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The Topic of This Month Vol.34 No.7(No.401)

侵襲性インフルエンザ菌感染症

(IASR Vol. 34 p. 185-186: 2013年7月号)

 

インフルエンザ菌(Haemophilus influenzae)は、グラム陰性短桿菌で、乳幼児の多くは本菌を鼻咽頭に保菌する(本号9ページ)。本菌感染症は、菌血症から全身に播種される侵襲性感染症と非侵襲性感染症がある。侵襲性感染症は、血液や髄液等、本来無菌的な部位から細菌が分離された場合を指し、一般的に重症例が多い。本菌は、莢膜株と型別不能株(non-typable H. influenzae ; NTHi)に大別され、小児の侵襲性感染症の原因の主体はb型の莢膜を有するH. influen-zae type b(Hib)である(本号3ページ)。一方、NTHiは小児および成人の非侵襲性感染症(中耳炎、慢性閉塞性肺疾患の増悪など)の主要な原因菌である。

莢膜型とHibワクチン:莢膜株は多糖体の糖鎖構造の違いによりa~fの6つの莢膜型に分かれる。莢膜型の決定は、a~fの各莢膜型に特異的な抗血清を用いた菌凝集法により実施する。各莢膜型に特異的な配列をpolymerase chain reaction (PCR)で検出することにより、莢膜型を決定することもできる(本号8ページ)(詳細は、病原体検出マニュアル「細菌性髄膜炎検査マニュアル」を参照、http://www.niid.go.jp/niid/images/lab-manual/hib-meningitis.pdf)。

わが国では、2008年12月には、乾燥ヘモフィルスb型(Hib)ワクチン(破傷風トキソイド結合体)による任意接種が開始され、2010年11月には「子宮頸がん等ワクチン接種緊急促進事業」の開始とともに、5歳未満の小児に対するHibワクチン接種は全国的に公費助成対象となった。さらに、2013年4月の予防接種法の改正に伴いHibワクチンは定期接種に組み込まれた。通常のHibワクチン接種スケジュールにおいては、生後2~7カ月未満の乳児に対して接種を開始し、3回の初回免疫後おおむね1年後に追加免疫が推奨されている(本号15ページ)。

Hibワクチンの抗原はHib菌体表層の莢膜多糖体であるpolyribosylribitol phosphate (PRP)と呼ばれる多糖体である。Hib感染症においては血清型特異的抗体がその感染防御に不可欠とされている。Hibワクチンで誘導される特異抗体の評価にはELISA法による血清中抗PRP IgG測定およびHib を用いた血清殺菌活性(serum bactericidal assay: SBA)がある(本号6ページ)。

疫学的状況:感染症法に基づく感染症発生動向調査ではH. influenzae による髄膜炎は、2013年3月までは、全国約 500カ所の基幹病院定点から報告される細菌性髄膜炎に含まれていた(4月以降は、髄膜炎菌、肺炎球菌、インフルエンザ菌を原因として同定された場合を除く細菌性髄膜炎の報告に変更された)。2006~2010年には、年間 347~477例の細菌性髄膜炎の報告のうち、56~83例がH. influenzaeに起因していた(表1)。2006~2012年のH. influenzae による髄膜炎患者の93%(400例中 372例)は、5歳未満の小児であった。また、Hibワクチン公費助成開始後の2011年には49例と減少傾向を示し、2012年には14例まで減少した。この2011~2012年のH. influenzaeによる髄膜炎患者の減少は、2歳未満の小児で顕著であった(図1)。

2013年4月の予防接種法改正によりHibワクチンが定期接種化され、これに伴いHibによる細菌性髄膜炎を含む「侵襲性インフルエンザ菌感染症」が全数把握対象疾患(5類感染症)に追加された(IASR 34: 111, 2013)。届出基準は、「Haemophilus influenzaeによる侵襲性感染症のうち、本菌が髄液又は血液から検出された感染症とする」と定義され、検査診断は菌分離あるいは遺伝子検出のいずれかによる(http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/01-05-44.html)。表2には2013年第14週~23週までに届出のあった侵襲性インフルエンザ菌感染症の31症例を示す。症例の年齢分布は小児と高齢者の二相性のピークを示した(図2)。成人例の大半は高齢者の菌血症を伴う肺炎例であり、うち3例が死亡例であった。1症例のみb型と報告されたが、他の症例では分離株の莢膜型は報告されていない。2013年4月以降に開始された発生動向調査から、成人とりわけ高齢者における侵襲性インフルエンザ菌感染症の発生状況が明らかになっている。

