子発現、細胞のトランスフォーメーション、アポトーシス、脂質代謝などにも影響を与えていることが報告されている(Suzuki et al., )。 

(2)E1, E2エンベロープ蛋白
 E1およびE2蛋白は脂質膜とともにウイルス粒子の外被 (エンベロープ) を構成し、ウイルスのエントリーに重要な役割を果たしている。いずれも糖鎖蛋白で、その大きさは、E1はアミノ酸番号192-383の33-35kDa、E2はアミノ酸番号384-746の70-72kDaの蛋白である(Beeck et al., 2001)。ポリプロテインの状態のE1およびE2のC末端膜貫通領域はヘアピン構造を形成し、ER膜を2度貫通しており、そのためER内腔に存在するシグナルペプチダーゼで切断される(Cocquerel et al., 2002)。切断後、E1およびE2のC末端は細胞質側に移行し、成熟したE1およびE2の形をとる。さらに、E1およびE2の膜貫通領域にはER貯留シグナルも存在するので、成熟したE1およびE2はERに固定され、互いに結合して複合体を形成しているものと思われる。 

(3)p7蛋白
 p7蛋白は63アミノ酸の小さい疎水性の蛋白で2回膜を貫通している。この蛋白はin vivoで感染性のウイルス粒子産生に重要ということがわかっている(Sakai et al., 2003)。また、膜の透過性に関与するという報告やイオンチャンネルとして機能するという発表もある(Pavlovic et al., 2003, Griffin et al., 2003)。 

(4)NS2蛋白
 NS2蛋白は21-23kDaの膜貫通型の蛋白で、N末端の96塩基長の疎水性領域の3-4個の膜貫通性のヘリケース構造を持ち、ER膜へと侵入している。NS2蛋白のC末端側はNS3のN末端領域とともに細胞質側に存在し、金属要求性プロテアーゼ活性を有している。NS2が欠失したレプリコンでも複製することからNS2はウイルスRNA複製に関与していないものと思われる(Lohmann et al., 1999, Khromykh et al., 1997)。しかしながら、in vivoまたはin vitroいずれでもNS2はウイルス生活環に重要な役割を果たしている可能性が示されている(Kolyhalov et al., 2000, Pietschmann et al., 2006)。NS2のC端領域の結晶解析の結果、NS2の細胞質内に存在する部分は2量体のシステインプロテアーゼを形成していることが確認されている(Lorenz et al., 2006) 。 

(5) NS3-4A結合体
 NS3はNS4Aと結合して、ウイルス蛋白のプロセッシングとRNA複製に働く。NS3はやや疎水性の69kDaの蛋白で、N端三分の一がセリンプロテアーゼ活性を持ち、補因子として54アミノ酸のNS4Aが結合する(Francesco et al ., 2005)。NS4Aの中央部分がNS3によるプロセッシングに重要である。NS4AのN末端は膜貫通性ヘリックス構造を取っており、NS3-4A複合体はこのNS4AのN末端で膜に固定されていると考えられている(Wolk et al., 2000)。NS3/4A複合体の結晶解析の結果、 NS3プロテアーゼはトリプシンに構造的に近似しており、活性部位の裂け目と基質結合部位が認められている(Kim et al., 1996, Love et al., 1996, Yan et al., 1998) 。NS4Aはこの構造に潜り込み、NS3N端に結合している。こうしてNS3/4A複合体は浅い基質結合部位を形成し、ここに基質が結合するものと思われる。  NS3のC末端から442アミノ酸はヘリケース、NTPase活性を有する部位であり、二本鎖のRNAを3末から5末へ解く作用がある(Kwong et al., 2000)。結晶解析の結果からも、NS3のC端にはNTPase部位とRNA結合部位が存在することが確認できている(Kim et al., 1998)。RNA複製時には、NS3ヘリケースはNTPの加水分解に伴うエネルギーを使い、蛋白の形を変えながら、核酸に沿って移動しているものと思われる(Serebrov et al., 2004, Levin et al., 2005, Dumont et al., 2006)。そのヘリケース活性はNS3プロテアーゼおよびNS4A蛋白によって亢進させられている(Frick et al., 2004)。 

(6)NS4B蛋白
 NS4Bは27kDaの膜に埋まっている蛋白で、少なくとも4つの膜貫通部位を持ち、N末端ヘリックス構造が膜との固定に重要な役割を果たしていると考えられている(Lundin et al., 2003,)。NS4Bは、ゲノム複製複合体が細胞内膜上で形成されるための特殊な膜構造、すなわちmembranous webと呼ばれる膜構造を作る可能性が考えられる(Egger et al., 2002, Gao et al ., 2004)。 

(7) NS5A蛋白
 NS5Aは膜に結合するリン酸蛋白であり、56kDaの基礎リン酸化型と58kDa超リン酸化型の2つの形態をとっている。NS5Aはアミノ酸番号1-213のドメイン1、アミノ酸番号250-342のドメイン2、アミノ酸番号356-447のドメイン3の3つに分けられる(Tellinghuisen et al., 2004)。ドメイン1は膜に固定するためのアルファヘリックス構造を持ち、膜やRNAだけでなく、ウイルスや宿主蛋白と結合しているものと思われる(Tellinghuisen et al., 2005)。  一方、その機能については十分に判明してないが、ウイルスRNA複製に重要な役割を果たしているものと考えられている。細胞培養において見られる適応性変異はNS5A領域に集中しており、RNA複製に寄与しているものと思われる(Blight et al., 2000, Krieger et al., 2001, Lohmann et al., 2001)。これらの適応性変異はNS5Aの超リン酸化を起しており、NS5Aのリン酸化は複製効率に影響を与えているものと思われる。NS5Aは他の非構造蛋白と結合することが知られており、いくつかの細胞由来蛋白が結合することから、NS5Aは複製複合体の形成に重要で、ウイルス複製を制御しているものと考えられている(Shimakami et al., 2004, Shirota et al., 2002, Dimitrova et al., 2003)。 

(8) NS5B蛋白
 NS5Bは68kDaの蛋白で、ゲノムRNAの複製に必須なRNA依存性RNAポリメラーゼとして機能し、その活性部位には既知のモチーフであるGDD配列を有している。NS5BはそのC末端21アミノ酸にアルファヘリックス構造の膜貫通領域を持ち、この部位で膜に固定されている。そのC末端はポリメラーゼ活性には影響を与えないものの、翻訳後のNS5B蛋白がERの細胞質側へ結合するのに重要であることが知られている(Schmidt-Mende et al., 2001, Moradpour et al., 2004)。NS5Bの結晶解析の結果、NS5Bは他のひな形依存的ポリメラーゼと同様の、4指と手のひらと親指からなる右手様の構造をとっている(Ago et al., 1999, Lesburg et al., 1999, Bressanelli et al ., 2002) 。しかしながら、Klenow FragmentやHIV1の逆転写酵素など、他のひな形依存的DNAポリメラーゼのようなより開いた形態はとらず、HCV RdRpは4指と親指が向き合って“手のひらを閉じた”様な構造をとっている。HCV RdRpは活性部位に向かって伸びるような独特のヘアピンループ構造を持ち、RNA合成が始まるようにRNAテンプレートの3末端をさせ、テンプレート自身の伸長反応を抑える働きがある(Butcher et al., 2001)。

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HCVゲノムの構造と機能

 

(1)完全長のHCVゲノムクローニング
 HCVはフラビウイルス科のへパシウイルス属に分類される。フラビウイルスの仲間には日本脳炎ウイルス、黄熱病ウイルス、デングウイルスなどがあり、いずれもプラス鎖の10-11kb長の一本鎖RNAをゲノムに持つ。HCVの場合は、1989年に米国カイロン社の研究グループによりHCVゲノムの一部が発見されて以来、世界中のグループが完全長のゲノムのクローニングを目指した。同じ一本鎖RNAウイルスのポリオウイルスでは感染性cDNAクローンが樹立されており、ウイルスゲノムのcDNAあるいはcDNAを鋳型として合成したRNAを細胞に導入することにより、感染性ウイルスを産生することが可能になっていた。このようなリバースジェネテックスの技術はポリオウイルス研究を飛躍的に進歩させたことから、HCVでも同様な試みがなされてきた。この過程で第一に重要な発見はHCVの完全長のウイルスゲノムの分離である。従来のHCVのゲノムの3’末端はポリUまたはポリAで終わっていると考えられていたが、実は98塩基長の3’x領域が存在することが1995年Tanakaらによって報告された(Tanaka et al., 1995)。これによりHCVゲノムの完全長が明らかになった。 

(2) HCVゲノムの構造と機能
HCVは約9600塩基長からなるプラス鎖の一本鎖RNAをゲノムとしている(Choo et al., 1989)。このRNAにコードされる約3000アミノ酸からなる一本のポリプロテインは、宿主及びウイルスのプロテアーゼによって切断を受け、ウイルス粒子を形成する構造蛋白質 (Core、E1、E2) とウイルス粒子に含まれない非構造 (NS) 蛋白質 (NS2、NS3、NS4A、NS4B、NS5A、NS5B) が産生される(図 1)。さらに、構造蛋白質のC末端側にはp7と呼ばれる小さな分子が存在するが、p7がウイルス粒子に含まれるかどうかは不明である。  一般的に、ヘパシウイルスは大きく6種類の遺伝子型に分けられ、それぞれは塩基で31-34%、アミノ酸レベルで30%程度の違いが認められている。他のRNAウイルスと同様にHCVでも、そのゲノムの特徴として多様性が上げられ、「クアシピーシス」と呼ばれている(Martell et al., 1992)。HCVで「クアシピーシス」が多いのは、NS5B遺伝子がコードするRNA依存性RNAポリメラーゼのエラー率が高いことによるものと考えられている。HCVの「クアシピーシス」はウイルス持続感染に貢献しているものと考えられている。実際、慢性肝炎の患者では自然治癒した患者に比べて「クアシピーシス」が大きいことが報告されている(Pawlotsky et al., 2006)。変異率はそのゲノムの領域によって大きく異なっており(Martell et al., 1992, Pawlotsky et al., 2006)、エンベロープ領域は最も変異率が高く、一方、ゲノムの末端の5’, 3’非翻訳領域(UTR)は最も変異率が低い。特にE2のN末端の27塩基長の超可変領域1に変異が集中している(Hijikata et al., 1991, Weiner et al., 1991, Kato et al., 1992)。 


(3)HCVゲノムの非翻訳領域の構造と機能
 HCVゲノムのRNA構造と機能に関して最も重要なのは両末端の非翻訳領域である。HCVの5’UTRは約341塩基からなり、その塩基配列はHCV株間でよく保存されている。この領域は多くのステムループ構造を持った4つの主なドメイン (domain I-IV) 及びpseudoknotと呼ばれる特徴的な二次構造からなり、5’末端キャップ構造非依存的な翻訳に関わるinternal ribosomal entry site (IRES) を有する(Bukh et al., 1992, Brown et al., 1992, Tsukiyama-Kohara et al., 1992, Wang et al., 1993, Honda et al., 1996,)。また、5’UTRはゲノム複製にも重要であることが報告されている。特に、IRESの上流の遺伝子配列はウイルス複製に、IRES領域の配列は複製の効率に関与し、特にIRESのステムループIIが複製に必須ということが判明している(Friebe et al., 2001)。最近、肝臓特異的マイクロRNA (miR-122) が5’UTRに結合し、HCV RNA複製調節に関与することが報告された(Jopling et al., 2005)。  3’UTRは短い可変領域、約80塩基長のpoly(U/UC) stretch、及び98塩基長の3’X領域から構成され、その長さは200-235塩基とウイルス株により大きく異なっている(Tanaka et al., 1995, Kolykhalov et al., 1997, Ito et al., 1999)。レプリコンシステムを用いた実験からpoly(U/UC) stretch及び3’X領域がゲノム複製に必須であることが示されている(Friebe et al., 2002, Yi et al., 2003)。

 

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はじめに

 

 1989年にHoughtonら米国カイロン社の研究グループにより感染チンパンジー血漿から C型肝炎ウイルス (HCV) の遺伝子断片が発見された(Choo et al., 1989, Kuo et al., 1989)。そして、それを基にしたスクリーニング系の導入により、輸血用血液の抗体スクリーニングが可能となり、我が国では輸血による新規感染は激減した。しかしながら、HCV感染者は日本で約200万人、世界中で1億7000万人にのぼるとされ、その多くが10-30年という長期間を経て慢性肝炎から肝硬変へと進行し、高率に肝細胞癌を発症する(Saito et al., 1990, Alteret al., 1995, Bisceglie et al., 1997, Grakoui et al., 2001, Lauer et al., 2001, Poynard et al ., 2003, Pawlotsky 2004)。現在、HCV感染症に対する主要な治療法はインターフェロンとリバビリンによる併用療法であるが、投与法や薬物の形態が工夫された結果、ようやく半数以上の患者に有効となったが、未だ十分でなく、強い副作用も問題となっている。より有効な治療法の開発が望まれているが、HCVには効率の良いウイルス培養系と実験用の感染小動物が存在しなかった。そのため、HCVの基礎研究はウイルス遺伝子の発現産物の機能解析を中心に進み、HCVのウイルス学的な解析はチンパンジーを用いた感染実験に頼るしか無いわけだが、倫理的な問題やコストの面からも安易にできる実験ではなかった。このような状況がHCVの基礎研究の妨げになり、抗ウイルス薬やワクチンの開発が遅れてきた。しかし、1999年に培養細胞で自律複製する構造領域を欠くサブゲノムレプリコンが開発され(Lohmann et al., 1999)、これを皮切りにHCVの複製に関する研究が精力的に進められてきた。また、レトロウイルスまたは水胞性口内炎ウイルスのエンベロープ蛋白を欠損させ、代わりにHCVのエンベロープ蛋白を持ったシュードタイプウイルスを感染モデルとして用いることで、HCVの感染に関する研究は大きく進歩した(Lagging et al., 1998, Matsuura et al., 2001, Bartosch et al., 2003, Hsu et al., 2003)。さらに、劇症肝炎患者から単離されたJFH-1株のゲノムRNAを肝癌細胞由来のHuh-7細胞に導入することにより、感染性ウイルス粒子を培養細胞で作製する技術が2005年に確立された(Wakita et al., 2005, Zhong et al ., 2005, Lindenbach et al ., 2005)。これは、レプリコンシステムやシュードタイプウイルスと異なりHCVの生活環 (感染、翻訳、複製、ウイルス粒子形成・放出) をすべて再現可能な実験系であり、HCV研究を急速に加速させた。

国立感染症研究所・ウイルス第二部 脇田隆字

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan