(IASR Vol. 35 p. 229-230: 2014年10月号)
2013年4月1日の感染症法改正において「侵襲性インフルエンザ菌感染症」と「侵襲性肺炎球菌感染症」が5類全数把握疾患に追加された。医師は診断後7日以内の届出が義務付けられている(届出基準はhttp://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/01-05-44.htmlおよびhttp://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/01-05-09-02.html)。
(IASR Vol. 34 p. 185-186: 2013年7月号)
インフルエンザ菌(Haemophilus influenzae)は、グラム陰性短桿菌で、乳幼児の多くは本菌を鼻咽頭に保菌する(本号9ページ)。本菌感染症は、菌血症から全身に播種される侵襲性感染症と非侵襲性感染症がある。侵襲性感染症は、血液や髄液等、本来無菌的な部位から細菌が分離された場合を指し、一般的に重症例が多い。本菌は、莢膜株と型別不能株(non-typable H. influenzae ; NTHi)に大別され、小児の侵襲性感染症の原因の主体はb型の莢膜を有するH. influen-zae type b(Hib)である(本号3ページ)。一方、NTHiは小児および成人の非侵襲性感染症(中耳炎、慢性閉塞性肺疾患の増悪など)の主要な原因菌である。
莢膜型とHibワクチン:莢膜株は多糖体の糖鎖構造の違いによりa~fの6つの莢膜型に分かれる。莢膜型の決定は、a~fの各莢膜型に特異的な抗血清を用いた菌凝集法により実施する。各莢膜型に特異的な配列をpolymerase chain reaction (PCR)で検出することにより、莢膜型を決定することもできる(本号8ページ)(詳細は、病原体検出マニュアル「細菌性髄膜炎検査マニュアル」を参照、http://www.niid.go.jp/niid/images/lab-manual/hib-meningitis.pdf)。
わが国では、2008年12月には、乾燥ヘモフィルスb型(Hib)ワクチン(破傷風トキソイド結合体)による任意接種が開始され、2010年11月には「子宮頸がん等ワクチン接種緊急促進事業」の開始とともに、5歳未満の小児に対するHibワクチン接種は全国的に公費助成対象となった。さらに、2013年4月の予防接種法の改正に伴いHibワクチンは定期接種に組み込まれた。通常のHibワクチン接種スケジュールにおいては、生後2~7カ月未満の乳児に対して接種を開始し、3回の初回免疫後おおむね1年後に追加免疫が推奨されている(本号15ページ)。
Hibワクチンの抗原はHib菌体表層の莢膜多糖体であるpolyribosylribitol phosphate (PRP)と呼ばれる多糖体である。Hib感染症においては血清型特異的抗体がその感染防御に不可欠とされている。Hibワクチンで誘導される特異抗体の評価にはELISA法による血清中抗PRP IgG測定およびHib を用いた血清殺菌活性(serum bactericidal assay: SBA)がある(本号6ページ)。
疫学的状況:感染症法に基づく感染症発生動向調査ではH. influenzae による髄膜炎は、2013年3月までは、全国約 500カ所の基幹病院定点から報告される細菌性髄膜炎に含まれていた(4月以降は、髄膜炎菌、肺炎球菌、インフルエンザ菌を原因として同定された場合を除く細菌性髄膜炎の報告に変更された)。2006~2010年には、年間 347~477例の細菌性髄膜炎の報告のうち、56~83例がH. influenzaeに起因していた(表1)。2006~2012年のH. influenzae による髄膜炎患者の93%(400例中 372例)は、5歳未満の小児であった。また、Hibワクチン公費助成開始後の2011年には49例と減少傾向を示し、2012年には14例まで減少した。この2011~2012年のH. influenzaeによる髄膜炎患者の減少は、2歳未満の小児で顕著であった(図1)。
2013年4月の予防接種法改正によりHibワクチンが定期接種化され、これに伴いHibによる細菌性髄膜炎を含む「侵襲性インフルエンザ菌感染症」が全数把握対象疾患(5類感染症)に追加された(IASR 34: 111, 2013)。届出基準は、「Haemophilus influenzaeによる侵襲性感染症のうち、本菌が髄液又は血液から検出された感染症とする」と定義され、検査診断は菌分離あるいは遺伝子検出のいずれかによる(http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/01-05-44.html)。表2には2013年第14週~23週までに届出のあった侵襲性インフルエンザ菌感染症の31症例を示す。症例の年齢分布は小児と高齢者の二相性のピークを示した(図2)。成人例の大半は高齢者の菌血症を伴う肺炎例であり、うち3例が死亡例であった。1症例のみb型と報告されたが、他の症例では分離株の莢膜型は報告されていない。2013年4月以降に開始された発生動向調査から、成人とりわけ高齢者における侵襲性インフルエンザ菌感染症の発生状況が明らかになっている。
一方、厚生労働省研究班事業として2007年から始まった「ワクチンの有用性向上のためのエビデンスおよび方策に関する研究」(庵原・神谷班)によって10道県における5歳未満人口10万人当たりのHibによる侵襲性感染症の平均罹患率が調査されている。Hibワクチン公費助成前の2008~2010年には髄膜炎 7.7、菌血症を伴う非髄膜炎 5.1であったが、2012年には髄膜炎 0.6(減少率92%)、菌血症を伴う非髄膜炎 0.9(減少率82%)にまで減少したことが明らかになっている(本号10&11ページ)。同様の傾向は、全国の厚生労働省院内感染対策サーベイランス(JANIS)の検査結果の集計からも示唆された(本号13ページ)。
薬剤耐性株の出現:Haemophilus influenzaeの耐性機序には、β-lactamase産生によるものとβ-lactamase産生によらないものとがある。とくに、β-lactamase非産生アンピシリン耐性(β-lactamase-non-producing ampicillin-resistance: BLNAR)の増加傾向が示唆されており、注意を要する(本号8&11ページ、IASR 31: 92-93, 2010およびIASR 23: 31-32, 2002)。
今後の対策と課題:海外ではHib ワクチン導入後に非b型(NTHiを含む)による侵襲性感染症の増加が報告されている。国内においては、最近になって、Hibワクチン3回接種後のf型による髄膜炎例が確認されており(本号11ページ)、またNTHiによる小児や成人の侵襲性感染症が報告されている(本号4&5ページ)。このような背景から、小児に対するHibワクチンの定期接種後の小児および成人におけるHibのみならず、b型以外の莢膜株およびNTHiによる侵襲性感染症の動向の監視が必要である。2013年度から、感染症流行予測調査事業の感染源調査として、本菌の莢膜型解析を含めた病原体サーベイランスの実施が予定されている。
(IASR Vol. 34 p. 209: 2013年7月号)
(Euro Surveill. 2012;17(46):pii=20313)
(IASR Vol. 34 p. 111: 2013年4月号)
感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律施行規則の一部を改正する省令(平成25年厚生労働省令第23号。以下「改正省令」という。)が本日公布され、平成25年4月1日から施行されるところであるが、その改正の概要等は下記のとおりであり、貴職におかれては、内容を御了知の上、関係機関等へ周知を図るとともに、その実施に遺漏なきを期されたい。
1 改正省令の概要
(1)五類感染症の対象疾病
・ 五類感染症の対象疾病について、以下の疾病を追加する。
(1)侵襲性インフルエンザ菌感染症
(2)侵襲性髄膜炎菌感染症
(3)侵襲性肺炎球菌感染症
・ (1)、(2)及び(3)の疾病の追加に伴い、これらの疾病との重複を避けるため、細菌性髄膜炎からこれらの疾病を除くとともに、髄膜炎菌性髄膜炎を削除する。
(2)全数把握対象疾患及び定点把握対象疾患
侵襲性インフルエンザ菌感染症、侵襲性髄膜炎菌感染症及び侵襲性肺炎球菌感染症については全数把握対象疾患とする。(細菌性髄膜炎については引き続き定点把握対象疾患とする。)
2 施行期日
平成25年4月1日
3 感染症発生動向調査事業実施要綱の一部改正
感染症発生動向調査事業実施要綱(平成11年3月19日付け健医発第458号)について別添新旧対照表(略)のとおり改める。
この実施要綱の改正は、平成25年4月1日から施行する。
(IASR Vol. 33 p. 164-165: 2012年6月号)
インフルエンザ菌(Haemophilus influenzae )は、1×0.3μmほどの多形性のグラム陰性桿菌で、気管支炎、肺炎、中耳炎、副鼻腔炎といった市中感染症のほか、小児における細菌性髄膜炎の重要な起因菌として知られている。菌体の表面に莢膜と呼ばれる構造を持つ菌と持たない菌が存在し、莢膜は血清学的にa~fの6型に分けられる。しかしながら、小児の細菌性髄膜炎等の侵襲性感染症から分離される菌型はほとんどがb型(Hib)である。今回、患者の血液培養からH. influenzae e型を確認したので報告する。
臨床(患者)情報
76歳男性。1995(平成7)年から狭心症として内服治療を受け、2006(平成18)年7月には、症状増悪にて右冠動脈病変に対してCypher stentが留置されていた。
2011(平成23)年1月に胃角部の胃癌のため腹腔鏡下幽門側胃切除術を受ける。手術自体の合併症はなかったが、術後から経口摂取不良による栄養障害が著明となり、一般状態が低下、全身の衰弱も顕著となっていた。
平成23年11月22日、咳嗽が強く、誤嚥性肺炎の診断にて入院となった。入院後ピペラシリン/タゾバクタム(PIPC/TAZ)2.25g、1日2回の点滴などで治療が行われ、肺炎はいったん改善した。入院中に誤嚥性肺炎を再発し、12月7日からセフェピム(CFPM)1g、1日2回で治療が行われた。以後は中心静脈栄養で管理が行われたが、肺炎を反復し、12月26日からはセフメタゾール(CMZ)1g、1日2回で加療されたが高熱が続いた。2012(平成24)年1月6日からはセフォペラゾン/スルバクタム(CPZ/SBT)1g、1日2回で加療されたが、臨床的な改善はなく、1月18日にはCO2ナルコーシスとなり昏睡状態となった。家族の希望で人工呼吸器治療は施行されず、平成24年1月31日に永眠した。
菌分離と血清型別
平成24年1月5日の患者の静脈血培養から、H. influenzae (HI-2544)を分離した。HI-2544について、莢膜の血清型別を市販の抗血清(デンカ生研)を用いた免疫学的手法とPCR法(Falla, et al ., J Clin Microbiol, 32: 2382-2386, 1994)により行ったところ、e型の抗血清に特異的に凝集を示すとともに、PCRにおいてもe型に特異的なバンドが検出された(図1)。これらの結果から、H. influenzae e型と判定された。
薬剤感受性
PIPC、CPZ/SBT、セファクロル(CCL)、セフタジジム(CAZ)、セフジニル(CFDN)、イミペネム(IPM)、レボフロキサシン(LVFX)についてディスク法により阻止円を計測した。また、アンピシリン(ABPC)、セフォタキシム(CTX)、メロペネム(MEPM)についてはE-testを用いてMICを測定した(表1)。
薬剤耐性遺伝子の検出
HI-2544について、PCR法によりbla TEM(今野ら, IASR 31: 209-210, 2010)およびbla ROB(Tenover, et al ., J Clin Microbiol 32: 2729-2737, 1994)の検出を試みたが、いずれも(-)であった。次に、penicillin binding protein(PBP)の変異を検出するため、β-lactamase-negative ampicillin-resistant H. influenzae (BLNAR)のgroup I、IIおよびIIIに特徴的なアミノ酸変異部分にプライマーを設計し、PCRを行ったところ、BLNAR group IIIに該当する増幅断片が得られた(図2)。
考 察
今回、誤嚥性肺炎から菌血症に至る中で血液培養よりH. influenzae e型を確認した。
2008年の小児向けHibワクチンの販売に伴い、b型以外の菌型による侵襲性感染症の発生動向が注目されており、b型以外の血清型を確実に把握することは本菌による感染症の動向を把握する上で極めて重要である。特にe型が分離された症例は稀であるが、その臨床的な特徴はHibと同様と考えられている(Cerquetti, et al ., Clin Infect Dis 38: 1041, 2004)。また、BLNARの場合、治療に難渋することが多く、薬剤耐性の状況も併せて注視していくことが必要と思われる。
秋田県健康環境センター保健衛生部 今野貴之 八柳 潤 高橋志保 熊谷優子 和田恵理子 千葉真知子 齊藤志保子
大館市立総合病院 臨床検査科 佐藤謙太郎 奈良昇悦 三浦浩子 太田和子
ICD 高橋義博
大館市立扇田病院院長(内科医) 大本直樹