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The Topic of This Month Vol.34 No.6(No.400)

レジオネラ症 2008.1~2012.12

(IASR Vol. 34 p. 155-157: 2013年6月号)

 

レジオネラ症は細胞内寄生性のグラム陰性桿菌であるレジオネラ属菌(Legionella spp.)による感染症で、菌は経気道感染して肺胞マクロファージに侵入し増殖する。病型には肺炎型と感冒様のポンティアック熱型とがある。高齢者や新生児、および免疫力低下をきたす疾患を有する者が本症のリスクグループである。ヒトからヒトへの感染はない。レジオネラ肺炎に特有な症状はないため、症状のみでは他の肺炎との鑑別は困難である。治療には、キノロン系やマクロライド系の抗菌薬が使用される。適切な抗菌薬の投与がない場合、急速に全身症状が悪化する例がある点に注意が必要である。レジオネラ属菌は一般的には水中や湿った土壌中などにアメーバ等の原虫類を宿主として存在し、20~45℃で繁殖し、36℃前後で最もよく繁殖する。本特集では2008~2012年のデータをまとめた。

患者発生状況:レジオネラ症は感染症法に基づく感染症発生動向調査において医師に全数届出が義務付けられている4類感染症である(http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/01-04-39.html)。2008年1月~2012年12月末までに、31例の無症状病原体保有者を含む 4,081例が報告された(2013年5月15日現在)(表1)。初診年月日を月別に集計すると、患者発生の主なピークは梅雨期の7月であった(図1)。報告数は人口の多い都府県で多いが(http://www.niid.go.jp/niid/images/iasr/34/400/graph/f4002aj.gif)、罹患率は富山・石川、岡山・鳥取で高い(図2)。

患者の平均年齢は67.0歳(男性65.7歳、女性は72.5歳)で、0歳~103歳まで幅広く分布しているが、30歳未満は1.0%と少なかった(図3)。性別は男性が81%を占めており、米国の64%(2000~2009; MMWR 60: 1083-1086, 2011)より多い。

職業上の曝露では、採掘・建設業務従事者、金属材料製造作業者および輸送機械組立・修理作業者、運転手等が多い。症状は、発熱(92%)、肺炎(90%)、咳嗽(48%)、呼吸困難(44%)、意識障害(17%)、下痢(9.8%)、多臓器不全(8.5%)、腹痛(2.5%)が認められる。感染地域は、国内が3,962例(97%)、国外95例(2.3%)、不明24例(0.6%)であった。

診断法:レジオネラ症届出4,081例中、尿中抗原検出が3,928例(96%)、培養113例(2.8%)、血清抗体価の測定69例(1.7%)、PCR (LAMPを含む)62例(1.5%)、間接蛍光抗体法や酵素抗体法による病原体抗原の検出8例(0.2%)であった(複数の検査法が記載された例を含む)(表2)。尿中抗原検査はLegionella pneumophila血清群(SG)1のみの検出に限られるが、レジオネラ属菌を広く検出する迅速検査LAMPが2011年10月に保険適用され、2012年にLAMPが5例報告されている。

死亡は134例であった。また、初診日の情報が得られた4,023例のうち死亡129例の致命率は、初診から診断に至る日数が1~4日、5~7日、8日以上の場合、各々2.8%、4.2%、5.3%と上昇するので、早期診断が望まれる。

起因菌:上記の培養113例の他に、届出後に菌株が分離され、レファレンスセンターに分与された例(本号7ページ)等を加えると、病原体の分離例は合わせて261例であった。うちL. pneumophila SG1が起因菌と考えられる事例は216例であった。そのうち5例は混合感染で、内訳は2例では他菌種(L. feeleiiL. rubrilucens)が分離され、3例ではSG1 とそれ以外の血清群が同時に分離された(SG1とSG6が2例、SG1、6、9、型別不能の4株が1例)。SG1 以外のL.pneumophila が起因菌の事例は24例(SG2、SG3が各6例、SG6が4例、SG5、SG10、SG12が各2例、SG9、SG15が各1例)であった。他にL. londiniensisと、L. longbeachaeが分離された事例が各1例で、19例は起因菌不明である。

集団感染事例等:2008年1月入浴施設で2例(神戸市、IASR 29: 329-330, 2008)、2008年7月老人福祉施設で2例(岡山県、IASR 29: 330-331, 2008)、2009年10月ホテルの入浴設備で8例(岐阜県、IASR 31: 207-209, 2010)、2011年9月横浜市のスポーツクラブの入浴設備で9例、2012年11月旅館の入浴設備で3例(本号5ページ)、2012年11~12月日帰り温泉施設で9例(本号3ページ)の患者が報告された。その他、2008年2月~2012年11月にかけて、同一施設に関連し、あるいは一緒に旅行後に2~5例の患者が発症した13の集団感染疑い事例が認められた。また、2011年3月には東日本大震災時の感染事例があった(本号6ページ)。

対策:本症はレジオネラ属菌を含むエアロゾルや塵埃を吸入することにより発症する。感染源は、循環式浴槽、冷却塔、シャワー(IASR 31: 331-332, 2010 & 31: 332-333, 2010)、給湯系、修景水、加湿器(本号15ページ)や、太陽熱温水器(IASR 32: 113-115, 2011)、腐葉土(IASR 26: 221-222, 2005)等である。浴槽内の多孔質の天然鉱石がレジオネラの温床となることもある(IASR 29: 193-194, 2008)。

レジオネラ症防止対策の基本は、1)微生物の繁殖および生物膜等の生成の抑制、2)設備内に定着する生物膜の除去、3)エアロゾル飛散の抑制、4)外部からの菌の侵入の阻止、である。そのためには、1)水の消毒(本号14ページ)を行い、微生物培養あるいは迅速検査(本号11ページ)等で確認する。エアロゾルを直接吸引する恐れのある浴槽水等の衛生管理基準値は100 mL当たり10 CFU未満(不検出)である。2)浴槽壁や各種タンクの内面の清掃が必須である。現場での浴槽壁等のATP(アデノシン三リン酸)測定で、生物膜の除去を確認することができる(本号13ページ)。3)各種設備はエアロゾルの飛散を防ぐ構造が要求される。4)浴槽壁の洗浄作業や腐葉土の取り扱いには、防塵マスクを着用した慎重な作業が求められる。

本症の予防には、レジオネラ対策(厚生労働省)(http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/seikatsu-eisei25/)、建築物衛生(厚生労働省)(http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/seikatsu-eisei09/03.html)、第3版レジオネラ症防止指針(ビル管理教育センター)、貯湯式給湯設備の衛生管理の手引き第1版(全国水利用設備環境衛生協会)等に沿った適切な衛生管理が必須である。

感染拡大防止には、臨床検体と環境検体の双方から菌株を分離して、パルスフィールド・ゲル電気泳動やsequence-based typing(本号7ページ)を用いて感染源を特定し、消毒・設備撤去等の対策を講じることが重要である。

 

特集関連情報

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日本のHIV感染者・AIDS患者の状況
(平成24年12月31日~平成25年3月31日)

(Vol. 34 p. 173-175, 80: 2013年6月号)

平成25年5月22日
厚生労働省健康局疾病対策課
第133回エイズ動向委員会委員長コメント
 
《平成25年第1四半期》

 【概要】
1.今回の報告期間は平成24年12月31日~平成25年3月31日までの約3か月

2.新規HIV 感染者報告数は227件(前回報告 257件、前年同時期 246件)。そのうち男性216件、女性11件で、男性は前回(246件)および前年同時期(231 件)より減少、女性は前回(11件)と同数、前年同時期(15件)より減少

3.新規AIDS患者報告数は107件(前回報告114件、前年同時期105件)。そのうち男性105件、女性2件で、男性は前回(107件)より減少、前年同時期(101 件)より増加、女性は前回(7件)および前年同時期(4件)より減少

4.HIV 感染者とAIDS患者を合わせた新規報告数は 334件

【感染経路・年齢等の動向】
1.新規HIV 感染者報告数:
○同性間性的接触によるものが151件(全HIV 感染者報告数の約67%)
○異性間性的接触によるものが44件(全HIV 感染者報告数の約19%)。そのうち男性35件、女性9件
○母子感染によるものは1件
○年齢別では、20~30代が多い。

2.新規AIDS患者報告数:
○同性間性的接触によるものが63件(全AIDS患者報告数の約59%)
○異性間性的接触によるものが23件(全AIDS患者報告数の約21%)。そのうち男性22件、女性1件
○母子感染によるものは0件
○年齢別では、30代が多い。

【検査・相談件数の概況(平成25年1月~3月)】
1.保健所におけるHIV抗体検査件数(速報値)は22,158件(前回報告26,597件、前年同時期25,025件)、自治体が実施する保健所以外の検査件数(速報値)は6,769件(前回報告7,223件、前年同時期7,171件)

2.保健所等における相談件数(速報値)は32,940件(前回報告37,321件、前年同時期39,840件) 

【献血の概況(平成25年1月~3月)】
1.献血件数(速報値)は、 1,304,418件(前年同時期速報値 1,325,793件)

2. そのうちHIV 抗体・核酸増幅検査陽性件数(速報値)は23件(前年同時期速報値14件)。10万件当たりの陽性件数(速報値)は、1.763件(前年同時期速報値1.056件)

《まとめ》
1.前回および前年同時期に比し、新規HIV感染者報告数は減少し、新規AIDS患者報告数はほぼ横ばいであった。

2.保健所等におけるHIV抗体検査件数は、前回および前年同時期に比し、減少していた。

3.早期発見は個人においては早期治療、社会においては感染の拡大防止に結びつくので、HIV抗体検査・相談の機会を積極的に利用していただきたい。

 

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<速報>当初は水痘を疑って対策を行ったCA6による手足口病の1例-臨床現場からの報告

(掲載日 2013/6/20)

 

2013年6月10日、当院Infection Control Team(ICT)に小児科から小児科病棟内にある小児集中治療室(PICU)で水痘疑い症例が発生したとの連絡が入った。当該患児は5月中旬よりPICUに収容されており、同室に収容されている他の児との直接の接触はなかったが、水痘は空気感染を感染経路に持つ極めて感染力の強い感染症であり、また発疹が6月8日から出現していたことから感染拡大防止対策の早急な立案と実施が求められていた。ICTは直ちに小児科病棟に赴き、小児科と共同で対策に当たった。以下にその結果を記述する。

症例:2歳0カ月 女児

基礎疾患:ダウン症、心室中隔欠損、肺高血圧症

水痘罹患歴・水痘ワクチン接種歴:ともに無し

現病歴:2013年5月16日に喘鳴が出現、低酸素血症をきたして当院小児科病棟にあるPICUに入院。低酸素血症は順調に改善して退院も予定されていたが、6月8日に臀部を中心に限局した発赤を伴う丘疹が多数出現し、6月10日には両上下肢、顔面等全身に同様の丘疹が多発、一部水疱形成をきたした。発疹出現に伴った発熱はみられなかった。

小児科病棟にて協議を行い、当該患児の隔離、PICUの使用制限、また同室児の発症予防策として6月14日から抗水痘・帯状疱疹ウイルス薬の内服を開始すること等が決定された。一方、当該患児の発疹は両上下肢に多発しているものの体幹部にはほとんど認められておらず、頭皮にはみられなかった。丘疹は5mm程度と水痘に矛盾しない大きさであったが水疱形成の程度は軽く、痂疲化しているものはなく、また色素沈着しているものもなかった。PICU入室後26日目に発疹が出現していたこと等からも、当該患児の水痘発症の可能性は否定できないものの、2011年に全国的に流行したコクサッキーウイルスA6(CA6)による手足口病に類する感染症を発症している可能性が考えられた。

既に水痘・帯状疱疹ウイルスに対する特異的検査のための検体提出は行われていたが、協議を行った結果、エンテロウイルスの感染を検知するための検査についても、当該患児の咽頭ぬぐい液、水疱内液、糞便の3検体を採取し、実施することとなった。

水痘・帯状疱疹ウイルスに対する特異的検査の結果は6月12日に明らかとなり、血清検査による特異的IgG、IgMはともに陰性、また水疱内液に対する同ウイルス特異的抗原検査も陰性であった。また、同日のうちに咽頭ぬぐい液、水疱内液、糞便の3検体すべてからPCR検査によりエンテロウイルスの存在が明らかとなった。この連絡を受け、当院ではPICUの使用制限を解除し、当該患児の水痘の治療を中止するとともに、14日から開始予定であった同室児達への水痘発症予防内服も中止とし、接触感染予防策の強化維持に努めることとした。その後14日にはVP1領域の塩基配列が決定され、3検体由来のエンテロウイルスはすべてCA6であると同定され、当該患児はCA6による手足口病であると確定診断された。

手足口病の原因ウイルスはエンテロウイルスであり、これまでは主にコクサッキーウイルスA16(CA16)やエンテロウイルス71(EV71)によるとされてきたが、2009年頃からCA6を病原とする手足口病が多くみられるようになり、2011年はCA6による手足口病が全国的に大きく流行したことは記憶に新しい(IASR Vol. 33, No. 3,  March, 2012 参照)。CA6を病原とする手足口病は、水疱がかなり大きく、四肢末端に限局せずに広範囲に認められるといった臨床的特徴がある。本症例は、CA6による手足口病に矛盾しない臨床所見であったが、水痘であった場合の同室児への影響の大きさを考え、検査によって手足口病であることがほぼ確定し、水痘が否定されるまでは水痘に対する対策を続行する方針であった。その後の迅速な検査対応により、水痘発症阻止のための予防内服は実施前に中止となり、またPICUの使用制限も早期に解除できた。なお、今後はCA6による手足口病の特徴である爪甲脱落症について注意していく必要がある。

本年はこれまでのところ、2011年に続いてCA6を病原とする手足口病の割合が多くを占めており(国立感染症研究所ホームページ:https://kansen-levelmap.mhlw.go.jp/Byogentai/Pdf/data37j.pdf 参照)、今後の発生動向の推移に注意が必要であると思われる。

 

大阪府済生会中津病院ICT
  安井良則 堀越敦子 田中敬雄  
同小児科   
    大和謙二 末廣 豊  
国立感染症研究所感染症疫学センター第4室   
    藤本嗣人 小長谷昌未 花岡 希

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<速報>アストロウイルスによる胃腸炎集団事例―千葉県

(掲載日 2013/6/19)

 

2013年3月に、千葉県では初めてのアストロウイルスによる胃腸炎の集団事例が2例発生したので報告する。

事例1:2013年3月18日、県南西部にある小学校において3月8日から、嘔吐、下痢、発熱症状による欠席者が増加していると保健所に報告があった。3月8~21日までの間に、全校生徒89名中20名が発症しており、職員14名に有症者はいなかった。発症割合は表1のとおりだった。主な症状は発熱、嘔吐、下痢であった。保健所でノロウイルスが検出されなかったことから、搬入された便8検体について、サポウイルス、A群ロタウイルス、C群ロタウイルス、アストロウイルスの検出を実施したところ、8検体すべてからアストロウイルス5型が検出された。

事例2:2013年3月21日、事例1と同一管内保育所において、3月13日ごろから、嘔吐、下痢による欠席者が増加していると保健所に報告があった。3月13~23日までの間に全園児154名中15名で有症者がみられ、職員33名に有症者はいなかった。発症割合は表2のとおりだった。主な症状は嘔吐、下痢であった。保健所でノロウイルスが検出されなかったことから、搬入された便11検体について、サポウイルス、アストロウイルスの検出を実施したところ、11検体中9検体からアストロウイルス4型が検出された。

当所におけるアストロウイルスの検出は、リアルタイムPCRを行った。遺伝子型の決定には、ORF2の5’末端側724bpの領域の系統樹解析を行った()。

2事例とも同一保健所管内の発生であるが、市町村が異なり、直接的な関連性は見出せなかった。また、どちらの事例も保健所の詳細な疫学調査によって食中毒は否定されている。

同時期に、県南部において散発の急性胃腸炎患者からアストロウイルス4型が5件検出された()。5件中4件は3月中に採取されたものであり、残りの1件は集団事例が発生した保健所管内で4月中旬に採取されたものであった。県内のその他の地域の病原体定点におけるアストロウイルスの検出は、4月初めに千葉市内でアストロウイルス4型が3例検出されていた。これらのことから、県中央部から南部においてアストロウイルスが小規模に流行していたものと考えられた。

2事例の症状をみると、事例1では発熱を訴えた有症者が、症状の確認ができた17名中11名だったのに対し、事例2では15名中1名であった。この差が、発症年齢層の違いによるものなのか、それとも遺伝子型の違いによるものなのか、要因は不明である。

アストロウイルスは、主に乳幼児に感染性胃腸炎を引き起こすウイルスとして知られており、感染性胃腸炎を引き起こすウイルスの中でも検出率は低いことも知られている。2010/11シーズン、2011/12シーズンの病原体検出情報においても、感染性胃腸炎の検体から検出されたウイルスの中でも2.5%前後であった。

アストロウイルスは、乳幼児の散発例から検出されることが多いが、今回、小学校の集団事例において検出されたことは注目すべき点である。また、高齢者施設での感染事例の報告1)があることから、検出率が低いとはいえ、注視する必要があると考える。

最後に、強化サーベイランスにご協力いただいた医療機関のみなさまに深謝いたします。

 

参考文献
1) Marshall JA, et al., Eur J Clin Microbiol Infect Dis 26: 67-71, 2007

 

千葉県衛生研究所ウイルス研究室
    堀田千恵美 小倉 惇 仁和岳史 平良雅克 小川知子
千葉県君津健康福祉センター疾病対策課  
    岡本恵子 檀谷幸子 西原有里子 橋本裕香

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<速報>タイからのB3型麻しんウイルス輸入例―福岡市

(掲載日 2013/6/12)

 

2013年5月、タイからのB3型麻しんウイルス輸入例が確認されたのでその概要を報告する。

症例は32歳、男性。ワクチン接種歴は不明。4月7~18日にかけて,タイのバンコクに滞在。帰国後、東京で仕事を行い、4月21日から福岡に滞在。4月25日より40℃の発熱、4月26日より発疹(丘疹)が出現し、5月1日に福岡市内の医療機関を受診、入院した。初診時の症状として、体温39.7℃、全身の融合傾向を伴う丘斑疹、Koplik斑様の口内炎、上気道炎、頸部リンパ節腫脹、肝機能障害、下痢、血尿、蛋白尿が認められた。自然経過にて症状は軽快し、5月7日に退院した。5月1日に採取された血液の抗体検査では麻しんIgG 6.0、IgM 7.71で陽性であり、5月15日の再検査ではIgG 30.8、IgM 7.91とIgGの有意な上昇を認めた。

麻しんとして届出があったため、当所で麻しんウイルス遺伝子検査を実施した。検体は、5月15日に採取された尿・咽頭ぬぐい液・血漿・末梢血単核球細胞を使用した。病原体検出マニュアル記載のRT-PCR法によりHA遺伝子およびN遺伝子の検査を行った結果、HA遺伝子はすべて陰性であり、N遺伝子は、尿・咽頭ぬぐい液・末梢血単核球細胞が陽性であった。陽性であったN遺伝子の RT-PCR増幅産物を使用し、ダイレクトシークエンス法により塩基配列を決定した。得られた塩基配列について系統樹解析を行ったところ、B3型麻しんウイルスであることがわかった(図1)。

なお、報告されているB3型麻しんウイルスの遺伝子情報から、B3型麻しんウイルスHA遺伝子とHA遺伝子検出用MHR2プライマーとの相同性が低いため、HA遺伝子が増幅しなかった可能性が考えられた。そこで、MHR2プライマーを用いないSemi-nested PCR法を試みたところ、咽頭ぬぐい液・末梢血単核球細胞からHA遺伝子が検出された。今回のように、病原体検出マニュアルに記載された方法のいずれかの遺伝子が検出されない場合もあるので、HA遺伝子・N遺伝子検出系を併用することがより確実な診断につながると考えられた。

日本では、B3型麻しんウイルスが検出された報告は過去になく、本症例が初めてである。B3型は主にアフリカで流行している株であるが、近年はヨーロッパ・カナダ等からの報告も増えている1)。アジアでの報告は少なく、現在までにタイでの報告はない。しかし、今回の症例はタイへの渡航歴があり、潜伏期間を考慮すると、タイからの輸入例であると考えられ、タイでもB3型が存在している可能性があると推察された。

また、麻しんは非常に感染力が強く2次感染への注意が必要である。本症例では、症状発現後より入院まで1週間を要しており、その間2次感染のリスクがあったと推定されるが、帰国後、東京および福岡での接触者に発症者は出ていない。また、入院後より症状消失までは、個室隔離が行われており、入院後の2次感染のリスクは低かったと考えられた。

麻しんはワクチン接種率の向上により大幅に患者数が減少しているが、依然として輸入例は存在しているため、分子疫学調査により感染経路等を明らかにすることは今後の麻しん対策にとって重要であると考える。

 

参考文献
1) IASR 34: 24-25, 2013

 

福岡市保健環境研究所  
    梶山桂子 古川英臣 宮代 守 佐藤正雄
福岡市城南区保健福祉センター  
    伊藤孝子 酒井由美子
福岡市保健福祉局保健予防課  
    植山 誠 眞野理恵子 衣笠有紀
福岡大学病院 腫瘍・血液・感染症内科  
    戸川 温 高田 徹 田村和夫
国立感染症研究所ウイルス第三部第1室  
    駒瀬勝啓

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<速報>2010年1月~2013年3月における手足口病およびヘルパンギーナ患者検体からのエンテロウイルス検出状況―石川県

(掲載日 2013/6/7)

 

石川県における2010年1月(第1週;1月4~10日)~2013年3月(第13週;3月25~31日)の手足口病およびヘルパンギーナ患者検体からのエンテロウイルス検出状況を報告する。

患者発生状況:2010年第1週~2013年第13週の感染症発生動向調査による石川県における手足口病およびヘルパンギーナ患者報告数の週別推移を図1に示した。

石川県における手足口病患者報告数のピークは、2010年は第28週(7月12~18日)であった。2011年は第31週(8月1~7日)にピークとなり、その後減少傾向にあったが、第43週(10月24~30日)から再び増加傾向となり、第51週(12月19~25日)にピークとなり、その後減少した。2012年は2010年、2011年と比較し、患者報告数が少なく、そのピークは、第37週(9月10~16日)であった。これ以降も患者報告があり、2012年第49週(12月3~9日)~第52週(12月24~30日)および2013年第7週(2月11~17日)~第11週(3月11~17日)にも患者報告数の増加がみられた。

一方、ヘルパンギーナ患者報告数のピークは、2010年は第28週(7月12~18日)、2011年は第31週(8月1~7日)、2012年は第30週(7月23~29日)であり、いずれもほぼ同時期であり、流行の規模も同様であった。

エンテロウイルス検出状況:2010年1月~2013年3月末までに、石川県内の病原体定点医療機関から搬入された手足口病およびヘルパンギーナ患者から採取された検体(咽頭ぬぐい液)について、培養細胞によるウイルス分離および、検体からのエンテロウイルス遺伝子検出を行い、いずれかの方法で陽性となった検体の数を集計した。ウイルス分離では、2種類(Vero、RD-A)の培養細胞を用い、CPEを形成したものについては、国立感染症研究所から分与を受けた抗血清にて中和試験を行いウイルスの同定を行った。一方、検体からの遺伝子検出については、咽頭ぬぐい液からRNAを抽出したのち、VP4-VP2部分領域を目的としたsemi-nested-PCR法1)によりDNAを増幅し、ダイレクトシークエンス法によりVP4-VP2部分領域(615bp)の塩基配列を決定し、NCBI BLASTを用いた相同性検索により同定を行った。エンテロウイルス71型(EV71)のsubgenogroupはVP1領域に基づいた分類であるため、VP4領域によりsubgenogroupを直接きめることは困難である。このためGenBankに登録されているsubgenogroupが既知のEV71全長配列情報より得られたVP4 領域(207bp)を各subgenogroupの参照配列とし、検出したEV71の一部とともに系統樹解析を行うことでsubgenogroupを類推した。

搬入された手足口病患者検体94検体のうち50検体(53.2%)から、ヘルパンギーナ患者検体33検体のうち26検体(78.8%)からエンテロウイルスが分離・検出された(表1)。検体採取週別の手足口病およびヘルパンギーナ患者検体からのエンテロウイルス分離・検出状況を図1に示す。

手足口病患者検体から、2010年はEV71が主に分離・検出された。2011年は第27週(7月4~10日)~第35週(8月29日~9月4日)にかけてコクサッキーウイルスA6型(CVA6)、第46週(11月14~20日)~2012年第4週(1月23~29日)にかけてCVA16、2012年第38週(9月17~23日)~2013年第9週(2月25日~3月3日)にかけてはEV71が主に分離・検出された。

一方、ヘルパンギーナ患者検体から分離・検出されたエンテロウイルスは、CVA10、CVA6、CVA4、CVA2、CVA9、CVB1、EV71など多岐にわたっていた。

検出されたEV71のうち、手足口病患者由来の19検体、ヘルパンギーナ患者由来の2検体について系統樹解析を実施した結果、2010年に検出されたEV71のsubgenogroupはC2、2012~2013年に検出されたEV71のsubgenogroupはB5と類推された(図2)。

石川県では、ヘルパンギーナ患者検体から様々なエンテロウイルスが分離・検出されている。一方、手足口病患者検体からは、2010年はEV71 subgenogroup C2、2011年はCVA6およびCVA16、2012~2013年3月にかけてはEV71 subgenogroup B5が主に分離・検出されており、全国と同様の傾向を示した2,3)。 

石川県における手足口病患者報告数は年ごとに異なり、また、2011年、2012年は、冬季にも患者報告数の増加がみられた。市中に流行する原因ウイルスの違いが、手足口病患者発生状況に影響した可能性が示唆されることから、ウイルス型別を含めたサーベイランスが重要であると考えられる。

今後は分離株を用いて、VP1領域の遺伝子解析を進める予定である。 

 

参考文献
1)山崎謙治, 他, 感染症学雑誌 75: 909-915, 2001
2)IASR 33: 55-56, 2012
3)IASR 34: 9-10, 2013

 

石川県保健環境センター 児玉洋江 成相絵里 崎川曜子

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