一方、厚生労働省研究班事業として2007年から始まった「ワクチンの有用性向上のためのエビデンスおよび方策に関する研究」(庵原・神谷班)によって10道県における5歳未満人口10万人当たりのHibによる侵襲性感染症の平均罹患率が調査されている。Hibワクチン公費助成前の2008~2010年には髄膜炎 7.7、菌血症を伴う非髄膜炎 5.1であったが、2012年には髄膜炎 0.6(減少率92%)、菌血症を伴う非髄膜炎 0.9(減少率82%)にまで減少したことが明らかになっている(本号1011ページ)。同様の傾向は、全国の厚生労働省院内感染対策サーベイランス(JANIS)の検査結果の集計からも示唆された(本号13ページ)。

薬剤耐性株の出現Haemophilus influenzaeの耐性機序には、β-lactamase産生によるものとβ-lactamase産生によらないものとがある。とくに、β-lactamase非産生アンピシリン耐性(β-lactamase-non-producing ampicillin-resistance: BLNAR)の増加傾向が示唆されており、注意を要する(本号11ページ、IASR 31: 92-93, 2010およびIASR 23: 31-32, 2002)。 

今後の対策と課題:海外ではHib ワクチン導入後に非b型(NTHiを含む)による侵襲性感染症の増加が報告されている。国内においては、最近になって、Hibワクチン3回接種後のf型による髄膜炎例が確認されており(本号11ページ)、またNTHiによる小児や成人の侵襲性感染症が報告されている(本号5ページ)。このような背景から、小児に対するHibワクチンの定期接種後の小児および成人におけるHibのみならず、b型以外の莢膜株およびNTHiによる侵襲性感染症の動向の監視が必要である。2013年度から、感染症流行予測調査事業の感染源調査として、本菌の莢膜型解析を含めた病原体サーベイランスの実施が予定されている。

 

特集関連情報

鳥インフルエンザA(H7N9)患者搬送における感染対策

2013年7月16日

国立感染症研究所

 

目的

 鳥インフルエンザA(H7N9)患者(疑似症患者を含む)は感染症指定医療機関へ搬送されることが想定される。一般医療機関において、鳥インフルエンザA(H7N9)患者が発生した場合、又はそのような医療機関に患者が直接来院した場合等には、車両等による患者搬送が行われる。患者搬送においては、感染源への曝露に関する搬送従事者の安全確保と、搬送患者の人権尊重や不安の解消の両面に立った感染対策を行うことが重要である。
基本的な考え方は、搬送従事者が、標準予防策・ 接触感染対策・飛沫感染対策・空気感染対策を必要に応じて適切に実施し、患者に対して過度な隔離対策をとらないように適切に判断することである。
※指定感染症である鳥インフルエンザA(H7N9)は原則感染症指定医療機関へ搬送する。

国立感染症研究所・感染症情報センターには地方衛生研究所(地研)から「病原体個票」が報告されている。これには感染症発生動向調査の定点およびその他の医療機関、保健所等で採取された検体から検出された病原体の情報が含まれる。
図1.週別風疹ウイルス分離・検出報告数、2012年第1週~2013年第27週
図2.都道府県別風疹ウイルス分離・検出報告状況、2012年&2013年
図3.風疹ウイルス分離・検出例の性別年齢分布、2012年第1週~2013年第27週

 2013年に入り風疹ウイルスの分離・検出報告数が急増している図1)。

 2013年第1週〜第27週までに大阪府248件、千葉県123件、和歌山県72件、神奈川県54件、東京都30件、兵庫県25件、埼玉県、島根県各18件、静岡県15件、茨城県、新潟県各14件、愛知県、山口県各12件など30都府県から724件報告されている。遺伝子型別まで実施された229件では、2B型が212件と最も多く、1E型が15件で、1a型2件(1件はMRワクチン接種者から、1件はワクチン接種歴有・ワクチンの種類不明)検出されている(図2上)

なお、2012年(第1週〜第52週)は兵庫県54件、神奈川県34件、大阪府32件、千葉県26件、埼玉県18件、愛知県12件、東京都10件、三重県9件、静岡県7件など24都府県から231件の風疹ウイルスの分離・検出が報告されている。遺伝子型別まで実施された168件では、2B型が132件と最も多く、1E型が35件で、1a型(ワクチンタイプ)1件はMRワクチン接種者から検出されている(図2下)。

 麻疹疑い例の検査診断で、麻疹ウイルスが検出されず、風疹ウイルスが検出された例(IASR 34: 96-97, 97-982013)も多く含まれている。また、急性脳炎患者1例(2B型)(IASR 33: 305-308, 2012)と先天性風疹症候群(CRS)患児6例(2B型3例、遺伝子型不明3例)(IASR 34: 95-96, 2013)からの検出も報告されている。また、タイ(2B型1例)、マレーシア(1E型1例)、マレーシア・インドネシア(遺伝子型不明1例)などへの渡航歴のある例も報告されている。

 

 2012〜2013年の風疹ウイルスの分離・検出例は男性が720例、女性が228例と男性が多く、特に20〜40代男性が多い。女性では15〜29歳が多い(図3)。

 

国立感染症研究所感染症情報センター 病原微生物検出情報事務局
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<速報>福祉施設におけるヒトメタニューモウイルス集団感染事例―千葉市

(掲載日 2013/7/11)

 

2013年4月下旬~5月下旬にかけて千葉市内の福祉施設(入所者87名、職員37名)において、ヒトメタニューモウイルス(Human metapneumovirus: hMPV)を原因とする呼吸器感染症の集団事例が発生したので、その概要を報告する。

2013年5月8日、当該施設長から「発熱、咽頭痛、咳の呼吸器症状を呈している入所者が多数いる」旨の連絡が千葉市保健所にあった。保健所の調査の結果、初発例は4月27日発症の4名であることが明らかとなり、以降は5月20日まで発症者が認められた。発症者の主な症状は発熱(37.5℃~38℃)、咽頭痛、咳であり、中には肺炎症状を呈する症例も認められた。また、初発例2名について迅速診断キットによるインフルエンザウイルスの検出を試みたが、2名ともに陰性であった。

本事例の症例定義を「4月27日~5月20日の期間に、発熱、咽頭痛、咳の症状を呈した者」とした場合、発症者は入所者51名、職員2名の合計53名となった(図1)。呼吸器症状を呈する入所者51名のうち15名が肺炎症状を呈し、1名が入院となった。また、発症者の年齢幅は42~85歳であり、肺炎症状を呈した重症例15名のうち14名が62歳以上の高齢であった。感染拡大防止対策として、外出・外泊・面会の中止、施設内の消毒、入所者・職員のマスク着用、うがい・手洗いの励行、入所者全員の体温測定(1回/日)による発症者の早期発見、および発症者の居室分離などの措置を講じた。その結果、5月20日以降、新たな発症者が認められなくなったことから、本事例は終息したものと判断された。

千葉市環境保健研究所において、肺炎症状を呈する5症例の咽頭ぬぐい液(5月8日採取)から遺伝子検出とウイルス分離を実施した。遺伝子検出はRSウイルス、hMPV、パラインフルエンザウイルス(1型、2型、3型)、エンテロウイルス、ヒトライノウイルス、ヒトコロナウイルス、ヒトボカウイルスの9種類を対象とした。RSウイルス1)、hMPV、パラインフルエンザウイルス、ヒトボカウイルスについては、Real-time (RT-) PCR法による検出を実施した〔hMPV、パラインフルエンザウイルス、ヒトボカウイルスのReal-time (RT-) PCR法については独自に設計したプライマーとTaqMan MGBプローブを使用〕。また、エンテロウイルス2)、ヒトライノウイルス2)、ヒトコロナウイルス3)については、RT-PCR法による検出を実施した。一方、ウイルス分離にはRD-18S、VeroE6、HEp-2、CaCo-2、およびMDCK細胞の5種類を用いた。その結果、ウイルス分離はすべて陰性であったが、Real-time PCR法によって5症例のうち4症例からhMPV遺伝子のみが検出された。そこで、Real-time PCR法によって検出された4症例について、RT-Nested PCR法4)を行ったところ、1症例のみからPCR産物が得られた。さらに、ダイレクトシークエンス法により、PCR産物の塩基配列(F遺伝子領域317bp)を決定し、系統樹解析を実施したところ、本症例から検出されたhMPVの遺伝子型はB2であることが明らかとなった。また、NCBIにおけるBlast検索では、本症例から検出された遺伝子は、hMPV/Fukui/287/2008(AB716392)と最も高い相同性を示した。

千葉市においては、2013年3~5月の期間に病原体定点医療機関において上気道炎、または下気道炎と診断された散発症例8名からhMPVが検出されている。これらのhMPVはすべて遺伝子型B2であり、その塩基配列も本事例の検出株と相同性が非常に高かった(塩基配列解析部位が100%一致)。このことから、本事例の発生期間である4月下旬~5月下旬に千葉市内で流行していたhMPV-B2が当該施設における流行に関与していた可能性が示唆された。なお、2013年6月以降の散発症例からは、主に遺伝子型B1が検出されており、今後のhMPV遺伝子型の動向(流行する遺伝子型の変化)が注目される。

以上の結果から、本事例はhMPV-B2を原因とする呼吸器感染症の集団発生であり、初発例からの飛沫や接触によるヒト-ヒト感染によって、施設内に感染が拡大したことが示唆された。hMPVは、国内では春期(2~6月)を中心に流行し、乳幼児や高齢者では下気道呼吸器感染症(細気管支炎、喘息様気管支炎、肺炎など)を引き起こす一方、健康成人においては比較的軽度の急性上気道炎の起因ウイルスでもある5)。本事例でも、発症者53名のうち38名が発熱、咳、咽頭痛の上気道炎、15名が肺炎症状を呈する重症例であった。このことから、hMPVは成人の急性呼吸器感染症の原因ウイルスとしても重要視すべき存在であることが示唆され、特に高齢者施設などでの集団感染や院内感染に注意が必要であると考えられた。

 

参考文献
1)横井ら,感染症誌 86: 569-576,2012
2)石古ら,臨床とウイルス 27: 283-293,1999
3)Vijgen L. et al.,Methods Mol Biol 454: 3-12,2008
4)高尾ら,感染症誌 78: 129-137,2004
5)菊田英明,ウイルス 56: 173-182,2006

 

千葉市環境保健研究所健康科学課
横井 一 水村綾乃 小林圭子 木原顕子 都竹豊茂 三井良雄
千葉市保健所感染症対策課
飯島善信 西郡恵理子 牧 みさ子 加曽利東子 元吉まさ子 澤口邦裕 本橋 忠 山口淳一

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<速報>2013年、コクサッキーウイルスA6型による手足口病流行の兆し―熊本県

(掲載日 2013/7/8)

 

熊本県において、2013年4~6月に、手足口病患者検体からコクサッキーウイルスA6型(CA6)が多数検出されたので、発生状況とエンテロウイルス検出状況を報告する。

患者発生状況:手足口病の患者数は2013年第17週(4/22~28)頃から増加傾向となり、第24週(6/10~16)には定点当たりの報告数が5.14で警報基準値(5.00以上)を超えた。第25週(6/17~23)にはさらに増加し8.06となった。

材料および方法:2013年4~6月に手足口病、ヘルパンギーナもしくは発疹症と診断され当所に搬入された患者の咽頭ぬぐい液等67検体(手足口病:22検体、ヘルパンギーナ:26検体、発疹症:19検体)を検査材料とした。エンテロウイルスの遺伝子検査は、VP4/VP2領域を標的としたsemi-nested PCR法1)により行った。エンテロウイルス陽性と判定された場合、VP1領域を標的としたnested PCR法2)およびダイレクトシークエンスで塩基配列を決定し、BLASTによる相同性検索で型別同定を行った。また、得られたCA6の塩基配列(274bp)を用いて、近隣結合法による系統樹解析を行った。

ウイルス分離は、4細胞(RD-A、VeroE6、HEp-2、MRC-5)を使用し、1代を2週間として2代目まで継代および観察を行った。分離できた株は、中和試験を行った。

結果および考察:検査した67検体のうち、38検体がエンテロウイルス陽性と判定され、そのうち33検体が型別された。型の内訳は、CA6が22検体(手足口病:17検体、ヘルパンギーナ:2検体、発疹症:3検体)、コクサッキーウイルスA8型(CA8)が8検体(ヘルパンギーナ:7検体、発疹症:1検体)、エコーウイルス18型(Echo18)が3検体(発疹症:3検体)であった()。CA6が検出された患者の年齢分布を見ると、0歳が4名、1歳が13名、2歳が1名、3歳が4名であった。CA6が検出された患者の中には、強い発疹や、水痘様との症状の記載があるものも見られ、最近報告されている水痘疑いからCA6が検出された例(http://www.niid.go.jp/niid/ja/hfmd-m/hfmd-iasrs/3659-pr4014.html)と類似していると考えられた。

ウイルス分離は、現在培養中のものもあるが、CA6と同定できた22検体のうち18検体からRD-A細胞によって分離できた。当所では、2011年のCA6流行時にはRD-18S細胞を使用しており、CA6は分離できていない。このことから、RD-A細胞はCA6の分離に非常に有用であると考えられる。

今回得られたCA6株と、これまで国内外で報告されている株の系統樹()を作成したところ、今回検出された株は、すべて2008年以降に国内外で検出されているCA6株と同じクラスターに分類された。また、今回検出された株の相同性は95%以上と高く、1株を除いた株でサブクラスター(2013-Kumamoto)を形成した。熊本県で検出された2011年のCA6株は、同年に他県で検出された株と同じサブクラスターに分類されていることから、2013-Kumamotoも同様に地理的な要因ではなく、時期的なものであると推定される。

2011年は全国的に手足口病の大流行が起こり、患者から多数のCA6が検出された。2013年もすでにCA6が流行の兆しを見せており、今後の動向に注意が必要である。

 

参考文献
1) Ishiko H, et al., J Infect Dis 185: 744-754, 2002
2) Nix WA, et al., J Clin Microbiol 44: 2698-2704, 2006

 

熊本県保健環境科学研究所 清田直子 原田誠也
しまだ小児科 島田 康
上野小児科医院 上野剛彦

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan